光に包まれたイタチの身体の表面が、まるで立ち枯れた木の皮のようにチリチリと剥がれていった。
イタチは意識を失いながらもこちらを向いた。
そして、ナナとサスケにゆっくりと歩み寄る。
「最後に、お前たちに全てを伝えよう」
耳に届いたのは。
「“あの夜”のことは、お前たちが聞いた通りだ」
確かな真実。
「お前たちに……全ての真実を見せよう」
息を呑んでイタチを見た瞬間、二人は幻術に捕らわれた。
それはただの幻ではなく、イタチの真実……彼の記憶だった。
木ノ葉の里か……どこか知らない崖の上で、イタチはうちはシスイと語っていた。
うちはのクーデターの話。彼の眼のこと。そして、目の前から消え去る様……。
イタチの記憶は、どれも悲しかった。
里の上役の前で、シスイのことを秘めたまま、一族の計画を忠実に報告するイタチ。うちはへの畏怖と敵意を一身に浴び、それでも木ノ葉の忍としてあるイタチ。
ダンゾウの密命と、密約。トビとの接触。彼との交渉。
そして……あの夜。
幼いサスケをひと目見て、父と、母を、手にかけるイタチ。
両親の最期の様子も、言葉も、イタチ自身の震える手も涙も血の匂いも……、ありのままに。
あの不気味な月で記憶を閉じ、イタチはサスケに向き直った。
そして、彼にまた“術”をかける。今度はナナにも……。
イタチはそれぞれに術をかけた。
彼に“その光景”を見せられて……、手の温度がますます冷えていくのがわかった。自分だけじゃなく、サスケも同じだった。
しかしそれと反対に、握り合う手の力は強まっていた。
やがてイタチは完全に術を解き、身体から塵を舞い上がらせながら言った。
「サスケ、オレはいつもお前を遠ざけて来た……。巻き込みたくは無かったからだ……」
消えかけながら、途切れ途切れに……だが、しっかりと。
「だが、今は思う……。お前がうちはを変えられたかもしれないと……」
震えているのはサスケの手か、それとも自分の手か……ナナにはわからない。
「オレがお前とちゃんと向き合っていれば……」
頭が酷く鈍っているようで、イタチの言葉をただ聞くことしかできない。
「ナナ……お前にも……」
イタチは両手を伸ばした。
「オレはお前に癒しを求めながら、結局逃げていたのはオレの方だ……」
その手は、漫然と握り合うサスケとナナの手をとって、
「失敗したオレが、今さら多くを語っても伝わりはしないだろう……」
しっかりと包み込む。
「だから、今度こそ本当のことを、ほんの少しだけ……」
そして、イタチはかすかに笑って、二人の肩に手を置いた。
「サスケ……お前はオレのことを、ずっと許さなくていい」
やさしい兄は、
「ナナ……お前はもう、何も背負わなくていい」
唯一心を許せた者は、
「お前たちがこれからどうなろうとも……」
二人をそっと、抱きしめた。
「オレはお前たちを、ずっと愛している」
言葉とともに、イタチは散った。
柔い光に包まれ、ふわりと浮いて、花びらのごとく、舞い散った。
その顔は満足げで、確かに、なにも憂いてはいなかった。
(イタチ……)
光が消えると同時に力が抜けて、膝から崩れ落ちた。
すがるようにサスケの手だけを握っていた。
そして、彼の手に額を押し当てて……泣いた。
こみ上げる涙を押し留めることなどできなかった。
何もかもを失ったようで、空虚だったにも関わらず、涙は後から後から溢れ出た。
サスケはじっと、動かなかった。まだ、イタチが逝った虚空を見上げたままだった。
それでも、手を離しはしなかった。
やがて、サスケは膝をつき、激しく震える肩を抱いてくれた。
何も言わず、躊躇いもせず。
「うっ……サスケっ……!」
思い切り彼にしがみついた。うまく力が入らなくて、全身が震えた。
「サスケっ……イタチがっ……」
「ナナ、しゃべらなくていい」
信じられないくらい静穏な声。
どうして彼が、これほど穏やかでいられるのかわからなかった。
サスケの腕は、次第にきつく身体を抱きしめた。とても力強く。牢乎として。
「サスケ……!」
うまくしゃべれなかった。
が、どうしても伝えたかった。
いや、押し付けたかった。抱えきれなかったから、サスケに半分押し付けたかった。
今、胸を突き破るほど強く感じている痛みを……いや、説明のつかない“想い”を……。
「イタチが最期に……!」
まるで最後の枷が外れたように、
「見せて……くれた……!」
その根源を突き付けた。
「サスケが、まだ……小さかった時のことっ……!」
過去への真実の旅を終えた後、わざわざイタチが自分だけに見せてくれたのは、幼いサスケとの記憶だった。
「サスケが……『兄さん、兄さん』って……」
無邪気で、眼が生き生きと輝いていて……陰りなど少しもなく。
「イタチにくっついてまわって……」
まっすぐに兄を見上げるサスケは、心から……。
「イタチのことが……大好きでっ……!」
憧憬、愛慕……サスケは小さな体からそれを惜しげもなく発していた。
その姿は、イタチに聞かされて想像していた「サスケくん」そのままだった。
「サスケがっ……!」
こうなってしまった分、そんなサスケが痛ましかった。
サスケがイタチをどれほど慕っていたか、そしてイタチがサスケをどんなに大切に思っていたか、わかりすぎて辛かった。兄弟の幸福な時間があまりに短すぎたことが残念でならなかった。
いろんな感情……想い……痛み……。
一人で持て余したから、サスケにこうして押し付けた……。
だが。
「ナナ……オレも見た」
サスケはそれを避けもせず、突き返すこともなく、ほんのり包むように言った。
