不完全なる光景
ナナが『終末の谷』に着いた頃、戦場にうちはサスケが到着していた。
共に中忍試験を戦った同期たちが皆、彼の姿に驚き、警戒する。
が、サスケは「木ノ葉を守る」と宣言した。そしてナルトと肩を並べて戦う意思を示した。
今この戦場にかつての仲間たちが揃い、敵に対峙する。
ただひとり、いずみナナを除いては……。
大ガマガエル、大ナメクジ、そして大蛇。新しい時代の“三竦み”がここに現れた。
それぞれを呼び出したのは、うずまきナルト、春野サクラ、うちはサスケである。
彼らが伝説の三忍の弟子であることを知っている者は、少なくはなかった。
誰かが言った。
「あいつらが新しい時代の“三忍”だ!」
と。
だが、シカマルはひとり、吐き捨てた。
「ナナが……いねぇっ……!」
新たに若く強力な力を得て高揚する戦場……その中で、彼だけが鬱屈とした心情を抱いていた。
ナルト、サクラ、サスケ……彼らにはもう一人、仲間が確かにいたはずだ。
だが、今はその姿はない。まるでその存在は忘れられたかのようだった。
少し前、サスケがここに突如として現れたとき、ナルトと話していたのを聞いた。
『サスケ、穢土転生のことは……』
『全て知っている。オレはイタチに会った』
『そうか……。じゃあ、ナナにも会ったよな?』
『ああ……』
低く答えるサスケの声は、夜風に乗って彼の耳にも届いた。
『アイツは木ノ葉に……置いてきた』
ナナは木ノ葉にいる。
それで良かった。ナナにとってはそれが最も安全だと思った。サスケが「置いてきて」くれて良かったと思った。
だが、目の前の光景はどこか物足りなく感じられ、彼は少し憤った。
「ナナ……」
ここに居なくて良かったはずなのに、ここに居ないことが理不尽に思える。
そんな自分の矛盾した心を強く実感しつつ、彼はベストの上から、懐に忍ばせた“額当て”を握りしめた。
いつからこの感情を抱くようになったのか……。この感情が何であるのか……。
それは彼の頭脳をもってしても、簡単には答えを出すことができなかった。
いや、自身を納得させる答えが出なかったのである。
最初……。
ナナが木ノ葉に来た時は、正直、好感など抱かなかった。
いのとチョウジはなんとなくナナに興味を持ち、その
が、彼自身は違った。
もちろん、『里の外から来た少女』で『忍の修業は初めて』で『忍の一族ではない』という経歴に加え、まるっきり忍になり得ようもないほど華奢で幼げなナナに、全く興味がないわけではなかった。
彼はこう考えていた。
(どっかの大名かお偉いさんの隠し子か何かだろ? わざわざ忍にさせるなんて悪趣味だぜ)
だからナナを憐れむ気持ちはあった。大人の都合で、忍の一族でもない子供が過酷な忍の道に進まされることになったのだ……と。
面倒なことを嫌う彼としては、それが相当な面倒事に感じられたのだ。
その程度だった。ナナに対する想いなど……。
事実、ナナは当然のように
心配したイルカが成績優秀者のサスケと組ませるから、女子の嫉妬を一身に受けていたことも憐みを誘った。
それが、いつからか別の印象に変わったのだ。
ちゃんとしたきっかけは何だったか思い出せない。彼にとってナナは理解し難い存在であった。
だが確かに、中忍試験の頃にはナナに対してのありきたりな同情は消え去っていた。
残ったのは別の憐みだった。
いつの間にか、ナナは強くなっていた。いや、ナナが元より強かったことに気づかされていた。
忍術や体術だけでない。周りの目に危うく映るほど頼りない様子だったナナには、強い意志の力があった。
死の森で音忍と戦ったとき、その片鱗を見たような気がした。
第三の試験の予選では、かつて見たことがない強さをもって砂忍を打倒した。
その本戦は、サスケ到着までの時間稼ぎをも行いつつ勝利した。
どれも、忍者学校でのナナの姿ではなかった。
下忍として任務を行った数か月で何かが変わったのか……。
最初はそう思ったが、すぐに否定した。
たった数か月で変われるほど、忍の世界は甘くはない。
だとすれば、ナナにはもともと力があったのだろうか……。それを忍者学校では隠していたのだろうか……。いったい、何のために……?
