ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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母と父

 

「ごめんね……サスケ……」

 

 もう一度だけ、そうつぶやいた。

 そっと、胸に手をやる。

 やはりそこに後悔はない。失望もない。絶望も。

 サスケが望んでくれた未来を捨てることになっても、悲しくはなかった。

 なぜならば、最初からそんなものは存在しなかったのだから。

 だから今はむしろ、サスケがくれた想いで心は満たされていた。

 

(サスケ……)

 

 それを確認して、母の短刀を目前に掲げる。

 これは和泉の里に産まれた者が皆、本家の当主から賜るものだ。

 その刀が持つ意味は……そう、“自害”のためのものだった。

 稀有の存在である和泉の一族が、その力を、血を、“外界“の人間たちに利用されることがないよう、いざというときには自らを始末するために持たされる刀。

 刃には代々の当主が受け継ぐ術式で、特殊な封印の呪がかけられている。

 この刀で自害した者の魂は、永遠に封じられることになるのだ。

 それはまさに、後世の術者に魂を利用されないための慣わし……つまり、“転生”することをも防ぐ呪術となっていた。

 

(キレイ……)

 

 漆塗りに葛の葉の蒔絵が美しかった。

 自分が持っていたのはどんなだったか忘れたが、これと大して変わらない装飾だったように思う。

 ただ、本家の娘ということで下緒は特別な銀糸でこしらえられていた。

 あれを捨てたのは、そんな和泉のしがらみから抜け出したかったからだった。

 ずいぶんと浅はかで幼い考えだったと思う。

 あの頃は木ノ葉隠れの里に来られたことがうれしくて、ただうれしくて……和泉一族ではなく、早く木ノ葉の忍になりたかった。

 

 今は……誰よりあれが必要だったと、思い知らされている。

 

 深くため息をついて、左手に鞘、右手に柄をしっかりと握った。

 そういう性質を持つから、本来、この刀は所持する本人にしか抜けない呪がかけられていた。

 が、ナナにはこれを抜くことができると思っていた。

 たとえ和泉成葉の生まれ変わりではなくとも、その“魂”を受け継ぐ者だと自覚していたからである。

 それに、十分な“覚悟”もあった。

 軽く左右に引いた。

 すんなりと、月明かりを照り返す刃が現れた。

 

「え……?」

 

 それを目にした瞬間、息を呑んだ。

 波紋が美しかったからではない。切っ先があまりに鋭く研ぎ澄まされていたからではない。刃が外気と化学反応を起こしたように、青白い光をまとったからでもない。

 

「この……シルシは……」

 

 刃の柄に近い部分……そこに、『うちは』の家紋が彫られていたのだ。

 

「お母……さん……」

 

 思わず、呼びかけるように口を開いた。

 “ここ”に“これ”が刻まれた意味がどういうことであるのか、一瞬で理解できた。

 “母”の想いが時を超えて伝わった。

 実葉の『裏葉の術』でも決して消えることのないこの刃に、“母”は“父”への想いを刻んだのだ。

 

「お母さん……!」

 

 思わず叫んでいた。

 過去で出逢った、優しく、明るく、幸せそうな、少しお腹が膨らんだ母を思い出した。

 そして初めて“父”の姿を思い描いた。

 

『成葉は心から、“相手”の男を慕っていました』

 

 さっき聞いたばかりの、証言がそれを後押しする。

 

『あの子は……子供を授かったことを、本当に喜んでいました』

『君の命が宿ったことを、とても幸せだと言っていた。とても……幸せそうだった』

 

 鞘に封じられた刃の“証”は今、ナナの手で解かれた。

 

「よかった……」

 

 これは母が父を愛していた証だった。そしてきっと、父も母を愛していたはずだ。

 この印は、二人の心が確かに通じ合っていたという証なのだ。

 だから……自分の命も、その“証”なのだと知った。

 初めてだった。今まで一度も実感できなかった想いだった。

 望まれて産まれたにもかかわらず、愛されてはいなかった。畏怖と嫌悪に包まれて、自分で自分の命を尊べなかった。

 それでも今、生まれ変わる前の真の魂は、母と父に愛されて産まれたのだと思った。母の胎内で、しっかりと慈しまれていたのだと知った。

 

 息を整えて、改めて刃を見た。

 一度も使われないままのそれは、美しくも儚く見えた。

 “最期”に、とても大切なことを知ることができて良かった。

 この生涯に、失敗したことは山ほどある。やり残したことも無いわけではない。

 それでも、これでよかったと思っている。

 運命から逃げるような形だったとしても、もう抗う術はなかった。

 これで皆を()()()……。

その可能性があるのなら、むしろ嬉しかった。

 

「お母さん、お父さん……」

 

 少し歪な紋を見つめて、大きく息をした。

 彼らに恥じることはひとつもない。悲しくもない。

 戦争も、きっとナルトたちが勝つと信じている。

 サスケの未来は少し心配だった。

 だが、自分では彼の闇を照らせない。

 

「イタチ……」

 

 イタチ……イタチに逢いたい。今から、逢いに行く。

 

 刃の青白い光は、月光と交わってさらに強く煌めいた。

 この光に身を任せれば、もう、誰からも呼び出されない。転生など、二度とすることは無い。

 たとえ六道の輪廻眼でも……。

 力を失った入れ物の肉体は、目の前の激流に飲み込まれて、うちはマダラと千手柱間の間を流れ、そのまま誰にも見つかることは無いだろう。

 だから、安心だ。

 

「さよなら、みんな」

 

 言葉で別れを。

 

(ありがとう……)

 

 心で感謝を唱えた。

 

 最期にやっぱりサスケの顔が浮かんで……。

 

 彼の未来を祈りながら、刃を喉に突き立てた。

 

 

 

 

 

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