水月がナナとサスケを観察している間に、三代目が『うちはイタチの真実』を語った。おそらく真摯に、洗いざらい……全てを。
聞き終えて、サスケは目を伏せ、
「……やはり……そうだったのか……」
ゆっくりとつぶやいた。
「うちはがすでに壊滅状態とはな……。やはりうちは一族は呪われた運命だったのだ」
そう言う二代目の声には、明らかに蔑みが混じっていた。
「いずれはそうなると思っておった。うちはマダラの意志を継ぐ反乱分子がくすぶっていたからな」
「二代目、うちはを追い込んだのはあなたが作った警務部が原因とも言えるわ」
「何だと?」
口を挟んだ大蛇丸は、そのまま淡々と説いた。
二代目がうちはを里の警務部としたことで、取り締まられる側がうちはに嫌悪感を抱くようになったこと。さらに警務部という権限がうちはに思い上がりを生んだこと。そして、一族を里の隅に追いやったことで、マダラの反乱分子を助長させたのだと。
自らが死して後の話を聞いた初代は、二代目に対し食って掛かる。
「扉間! あれほどうちは一族をないがしろにしてはならぬと念を押したではないか……!」
「うちはには奴らにこそできる役職を与え、こちらも次のマダラが出て来たとしてもすぐ対処できるよう考えた結果だ!」
しかし二代目火影も、それを己の信念であったとして譲らない。
再び兄弟が言い争う。
水月にもすでに、初代と二代目の間ではうちは一族に対して見解の相違があることを理解していた。
「兄者も知っているだろう、奴らうちはは……」
そして、二代目がうちはを蔑視し続けてきたことは明白だった。
「悪に憑かれた一族だ……!」
言い切ったと同時に、サスケから殺気が放たれた。
眼は朱く……万華鏡写輪眼となっている。それは水月が知っている文様ではなかった。
「基本巴ではない……。万華鏡写輪眼か……」
「貴様、すでに開眼を……」
初代と二代目は押し黙り、三代目と四代目も黒い眼を瞬いた。
しかしサスケは、反論するようなことはしなかった。
怒りを堪えているようでもなく……、ただ単に、不快感に対して殺気を放っているようだった。
そしてナナは……やはり虚ろに床を見つめていた。
「二代目火影、アンタに聞く」
サスケはさっさと写輪眼を収め、二代目に問う。
「うちは一族とは何なんだ? アンタは何を知っている?!」
二代目は大きくため息をつき、腕組みをすると話し始めた。
うちはと千手が長きにわたって戦い続けてきた歴史を。千手は「術」でなく「愛情」を力にすることに対し、うちはは「術」の力を第一と考えてきたのだと。
だが、
「だが……本当は逆だったのだ……」
それを自ら否定した。
これには大蛇丸さえも怪訝な顔をした。
「うちはこそが愛情に深い一族だった。他の一族……おそらく千手よりもな。だからこそ、うちははそれを封印してきた」
二代目は言った。
うちはの者が愛情を知ると、押さえつけてきた情が溢れ出し、千手をも超える力に目覚めてしまう……と。
「……ならいいんじゃないの? その強い愛情の力ってので千手や他のヤツらともうまくいくでしょ?」
水月は思わず口を挟んだ。
聞いたところ、うちはが愛情の力を持つ一族ならば、それを発揮すれば対立した者ともうまくいくと思えた。
聞いていたうちはの歴史とサスケの様子から見て、想像していたうちは一族とは反対のことを言われたので、単純にそう思ったのだ。
だが、二代目はこちらを一瞥して続ける。
「ところがそううまくはいかなかったのだ。うちはの強すぎる愛情は暴走する可能性を秘めていた」
愛を知ったうちはの者がそれを失ったとき、それが強い「憎しみ」となってしまう。そしてその時に、決まって
うちはの者が大きな愛の喪失や自分自身の失意にもがき苦しむ時……、脳内に特殊なチャクラが吹き出し、視神経に反応して眼に変化をもたらす……。
「それこそが心を写す瞳……『写輪眼』なのだ」
なるほど……と、二代目の説明に納得した。
水月自身、写輪眼の力や仕組みに興味は無かったが、サスケのそれが“進化”する様は見てきている。
もっとも、最初に開眼したときのことは知るはずもなかったが、イタチとの戦いの後で万華鏡写輪眼を開眼し、新たな力を得て、さらに今さっき確かにそれとはまた違うカタチの眼を目の当たりにしていた。
「喪失」「失意」……確かに、サスケの身に起きたのはそれだ。そしてそれがきっかけで、彼の眼は変化を遂げたのだ。
