ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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秘密

 

 木ノ葉病院の仮設小屋。

 ナナが寝かされている部屋の扉を、いのはそっと開けた。

 部屋の外では、医療班がやけにそわそわとこちらをうかがっている。

 ナナはシカマルが来たときに一度目を覚まし、シズネの治療の後、また眠りについたと聞いていた。

 今もまだ、ナナは弱く寝息をたてていた。

 意識が安定しないのも無理はない。

 ほんとうなら死んでいてもおかしくないほどの出血量。自力で息をするのもままならないくらいだった。

 今も、点滴の管から気休め程度に増血剤と栄養剤がナナの体内へ流れている。

 

「ナナ……こんなに傷ついて……」

 

 いのは目尻を拭った。

 サスケのことを聞かされて以来、涙腺は弱くなっていた。

 ナルトに自分がそれを伝えるのだと、決意を持って里を出たサクラの背を、黙って見送るしかない自分。

 それすらも悲しかった。

 ここに、もっともっと傷ついて、死人のような顔色で眠るナナがいるのに……。

 いのはナナのかすかに揺れるまつげを見下ろし、ため息をついた。

 ナナの気持ちは知っていた。

 いや、サクラと同じで、それ以前にサスケの気持ちの方を知っていた気がする。

 だからこそ……。

 イタチとサスケの決闘を単独で止めに行き、イタチの死という結果で終わった今、ナナが何を思うのか……想像するのも怖かった。

 正直、サスケと一緒にいてくれれば……と思うこともあった。

 

「どうなっちゃうのよ……あんたたち……」

 

 いのはもう一度ナナに呟いて、点滴を確認した。

 その時、

 

「いの、ここか?」

 

 シカマルが難しい表情で入って来た。

 

「どうだ、ナナの様子」

「まだ眠ってるわ」

 

 シカマルは戸口からナナの姿を見つめたまま、いのに言った。

 

「ナルトたちが帰って来た。オレたちに話したいことがあるってんで、みんなを集めてる」

「サクラも一緒なの?」

「ああ」

 

 いのはナナを見つめるシカマルを見上げた。

 彼の仏頂面は子供の頃から見慣れていた。が、()()()()()は最近知った。

 

「じゃあ、医療班の人にまかせて私も行くわ」

 

 いのは点滴をもう一度チェックして立ち上がった。

 と、

 

「……わたしも……いく……」

 

 掠れた声がした。

 

「ナナ……!?」

 

 フラフラと起き上るナナを、シカマルといので慌てて支える。

 

「私も行く」

 

 ナナは焦点を無理やり合わせようと瞬きしながら言った。

 

「ダメよ! まだ起きられる状態じゃないんだから!」

「行きたい……」

 

 ナナは目を伏せたまま、かたくなに言う。

 シカマルはそれをじっと見つめていた。

 

「お願い……」

 

 いのは彼の横顔に助けを求める。いや、判断を任せた。

 

「わかった……」

「シカマル……?!」

 

 眉間の皺をより濃くして、シカマルは言った。

 

「ナナは七班のメンバーだ。行かなきゃだめだろ」

「でも……」

 

 シカマルを青ざめた顔で見上げるナナは、医療忍者としての目で見るまでもなく、消えかけたろうそくの火のように危うかった。

 

「オレが背負って行く」

 

 いのはシカマルの決断にうなずいた。

 彼がナナを心配しきっているのは知っている。それでもナナを連れ出すことを決意したのだから、任せるしかなかった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「サスケを一人でやるって、ボクたちには手を出すなってことですか?」

「そんなんで私たちが納得できるわけないでしょ?!」

「お前のわがままに付き合う訳にはいかない。なぜならこれは里の問題だ」

「お前、そうやってサスケとは一人でやるって言っときながら、本当はサスケを庇おうとしてるんじゃねーだろうな」

 

 里のはずれの資材置き場で、驚きと否定の声が上がっていた。

 ナルトは集まった同期のメンバーに事実を語った。

 ダンゾウがサスケの手で殺されたこと、新しい火影のこと、そしてサスケと戦ったこと……。

 カカシからの連絡による、「サスケが五影会談を襲撃した」というところまでしか知らなかった彼らは一様に驚いた。サスケの所業と、ナルトとサクラがサスケと“戦った”ということに。

 が、さらに告げられたナルトの決意を聞いて、いっそう大きな声を上げていた。

 

「今のサスケとは誰も闘っちゃダメなんだ。闘えるのはオレしかいねー」

 

 ナルトは落ち着いた口調でそう言った。

 が、同期のみんなでサスケを……と決意した矢先に、突然「自分ひとりでサスケと戦う」と宣言されても、納得する者はいない。

 

「一体何があったんだ? 詳しく説明しろ」

 

 シカマルは皆のようにまで感情を昂らせてはいなかった。だから、“味方”のつもりで問う。

 だが、

 

「言うべき時がきたら言うってばよ」

 

 ナルトは彼らしくもなく、明らかに何かを伏せた。

 

「そんなんで納得できるわけねーっつってんだろ!」

「そうよ! ちゃんと理由を説明しなさいよ!」

 

