ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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波間

 

 いのとチョウジがシカマルとナナの元に辿り着いた時、もう、ナナの息は途絶えていた。

 シカマルはそっと、波の上でナナの身体を離した。

 指先まで、名残惜しそうに……。

 ナナの身体は、揺れる水の中に、ゆっくり、ゆっくりと沈んで行った。

 二人は黙ってナナを見下ろすシカマルを押しのけるようにして、ナナの名を呼んだ。

 暗い海に、ゆっくりと沈んでいく身体……。

 チョウジは、それを引き上げようとすらした。

 

「なんでよ、シカマル! なんでこんな所にナナをっ……!!」

 

 いのが泣きながらシカマルを咎めた。

 が、シカマルは口を横に引き結び、影を帯びた視線をナナに落とすばかりだった。

 

「ナナ、ナナ……!」

 

 いのは諦めたように、再びナナを見下ろした。

 と、横でチョウジがすっとんきょうな声を上げる。

 

「へ……?」

 

 三人が見守る中、ナナの身体がかすかに青白い光を帯びていた。

 

「ナナ……?」

「ひ、光ってる……?」

 

 いのとチョウジの涙が、一気に止まった。

 光は弱かった。

 が、確かにナナの身体全体を包み……いや、ナナの身体が光りになるようで、彼らには何が起きているのかわからなかった。

 

「ナナ……」

 

 海に沈んで視界から消える……。

 それを覚悟していたはずのシカマルが、小さく呟いた。

 

「“ナナ”が消える……」

 

 ナナの光は水に溶けるように消えた。

 

「ど……どういうこと……?」

「ナナが……消えちゃった……」

 

 いのとチョウジは、答えを求めるようにシカマルを見た。

 しばらく、彼は黙っていた。その顔は、諦めているようでもあり、戸惑っているようでもあった。

 

「ナナは……、確かに消えたわよね?」

「も、もしかして、今のはナナの分身だったんじゃ……」

「でも分身なら、刺された瞬間に消えてるはずよ……。それに、治療した感じは確かに実体だったわ」

「じゃ、じゃあ……なんで……?」

 

 二人の目は、縋るような目に変わった。

 が、シカマルはまだ言葉を発さなかった。

 

「ねぇ、シカマル……!」

「シカマル!」

 

 とうとう二人が叫んだとき、シカマルはギュッと目をつむった。己の中の何かをかみ砕くように。

 そして、

 

「ナナは……『自分はもうひとりいる』って言っていた」

 

 絞り出すようにそう言った。

 

「た、たしかに……そう言ってた気もするけど……」

「どういうことなの……?」

 

 この悲痛を破り、安堵したい。

 それは、シカマルの言葉を待つ二人も、“予測”を紡ぐシカマルも同じ気持ちだった。

 

「ナナの傷……見たか?」

 

 今度はシカマルがいのに救いを求めるような顔で聞く。

 

「み、見たけど……確かに急所が貫かれて……」

「その傷じゃない」

 

 シカマルは己を落ち着けるように言った。

 

「あそこに、あるはずの傷痕がなかっただろ……?」

 

 いのは困惑の表情を浮かべた後、目を見開いた。

 血が噴き出していた急所は心臓……そこには、宿命である“刻印”を姉に潰されたという傷痕があったはずだ。その上、木ノ葉で皆をペインの術から護った時に、自らつけた新しい傷の痕もまだ癒えていないはず……。

 

「そういえば……傷がなかった……」

「え? どういうこと?」

 

 シカマルが、ついに己の予測、そして希望を口にした。

 

 

「さっきのナナは、今までオレたちが見てきたナナじゃない……」

 

 

 いのとチョウジの目にも、同じものが灯った。

 

「もうひとりの“ナナ”が……“ホンモノ”が別にいる」

 

 願いを込めた台詞だった。

 

「じゃあ、さっきの“ナナ”は?」

 

 シカマルの言葉が信じられない……いや、()()()()チョウジは、ナナが消えた場所を見つめて聞く。

 

「わからねぇ……けど、最期にナナが『海に沈めろ』って、ワケわかんねぇこと言ったのは……、きっと今の消える瞬間を、他のヤツらに見られちゃマズかったからじゃねぇのか?」

 

