ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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涙、ふたつ

 イタチが放った赤い炎の塊が三人を焼き尽くす前に、ビーが『鮫肌』でそれを真っ二つに切り裂いた。

 

「イタチ?! 急にどうしたんだってばよ……!」

「後ろで操ってる奴の言いなり……! 攻撃もいきなり♪」

 

 突然のイタチの攻撃に慌てるナルトに、ビーが言う。

 「操ってる奴」……すなわち術師である薬師カブトが、イタチと長門の身体を操っている。その偽りの身体だけを……。

 

「サスケはどうなった?」

 

 攻撃を仕掛けながら、イタチがナルトに問う。

 

「サスケは……『暁』のメンバーに入っちまった! 木ノ葉へ復讐するつもりだってばよ!」

 

 それを懸命にかわしながら、ナルトが答えた。

 その言葉にイタチは眼を見開く。

 

「なぜだ? サスケは里へ帰らないのか……?」

「アンタの“本当の極秘任務”のことを聞かされて……。それでサスケは里を潰すことを選んだんだ!」

 

 ビーもイタチに向けて鮫肌を振るう。

 が、イタチの身体は彼自身の動揺と関係なしに、難なくそれをかわしていた。

 

「まさか……マダラが……」

「オレもアンタの本当のことをマダラから聞いた……!」

 

 そしてナルトが、叫ぶようにこう言った。

 

「ナナも知ってる……!!」

 

 一瞬、静寂が訪れた。

 双方、間合いをとる。

 イタチはナナを見た。ナナもそれを受け止めた。

 

「……そういうことか……」

 

 イタチがそう呟いた。

 

「マダラが言ってたことはやっぱ本当だったんだな?! うちは一族が木ノ葉をのっとろうとしたってのも、それをアンタが……」

「もういい」

 

 ナナを見つめたまま、イタチはナルトの言葉を遮った。

 それはまぎれもなく肯定の証しだった。

 

 ズキリ……と、胸の奥が痛んだ。

 もうとっくに慣れたはずの感覚なのに、未だに痛みとして感じる。

 

「ナルト、サスケのことはお前に任せる」

「ハナからそのつもりだ!」

 

 ズキン……もう一度。

 

 深く、息を吐いた。

 長門が巨大な怪獣を口寄せして足元が揺れても、ビーがタコ足で地をえぐっても、ナナはそこに、じっと立っていた。

 カブトはどうやら、目的のモノ以外は眼中にないらしい……。

 イタチと長門が、ナナに向けて攻撃を仕掛けてくることはなかった。

 

『お前はイタチと戦っちゃだめだってばよ』

 

 ナルトの言葉が蘇る。

 彼がどんな意味を込めてそう言ってくれたのか、よくわかる。それくらい、今、心は静まっていた。

 もう一度、ゆっくりと印を結んだ。

 指先は情けないほど冷えきっていたが、さっきまでの震えはなかった。

 

「イタチ……」

 

 もう一度、彼を見る。

 すでに声が届かぬところで、戦闘が繰り広げられていた。

 

「私がちゃんと、終わらせるから……」

 

 呟いた。

 無理に笑ったせいで、目の下がひきつった。

 “呪”を唱えた。葬送の術の、禁術に値する呪文だ。

 ナルトがイタチを倒したら……いや、イタチがナルトを倒す前に、自分がイタチの魂を送り返せるように。いつでも術を発動できるように。

 術をかけるには、相手の“魂”を捕らえる必要がある。

 意識のうちで捕らえる……というか、それを感じとればいいのだが、これだけの激しい動きをされればそれも難しかった。

 地が揺れ、風が荒れ狂い、砂塵が舞う。穏やかな川の流れなど滑稽に映るほどに、目の前の光景は凄まじい。

 それに、彼らほどのチャクラを持つ者であれば、きちんと術をかけなければ“外される”……あるいは“返される”可能性があった。

 ナルトとビーが、彼らの動きを止めてくれなければ、術を発動し得ない。

 が、激しさを増す戦況とは逆に、心はどんどん冷静になっていた。

 ナナは片手で印をもう済んだまま、もう一方の手で髪についた葉っぱを払いのけた。

 長門の怪獣が、さっきよりも()()()を増やしている。ナルトはその背に乗っていて、鳥の姿をした怪獣が彼を見下ろすように空中にとどまっていた。

 長門とイタチは怪鳥の頭部にいる。

 ビーは少し離れた河原に立っていた。

 劣性……と思った。

 が、加勢は無意味だった。今は力も足りないし、ナルトの言葉を信じたかった。

 

「ナルト……?」

 

 そのナルトが、突然、口から黒い塊を吐き出した。

 影……? 墨……? いや、カラスだった。

 突然現れたカラスは空を少し旋回して、ナルトの肩に乗った。

 次の瞬間、獣の頭に黒い炎が上がる。

 そして、長門と怪鳥の身体にも……。

 

「え……?」

 

