ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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透明、実情

 

 どのくらいそうしていたのか……。

 暗い洞窟の中で、時間の経過はわからなかった。

 ただ、疲れていた。横隔膜が激しく痙攣を繰り返し、眼と、頭が酷く痛んだ。

 それをなだめるように、いつの間にかサスケの手が、そっと背中をさすっていた。

 

「サスケ……」

 

 情けなく、すり切れた声だった。

 すぐ側に彼の顔があった。まだ、眼は見られない。

 

「サスケ……」

 

 呼びかけてみたものの、言葉が見つからなかった。

 いや、言うべき言葉など見つけられないことに気づいた。

 

「うっ……」

 

 喉の奥から、声にならない音が出る。

 

「ナナ……」

 

 サスケはゆっくりと体を起こし、

 

「眼は、大丈夫か?」

 

 あっさりと、この眼を見つめてきた。

 

「痛むか?」

 

 返事どころか、うなずくことすらできない。

 だが、サスケは答えを求めはしなかった。ただゆっくり、ぐちゃぐちゃの顔を袖で拭ってくれた。

 それでもにじみ出る涙を見て、サスケはフッと笑った。

 漆黒の眼に、闇はなかった。

 その代わり、澄んでもいなければ、光もなかった。

 

「サスケ……」

 

 知らずとしがみついていたサスケの背中を、改めて掴みなおした。

 

「いつ、開眼した?」

 

 もう一度指で涙をすくいあげて、サスケは問う。

 この答えは、待っているようだった。

 

「……イタチが死んで……アナタと別れた後……」

 

 しゃっくり上げながらも正直に答える。

 サスケは「そうか」とだけ言った。

 答えに何を感じたのか、声と表情からはわからなかった。

 

「サスケ……」

 

 震える胸を押さえつけ、今度は逆に問う。

 

「どうやって……ここへ、来たの?」

 

 別に今さらどうでもよかったのに、自然と口を付いた問いだった。

 

「陰陽術のことを、オレもイタチも少し知っていた」

 

 サスケは小さく笑いながら、そう答えてくれた。

 写輪眼による“縛り”の術はともかく、陰陽術の結界はそう簡単に破られまいと思っていた。

 が、イタチのことだから、和泉の里に伝わる陰陽術のことを調べていたのだろう。

 それに……サスケは“姉上”を知っていたのだと思い出し、合点がいった。

 

「そっか……」

 

 ガンガンと、頭の後ろ側で痛みが響いた。

 

「無茶な使い方しやがって」

 

 サスケは慰めるように、頭を撫でた。

 不自然なくらい彼は優しく、そして落ち着いていた。

 

「サスケ……」

 

 違和感はあった。彼の心がつかめなかった。こんな感覚は初めてだった。

 

「これも……なんとかしないとな」

 

 サスケはそんな戸惑いなどお構いなしに、そっと左の首筋に触れる。

 そしてそのまま、頬に手を添えた。

 

「カブトの細胞が、少し同化しているようだ……」

 

 不快感を表わしながらも、指の感触から躊躇いは伝わってこない。

 

「痛むか?」

 

 彼が何故、こんなにまで落ち着いているのか、穏やかでいられるのか、わからなかった。

 こんなサスケに全てを“押し付けて”泣いたくせに、今さら彼のことを気にかけている自分が滑稽だった。

 

「ナナ?」

 

 答えを促され、かろうじて首を横に振った。

 その時、気がついた。

 サスケの眼が、深海のごとく暗く静かなのは……。

 

「ナナ……オレは今、これからどうすべきか迷っている」

 

 気づいたことが形になる前に、サスケは告げた。

 はっきりと、瞳に浮かべた「迷い」を言葉にして告げたのだ。

 

「サスケ……?」

「復讐自体は迷ってはいない。木ノ葉への憎しみもさらに深くなった」

 

 こんなにも質実に心を打ち明けられたことがあっただろうか。

 

「だが、イタチの真実を知って……イタチの想いを知って……」

 

 さらけ出されたサスケの想いに竦んでいた。

 

「イタチとは……うちは一族とは……里とは……忍とは何なのか……オレはあまりに知らなすぎることに気づかされた」

 

 迷いも葛藤も、そして焦燥も……サスケはありのままを見せていた。

 

「そして、オレはいったい……」

 

 サスケはそうつぶやいて、目を伏せた。

 こんなサスケは、見たことがなかった。

 これまでずっと「わかる」からお互い言葉にしてこなかった。不安も怒りも戸惑いも、何も口にしないままここまできてしまった。

 それが、今になってサスケは己の感情を口にする。

 その姿に驚いて、ただ戸惑った。惰性で流れていた涙も止まるほどに。

 

「サスケ……私は……」

 

 “何か”を言いかけた。

 が、途中で糸が切れたかのようにプツンと止まってしまった。

 何を言おうとした? 何か、彼に答える言葉は在ったのか?