 それ以上口を開こうとしないナルトにしびれを切らした者は、今度はサクラの表情をうかがった。

 サクラは困惑の顔でナルトを見ていた。

 ナルトと共にサスケと合いまみえたサクラだったが、彼女もまた賛成の様子ではなかった。

 事態は収拾がつかなくなっていた。

 シカマルの頭にも、良い考えどころかマシな台詞さえ思いつかなかった。

 と、

 

「私は……ナルトに従う……」

 

 誰より弱く、誰よりきっぱりと、そう言う者があった。

 

「ナルトがひとりでサスケと戦うっていうのなら……私はそれに従う……」

 

 皆、息をのんだ。

 

「ナナ……」

 

 ナルトだけが、彼女と向き合った。

 

「ど、どういうことだよ、ナナ!?」

「なんで賛成するのよ!」

 

 ナナは疲れた顔でナルトを見上げたまま、訳は言わなかった。

 騒ぎ立てる周囲に構わず、ナルトもまた理由を尋ねることなく、静かにナナを見つめ返していた。

 

「ナナ! お前はサスケと……」

 

 急に嫌な予感がしたシカマルは、そう言いかけて言葉を飲み込んだ。

 目覚めたばかりのナナの口から、『サスケと“戦う”覚悟がある』と聞かされたばかりだった。

 その真意ははっきりとわからない。

 が、どんな悲しい結果になろうとも、ナナはサスケと『もういちど“出逢う”』ことを望んでいるのだと思った。

 そのナナが、全てをナルトに託すと言っている……。

 あの言葉はただの気休めではなかった。もっと重く、深く、悲哀に満ちていたはずだ。

 が、やはりここで真意を確かめる勇気はなかった。

 だから、ただ奥歯を噛みしめた。

 シカマルの沈黙に引きずられるように、次第に皆も言葉を失くしていった。

 なにより、ナルトとナナが互いの瞳を見つめ合ったまま一言も発さなかったからだった。まるで、視線だけで会話を交わしているかのように。

 そして、ナナは唐突に打ち明けた。

 

「知っている人もいると思うけど……」

 

 力のない足で立ち上がり、ナルトだけを見て、言った。

 

 

「私は……ナルトを殺すために産まれて来た」

 

 

 感づいていた者はうつむき、予想もしていなかった者は息をのんだ。

 

「私は……ナルトの中の封印が破れて九尾が暴走したときに、ナルトから九尾を引きはがし、新たな器になる者として産まれたの」

 

 ナルトはまだ、静かにナナの言葉を受け止めていた。

 

「そういうチカラを持って産まれて来るように、父や里の者たちが術を使って私を産み出した……」

 

 ナナはゆっくりと、胸に手をやった。

 

「ここにあった刻印は、九尾を封じるためのモノだった。ここには九尾のチャクラが少しだけ埋め込まれていて、九尾が暴走した時には私がその場に現れるように術式が組まれていた……」

 

 シカマルは、目の前で文字通り“消えた”ナナと、空を切った己の腕を思い出し、背筋が冷えるのを感じていた。

 

「私が和泉の里から木ノ葉にやって来たのは、より近くでナルトを見張るため……」

 

 声をあげる者は無かった。皆、息をひそめてナナの言葉を聞いていた。

 それぞれが、その言葉をもてあまさぬよう、必死で受け止めようとしていた。

 

「私がナルトの側にいたのは……、そのため……」

 

 ナルトを傷つけるようなことを告白しながら、ナナが自分自身を傷つけていることがわかったから。

 

「……私とナルトは……初めから“九尾”で繋がっている」

 

 ナナはそっと、刻印があったという場所を撫ぜた。

 

「“姉”に刻印が潰された今でも、それは途切れてはいなかった」

 

 ナルトも己の腹に手を置いた。

 

「だから、私は……」

 

 その手を見つめ、ナナは己の決意を口にした。

 

「ナルトと運命をともにする……」

 

 『運命』……その言葉が、全員に重くのしかかった。

 が、拒絶することはできなかった。

 彼らにとっては、それすらおこがましいほどの、崇高なナナの“生”だった。

 

「だからきっと……ナルトが死ねば私も死ぬ」

 

 もちろん、否定もできなかった。

 ナルトとサスケが戦えば……二人とも死ぬ。そして、ナナも死ぬ。みんな死ぬ。

 その構図が見えてしまっても、シカマルには否定などできなかった。

 だからこそナルトの意見には反対なのだ……と言うことも正論のはずだった。だがそれができなかった。

 それこそが『運命』なのだと思い知ってしまっていたから。

 きっと皆も肌でそれを感じている。だからこそ、誰も声を発することができないのだ。

 

 長い沈黙の後、

 

「んじゃ、オレってば腹が減ったから一楽に行くってばよ!」

 

 ナルトは急に明るくそう言った。

 

「ついでにナナを病院まで送ってく」

 

 皆が曖昧な視線を送る中、ナルトはナナの手をとる。

 

「じゃあなー」

 

 残された者たちは、去っていくナルトとナナをただ見送るしかなかった。

 サクラでさえ、遠ざかる二人の背を黙って見つめていた。

 シカマルは己の感情を確かめることすらできないまま、なんとなく己の手のひらを見つめた。

 ナナに触れた感触が、風に流されようとしていた。

 

 

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