 それが何を意味するのか理解しきる前に、イタチが目の前に現れた。

 

「うわ! ナナ!!」

 

 ナルトが慌てて駆けつける。ビーも鮫肌を構えて走って来た。

 が、

 

「大丈夫だ。オレはもう操られていない」

 

 イタチはそう言った。

 そうして淡々と状況を説明する。

 かつて、「木ノ葉を守れ」という幻術を自分自身にかけていたのだと。

 その幻術を仕込んだ眼をあのカラスの左目に埋め込んで、イタチ自身の万華鏡写輪眼に呼応して現れるよう細工した。そして、それをナルトに託していたのだと。

 その眼とは……。

 

「うちはシスイの、万華鏡写輪眼最強幻術『別天神(ことあまつかみ)』だ……」

 

 イタチはその眼の持ち主だった者の名を口にした。

 ナナの目を見て。

 

「うちは……シスイ……?」

 

 名前は聞いたことがあった。

 誰に聞いたかは思い出せない。サスケだったか、カカシだったか、里の噂か……。『最強の写輪眼使い』ということで、その名を聞いていた。

 が、今イタチの口からその名を聞いて、点と点が繋がった。

 イタチが昔、一度だけ話してくれた“親友”の話……。

 

『誰よりも里の平和を願い、忍のあるべき姿を知る忍だ。オレは彼のようになりたいと思っている』

 

 たしかイタチはそう言っていた。珍しく少しだけはにかんで。

その『彼』が、うちはシスイだったのだろう。

 その証拠に、

 

「陰から平和を支える名もなき忍……。それが忍のあるべき姿だと、シスイがオレに教えてくれた」

 

 イタチは今、彼のことをそう語った。

 そして彼から、「里を守るために使え」……と、その眼を託されたと言った。

 最強の万華鏡写輪眼を持つシスイの片目は、あのダンゾウに奪われた。が、シスイは残る眼をめぐって争いが起きぬよう、イタチにそれを託し、自ら眼を潰したように見せかけて死んだという。

 自己犠牲……。彼は己の信念の通りに死んだのだ……。

 

「なんで……オレにそれを渡したんだ?」

 

 全てを聞いて、ナルトが問う。

 イタチははっきりとした声ですぐに答えた。

 

「お前がシスイと同じ思いを持っていたからだ」

 

 ナルトはまだ理解できていないようだったが、ナナには次にイタチが何を言うのか全てわかった。

 だから、少し目を伏せた。

 イタチはナルトにこう言った。

 

「オレが残したサスケが里の脅威になるのだとしたら、シスイの思いに反することになる。それを正すことができるのは、お前しかいなかった」

 

 そうだ。

 イタチはそれをナルトに託していたのだ。自分じゃなく、ナルトに……。

 それがイタチの優しさだと、今でははっきりわかっている。

 それに、イタチが何を願っていたのかも。

 

 イタチは自分にサスケを“正す”のではなく、ただサスケの側にいてやって欲しいと……それを願っていたのだ。

 

 だからあの時……「連れて行ってくれ」と頼んだ自分を、「イタチと一緒にいたい」と言った自分の手を取りはしなかった。優しく笑って突き放したのだ。

 そして自分もまた、そうしなかった。本当は自分もサスケの側にいたいのだと、思い知らされただけだった。

 やり残したことを終わらせたら必ず会いに行く。その先は絶対にずっと離れない……。

 そう約束しておいて、それを破った。

 イタチとの初めての約束を、破ったのは自分だった。

 それもきっと、イタチの願いだった。

 あれほどきちんと、「愛おしい」と言ってくれたのに……。

 

(イタチ……)

 

 涙がこぼれそうだった。心の芯がまた震えだした。

 だが。

 

「イタチ……。オレのこと、信頼してくれてありがとう」

 

 託されたナルトはそう言った。

 

「アンタはもう十分、里のためにやった。あとはオレに任せてくれ!」

 

 そう……。それが今、イタチにかけるべき言葉だ。

 謝罪じゃなく……、もう十分だと、あとは任せてくれと、そんな言葉がイタチの思いに報いるのだ。

 

「弟は、お前のような友を持てて幸せ者だな……」

 

 イタチが嬉しそうに笑んだ。

 とうとう、涙がひと粒零れ落ちた。

 ナルトが言った言葉を、本当はイタチに向かって言いたかった。あの笑みを、こちらに向けて欲しかった。イタチに安息をあげたかった。

 だが、その切れ端さえも口にできなかった。

 歯を食いしばって、こぶしを握って、もうひと粒の涙をこらえているというのに、芯に力が入らなかった。

 

「ナナ、準備はできているな?」

 

 イタチが大人びた眼差しで言った。

 

「うん」

 

 袖で頬をこすりながら答えるのが精いっぱいだった。

 イタチの合図で、イタチ、ビー、そしてナルトが、いっせいに長門に向かって行った。

 それを見送って、再び印を結んだ。

 手が、小さく震えていた。

 

 

 

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