「幼いお前を、イタチが見せてくれた」
自分もまた同じように、イタチの記憶を見たのだと。
「お前はいつもイタチの姿を見つける前から、イタチに向かって走って来て……、全身でイタチに飛びついていた」
呼び覚まされる、あの頃の記憶。
「今と違って髪が長かったが、同じように白い袴姿だったな」
それを、サスケが物語る。
「あの頃のお前は、よくしゃべり、よく笑い、よく怒って……いろいろ表情が変わるヤツだったんだな」
サスケの知らないはずの時間がサスケの口から漏れ出でて、なんだか不思議だったのに、涙はひと時も止まらなかった。
「ナナ……イタチは最期に、オレたちに“イタチの思い出”をくれたんだ」
サスケの胸に顔をうずめて、うなずくことさえできなかった。
天真爛漫なサスケと自分……。二人の幼い姿が脳裏で重なって、いっそう胸が詰まった。
それでもサスケは、さらにきつく抱きしめてくれながらも、ますます口調を穏やかにして告げた。
「お前がオレたちに術をかけて去った後……、イタチはこう言った」
一瞬、息を止めた。
「『ナナは生来、純真無垢で高尚な気質の子供だった』と」
「え……?」
聞き返すことすら満足にできず、かすれた声が漏れた。
首を回して見上げると、サスケはどこか遠くを見ながら続けた。
「『ほんの子供のうちから、人の闇の部分を知っていて、自分が背負うものもわかっていて……、それでいて何も知らない子供のように無邪気でいられる崇高さがあった』……とイタチは言っていた」
何のことかわからなかった。誰のことを言っているのかわからなかった。
それが本当にイタチの言葉なのか……。本当に幼い自分のことを指しているのか。
いや、それより……。
「『仙人や妖精がいるとしたら、“ナナ”がそうなのだと、本気で思っていた』そうだ」
サスケはこちらに視線を戻し、少し笑った。
どこか寂しそうに。
「どうしてっ……!」
その、傷も影も浮かべた瞳に向かって言った。
「“あの時”に、どうしてそんなこと……!!」
鼻声だった。
が、ちゃんと声は出た。
「どうしてっ……“あの時”にそんな……!」
サスケの着物を握る手が、自然と力を込めていた。
サスケの言葉はどうでもよかった。イタチの言葉に意味はなかった。
ただ、“あの時”……「最期に
「イタチがオレに伝えたかったんだろう……」
サスケはあっさりと、答えを示した。なだめるように、少し腕の力を抜いて。
「でも……!」
あれほど強く願ったのに何故……。
「確かにオレは、お前のことも知らなすぎた……」
涙で滲んだサスケの顔がさらに歪んだ。
思わず口を閉ざす。
と、
「だからイタチは……オレに伝えたかったんだ。“あの時”に」
自分だけ納得したように、サスケはぽつりとつぶやいた。
「イタチは話の最後にこう言っていた」
再び腕に力がこもった。
そしてサスケは、こちらに視線を落として言った。
「『無垢なナナを汚し、“この世界”に引きずり下ろしたのはオレだ』……と」
そんなことを告げるイタチの顔が浮かんだ。孤独で、優しい、イタチの顔が……。
そして耳に蘇った。
『オレたちをこんなふうにさせたのは兄さんなんだぞ!』
サスケの声が。
「お前を……イタチが変えたんだ」
……サスケ……。
「お前はイタチによって、深く傷つき、純真さを失った」
サスケ……アナタも……。
記憶の中の自分自身の姿と、ついさっき知ったサスケの幼い姿が重なった。
一方はオトナの心の内など何も知らない天衣無縫な子供。もう一方はそれを知っていても天真爛漫に振る舞う子供。
中身は全く違っていても、同じだった。イタチが誰よりも大好きだったことは、同じだった。
イタチによって全て奪われ、イタチに深く愛されたことも……また同じ。
「サスケ……!」
胸が潰れそうなほど傷んだ。
「お前も、“あの夜”に全てを無くしたんだ……」
サスケは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「オレだけじゃなく……お前も……」
「サスケ……!!」
サスケの言葉が、深く染み入る。
それは決して冷たさを与えるものではなく、また心地よいものでもなかった。
「私っ……」
何か言いかけて、幼いサスケの笑顔が浮かんでとどまった。
いや、最初からサスケに言うべき言葉などなかった。
『兄さん!』
無邪気なサスケが兄を呼んでいる。
目の前にいるのは、暗い闇を負ったサスケなのに……。
「サスケ……!」
「ナナ……何も言わなくていい」
大人びた声で、サスケは言った。
「今は……気が済むまで泣いてくれ」
与えられたぬくもりは心地よく、思考を融解するようで……。
「今度はオレが……受け止める……」
サスケが頭の後ろに手を回し、また強く引き寄せた。
両手でしっかり、サスケの背中にしがみついた。
そして、堰を切ったように声をあげて泣いた。
この感情が何なのか未だわからないまま……ただ泣いた。
最初の別れで流したのは、「絶望」と「憤り」。マダラの話を聞いて激しい「後悔」の涙を流した。
今は……。
何に泣いているのかわからなかった。
後悔……それはある。絶望……それもある。憤りもないわけじゃない。
それに、イタチへの思慕、悲哀、そして感謝……。サスケへの共感、想い……。
様々なものが入り混じったようで、感情が定まらない。
その荒れただれた心をさらけだすように泣いた。
彼の胸で、激しく。いや、喚いた。
声が枯れるほど、いっそ心も枯れるほど。
烈しく、哀れに、泣き続けた。