柱間は、始まりから終わりまで全てを語った。
忍の戦乱、マダラとの出会い、一族同士の争い、親しい者たちの死……そして夢。絶望的な殺し合いの末に、友となったマダラと叶えた夢の里。そこからのすれ違いも、繰り返された闘争も……その果ても。
そして、和泉一族との関わりも、ほんの少しだけ。
二代目以降の火影たちもまた、柱間の紡ぐ物語に想いを馳せ、己の無力さに苛まれていた。
死した彼らが纏うのは、一様に“現世”への後悔だった。
「サスケ君、彼らの言葉を聞いてどうするの……? このまま里を潰すのかしら……」
それを尻目に大蛇丸は問う。サスケの意思を。
サスケは目を閉じ、思案した。
しばしの静寂……。
そして、
「オレは戦場に行く。……イタチの生を無にはさせない!」
そう、強い想いを吐き出した。
隣でそれを聞いたナナは初めて顔を上げ、なよらかな視線をサスケに向けた。
やがて、一同はうちは一族の集会所を出て、火影岩の頂に会した。
里を見下ろして、火影たちはそれぞれ郷愁に浸る。
ナナは相変わらず何も言わなかった。ただ風に吹かれにでも来たかのように、皆と違うところに視線を流して突っ立っていた。
香燐が現れてその場が騒がしくなっても、大蛇丸に協力するようい言われた彼女が、しぶしぶといった台詞で同意しながらサスケにすり寄っても。
「ああっ!! お、お前―!!」
香燐がナナに気づいて、大声をあげても。
「お前もいたのかよ! あ、相変わらずお前のチャクラはわかりずれーんだよ!」
それでも乱れた前髪を気にもせず、たたずんでいた。
「な、なんだよ……!」
が。
「え……?」
ナナは不意に香燐をまっすぐに見た。
そして、笑んだ。
「お前……ま、また、チャクラの感じが……」
香燐が思わずそう漏らす。
その時にはもう、ナナはサスケを向いていた。
「サスケ」
ナナは自分から口を開いた。
「ナナ……」
サスケの黒い髪もまた、ナナと同じように風に乱されている。
「私は、行けない」
その風に、ナナは想いを乗せた。
誰もが息を止めて二人を見守っていた。
「イタチが死んで……、もう本当にどうでもよくなって……、どうやって生きればいいのかわからなくなって……。アナタは『もう何も考えなくていい』って言ってくれたけど……」
その顔にはやはり色がなかったが、口元は穏やかに笑みを浮かべていた。
「でも、まだ“しちゃいけないこと”だけは、ちゃんとわかってるつもり」
まるではにかむように言うナナに、先ほどまでの絶望は無い。
そして、
「私は戦場に行っちゃいけない」
声には力があった。確かに意思が宿っていた。
「“ホクト”が戦場でマダラに言われたの。『“お前”は邪魔だ』って……」
ちゃんと、自分の言葉でナナは語る。
「もともと、私をこんなふうに転生させたのは“マダラ”だって、イタチが言ってたし。……それが“本物のマダラ”だったのか“偽物のマダラ”だったのかはわからないけど……」
その顔には、かすかな諦めが浮かんでいた。
「どっちにしろ、ずいぶん前から“計画”があったはずなのに、今まで私を放っておいたのはおかしいよね?
