闇夜の森を走ることに飽きてきた頃、ナナはサスケの背で目を覚ました。
そこで始めて休憩をとった。
水月は二人分の水を汲んで来て、巨木の根に腰かけるサスケに両方とも手渡した。
サスケはそれらを受け取ると、黙ってひとつを隣のナナに差出し、ナナも自然な手つきで受け取って水を飲んだ。
やはり、違和感があった。
サスケの仕草は、義務感でもなく、労りでもなく……何か違うものを醸し出している。 決してナナを慈しんでいるようには見えない。かといって、義理で面倒を見ているわけでも決してない。
「具合はどうだ?」
「平気。もう歩ける」
二人が交わした会話はそれだけだ。
少なくとも、水月の前では……だが。
そんな様子を、重吾は気にしていないようだった。大蛇丸は何もかも見透かしたような顔で、遠巻きに二人を見ている。
水月だけが大いに気になっていた。
今の二人の状態を……。
「そろそろ行きましょう」
大蛇丸のしわがれた声で、二人も腰を上げた。
その頃にはすでに、大蛇丸に目的地が木ノ葉隠れの里であることを告げられていたが、ナナは目覚めてもそのことを問いはしなかった。
一行は、いよいよ木ノ葉隠れの里に足を踏み入れた。
里の周囲に張られている結界は、全員がすり抜けられるように大蛇丸が何とかしたらしい。「これには慣れている」とニヤニヤしながら言っていた。
大蛇丸はまず初めに里の外れの森へと向かった。
空にかかる月は大きく明るかったが、その森には光が十分に届いてはいなかった。
そこで思わぬモノを感じ取る。
殺気ではなかった。木ノ葉の忍の気配でもない。
もっとずっと、
その異常事態に、誰も声を上げなかった。おそらく、全員が感知しているはずであるのに。
「行くぞ。さっさと案内しろ、大蛇丸」
サスケも大蛇丸を促し、得体の知れないチャクラに対して無関心を決め込んでいた。
むろんサスケに寄り添うナナは、ぼーっと空を見つめたままで……、何かを感じたのか、何も感じなかったのかわからなかった。
そんな彼女が突然、あらぬ方向を向いた。はっきりと「目的」を持った視線で。
「ごくろうさま」
今夜初めて聞くナナ自身が発した声は、夜露のようにか細かった。
だがそんな感想を抱くよりも驚いたのは、いつの間にかナナの前に見知らぬ子供が立っていたことだった。
「え? 誰?」
子供は薄青の着物姿で、黒髪のおかっぱの童女だった。
童女は表情のない顔でナナだけをまっすぐ見上げ、手に持っていたものを差し出した。
それを一枚だけナナが受け取ると、童女はサスケにも同じものを差し出した。
それが何なのか思案する前に、童女は水月の前にも来た。
間近で見ると、幼いはずなのに見透かしたような漆黒の瞳で、不覚にも戸惑った。
「受け取れ、水月」
サスケが言い、自身が受け取ったものを広げる。
それは何の変哲もない、黒い布のマントだった。
「あ、ああ……どうも」
童女は無表情のまま大蛇丸と重吾にもマントを渡し、配り終えると再びナナの前に立つ。
「もういいよ」
ナナが短く言うと同時に、童女は煙すら残さず消え去った。
「な、なんだよ、あれ……」
呟く声に、
「あれが陰陽師の使う式神よ」
大蛇丸が楽しげに答えた。
「式神」という単語に聞き覚えはなかった。
隣の重吾は関心も興味も示さない代わりに、戸惑いも見せない。
こんなことなら、もっと『和泉物語』でも読んでおけばよかったと思ったが、すでに後の祭りだった。
それに、そんな後悔などしている間は無かった。
大蛇丸はどんどん進む。足取りはどことなく軽い。
そうしてマントに身を包んだ一行は、しばらくの間無言で歩き続けた。
木ノ葉の忍の警戒網は張られていない。それほど里の中心部からは離れているようだった。
しかし用心に越したことはなく、全員がマントのフードを目深に被っている。
やがて、朽ちかけた建物が木々の向こうにぼんやりと見えた。
