一行はそこから里の中心部へ向かった。
次の目的地は街中を通らないと行けないのだと大蛇丸は言う。
もちろんフードを深く被ってはいたが、一行を気に留める者はいなかった。
さすがに戦争中というだけあって、里の防衛に残った忍たちが哨戒して回っているが、すれ違っても特に警戒されることはなかった。
そんななか、ふとサスケが立ち止まった。
そして、
「来い、ナナ」
ナナの腕を引っ張ったかと思うと、そのまま抱えて近くの建物に登った。
鮮やかな身のこなしで、屋上の給水タンクの上に立ってフードを取る。
「サスケ、急にどうしちゃったの?」
見上げながらつぶやくと、大蛇丸はため息をつくように言った。
「私が木ノ葉崩しをやる前と同じだわ……」
「何が?」
「たとえ里や彼自身が変わってしまったとしても、ここは彼の故郷に変わりない。感傷に浸って過去をなぞることで、己の決意を再確認する。そういう儀式なのよ」
ふーんと納得したようにうなずいて、水月はサスケとナナを見上げた。
里を見下ろすサスケ。そして、ただ寄り添うナナ。
二人が今、どんな気持ちで“故郷”を眺めているのかなど、わかりはしなかった。
何事もないまま街を横切って、再び里の外れにたどり着いた。
そこは復興が進んだ街の光景とは違い、集落の建物が完全に崩壊した瓦礫の散乱地帯だった。
そこに、うちは一族の『
サスケはある地点の瓦礫を退けると、写輪眼を発動した。
すると、彼の足もとの3畳分ほどの岩が地面から切り離されたように持ち上がり、宙に浮いた。そしてその下に、地中に続く階段が現れた。
「行くぞ」
サスケは味気なくそう言って、暗い地面の下へと降りていく。もちろん、ナナは静かに後に続いた。
中はひんやりと涼しかった。
サスケは階下の奥まった空間で立ち止まる。
そこは案外広々としていた。「うちは」の家紋と重々しい石碑が置かれ、どうやら一族の集会場のようだった。
なるほど、一族が里に隠れて密議するにはもってこいの場所だ。
サスケは石碑の横に火をともす。冷たい石壁に5つの影がぼうっと浮かび上がった。
水月はナナを見た。
石碑を眺めている。その顔は明かりが差しても青白く、未だ死人のようだった。
「それじゃあ始めるわよ」
大蛇丸がマントを脱ぎ捨てて言う。
この先の「儀式」については、道中すでに聞かされていた。
大蛇丸が面をつけて“屍鬼封尽の死神”をその身に憑依させ、その腹を裂く。大蛇丸はとりあえず自分が“人柱”になるつもりらしい。
腹が裂かれると、死神に封印されていた大蛇丸の両腕の力が戻る。それと同時に、同じく死神に封印されていた“4つの魂”も解放されるということだ。
「ナナちゃんなら、こんな回りくどいやりかたじゃなくても、死神を操ることができると思うけど……」
大蛇丸はニヤリと笑って横目でナナを見た。
和泉一族の人間はそんなこともできるのか……と、先ほど納面堂でのことを思い出しつつ感心するが、
「ナナには力を使わせない」
サスケがきっぱりと断った。もちろん、ナナは聞こえていないかのように反応を示さない。
「わかってるわよ」
大蛇丸は肩をすくめて面をつけた。
少しの間……そして。
「グアアッウウ!!」
大蛇丸が不気味なうめき声を発するとともに、その背後に“死神”の姿が見えた。
重吾のひと回りもふた回りもある大きさで、実体はないのかもしれないが、とにかくその姿は強大でおぞましい。死神というよりまるで鬼……そう言われた方がしっくりときそうだった。
“死神”は痩せこけた手で短刀を握っていた。そしてそれを唐突に己の腹部に突き立て、真横に切り裂いた。
「ぐふっ」
同時に大蛇丸の腹から鮮血が飛び出る。どうやら本当に“死神”が憑依して、一体となっている状態のようだ。
そして“死神”の腹からいく筋かの光が飛び出し、宙を彷徨う。
「戻ったわ……!」
そのひとつが大蛇丸の手に触れ、中に取り込まれるようにして消えた。
大蛇丸に力が戻ったということか……。
事前に段取りを聞いていたおかげで、水月はどうにか理解する。
ということは、ここから自分にも役割が回ってくる番だった。
「サスケ、水月、重吾、準備なさい!」
面を取った大蛇丸が血を吐きながら合図する。
やることは頭に入っていた。
まず重吾がサスケの身体から「ゼツ」とかいうトビの監視役を引き出す。重吾の呪印仙術の力で、大蛇丸の予測通りサスケの身体から「ゼツ」が出た。全部で6体だ。
次に、大蛇丸が噴出した己の鮮血を利用して、穢土転生の式印を床に描く。重吾はその4つの式の中に、ゼツを1体ずつ転がした。
「水月、重吾、残りの2体は任せるわよ……」
苦しげに、だが相変わらず威圧的な口調で命を受ける。
水月自身にも出番が回って来た。
「了解っス!」
残りの2体のうち1体を捕らえ、馬乗りになって押さえつける。そしてその口を無理やり上下に開かせた。
もう1体を重吾が始末したのを見届けると、大蛇丸はいよいよ穢土転生の術を発動させる。
式印の上に寝かされた4体のゼツたちは、いっせいに苦しみ出した。
「さぁ、来るわよ!」
同時に、大蛇丸は身体を捨て……何度見てもおぞましいものだが……口から蛇が飛び出し、水月が拘束するゼツの口の中へ入った。
全力で押さえつけていたゼツは、見る間に大蛇丸へと姿を変える……。
そして、つぶやく。
「全てを知る者たち……」
