イタチが放った赤い炎の塊が三人を焼き尽くす前に、ビーが『鮫肌』でそれを真っ二つに切り裂いた。
「イタチ?! 急にどうしたんだってばよ……!」
「後ろで操ってる奴の言いなり……! 攻撃もいきなり♪」
突然のイタチの攻撃に慌てるナルトに、ビーが言う。
「操ってる奴」……すなわち術師である薬師カブトが、イタチと長門の身体を操っている。その偽りの身体だけを……。
「サスケはどうなった?」
攻撃を仕掛けながら、イタチがナルトに問う。
「サスケは……『暁』のメンバーに入っちまった! 木ノ葉へ復讐するつもりだってばよ!」
それを懸命にかわしながら、ナルトが答えた。
その言葉にイタチは眼を見開く。
「なぜだ? サスケは里へ帰らないのか……?」
「アンタの“本当の極秘任務”のことを聞かされて……。それでサスケは里を潰すことを選んだんだ!」
ビーもイタチに向けて鮫肌を振るう。
が、イタチの身体は彼自身の動揺と関係なしに、難なくそれをかわしていた。
「まさか……マダラが……」
「オレもアンタの本当のことをマダラから聞いた……!」
そしてナルトが、叫ぶようにこう言った。
「ナナも知ってる……!!」
一瞬、静寂が訪れた。
双方、間合いをとる。
イタチはナナを見た。ナナもそれを受け止めた。
「……そういうことか……」
イタチがそう呟いた。
「マダラが言ってたことはやっぱ本当だったんだな?! うちは一族が木ノ葉をのっとろうとしたってのも、それをアンタが……」
「もういい」
ナナを見つめたまま、イタチはナルトの言葉を遮った。
それはまぎれもなく肯定の証しだった。
ズキリ……と、胸の奥が痛んだ。
もうとっくに慣れたはずの感覚なのに、未だに痛みとして感じる。
「ナルト、サスケのことはお前に任せる」
「ハナからそのつもりだ!」
ズキン……もう一度。
深く、息を吐いた。
長門が巨大な怪獣を口寄せして足元が揺れても、ビーがタコ足で地をえぐっても、ナナはそこに、じっと立っていた。
カブトはどうやら、目的のモノ以外は眼中にないらしい……。
イタチと長門が、ナナに向けて攻撃を仕掛けてくることはなかった。
『お前はイタチと戦っちゃだめだってばよ』
ナルトの言葉が蘇る。
彼がどんな意味を込めてそう言ってくれたのか、よくわかる。それくらい、今、心は静まっていた。
もう一度、ゆっくりと印を結んだ。
指先は情けないほど冷えきっていたが、さっきまでの震えはなかった。
「イタチ……」
もう一度、彼を見る。
すでに声が届かぬところで、戦闘が繰り広げられていた。
「私がちゃんと、終わらせるから……」
呟いた。
無理に笑ったせいで、目の下がひきつった。
“呪”を唱えた。葬送の術の、禁術に値する呪文だ。
ナルトがイタチを倒したら……いや、イタチがナルトを倒す前に、自分がイタチの魂を送り返せるように。いつでも術を発動できるように。
術をかけるには、相手の“魂”を捕らえる必要がある。
意識のうちで捕らえる……というか、それを感じとればいいのだが、これだけの激しい動きをされればそれも難しかった。
地が揺れ、風が荒れ狂い、砂塵が舞う。穏やかな川の流れなど滑稽に映るほどに、目の前の光景は凄まじい。
それに、彼らほどのチャクラを持つ者であれば、きちんと術をかけなければ“外される”……あるいは“返される”可能性があった。
ナルトとビーが、彼らの動きを止めてくれなければ、術を発動し得ない。
が、激しさを増す戦況とは逆に、心はどんどん冷静になっていた。
ナナは片手で印をもう済んだまま、もう一方の手で髪についた葉っぱを払いのけた。
長門の怪獣が、さっきよりも
長門とイタチは怪鳥の頭部にいる。
ビーは少し離れた河原に立っていた。
劣性……と思った。
が、加勢は無意味だった。今は力も足りないし、ナルトの言葉を信じたかった。
「ナルト……?」
そのナルトが、突然、口から黒い塊を吐き出した。
影……? 墨……? いや、カラスだった。
突然現れたカラスは空を少し旋回して、ナルトの肩に乗った。
次の瞬間、獣の頭に黒い炎が上がる。
そして、長門と怪鳥の身体にも……。
「え……?」
それが何を意味するのか理解しきる前に、イタチが目の前に現れた。
「うわ! ナナ!!」
ナルトが慌てて駆けつける。ビーも鮫肌を構えて走って来た。
が、