ちょうど月明かりに照らされている。柱も梁も折れ、建物としての役割は完全に放棄している姿だった。
ただ、正面に飾られた木ノ葉のマークは健在で、ここが目的地なのだとすぐにわかった。
「ここがうずまき一族の納面堂よ」
道すがら、大蛇丸はこの納面堂にある面を使って屍鬼封尽の死神を憑依させる……などと説明していたのを覚えている。
「やっぱり……。長いこと放置されていたようね。四代目が死んでからかしら……。けど、結界はまだ生きているようだわ」
大蛇丸は右手を広げて前に出した。
そのとたん、バチっと音がして、手が“見えない壁”に弾かれたように見えた。
「こ、これが結界? 破れるんすか?」
ここへ来る途中に、里全体に張られた結界を難なく破った大蛇丸なのだから可能であるはずなのに、水月は思わずそう尋ねた。
それほど、この場所はなんだか異様な雰囲気を醸し出しているように思えたのだ。
「ええ、もちろん破れるわよ。だからあなたたちをここへ連れて来たんじゃない」
大蛇丸は口の端を持ち上げた。
「ただ、“うずまき一族”の結界は少しやっかいでね……。ちょっと時間がかかっちゃうけど。まぁ我慢してちょうだい」
そして印を結ぶ。
時間がかかるということは、木ノ葉の忍に感知される危険があることだ。そのくらい、水月にもわかる。
やれやれ、こんな“敵”の本陣で逃げ回るのか……と、ため息をついたとき。
ナナが下草を踏む音もなく進み出て、刀印を結んだ右手を前にかざした。
すると横にいたサスケが、スタスタと“壁”の向こうへ歩き出す。
「え? ちょっと……!」
サスケの身体が“壁”に弾かれることはなかった。
そして何事もなかったかのように、崩れて傾いた扉の隙間から中へ入っていく。
ナナもそれに続いた。
「ナナちゃんが結界を破ってくれたのよ。さすが、一瞬だったわね」
大蛇丸がそう説明する。
「このぶんじゃ、ここでは私の役目は無さそうね」
その口調は心底楽しそうだった。
「あのコ、協力する気はあるのか……?」
水月は心の引っ掛かりを、そのまま声にした。
ただ傍観していたように見えたナナが、自ら協力的な行為を働いた意味がわからなかったのだ。
それに、最初から気になっているサスケとナナの距離感……。
ここまで黙って見てきたが、その不可解さは説明のしようがなかった。
「フフ……」
心中を察したように、大蛇丸が薄気味悪く笑った。
「ずいぶんと気になるようね」
「べ、べつにそういうわけじゃないスけど」
皮肉に受け取れたのでつい言い返した。
すると大蛇丸は、案外さっぱりとした答えを吐いた。
「アレが、同じ絶望に堕ちた二人の姿よ……」
相変わらず笑ってはいたが、いままでの愉快そうな口ぶりではなかった。
何度か目にしたことがある。これは、新しい術を試す時の興奮を交えた笑みだ。
それに気づき、水月はなんとなく納得をした。
なるほど、残酷な視点で見れば解せるのかもしれない。
サスケがナナに対する様は、自分が感じたとおり、慈しみでも愛情でもない……。
かといって、ただの義務感でもない。
そしてナナも、五感の全てをサスケに委ねたような姿でいつつ、サスケの目的に自ら力を貸した。
それはまるで……ナナがサスケの影であるかのような光景……。それが一番、しっくりくる解釈だった。
そんなことを思いつつも、重吾とともに朽ちた建物の中へ入る。
廊下は腐り、ところどころが抜け落ちていて、忍の彼らでなければ無事に目的の堂に入ることはできなかった。
大蛇丸の後に続いて一番奥の部屋に入ると、壁一面に角の生えた鬼の面が飾られているのが目に入った。
サスケはすでに、その中からひとつ気味の悪い面を持っていて、大蛇丸に手渡した。
「これだな?」
「ええ、そうよ」
どうやら目的の面は無事に手にしたようだ。
まだ儀式を始めてもいないのに、水月は全身に疲労を感じていた。