ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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勝機

 

 イタチの進む方角から、だいたいの目的地は割り出せた。あとはその辺りで、妖しい結界が張られているところを見つければいいだけだった。

 それを見出すのは本来、得意とするところである。

 それになにより、今はこの眼がある……。

 自分の呼吸音に集中しながら、前へと進む。

 二人は穢土転生が止まるまで……イタチが消えるまで、ちゃんと話をしてくれるだろうか。

 正直、不安だった。

 頑固なイタチと、意地っ張りのサスケが、今さらまともに話し合えるとも思えない。先ほどの二人の様子からして、ほぼ絶望的かもしれなかった。

 

「ほんと……しょうがないな、二人とも……」

 

 独り言がこぼれ出た。

 もう……すれ違った二人の想いは、とっくに手遅れなのかもしれない。このほんのわずかな時間で、隙間を埋めることなどできないのかもしれない。

 が、それでもイタチがいて、サスケがいる。ちゃんと向き合わずとも、二人が一緒にいるのだ。

 術を正しく使えて本当によかったと、改めてそう思う。

 眼は……開けても閉じても、奥の方が刺すように痛かった。

 “この身体”で写輪眼を使ったのは、これが二度目。

 一度目は、鏡に映る姿を確認した時。あの時はそれだけでバテてしまった。

 だから、ちゃんと「力」を使ったのはこれが初めてだ。

 ただ、ホクトがすでに“実戦”で使っている。あの海辺の戦場でキンカク相手に発動させて成功している。

 だから、できないことはないのだとわかっていた。

 二人にかけた術は、何のことは無いただの「金縛りの術」だ。

 それをこの“異色の写輪眼”で発動し、さらに陰陽術の封印結界を織り交ぜた。

 だから、いくら天才的な忍術センスを持つ二人とて、簡単には破れない術だった。

 彼らがあの場から動くことはない。その間にカブトを倒して、穢土転生を止める。

 久しぶりに、本当に久しぶりに、気分は爽快だった。顔を上げて、まっすぐ、前を向くことができている気がした。

 今はもう、二人が戦う必要は無い。これ以上、サスケがイタチを憎む必要は無い。二度と、イタチがサスケを傷つける必要もない。

 それが、こんなにも心を軽くするのだと、改めて実感した。

 ぼんやりと結界に包まれた空間を木々の向こうに確認した頃、雨は止んだ。

 

 

 薄暗く、湿った洞窟だった。いたるところに水たまりがあり、カビやコケの臭いが鼻をつく。

 あの嫌な笑い方をする男の隠れ家にふさわしい……。

 そう思いながら、広々と開けた空間へ出た。

 

「まさか……君がここへ来るとは……」

 

 “黒い眼”が、マントを被った男をとらえた。

 彼はこちらを向いて驚いた顔をする。

 

「ボクの結界を破って入って来るなんて、ただの忍じゃないと思ったら……、まさか君がね……」

 

 そしてすぐに、ニタリと笑う。

 

「君、一人なのかい……?」

 

 少しの警戒を込めて。

 

「アンコさん……?」

 

 彼……薬師カブトの傍らには、みたらしアンコが倒れていた。

 気を失っているのか……それとも死んでいるのか、今はわからなかった。

 

「イタチ君と一緒にいたはずだろう? 彼はどうしたんだい? もしかして、彼も君が消しちゃったのかい?」

 

 カブトはその視線に気づきつつも、アンコの状態と、彼女がここで倒れている理由について説明をする気はないようだった。

 

「ボクがせっかく蘇らせた者たちを片っ端から消してくれたのは、ちゃんと見えていたんだけど……、急に戦場から消えてしまったよね? あれは君の影分身だったのかい? あれと今の君は明らかに“違う者”だよね?」

 

 ここでようやく、ナナはカブトをじっくりと見つめた。

 マントのフードを深くかぶっているものの、その下から覗く眼は狡猾さと悪意を隠そうともせずにはっきりと浮かべている。皮膚は青白く、わずかに頬が鱗のように盛り上がっており、まるで「蛇」の肌のようだった。

 そしてマントの裾からは、まさに1匹の蛇がカブトの尾のように伸び、かまをもたげている。

 大蛇丸のしっぽを追いかけ、そのマネごとをして力を得たと勘違いしている男の、成れの果て……。

 そう見えた。

 少なくとも、この戦争を動かしているような“大物”にはまるで見えなかった。

 