水月は大蛇丸の上から退けるのも忘れて、悲鳴を上げる4つの塊を見た。
やがてそれはゼツの形からチリの塊に変化したかと思うと、だんだんと人の形になっていく。
そして現れたのは……。
「先代の火影たちよ」
“伝説”の初代火影以下、先代までの火影がそこに並んでいた。
「これが……初代火影。『忍の神』と謳われた柱間……」
思わず唾を飲み込んだ。
「忍の神」といえば、忍ならば誰でも知っている。たとえ木ノ葉の忍でなくとも……だ。
すぐに火影たちは目覚め、こちらを見た。
さすがの彼らもこの状況を掴めていないようだったが、大蛇丸と最も関わりの深かった三代目火影が的確な予測を立てる。
「初代様、どうやら我々は再びこの世に蘇ったようです」
三代目がそう告げたことで、歴代火影たちの会話が始まった。
錚々たる顔ぶれを前に警戒をしないわけにもいかないので、水月はそっとサスケの側に寄る。
サスケはじっと彼らを見つめ、その横にいるナナもまた同じものを見ているようだった。
だが、その表情からはやはり感情をうかがい知れなかった。
彼女を気にしないようにして、注意深く火影たちを見る。その視線がいつこちらを向くのか怯えていたが、彼らに興味があるのもまた事実だった。
初めに抱いた感想は、初代火影が思い描いていた忍と少し違ったということだ。
思わず警戒を緩めてしまうほど、初代火影は“人間らしい”という印象を受ける。今のところ特に強烈な威厳も感じなければ、表情を良く変えるところは伝説の『忍の神』らしくないように思う。
それに、弟である二代目からの辛辣な言葉にしょぼくれるところと見ると、貫録すらないように映った。
だが、いつまでも彼らのやり取りを観察しているわけにもいかなかった。
「今回は少し事情がありましてね……。私の用事ではないのです。彼のたっての希望で話し合いの場を設けさせていただきました」
そう、大蛇丸がやけに丁寧に切り出すと、火影たちの会話が止まった。
「オレはうちはサスケだ」
サスケは当然、臆することなく火影たちに名乗った。
「アンタたちに聞きたいことがある」
三代目が気づく。
「サスケ……か?!」
そして、
「ナナちゃん?!」
何故か四代目がナナの姿を見て声を上げた。
「ナナ……?!」
三代目もサスケの影にいるナナの姿を見とめて、さらに驚いた顔をする。
ナナは静かにマントを脱ぎ去った。
「おお……その白い袴、もしや和泉の……!」
「まさか、本家の娘か?!」
その姿に、初代と二代目さえも顔色を変えた。
「何故、和泉の者がここにおる?!」
「うちはの者ならわかるが、何故大蛇丸とかいう悪党と一緒にいるのだ?」
「扉間、そういう言い方はよせ!! うちはは……」
「兄者は甘いのだ!」
「しょ、初代様、二代目様、彼女は“九尾の件”で和泉より派遣されたのです」
兄弟の争いを、三代目が鎮めた。
「私が死ぬきっかけとなった九尾襲来事件というのがありまして……。その後、和泉の里から“九尾の抑え”として来てくれた術者があのコです」
四代目がそう補足する。
「本人の希望で、木ノ葉に来てからは忍となりました」
水月は、今さらながらに「和泉一族」の人間がいかに稀有な存在であったかを思い出した。
だが当の本人であるナナは、まったく周囲の出来事に興味がないかのように、能面のような顔で突っ立っている。
「ナナちゃん……なんだか前とは雰囲気が違うようだね……」
四代目もその様子に気づいたのか、案ずるように言う。
「じゃが……サスケと共にいたのか……」
続けてため息のようにつぶやいた三代目は、まるで安堵したかのようだった。
「オレたちのことはいい……聞きたいことがあると言ったはずだ」
ナナへの視線を遮るかのように、サスケが口をはさんだ。
火影たちを前にするには危険すぎるほど高圧的な態度だ。大蛇丸が彼らの動きを握っていなければ、水月はこの場から退散していたであろう。
「三代目」
しかしサスケは、低い声で目的の問いを口にした。
「イタチになぜあんなことをさせた……?」
三代目の表情がまた変わった。
「全てを知ったようじゃな……」
「イタチは……オレが殺した。一族を殺された復讐として……」
ろうそくの炎に照らされた火影たちの影が、向こうの壁で一様に揺らいだ。
「その後、トビとダンゾウに本当のことを聞いた。そしてオレは、木ノ葉へ復讐することを決意した……。だが……」
サスケが一度、言葉を止めた。
水月はサスケの横顔を見る。そして、その向こうのナナの顔を……。
ナナは目を伏せ、じっと床だけを見つめている。
「だが、アンタの口から聞いておきたい。イタチの全て……“真実”を」
彼女の心中は察し得なかった。相変わらず、灯も照らせないほど青白い顔をしていたから。
だが、確実にこう思った。
これから耳にする“真実”は、ナナにとっては凶器となるのだ……と。
『ナナは連れて行く。たとえオレの知りたいことを、知りたくなくてもな……』
不意に、あの洞窟でサスケが言った言葉を思い出した。
ナナはサスケと違って「知りたくない」のだ。この先、火影たちが語ることを。
だが、それを拒絶する力ももう枯れてしまったのだ。
意思も気力もなく、ただ、サスケと運命をともにする……。サスケもそんなナナを受け止める。
……そういうことか、と、ようやく納得できた気がした。