「ごめんね……サスケ……」
もう一度だけ、そうつぶやいた。
そっと、胸に手をやる。
やはりそこに後悔はない。失望もない。絶望も。
サスケが望んでくれた未来を捨てることになっても、悲しくはなかった。
なぜならば、最初からそんなものは存在しなかったのだから。
だから今はむしろ、サスケがくれた想いで心は満たされていた。
(サスケ……)
それを確認して、母の短刀を目前に掲げる。
これは和泉の里に産まれた者が皆、本家の当主から賜るものだ。
その刀が持つ意味は……そう、“自害”のためのものだった。
稀有の存在である和泉の一族が、その力を、血を、“外界“の人間たちに利用されることがないよう、いざというときには自らを始末するために持たされる刀。
刃には代々の当主が受け継ぐ術式で、特殊な封印の呪がかけられている。
この刀で自害した者の魂は、永遠に封じられることになるのだ。
それはまさに、後世の術者に魂を利用されないための慣わし……つまり、“転生”することをも防ぐ呪術となっていた。
(キレイ……)
漆塗りに葛の葉の蒔絵が美しかった。
自分が持っていたのはどんなだったか忘れたが、これと大して変わらない装飾だったように思う。
ただ、本家の娘ということで下緒は特別な銀糸でこしらえられていた。
あれを捨てたのは、そんな和泉のしがらみから抜け出したかったからだった。
ずいぶんと浅はかで幼い考えだったと思う。
あの頃は木ノ葉隠れの里に来られたことがうれしくて、ただうれしくて……和泉一族ではなく、早く木ノ葉の忍になりたかった。
今は……誰よりあれが必要だったと、思い知らされている。
深くため息をついて、左手に鞘、右手に柄をしっかりと握った。
そういう性質を持つから、本来、この刀は所持する本人にしか抜けない呪がかけられていた。
が、ナナにはこれを抜くことができると思っていた。
たとえ和泉成葉の生まれ変わりではなくとも、その“魂”を受け継ぐ者だと自覚していたからである。
それに、十分な“覚悟”もあった。
軽く左右に引いた。
すんなりと、月明かりを照り返す刃が現れた。
「え……?」
それを目にした瞬間、息を呑んだ。
波紋が美しかったからではない。切っ先があまりに鋭く研ぎ澄まされていたからではない。刃が外気と化学反応を起こしたように、青白い光をまとったからでもない。
「この……シルシは……」
刃の柄に近い部分……そこに、『うちは』の家紋が彫られていたのだ。
「お母……さん……」
思わず、呼びかけるように口を開いた。
“ここ”に“これ”が刻まれた意味がどういうことであるのか、一瞬で理解できた。
“母”の想いが時を超えて伝わった。
実葉の『裏葉の術』でも決して消えることのないこの刃に、“母”は“父”への想いを刻んだのだ。
「お母さん……!」
思わず叫んでいた。
過去で出逢った、優しく、明るく、幸せそうな、少しお腹が膨らんだ母を思い出した。
そして初めて“父”の姿を思い描いた。
『成葉は心から、“相手”の男を慕っていました』
さっき聞いたばかりの、証言がそれを後押しする。
『あの子は……子供を授かったことを、本当に喜んでいました』
『君の命が宿ったことを、とても幸せだと言っていた。とても……幸せそうだった』
鞘に封じられた刃の“証”は今、ナナの手で解かれた。
「よかった……」
これは母が父を愛していた証だった。そしてきっと、父も母を愛していたはずだ。
この印は、二人の心が確かに通じ合っていたという証なのだ。
だから……自分の命も、その“証”なのだと知った。
初めてだった。今まで一度も実感できなかった想いだった。
望まれて産まれたにもかかわらず、愛されてはいなかった。畏怖と嫌悪に包まれて、自分で自分の命を尊べなかった。
それでも今、生まれ変わる前の真の魂は、母と父に愛されて産まれたのだと思った。母の胎内で、しっかりと慈しまれていたのだと知った。
息を整えて、改めて刃を見た。
一度も使われないままのそれは、美しくも儚く見えた。
“最期”に、とても大切なことを知ることができて良かった。
この生涯に、失敗したことは山ほどある。やり残したことも無いわけではない。
それでも、これでよかったと思っている。
運命から逃げるような形だったとしても、もう抗う術はなかった。
これで皆を
その可能性があるのなら、むしろ嬉しかった。
「お母さん、お父さん……」
少し歪な紋を見つめて、大きく息をした。
彼らに恥じることはひとつもない。悲しくもない。
戦争も、きっとナルトたちが勝つと信じている。
サスケの未来は少し心配だった。
だが、自分では彼の闇を照らせない。
「イタチ……」
イタチ……イタチに逢いたい。今から、逢いに行く。
刃の青白い光は、月光と交わってさらに強く煌めいた。
この光に身を任せれば、もう、誰からも呼び出されない。転生など、二度とすることは無い。
たとえ六道の輪廻眼でも……。
力を失った入れ物の肉体は、目の前の激流に飲み込まれて、うちはマダラと千手柱間の間を流れ、そのまま誰にも見つかることは無いだろう。
だから、安心だ。
「さよなら、みんな」
言葉で別れを。
(ありがとう……)
心で感謝を唱えた。
最期にやっぱりサスケの顔が浮かんで……。
彼の未来を祈りながら、刃を喉に突き立てた。