「たった一人で、こんなところまで何しに来たんだい?」

 

 息を吐いた。

 

「決まってるでしょう?」

 

 ここの空気は、少しだって吸いたくはなかった。

 

「穢土転生を止めるために来た」

 

 カブトはまた一瞬だけ驚いた顔をして、そして笑った。

 

「君が? そんな状態でかい?」

 

 ここはかなり薄暗いというのに、メガネのレンズが光った。

 

「ボクが医療忍者だってこと、忘れちゃったのかな? 今、君の身体がどれだけ弱っているか、ひと目でわかるよ?」

 

 傍らの蛇も、赤い舌をチラりと出す。

 

「ああ……それとも、和泉一族の秘術でボクを殺すのかい?」

 

 楽しげに言いながら、カブトはゆっくりと立ち上がった。

 

「その術にも興味があるけど……。でも、教えておいてあげるよ」

 

 蛇も彼の頭と同じ高さまで伸びた。

 

「穢土転生の術はボクを殺しても止まらない……。術を始めたボクにしか止められないんだよ。つまりは、君はボクを殺せない」

 

 さあ、どうする……? というように、カブトは肩をすくめる。

 が、術のネタを明かされても、特段驚きはしなかった。

 

「アナタに“術を止めさせれば”いいんでしょう?」

 

 簡潔な答えだった。

 

「自信があるのかい? それとも、イタチ君と戦わされたショックでヤケになっているのかな?」

 

 頭上に垂れ下がっている鍾乳石が、生臭い水滴を肩にたらした。

 それを合図にするように、ナナはゆっくりと印を結んだ。

 カブトが笑ったまま身構える。

 

「イタチの名を……口にしないで……」

 

 そう言いながら、“彼ら”を呼んだ。

 一体、二体……どこからともなく、現れたそれらは、この血が使役する者たち……式神と呼ばれるそれだった。

 

「これは?!」

 

 カブトが興奮したように叫んだ。

 「姿を現せ」と命じてあるから、それらがどんな動きをしているのか彼の目にも見えていた。

 全部で十二体の式神は、全て人と獣の間の姿をしていた。

 まるで御伽話に聞いた“鬼”……。初めて彼らを呼び出したときはそう思ったものである。

 背丈はナナの腿のあたりまでしかない小柄な子鬼たちだが、力は強力だった。

 今はナナだけの眷属となるそれら十二の式神は、「十二天将」というらしい。

 一族の間では、至極の力を得た陰陽師にしか従わない、いわば最高位の式神と言われていた……。

 

「さすが、和泉の一族……!」

 

 十二の式たちは、わらわらとカブトと蛇にとりついた。

 声もなく、音もなく……。

 カブトはむしろ狂喜した。洞窟に笑い声をこだましながら、何匹もの蛇を身体から発す。

 蛇は一匹ずつ式神に噛みついた。

 もっと力を与えれば、式神たちにとって俗物の蛇などとるに足らぬ存在のはずだった。

 が、今の術者……ナナには霊力が十分になかった。

 だから最強であるはずの式神たちは、ヘビに噛み砕かれるようにして、順々に消えてしまった。

 

「なんだか不思議だよ……。和泉一族の本家の姫君である君の術を、このボクが破ってしまうのは」

 

 蛇をまとわりつかせながら、カブトはおおげさに両手を広げて見せた。

 

「体力が弱っているから、忍術や体術じゃなく、和泉の術で向かって来たんだろうけど……。この程度の攻撃ではいくらなんでも()()()のボクにだって破れるよ」

 

 言い返す言葉は無かった。その気もなかったし、実際、すでに息が切れていた。

 

「やっぱり……イタチを自らの手で消してしまったことで、自暴自棄になっているのかい?」

 

 カブトは舌なめずりをした。

 異様に赤く、人間のそれとは明らかに違う長さだった。

 

「……でも、アナタの動きは封じた」

 

 カブトはわずかに身じろいで足元を見た。

 青白い星が、彼の足もとで薄く光っていた。

 

「これは……陰陽術の『五芒星』ってやつかい?!」

 

 アレがある限り、カブトはそこから動けないはずだった。

 その彼に向かって、枯渇した体力で目いっぱいチャクラを練って、風遁、火遁を続けざまに発した。

 