誰も、サスケですらうなずきもせず、そんなナナをじっと見つめている。
「きっと……必ず“私”を手に入れる方法があるからだと思う」
ナナは時折目を伏せながら、まるで自分をモノのように言う。
「だから……“マダラ”のいる戦場には、行けない」
崖下からの風が、彼らの間を強く吹き抜けた。
ナナは乱れた髪をそっと払い、サスケを見る。
ナナの言葉に異を唱える者はなかった。
柱間と扉間は難しい顔で腕組みをし、猿飛は残念そうに目を伏せた。ミナトは唇を噛み、大蛇丸は不敵な笑みを引っ込めていた。水月、重吾、香燐も、ナナが語ったことに納得をしている。
サスケは……。
「……わかった」
静かに、そう答えただけだった。
だが、ナナは満足したように笑み、向きを変えて言う。
「四代目様」
ミナトは一歩、ナナに近づいた。
「ナルトの側にいられなくて、ごめんなさい」
ナナが彼に言ったこともまた謝罪だった。
「君が選んだ道だ。それに対してどうこう言うつもりなんて、もとから無いよ。むしろ、今まで本当にありがとう。それより……」
首を横に振った後、ミナトは一度言い淀んだ。
「君の、お父さんのことだけど……」
「いいんです」
ナナはそれがわかっていたかのように、顔色を変えずに答えた。
「母は和泉の人間ですから、たぶん木ノ葉の人たちにも一族にも知られないほうがよかったんだろうし……。だから
その大人びた台詞に、ミナトは言葉を失った。
やはり、ナナの言ったことを否定する者は無かった。
「ただ、ひとつだけ……」
しかしナナは、わずかに躊躇いながら問う。
「あの……。母は……私のこと……」
「
今度はミナトが先回りして答える番だった。
「君を授かったことを、とても幸せだと言っていた。とても……幸せそうだった」
噛みしめるようなその答えに、ナナは大きく瞬きをした後、笑った。
今度はとても、幼げな笑みだった。
「それで十分です。もう、行ってください」
ナナは皆を見回して言った。
「四代目様、向こうでナルトとカカシ先生に会えたら、『ごめんね』って伝えてくれますか?」
ミナトは曖昧にうなずいた。
「火影様……、木ノ葉の忍として戦場に行けなくて、本当にごめんなさい」
三代目も言葉無く、ただうなずく。
「私は結界でも張って……隠れています。情けないけど……」
ナナが最後に柱間と扉間に向かって言うと、扉間が同意した。声に、ほんのわずかな同情をにじませて。
「それがよかろう。むろん、マダラは戦場から逃さんようにするが、用心に越したことはない」
今度はナナがうなずいた。
それを見て、柱間が気を取り直したように言う。
「では行こう火影たちよ!!」
その豪快な声とともに、四人の火影はその場から消えた。
「サスケ君、私たちも先に行くわ」
続けて大蛇丸も風のごとく走り去り、
「え? ちょ……! 大蛇丸様、ま、待って……!
すぐに重吾が続き、水月も困惑しながら駆け出す。
香燐は残ったサスケとナナを見て何か言いたそうにしたが、無言のまま立ち去った。
「ごめんね、サスケ」
二人になって、先に口を開いたのはナナだった。
「私は結局、一度もアナタと一緒に行けなかった」
はっきりと、後悔の言葉を口にする。
「ナナ……」
サスケの漆黒の瞳は、ナナをしっかりととらえた。
「お前の“生”は……誰にも利用させない」
そしてその口で、
「必ずオレが護る」
揺るがぬ想いを告げる。
「だから、安心して待っていろ」
熱が籠っているわけではなかった。ただひたすらに、当たり前の強い心を、当たり前の言葉にしただけだった。
ナナは小さくうなずいた。
そして……。
「私ね、いちご味が好きなの」
それは突拍子もない台詞だった。
「ああ……知ってる」
サスケは戸惑いもせずに答える。
第七班の最初の顔合わせでナナがそう言っていたことを、サスケは律儀に覚えていた。
「子供の頃、イタチが『おみやげ』って言って、いちご味の飴をくれたの」
ナナは昔話を続ける。
「お菓子なんて食べたことなかったから、すごくおいしかった」
「そういえば昔、うちに置いてあったな……。イタチは補給のためにと、任務に持って行っていた……」
それに、サスケは付け足した。
「そうなんだ」
「オレはあまり食べなかったがな」
「サスケは昔から甘いものが苦手なんだね」
ナナは笑う。何の屈託もなく。
「ナナ……」
サスケはその頬に、唐突に左の手を添えた。
「サスケ……?」
「終わったら……」
同じように黒い瞳が合わさる。
「戻ったら、イタチの話をしよう……」
サスケはまっすぐ、ナナの目を見てこう言った。
「最期にイタチがくれた記憶の“続き”を……二人で話そう」
ナナは少しの間、じっとサスケの双眸を見つめ返していた。彼の意思の色を確認するように。
そしてサスケは再び言う。
「全てを終わらせたら……、必ず迎えに来る……」
吐息のようなその台詞に……、
「うん」
ナナは憂いのない笑みを返した。