「大丈夫だ。オレはもう操られていない」
イタチはそう言った。
そうして淡々と状況を説明する。
かつて、「木ノ葉を守れ」という幻術を自分自身にかけていたのだと。
その幻術を仕込んだ眼をあのカラスの左目に埋め込んで、イタチ自身の万華鏡写輪眼に呼応して現れるよう細工した。そして、それをナルトに託していたのだと。
その眼とは……。
「うちはシスイの、万華鏡写輪眼最強幻術『別天神(ことあまつかみ)』だ……」
イタチはその眼の持ち主だった者の名を口にした。
ナナの目を見て。
「うちは……シスイ……?」
名前は聞いたことがあった。
誰に聞いたかは思い出せない。サスケだったか、カカシだったか、里の噂か……。『最強の写輪眼使い』ということで、その名を聞いていた。
が、今イタチの口からその名を聞いて、点と点が繋がった。
イタチが昔、一度だけ話してくれた“親友”の話……。
『誰よりも里の平和を願い、忍のあるべき姿を知る忍だ。オレは彼のようになりたいと思っている』
たしかイタチはそう言っていた。珍しく少しだけはにかんで。
その『彼』が、うちはシスイだったのだろう。
その証拠に、
「陰から平和を支える名もなき忍……。それが忍のあるべき姿だと、シスイがオレに教えてくれた」
イタチは今、彼のことをそう語った。
そして彼から、「里を守るために使え」……と、その眼を託されたと言った。
最強の万華鏡写輪眼を持つシスイの片目は、あのダンゾウに奪われた。が、シスイは残る眼をめぐって争いが起きぬよう、イタチにそれを託し、自ら眼を潰したように見せかけて死んだという。
自己犠牲……。彼は己の信念の通りに死んだのだ……。
「なんで……オレにそれを渡したんだ?」
全てを聞いて、ナルトが問う。
イタチははっきりとした声ですぐに答えた。
「お前がシスイと同じ思いを持っていたからだ」
ナルトはまだ理解できていないようだったが、ナナには次にイタチが何を言うのか全てわかった。
だから、少し目を伏せた。
イタチはナルトにこう言った。
「オレが残したサスケが里の脅威になるのだとしたら、シスイの思いに反することになる。それを正すことができるのは、お前しかいなかった」
そうだ。
イタチはそれをナルトに託していたのだ。自分じゃなく、ナルトに……。
それがイタチの優しさだと、今でははっきりわかっている。
それに、イタチが何を願っていたのかも。
イタチは自分にサスケを“正す”のではなく、ただサスケの側にいてやって欲しいと……それを願っていたのだ。
だからあの時……「連れて行ってくれ」と頼んだ自分を、「イタチと一緒にいたい」と言った自分の手を取りはしなかった。優しく笑って突き放したのだ。
そして自分もまた、そうしなかった。本当は自分もサスケの側にいたいのだと、思い知らされただけだった。
やり残したことを終わらせたら必ず会いに行く。その先は絶対にずっと離れない……。
そう約束しておいて、それを破った。
イタチとの初めての約束を、破ったのは自分だった。
それもきっと、イタチの願いだった。
あれほどきちんと、「愛おしい」と言ってくれたのに……。
(イタチ……)
涙がこぼれそうだった。心の芯がまた震えだした。
だが。
「イタチ……。オレのこと、信頼してくれてありがとう」
託されたナルトはそう言った。
「アンタはもう十分、里のためにやった。あとはオレに任せてくれ!」
そう……。それが今、イタチにかけるべき言葉だ。
謝罪じゃなく……、もう十分だと、あとは任せてくれと、そんな言葉がイタチの思いに報いるのだ。
「弟は、お前のような友を持てて幸せ者だな……」
イタチが嬉しそうに笑んだ。
とうとう、涙がひと粒零れ落ちた。
ナルトが言った言葉を、本当はイタチに向かって言いたかった。あの笑みを、こちらに向けて欲しかった。イタチに安息をあげたかった。
だが、その切れ端さえも口にできなかった。
歯を食いしばって、こぶしを握って、もうひと粒の涙をこらえているというのに、芯に力が入らなかった。
「ナナ、準備はできているな?」
イタチが大人びた眼差しで言った。
「うん」
袖で頬をこすりながら答えるのが精いっぱいだった。
イタチの合図で、イタチ、ビー、そしてナルトが、いっせいに長門に向かって行った。
それを見送って、再び印を結んだ。
手が、小さく震えていた。