だから、写輪眼が心の力と同調して個人の力を急速に強くさせる、という二代目の説明も、それが心の憎しみと共にあるという彼の解釈もうなずけた。
さらに二代目は、うちはは繊細な者が多く、強い情に目覚めた者は闇に捕らわれ悪に堕ちる……とまで言った。
「闇が深くなればなるほど瞳力も増し、手が付けられなくなる……。まさに悪……。マダラがそうだった」
最後は吐き捨てるような口ぶりだった。
「マダラは弟思いの男だった……」
しかし初代は情を込めたようにつぶやいた。
ここで水月は再びサスケを見やった。
まっすぐに火影たちを見据えながらじっと立っている。怒りを燻らせながらも、彼の心は鎮まっているようだった。
そして……傍らのナナはやはり、サスケの影のよう……。
二代目が言葉を続けた。
「ワシはうちはの力が里に貢献できるよう、形を整えて導いたつもりだ」
あの嫌忌を持ったまま。
「それなのに、役目を捨てて自滅したのならそれも仕方のないこと。滅びることで彼らも里の役に立ったということだ」
彼は言い過ぎた……このとき水月は直感した。
「貴様の兄はよくやった。うちはの者が自ら一族に手を下してくれたことは、里にとってまさに理想だ。サルよ、よく命じた」
その時。
「扉間! そういう言い方はよさぬか!」
「大事なのは里だ。兄者もそれはわかっていよう」
たしなめた初代と、受け流そうとする二代目の動きが突然止まる……。
「な、なんじゃ……?!」
「これは……?!」
三代目と四代目までも。
“何”が起きたのか、水月にはすぐに察知できなかった。が、“何か”が起きたことはすぐにわかった。
自身の身も固まったように動かない。いや……その場に立ち竦んでいた。
背中に冷たい筋が通る。膝が震える。
すぐ側にいる大蛇丸さえもとっさに結んだ印を止め、肩を震わしている。
「な、なにが……」
まともに声が出なかった。少し後ろの重吾の様子を振り返ってうかがうことすらできない。
「ぐっ……うぅ……」
声を上げたのは火影たちだった。あの歴代の火影たちが揃ってうめきながら苦しげに頭を抱え、その場に膝を付いた。まるで重力に引っ張られたかのように……。
そして彼らの身体が青白く光り始める。
穢土転生の影響か?
いや、術者である大蛇丸もこの状況に明らかに戸惑っている。
では、この金縛りは誰かの攻撃か……?
いや……ただの金縛りではない。身体が動かないだけでなく呼吸も制限されている。空気そのものに圧迫されるようだ。
背筋もどんどん寒くなる。ただ竦んでいるのではない。内側から身体が冷えて行くような感覚だ。
これは何……?
ほんの一瞬のうちに、脳が揺さぶられたかのように思考が混乱した。
だがかろうじて「逃げなければ」と頭に警鐘が鳴った。
この際、自分だけでも逃げるのが上策だ。幸いにも自分は“特異”な体質である。
こんな所までのこのこついて来たことを後悔しながら、身体を液状化しようと試みたその時。
「じっとしていなさい、水月。重吾も……。魂を消されちゃうわよ……」
大蛇丸が低い声で告げた。
「え……? た、魂を消され……?」
「いいから……、黙っていなさい!」
目だけを動かして大蛇丸を見た。その額には汗が浮かんでいる。これまで見たことのない表情だ。身体をこわばらせたまま、視線だけが横のサスケを向いている。
「サ、サスケ……!」
震える骨を動かすようにして、水月も視線をサスケへ向ける。
だが、視界の端に彼の姿を捉えることができた瞬間、この展開が彼の力によるものでないことを察した。
「ナナ……」
サスケは困惑……というよりひどく悲しげな顔をして言った。
「……よせ」
ようやく、ここに居たもう一人の存在を思い出す。そして全身に力を込めて彼女に目をやる。
その途端、水月は腰が砕けてその場に崩れ落ちた。
「な、なんだ……?!」
ナナを見た瞬間、この異常な空間を作り出したのが彼女であることがひと目でわかった。そしてそれに気づいたことで、まともに威圧を受けてしまった。
尻もちをついたまま身動きひとつとれない。全身の骨が抜き取られたような感覚だ。
大蛇丸の忠告どころではない。
動けば狩られる……まるで捕食者に睨まれた野生のノウサギになったかのような危機感を覚えた。
床にへばり付いたまま、ごくりと唾を飲んだ。実際には本能的にそうしようとしただけで、身体はピクリとも動かなかった。