 シカマルにしては珍しく、自分の意見を問うように言った。

 そして、その“意見”が少しでも強くなるように、

 

「影分身でもねぇ……例えば“式神”とかいう、ナナだけが使える和泉の術だったのかもしれねぇ」

 

 可能性をひとつ加えた。

 

「ナナは最期に……『信じろ』と言った」

 

 希望がわずかに増した。

 

「オレは……信じる……」

 

 まだ、心は揺れていた。

 が、シカマルはそう告げた。

 

「シカマル……あんた……」

「シカマル……」

 

 強い言葉を吐き出しながら、シカマルは涙をこぼした。

 雫が、ナナが消えた海に溶けた。

 いのとチョウジは顔を見合わせ、シカマルに言った。

 

「信じるわ、私も」

「ボクも。ナナはちゃんと、まだ“ここ”にいるよ……!」

 

 最初に言ったはずの、シカマルを慰め、説得するように。

 

「ああ……」

 

 シカマルは掠れた声でうなずいて、二人と共に陸へ向かって歩き始めた。

 後ろの波間は、振り返らなかった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 遺体の収容、負傷者の救助、そして拘束した“死者”の封印……。

 戦場はまだ、混乱していた。

 が、最も混乱していたのは、木ノ葉の三人が沖から戻るのを迎えた黄ツチとダルイだった。

 三人はナナに別れを告げて来た……。そう解釈するのが普通だった。

 だが、マダラとのやり取り、そしてナナが言い残した言葉を考えると、普通の解釈では収まらないことに気づいていた。

 

「大丈夫か?」

 

 気遣うように、ダルイが言った。

 そして、シカマルにあるものを手渡す。

 

「ほら、コレ」

「…………」

 

 黙ってシカマルが受け取ったのは、ナナの額当てだった。

 少しだけ、沈黙が流れた。

 シカマルは額当てを見下ろして、それをゆっくり握りしめ、それから二人を見上げて言った。

 

「お二人ももう、気づいてると思うんスけど……」

 

 連合の部隊長を任されている二人は、各里の“影”の側近だったから、前置きはいらない。

 それを知っているシカマルは、簡潔に説明する。

 

「たぶん、さっきのナナは、“特殊な術”で存在した“もうひとりのナナ”ってやつだったみたいっス」

 

 黄ツチとダルイは表情を変えなかった。

 

「その術が特殊なのは、“いずみナナ”がどういう存在なのか、考えてもらえればわかると思うんスけど……」

 

 反応をうかがうシカマルに、二人はそれを肯定するように問う。

 

「和泉一族の術……陰陽術ってことか?」

「その特殊さゆえ……術が解ける瞬間を誰にも見られないように、向こうへ移動したのか?」

 

 そして、

 

「いずみナナの“本体”は、ちゃんと生きてんだな?」

 

 ダルイが、皆が口にしたいことをはっきり言った。

 

「たぶんそうっス……ただ……」

 

 が、答えながら、シカマルは視線を落とした。

 

「これは予測だ……!」

 

 大切な仲間の死を目にしておいて、簡単に『今のはニセモノ』と思えるはずはない。

 それは黄ツチもダルイもよくわかっていた。

 実際、ナナがちゃんと生きているところを見るまでは、安心することはできないだろう。

 

「状況を分析しただけの予測にすぎないことと、ナナの一族の秘匿性を考慮して、このことはオレらだけの話に収めてくれないっスか?」

 

 信じたい……。

 シカマルからも、黙ってシカマルに説明をゆだねるいのとチョウジからも、必死の心の声が聞こえてくるようで、黄ツチとダルイはわざと表情を崩した。

 年若い忍たちが抱える、不安という重い“気”が、少しでも軽くなるように。

 

「わかった」

「他の者たちには、何も告げないでおこう」

 

 二人の気遣いに応えるように、敢えてシカマルは言った。

 

「本部以外には、このまま、『いずみナナは死んだ』ってことにしてください」

 

 口にするだけで痛みが走ることは知っていた。

 その証拠に、シカマルの眉間にピクリと皺が寄った。

 

「了解した」

「本部にはオレから報告を入れる」

 

 黄ツチとダルイは、再び簡単に答えを返す。

 ようやくシカマルは、ほんのわずかに安心したような息を吐いた。

 

 

 

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