 自問する。

 それを見透かしたかのように、サスケは大人びた笑みを浮かべてやさしく頭を撫でた。

 

「ナナ……お前は少し休め」

「え……?」

 

 サスケは全部わかっているかのようにこう言った。

 

「何も考えなくていい……。自分自身の想いも、何が正しいのかも、考えなくていい」

 

 息を呑んだ。

 

「最期……イタチに言われただろう?」

 

 サスケの声に誘われるように、ついさっき贈られた言葉が蘇る。

 

 

『お前はもう、何も背負わなくていい』

 

 

 イタチがそう言った意味をまだ理解できてもいないのに、サスケはそれを軽やかに誘う。

 

「もう強くあろうとしなくていい……。少し休め」

 

 そして、イタチの言葉と同調する。

 

「サスケ……」

 

 枯れたはずの涙が、またそぼそぼと流れた。

 初めてだった。

 選ばなくていいことも。何が正解なのか考えなくていいことも。意志を持たなくていいことも。心を預けられることも。

 こんなふうに、サスケの側にいられることも。

 

「お前はオレと同じ傷を負っていたのに……、いつもオレを受け止めてくれていた……」

 

 サスケがわずかにうつむいて、

 

「だから、これからは……」

 

 憂いを浮かべた顔をして、言った。

 

 

「何があろうと、オレがお前を受け止める」

 

 

 それが……この姿の訳か……。

 頭が痺れているかのように、ぼんやりとそう納得した。

 サスケがこんなに静穏としているのは、二人の過去に共感したからか……。

 いや、それだけじゃない。

 イタチの記憶……真実を知って、憎しみの的を見失ったからだ。

 自分自身で口にしたように、彼は進む道を迷っている。

 今までずっと、「復讐」という道を歩んできた彼にとっては、立ち止まらざるを得ない状況になってしまったのだ。

 ようやく、彼の心が理解できた。

 それはとてつもない安堵だった。

 

「サスケ……」

 

 それは決して、幸せな気持ちなどではなかった。

 お互いに。今さら、痛みは癒せない。漂う悲壮感も消せない。笑い合うことなどできない。

 だが、

 

「ありがとう」

 

 素直な気持ちを、言葉にした。

 

「手を握っていてくれて……」

 

 もしサスケがいなかったら、こんなに辛くはなかっただろう。

 この苦しみも悲しみも……こんなふうに“二人分”の絶望を感じることはなかったはずだから。

 だが、彼がいなければこの安堵感もなかった。イタチが散り逝く様を、ひとりで見送らずにすんだ。サスケが手を握って、隣にいてくれたから。

 

「あの時みたい……」

 

 ふと浮かんだ記憶。

 

「お前の姉が死んだ時か?」

 

 サスケは見透かしたように言う。

 

「お前、あの時はオレの前で泣けなかったな」

 

 そして、懐かしそうに小さく笑む。

 

「あの時もオレは、自分ばかりが傷つき、憎しみを抱えていると思い込んでいたから……お前のことをちゃんと受け止めてやれなかった」

 

 その台詞に、あの時のもどかしい気持ちが克明に蘇った。

 

「私……イタチが去ってからは……絶対に泣かないと決めていたから……」

 

 今なら、あの時のことが話せる気がした。

 

「私は……『イタチのことを知ってる』って、サスケに言えなくて……ずっと……苦しかった」

 

 声は情けなく掠れていたが、驚くほど淡々と、あの頃のことが口をついて滑り出る。

 

「ああ、わかってる」

 

 サスケも、心を揺るがすことなく聞いている。

 

「アナタを騙してるみたいで、嘘をついてるみたいで……。ときどきどうしようもなく、アナタの目をまっすぐに見られなくなった」

「ああ……」

「あの時も、サスケが海まで連れて行ってくれて……そこでイタチの話をしてくれて……『私もイタチを知ってる』って言いたかったのに、どうしても言えなかった」

「ああ……」

「なんにも言えないまま、私はアナタが里を抜けるのを黙って見送った……」

 

 静かに相づちをうつサスケの手を、握った。

 

 

「私がアナタのことをこんなに好きじゃなかったら、もっと早く、イタチのことを話せたのに……」

 

 

 罪悪感と愚かさに、自然と口の端が上がった。

 

「ナナ」

 

 サスケは言葉の代わりに、手を握り返してくれた。

 

「怖かった……」

 

 きつくもなく、緩くもなく、ほどよい強さで指が絡む。

 

「アナタが憎んでいたイタチが、私にとっては大切な人だったから……。イタチのことを話して、アナタに背を向けられるのが怖かった」

 

 だから、躊躇わずに想いを吐露することができた。

 ぼろぼろの心が、少しだけ軽くなった気がした。

 

「ナナ、オレは……」

 

 手が再び離れた。

 そしてサスケは、もう一度しっかりと抱きしめて言った。

 

「もう二度と、お前に背を向けない」

 

 指の先から力が抜けた。

 サスケの声には熱など少しもこもっていなくて、むしろ冷めたように聞こえたが、それでも心は安らいだ。

 互いの過去……幼い姿に出逢って、全てを知った。迷いも、罪も、後悔も、言葉にしてさらけ出した。互いの心に、同じ傷を見た。互いに相手の存在こそが傷を抉っていると気づきながらも、その存在に安堵していることを知った。

 

 心が……深いところで繋がっているのを感じた。

 

「サスケ……」

 

 今、彼への想いが何の色をしているのかわからない。

 同情か共感か、依存か……例えば愛じゃなくとも。

 

「ありがとう」

 

 ここに居てくれてよかったと心から思った。

 彼の言葉に安らいでいた。

 

 だからもう、サスケに心を……全てを預けた。

 

 

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