が、視界の下の方にこの“現象”の原因を見た。
古びた床に青白い“光”が走っている。何本も。
それはナナの足元を中心に、何らかの文様を描いているようだ。そしてここにいる全ての者がその文様の中に捕らわれている。
「ナナ……よせ!」
サスケは両手でナナの頬を挟み、祈るように言った。
「その眼を使うな!」
(眼……)
かろうじて見えたナナの眼……。それは碧く燃え、そこには“文様”が浮き出ていた。
清らかでもあり、禍々しくもある……。
横からでは文様の形が何なのかわかり得なかったが、“それ”と“この現象”がただの瞳力でないことは良くわかった。
「ナナ……!」
サスケがナナの眼を覗き込む。
危険だと思ったが、止める術もそんな義理も無かった。
「うっ……」
と……、ナナは急に苦しげに顔を歪め、ぎゅっと眼をつむった。
同時に彼女の力の作用がプツリと切れたかのように、床を這う不気味な光の文様が掻き消えた。
気管に詰っていた呼気が、一気に口から飛び出した。当然、咳き込む。
重吾もそうだった。大蛇丸も……、火影たちでさえも。
皆、体勢を整えきれぬまま、ナナを見た。水月も当然そうした。
「ナナ……」
「……サスケ……」
サスケの呼びかけに、ナナは初めて答えた。
ひどく霞んだ声だった。
「ナナ、大丈夫か?」
ナナは一瞬、ここがどこであるかを忘れたかのように周囲を見回した。
だが、やはり眼を開けてはいられなかったのだろう。また眼をつむって、痛みで……というより絶望した様に顔を歪めた。
そして、先ほどの自分や火影たちのように、ガクンと床に膝をついた。
「ナナ……!」
サスケがすぐに身体を支える。
ナナは水月がかろうじて聞きとれるほどのか細い声でつぶやいた。
「……眼……が……痛い……」
自身の両手で眼を抑える。
サスケはその手をどかし、指で頬を拭った。その指に着いたのは、目尻から流れた赤い血だった。
「サスケ……、私……」
ナナは自身の力に怯えているように見えた。
無理もないと水月は思う。自分だって、大蛇丸や火影でさえも、今しがたその力にた易く殺されそうになったのだから。
そう……、「殺されそうになった」のだと、改めて実感する。
「大丈夫だ、ナナ」
サスケは落ち着いた声で言った。
気づけば二人から目を離せずにいた。恐らく大蛇丸や火影たちも。
「大丈夫だ……」
サスケは黙ってナナの背をさすっていた。こちらからはその表情は見ることはできない。
ナナは身体を震わせたままへたり込んでいる。両手で目を覆い、その手の隙間からは赤い血がポタリと流れ落ちていた。
それが泣いているからなのか、水月にはわからなかった。
意識的に二人から目を逸らし、大蛇丸を見た。
「凄い力だったわね……。あの眼……」
明らかに様子がおかしかった。
ナナの力を欲していたはずの大蛇丸が、今は白けているように見えた。
「恐らく、ナナちゃんが火影たちの魂を強制的に消しちゃうところだったのよ。私が穢土転生の術でそれらを縛っているにもかかわらず……ね」
聞いてもいないのに、大蛇丸が小声でそう説いた。
この身に……いや、この場で起きたことに比べて、やけに簡素な説明だった。
「た、魂を消す……?」
久しぶりに声を出した気がした。
「あの眼の力よ」
話ながら、大蛇丸が密かに息を整えているのがわかった。
「うっかり私たちまで消してしまうくらい制御ができていなかったみたいだけど……。怒りで暴走したのでしょうね。まぁ、私たちのことなんてどうでもよかったのかもしれないけれど。サスケ君がいてラッキーだったってところかしら。あれを止められる人間なんてそうそういないでしょう。私の力なんて、あのコのあの眼の力にとってはゴミくず同然ってことかしらね」
大蛇丸が饒舌なのはいつものことだったが、自虐的な台詞を聞くのは初めてだった。
「“眼”とは……?」
さすがの重吾も今回ばかりは血の気が引いている。尋ねる声が震えていた。
「あれは……」
「貴様……! その眼……!」
大蛇丸が答える前に、ようやく口がきけるようになった二代目が叫ぶ。
「どういうことだ? それは……写輪眼、いや、万華鏡写輪眼なのか?!」
初代も戸惑いを隠さない。
「なんと……。あ、青色の……?!」
「ナナ……」
三代目はまだその場に片膝をついていた。
「貴様……、いったい何者だ?!」