先の先の手まで考えることが癖になっている彼は、ナナのことが頭の片隅に入り込んで以来、気になって仕方がなかった。
そして……。
中忍試験が終わって間もなく、川原でひとりうずくまるナナを見つけたあの日、ナナの本当の感情を初めて見た。
ナナはその直前にうちはイタチに会っていて、イタチがサスケを痛めつけるところを目にしていたという。
当然のことながら、あの時はその“意味”がわからなかった。
ナナがサスケの見舞いに行かなかった訳も、ひとり川原でうずくまっている訳も。
しばらく後から知ったのだ。
ナナにとって、抜け忍であるうちはイタチが大切な存在だったということを……。
もちろん、うちはイタチが何をして木ノ葉を抜けたかは知っていた。彼の中でうちはイタチは血継限界を持つ天才忍者で、凶悪な殺人者でしかなかった。
それに、サスケの内に広がる憎しみにも気づいていた。
そんな男とナナが親しかったと知ったとき、一体ナナが“背負うもの”が本当は何なのか、当時はいくら考えてもわからなかった。
ナナが『和泉一族』の人間で、九尾が暴走したときに新たな器となり、それを封印するための存在であること。そのために和泉の里から木ノ葉隠れの里に送り込まれてきたこと……それすら、ナナが姉との戦いで命を失いかけたときにようやく知ったのだ。
だから、“別の憐み”が生まれた。
背負いきれないほど重い運命に抗ってナナが懸命に生きるから、正直、頭痛がした。
サスケが里を去り、ナナは彼を止めないで……それを知ったサクラが怒りをぶつけたとき。
あの涙も……。
サスケ奪還に向けて共に戦う姿も……“死んだはずの姉”だか何だか得体の知れないモノと戦わされ、ズタズタに切り裂かれて血まみれの姿も……。
シカマルにとっては十分に胸を締め付け、そしてその理由を考えあぐねて脳天を殴打されるような光景だったのだ。
(そうだ……。だからヤツは……)
暗い宙の彼方に見える影を、シカマルは一瞥した。
憤りは先ほどより明らかに膨らんで、少し呼吸を乱すほどだった。
この感情の先に居るのは、もちろんマダラ……いや『うちはオビト』だった。
あの男はナルトに……いや、ここにいる忍たち全員に告げた。
『この世界に希望などどこにもないと知れ……!!』
絶望に染まり切った人間の姿で……いや、絶望の塊そのものとなって、忍たちの頭上に言葉を轟かせた。
『現実に生きる必要がどこにある?』
父が死んだ。ネジも死んだ。
大切な仲間が……そう親しくなかった者たちも、理不尽極まりない状況の中で死んでいった。
己の無力さを思い知り、敵の強さへの恐怖も覚えた。この現実に『希望』などないと言う彼の言葉に、首を振る力を無くしていった。
それをさらに削ぎ取るように、オビトは言った。
『お前たちも悟ればいい……“いずみナナ”のように……!』
まるでもう、ナナが“そちら側”に居るかのように。ナナの姿はすでに深い奈落の底に落ちて、見えなくなってしまったかのように。
それに対して、あのナルトでさえも異論を唱えることができずにいた。
『どれほど人を愛しても、どれだけ命を削って戦っても、この現実の絶望には抗えない……。哀れなナナは今、それを悟り、
ナナの闇は知っている。
雲隠れへの出発の前夜、自分だけに見せたあの瞳を、あれから絶えず思い浮かべている。
『お前たちの大切な仲間である“いずみナナ”のことを想えば、この現実を終わらせることの意義もわかるはずだ』
だから……。
オビトが突きつける闇に、ナナがとっくに引きずり込まれてしまっているように思えてしまった。
自分はもう、戦う意志を持ち直した。
父の希望やネジの想い、ナルトの言葉、そしてヒナタの姿……。チョウジやいの、里の仲間たち、他里の忍たち……彼らの存在で、まだ『希望』を胸に抱くことができている。
だが、ナナは……。
はっきりと見て取れたナナの『希望』は『サスケの手で死ぬ』こと。
それだけが粛々と、あの瞳の奥に煌めいていた。
この戦争に勝ったら……。『希望』が勝って『現実』が生き残ったなら……ナナは何を得られるのだろう。
そう考えずには居られない。
『絶望』に染まったナナの瞳に、『希望』が映ることはあるのだろうか。この『現実』が続くことを、ナナは本当に……。
シカマルは首を横に振った。
隣でいのが怪訝そうにこちらを見たが無視をした。
こんな考えは自分の中に押し留めなければならない。この不安を彼らにうつしてはならなかった。
また、そっと“ナナ”の額当てをベストの上から握った。
あんな姿で、それでも海辺の戦場に現れたナナ……。使い果たしたはずの意志を持って、皆を救ったナナ……。
余計にいっそう……ナナの『希望』の形がわからなくなった。
「シカマル! 私たち第十班は猪鹿蝶のコンビネーションよ!!」
「フォーメーションEでいくよ!!」
それでも、もう一度ナナに逢いたいと思うから……。
「はぁ……ったく」
『新しい三忍』と呼ばれ始めた者たちの背を追うようにして、印を結んだ。
「中忍試験じゃあるまいし、班で張り合うこたァねーだろが」
できるだけいつもの調子で、ちょっとだけ“昔”のことを思い起こしつつ。
「影掴みの術!」
親しい仲間たちと共に、ナナもいるはずの“明日”への戦いを……。