「ナナ、身体は大丈夫か?」
彼らから十分距離をとると、ナルトは木陰で立ち止まった。
背からナナを下ろし、正面からナナを見る。
「うん」
ナナの瞳は儚いイロをしていた。
とても、あのサスケの憎悪に満ちた瞳を受け止めることなどできないくらい脆かった。
『二人で戦えば、どっちも死ぬ』
あの眼を前にして生まれた自分の言葉が蘇った。
サスケと戦えば、自分もサスケも死ぬと思っている。それは確信だった。
そして、
「お前も……気づいてるんだな……?」
もうひとつ確信……。
「サスケの中にあるモノ……」
泣くことすら忘れたナナが、変わらぬ表情のままうなずいた。
みんなの前では伏せていても、やっぱりナナは知っていた。それが、その力や想いが、ナナ自身を苦しめているのに。
「……うん……」
ナルトは不意にナナを抱きしめた。
「九尾のチカラがないと、サスケとは戦えねぇ……」
ナナの肩は、今更少しも震えなかった。
「そうなったら、ナナは……」
そして、自ら身体を離して言った。
「言ったでしょう?」
ちゃんと、ナルトの目を見つめて。
「私はナルトと運命をともにするって……」
ナルトはゆっくりとうなずいた。
今更その真実に驚きはしなかった。
ナナがその“運命”に従って自分の側にいたわけじゃないことも、わざわざ口にするつもりはなかった。
そういう存在が“ナナ”で良かったとも思った。ナナを苦しめることになっても、自分が守れる可能性を諦めたわけじゃなかったから。
だが、もうひとつの真実は、彼の中でまだ受け入れられずにいた。
「オレさ……聞いたんだ」
だから、初めて躊躇いをともにしながら、穏やかな表情のままのナナに言った。
「イタチの……真実ってやつを……」
「え……?」
ナナが初めて目を見開いた。
「だ、誰……に……?」
「暁の、面をしたヤツが……オレたちの前に現れたんだ」
自身の運命を口にしたときは呆れるくらいに静かだった表情が、一転、必死で驚愕を抑え込んでいた。
「カカシ先生とヤマト隊長と、オレだけの極秘事項になってる」
「…………」
ナナはナルトから目をそらした。
「ナナも……知ってるんだってな……」
だんだんと、その頬が諦めの色に染まっていく。
「お前にとってイタチがどんな存在だったか良くはわかんねえぇけど……、オレにとってのイルカ先生みたいな存在だったとしたらって考えたら……、オレも苦しい……」
少しの沈黙……そして、
「イタチは……」
ナナはゆっくり囁いた。
「私にとって、親で、兄で、友達で、憧れの忍で……夫となる人だった……」
はらはらと、初めての言の葉が二人の間を舞った。
「だから……それを聞かされた時……」
まるで、ため息のような声色。
「サスケは復讐を誓ったけど……私にはそんな“前に進む”力は残ってなかった……」
皮肉にもならない言葉が力を削いでいくようで、ナルトは気休めに拳を握った。
「だから……サスケとはそこで別れたの……」
再び、憎悪に満ちたサスケの目を思い浮かべた。そして、ナナの眼に浮かぶ諦めの色を見つめた。
「別れた」という言葉が、ナルトの心に“異物”として引っかかっていた。
それを信じて、ナルトは言った。
「ナナ……オレ、前にイタチに会ってる」
「え……?」
「サスケを探し回ってた時、イタチに会ったんだ」
ナナの瞳がまた震えた。
「あの時、一対一の状況だったのに、イタチはオレを攻撃するとか、戦おうともしねーで、ただ確かめるみてーに、『サスケが木の葉を襲ったらどうする?』って聞いてきた」
務めて淡々と、あの時のイタチの様子を伝える。
「オレが、『木の葉も守ってサスケも連れ戻す』って言ったら……」
ナナの瞳の中の、脆い光に向かって。
「イタチはオレに“力”をくれた」
「チカラ……?」
気づけば、ナナの指が袖をきつく掴んでいた。
「『その力を、使う日が来なければいいがな』……ってイタチは言って、すぐ消えた」
「…………」
ナナはナルトの双眸をしばらく凝視して、疲れたように目を伏せた。
それ以上、イタチを思い出すことに……イタチを思い浮かべることに耐えられないというように。
「ナナ……」
ナルトはナナが消えてしまわないよう、両手を伸ばした。
「オレはサスケを……」
その時、
「いずみナナ、ここにいたか」
突然、木の上から暗部の男が二人降り立った。
「な、なんだってばよ……?!」
「里の上役たちがお呼びだ」
ナルトは無意識のうちにナナを背にかばったが、暗部の男はそれを無視して淡々と要件を告げる。
「緊急の呼び出しだ、すぐに来てもらう」
ナルトはナナを振り返った。
と、
「ナナ……?」
今まで弱々しかったナナの眼が、刃の切っ先のような光を放っていた。
「わかりました」
ナナは冷たい声で短くそう言って、
「じゃあね、ナルト」
ナルトに束の間の笑みをよこして別れを言う。
「ナナ!」
「大丈夫だから」
そして、歪な風を残して、暗部の男らと共に消え去った。