誰も居なくなって、ナナは少し離れた場所へ移動した。
めったに人が来ることがない、火影岩の片隅。大好きで、大嫌いな場所……。
ここで、よくサスケと二人で会った。
たいていナナが先に来てぼーっと里を眺めているところに、修業を終えたサスケが現れた。そして特に話をするでもなく、二人で並んで沈む日を見送っていた。
その時間だけは、確かに二人の間に絆を感じられた。
きっと、サスケも……。
だから、ここが好きだった。
だがここは、サスケに別れを告げられた場所でもあった。
はっきりと、「イタチを殺す」と告げられて……そして。
『オレは……ずっとお前が好きだった』
そう言ってサスケは去って行った。
心に大きな穴が開いた瞬間だった。
そこにあったのが“恋”だったのだと、終わった瞬間に気づかされた。
だから、ここは嫌いだった。
……と。
そんなふうに、感慨にふけっている時間は残されてはいなかった。
だがどうしても、もう一度この場所で……まだ熱を帯びたサスケの言葉を噛みしめたかったのだ。
『必ずオレが護る』
サスケは初めて「護る」と、そう言ってくれた。
『だから、安心して待っていろ』
何度も繰り返された別れの時に「待っていろ」と言われたのも、初めてだった。
『全てを、終わらせたら……』
全てが終わったら、サスケは戻って来る……。
そんな“約束”は、したことがなかった。
全て……と、そう言ったサスケの心はよくわかっている。
火影たちの話を聞いて、歴史を知って、彼らの想いを知って、サスケはまた、前に進んだ。
『オレは戦場に行く。この里を、イタチを……無にはさせん!』
戦場に向かったサスケが“何”を終わらせるつもりなのか……。
サスケが迷いを捨てて掲げたその意志は、ちゃんとこの眼に映っている。
サスケは本当に“全て”をその手で終わらせるつもりだ。戦争だけじゃなく……これまでの忍世界の“負の連鎖”を。
過去を断って、終わらせて……そうやってイタチの想いを新しい未来へと繋ぐつもりなのだ。
きっと、その意志は周囲からすればひどく歪なものだ。ナルトの想いとは必然的に相反することになるだろう。サスケ自身も、いっそう深く傷つくことになるはずだ。
そんな歪んだ未来を望みながらも、サスケは今、“二人の未来”を語った。
たとえ全てを終わらせようとも、全てを断ち切ろうとも、二人の繋がりだけは決して終わらない。この絆は過去にはならない。
それはサスケが“終わらせた世界”にも、自分の存在があるということなのだ。そういうつもりで、未来の話をしてくれたのだ。
未来……。
そんなもの、とっくに望まなくなっていた。
ただでさえナナにとって「未来を想像する」といえば、それは訪れるかもしれない危機に対してのことだった。
自分の幸福な未来など考えたこともなかったし、そういう発想すらなかった。
一時だけ、「イタチとサスケと自分と三人で、木ノ葉の里で遊べたら……」という願いを持った。ごくごく、幼い頃に。
しかしそれも「夢」と意識する前に掻き消えた。
だから、第七班結成の時の自己紹介で「夢」を発表する時にとても戸惑ったのだ。
あの時、思ったまま口にした「夢」。
ナルトが火影になったのなら、それを支えられるような忍になりたい……。それは彼と彼の中の九尾を「見張る」のではなく、見守り、寄り添うことだった。
共に生きたい……と。
が、それでさえも、もう望まない。そんな未来さえ、もう見えない。
サスケも、それを知っているはずだった。
イタチが死んだとき、物悲しい波打ち際でそっとサスケと抱き合って……互いにはっきりと別れを告げた。
その時に、サスケは確かに知っているはずだった。泣き枯れてしまったこの心が、サスケにはちゃんと見えているはずだった。
「木ノ葉を潰す」と決意したサスケに、きっぱりと別れを告げた理由が。
もう、何も見たくないから。木ノ葉を潰すなら、その時に“敵”として殺して欲しかった。
それが叶わなくても、もしサスケがナルトを殺したのなら、その時はナルトと共に死のうと思った。
サスケはその仕組みもわかっているに違いなかった。ナナがナルトと運命を共にするという仕組み、その意味を。
九尾の人柱力であるナルトをサスケが殺せば……溢れ出た九尾を収めるのはナナの役目だ。それは己自身の命と引き換えに、九尾を永遠に封じる禁術だから……だから、ナルトとナナは一蓮托生だった。
サスケはそれを琴葉に聞いているはず……いや、誰よりも自分のことを理解してくれている彼なら、きっとすでに悟っている。
だから、あの時。
ちゃんと、殺してね……。
潮風に乗せた声にならないその想いを、サスケはちゃんと受け止めてくれていた。
願いを叶えてくれるはずだった。望まない未来を……ちゃんと断ち切ってくれるはずだった。
だが。
『最期にイタチがくれた記憶の“続き”を……二人で話そう』
サスケは今になってそう言った。偽るものがない表情で。
頬に振れた手はとても温かく、強く、優しかった。
一度も、思い描いたことのなかった、サスケとの未来……。
今、その言葉がとてもうれしかった。
「ありがとう……サスケ……」
とても、幸せだった。
歪な未来でも、サスケがこの絆を望んでくれていることは、とても幸せだった。
それがたとえ、愛じゃなくとも……。歪んだ世界で、血を垂れ流し続けていたとしても。二人の魂が闇に堕ちて救いようがなくなってしまっても。
『お前たちがこれからどうなろうとも……』
イタチが最期に言っていた。
『オレはお前たちを、ずっと愛している』
たとえどんな姿になろうとも、たとえどんなふうに生きようとも、愛している……と。
だから。
「だから、サスケ……私も……」
イタチにもらった愛を胸に、想いを口にする。
「アナタを、ずっと愛してる……」
おぞましい光を放つ満月を、まっすぐに見つめた。
サスケに「キライ」と言ったあの夜の嘘を、今、真実で包み込んだ。
「サスケ……」
涙がひとつぶ、右目の端から零れ落ちた。
もうとっくに、枯れ果てたと思っていたのに……。
「ありがとう……」
溢れる想いを片手で拭って、大きく深呼吸をした。
赤い月光に照らされた里を見回して、それから。
「ごめんね……」
もう一度そっとつぶやくと、ナナはその場から走り去った。
サスケとの未来は……やはり、望めなかった。