「そこからだと、アンコに当たるよ?」

 

 カブトは言ったが、その心配はすでに失せていた。

 

「あれ?」

 

 彼の傍らに、アンコの姿はない。

 なぜなら先ほど式神が消されたとき、何体かに彼女を向こうへ運ばせていた。

 だが、持てる力で思い切り術を発動したにもかかわらず、カブトの身体には少しも影響を与えられない。ただ天井の湿った岩にひびが入り、瓦礫が凄まじく振って来るだけだ。

 彼の蛇たちが、全ての攻撃を薙ぎ払っていたのだ。

 

「風と火の属性か……さすがにただの忍ではないね」

 

 マントの裾を仰々しく払いながら、カブトが言う。

 彼にはまだ、たっぷりと余裕があった。

 

「たしか和泉一族は、全ての属性を使えるんだよね? 君はもうその力を手にしたのかな?」

 

 また長い舌がだらりと口から垂れ下がった。

 それをめがけ、足を蹴って彼に急接近した。

 

「アナタに術を止めさせるためなら、なんだってする……!」

 

 体術も……土遁と水遁の攻撃も交えて攻め立てた。

 が、攻撃はひとつも当たらない。

 「星縛り」の術はまだ破られていないから、彼はそこから一歩も動けないはずだったが、それでもまとわりつく蛇に邪魔されて、礫のひとつも当てられなかった。

 だが、わずかに……わずかな隙が必然的に生まれた。

 瞬間、印を結ぶ。

 身体のバランスは崩れていたが、膝を付きながらまっすぐに彼を見る。

 眼の奥に、刺すような痛みが走った。

 

「そ、その眼は……!?」

 

 カブトの顔は明らかに驚愕した表情に変わった。

 

「ま、まさか……写輪眼……? 君が……?」

 

 彼はそう気づくと同時にうつむいた。

 さすがに頭の回転は速いらしい。

 

「まさか……何故、和泉一族の君が写輪眼を? しかも、青い写輪眼だなんて……そんな……」

 

 眼を合わせないようにしながら、平静を保とうとしつつ分析をしている。

 

「輪廻眼とも違う……いったい何故……?! まさか君は……」

 

 ゆっくりと立ち上がる。

 彼を動揺させることは成功したが、術にはめることは失敗だった。

 

「け、けど……ソレが写輪眼だったとしても、ボクには効かないよ!!」

 

 カブトが今までで一番の大声を出した。

 

「その眼さえ見なければ、ボクには何の術も影響しない……。あの“最強の写輪眼”でない限りね!」

 

 ゴソゴソとフードを深くかぶり、自ら視界を遮る。

 すんでのところで、「幻術」が外されていた。

 まだこの眼の扱いに慣れていないせいで、術を発動するのが一瞬遅れたのだ。

 

「それが君の切り札だったのかい?! たしかに恐れ入ったよ! そんなモノを出してくるとは、ボクにも予想がつかなかったからね!!」

 

 確かに眼を合わさなければ、金縛りも幻術も効力をなさない。

 この一瞬で眼を合わせ、カブトを幻術にはめるという流れは失敗に終わった。

 もう二度と、この策は彼に通用しない。

 「切り札」はかわされ、体力も尽き、完全に手札がない状態だった。

 だが、それでも勝機は間違いなくあった。

 

「いつそれを開眼したんだい? うちはの写輪眼とは違うの? イタチ君や、サスケ君の写輪眼とは……」

 

 カブトは眼を伏せながらも、肩を震わせて興奮を露わにする。

 「かかった」……そう思った。

 

「ほんとうに君は興味深い存在だよ……」

 

 彼はそう言いつつ印を結んだ。

 「来る」……と思ったときにはもう、蛇が急激な速度でこちらに向かって伸長して来ていた。

 それを、避ける間も力も無かった。

 

「君の方から飛び込んできてくれるとは、本当にラッキーだった」

 

 一匹が左腕に噛みついた。強烈な痛みを感じ、後ろによろめく。

 が、もう一匹が右の肩に噛みついて、しりもちをつくのを止めた。

 そして……。

 

「やっぱりボクは、君が欲しい……」

 

 カブト自身の身体がまさに蛇のように伸び……首元に噛みついた。

 まるで……かつて『死の森』で、大蛇丸がサスケに呪印を与えたときのように……。

 

 

 

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