和泉神社からここまで、休みなく駆けてきた。
静葉から思いがけずに与えられたぬくもりを抱いて。そして“母”の短刀をしっかりと握りしめて。
滝の水音が耳障りなこの場所は、あまり好きなところではなかった。
が、ナナはここを選んだ。
木ノ葉の里で、いつしか『終末の谷』と呼ばれるようになったこの場所を……。
荘厳な滝を挟んで、うちはマダラと千手柱間の巨像が向かい合っている。かつては敵で、いつしか親友となり、そしてまた宿敵となった二人の像……。
数年前に、同じように“宿敵”として闘った二人の姿と、否が応でも重なる。
実際に間近で見ていたわけではなかった。
が、二人が闘ったあの光景は姉の仕掛けた術によって余すところなく見せられた。
だから今でも、とても鮮やかに思い出すことができた。
サスケとナルト。
二人が巡り合ったのは運命だった。
互いに惹かれ合い、親しい友となり……そして敵対したこともまた運命だと思った。
なぜなら、二人の中にはきっと
それを初めて意識したのは、まさにこの場所での二人の闘いを目にしたときだった。
姉との私闘のさ中、見せつけられた二人の姿からおぼろげに感じ取った。それは能力による感知などではなく、ただの感覚でしかなかった。
あの時は自分自身のことに精いっぱいで、二人のことを“想う”ことはできても、“考える”ことができなかった。
だから、ひどく曖昧だった。
仲間、ライバル、親友……そこから形作られたような“絆”のようなものだと思っていた。深く理解し合った二人にしか、持ち得ないような力なのだと。
だが、その力をもう少し具体的に感じ取る機会があった。
『お前も……気づいてるんだな……? サスケの中にあるモノ』
ペインによる木ノ葉崩しの後だった。
サスケと再会して、連れ戻すことはできずに帰還したナルトがそう言った。
二人きりの話だった。
あの時点で、ナルトも知っていたのだ。自身とサスケの中にあるモノを……。
いや、前から気づいていたことが、再びサスケと対峙したことで確信に変わったのかもしれない。
その時に、ようやくナナにも見えた。
二人の中にある“同種の力”。
それは互いに“対”となり、それでいて“二つでひとつとなる力”……。
味気ない言い方をすれば、“陰と陽の力”。
そう思えた。
陰と陽……この力には誰より詳しい一族の出だから、二人よりは具体的に見えているつもりだった。
運命だ……だから、足掻いても仕方ない。
強くそう思った。
サスケとナルト……陰と陽はやがてぶつかり合い、互いを取り込もうとするのが必然なのだと。
そして自分は、その行く末を見守り、受け入れるしかないのだ……と。
事実、そうなった。
イタチが死んで、サスケと別れて……自分で道を歩くことを止めにした。
ただの傍観者となることを決めた。
『私は……ナルトと運命をともにする……だからきっと……ナルトが死ねば私も死ぬ』
あの時、同期の皆の前でそう告げたとおり、ナルトに全てを委ねることにした。
それしかなかった。
ナルトと共に木ノ葉を守るふりをして戦って、サスケの前に立ちはだかるから……、そうしたら今度こそ殺して欲しかった。
サスケがナルトを斬るのなら、その時はナルトと共に死のうと思った。
それでも、今になって聞かされた想い。
『最期にイタチがくれた記憶の“続き”を……二人で話そう』
もう嘘ではないその言葉が、うれしかったのは事実。
だが……サスケの未来に、自分はいられない。
それも“必然”と悟ってしまった。
今度もまた、全てを終わらせようとするサスケを、ナルトは命がけで止めるのだろう。
それを、もう見守ることすらできない。
見 え て し ま っ た か ら 。
あの時、二代目火影の言葉を耳にした時に……。
感情は擦り切れていたはずなのに、心底でわずかにくすぶっていた怒り、悲しみ、憎しみ、失望……。
『貴様の兄はよくやった。うちはの者が自ら一族に手を下してくれたことは、里にとってまさに理想だ。サルよ、よく命じた』
イタチの生を軽んじる言葉がきっかけとなり、それらがいっぺんに弾けてしまった。
その時にこの眼が開いて……
ようやく……手に入レタ、ワラワの完ぺきナ身体……!
この眼がどんな色をして、どんな文様を浮かべているのかはわからない。この眼が持つ能力すらも、まだわからない。
きっと、これがうちはの血が成す『万華鏡写輪眼』というものなのだろうということは理解している。
ただ、
世界を……シハイする……!
自分自身が、終に“陰”に取り込まれる瞬間……、いや、
皆、養分と……ナレ……!
今まで“陰”の存在だったはずの自分が、これでも“陽”だったと言えるほど、深い闇からの“陰”の存在に囚われてゆく未来が……。
夢……ヲ……!
自分の中にも、“それ”があったのだ。
月の……チカラ……!
思い知ったその瞬間から、“この眼”に映る景色は色を失くしてしまった。
コノ……眼デ……!
だから、サスケがくれる未来など……もう見えない。
恐怖はない。絶望も。
あの時はただ、驚いてしまっただけ。
諦めるのに時間は必要なかった。火影岩の頂上に移動した時にはもう、すっかり受け入れていた。
そう……、諦めだ。
だから、悲しまずに済む。足掻かずにいられる。後悔さえも感じる間も無い。
ちゃんとしていたかはわからないが、サスケと“お別れ”もできた。あの冷たくて綺麗な眼を見て、別れを言えたつもりだ。
仕方がない。仕方がないことだ。
どうしたって変えられない。
自分が……“器”であることは。
サスケは気づいているのだろうか。
いや……きっと、彼はまだ知らない。
だから、未来の話なんてしてくれたのだ。だからこそ、あんなにもサスケの手は温かかったのだ。
「ごめんね、サスケ……」
つぶやきは水の流れに吸い込まれた。
ほの暗い川底から、“あの眼”がこちらをじっと見ているようだった。