『どれほど人を愛しても、どれだけ命を削って戦っても、この現実の絶望には抗えない……哀れなナナは今、それを悟り、
オビトが戦場の忍たちにそう告げた。
わざわざ『ナナ』の名を出してまでそう言ったのは、自分への“攻撃”のためだったのではないかと思う。
その証拠に。
「カカシ。お前は肩書ではナナの担当上忍だったな?」
オビトは目の前でこう言った。
「だがお前はナナのことを何も知らない。オレのほうがナナをよく知っている」
かつての親友の言葉は胸を抉った。
(ナナ……。オレはお前のことを何も知らなかった。オレはお前に何もしてやれなかった。本当に、何ひとつ……)
カカシは大きくため息をついた。今まで生きて来た中で感じた幸せや喜びを、全て吐き出すかのように。
そうしてナナに想いを馳せた。
ナナは誰だって投げ出したくなるような重い使命を背負わされて木ノ葉に来た。
それなのに、担当上忍としてそれを少しも軽くしてやることができず……。
九尾の人柱力のナルトと、うちは一族の生き残りのサスケ……。危なっかしい生き方をせざるを得ない二人を、サクラと一緒に見守ってくれていると思っていた。
それはあまりにも勝手な解釈だった。
ナナだって、十分に守ってやらなければならない存在だったのに。
ナナには術を伝授することも、修業をつけてやることも……ちゃんと話を聞いてやることさえもできなかった。
それ以前に、ナナのことを何も知らなかった。
人生の先輩ぶって上司風を吹かせ、ナナのことを理解しているつもりでいた。
ナナはナルトやサスケと違って素直で優しく、それでいて芯が強い子だと思い込んで。ナナが抱える“使命以外のモノ”に気づきもしなかった。
第七班の初めての顔合わせの時、皆には自己紹介をさせた。
好きなもの、嫌いなもの、それから将来の夢……。
ナナの答えは、正直あまり気に留めなかった。
『好きなものはイチゴ味で、嫌いなものはコーヒー味です。それから、しょうらいの夢は……』
ナナは少し思案して、笑顔でこう言った。
『じゃあ……ナルトが火影になった時、ちゃんと支えられる忍になりたいです』
下忍としては適切な目標だった。ナルトの友としても真っ当な答えだった。
だが、もっとその意味を深く考えるべきだったのだ。
ナナがどんな気持ちでそれを言ったのか……。
もちろん事情は全て知っていたから、ナナが何を願っているのかは知っていた。
ナルトが九尾の力を暴走させることがないように。ナルトをこの手で殺す日が永遠に来ないように。
ナナはそれを願っていた。わかっていたから、それ以上のことを考えなかった。
『将来』という単語に言い慣れていなくて、少し考えて『じゃあ』と付けた理由もわかっているつもりだった。
あの時すでに……、ナナはイタチのこと、そしてサスケのことを胸の奥に抱え込んでいたのだ。
だから隣でサスケが将来の『野望』を語った時……、ナナはそれが何を意味するのか知っていた。そしてイタチとサスケ、二人への想いをそっとしまっていた。
その痛みを……未だに想像すらできずにいる。
「ナナは写輪眼を開眼したぞ、カカシ」
オビトはそう告げた。蔑むような顔で。
初めは耳を疑った。何故なら、ナナは……。
「お前は知らなっただろう? ナナが半分うちはの血を引いていることを」
何故かその言葉を否定できなかった。『敵の戯言』であっても良いはずなのに。
ナナが背負うものが大きすぎて、受け容れてしまっていた。それよりも、『写輪眼を開眼した』ことの意味に気を取られてしまった。
写輪眼……。それはうちは一族の一部の者が開眼する特別な眼。
うちは一族ではない自分は、オビトから託されていながらその眼のことを良く知らなかった。
師であるミナトから少しだけ聞いたのは、『喪失』『失意』が眼に影響を及ぼす……という曖昧な説明。
もっとも、ミナトもうちはの人間でなかったからそのくらいしか語れなかったのだと思う。
それに、あの頃の自分は部下としてまだ若すぎた。
火影として里の一族についてもう少し詳しいことを知っていたとしても、里でも特に秀でた血継限界のことだから、ガキには話せなかったのかもしれない。
だが、自分にはミナトの説明で十分だった。
十分に、オビトの自分自身への『失意』を目の当たりにしていた。
そして、彼の想いごと受け継いだつもりでいた。
だからナナが写輪眼を開眼したのだとしたら……やはりイタチやサスケのことに関わるのだろうと思う。
ナナがイタチと懇意だったことは知らなかった。
当然、ナナがイタチをどう想っていたのかはわからない。今となっては、イタチへのナナの想いは推測でしかない。
が、ナナのサスケへの想いには気づいていたつもりだった。
いや、それも……自分は本当にダメな上司だったからひどく察しが悪かった。
ナナがサスケに対して、他の……サクラやいのたちとは違った見方をしていることは最初から知っていた。サスケの表面だけじゃなく、彼が決して見せようとしない内面の部分まで、ナナだけには見えているようだった。
たとえばサスケがイタチへの復讐を糧に生きていること……そのことを誰より深く考え、密かに心を痛め、それらの想いを全て押し殺していたように見えた。それでいて自分の与えられた使命を全うしようと、健気にナルトを影から支えていた。
サスケもまた、そんなナナだけには唯一真正面から向き合っていた。周囲を遠ざけるような態度をとっていても、明らかにナナにだけは心を開いていたようだった。
出会った頃のサスケはまだ子供だったから、『ナナのことが気になる存在』というふうに、大人の自分からは見えていたが……。
成長するにつれ、サスケは『復讐』、ナナは『使命』……それぞれが自分の道を突き付けられ、そこに進まざるを得なくなった。
が、それこそが二人の想いを強くしたのかもしれない。
いや、どうしようもなく惹かれ合う想いを実感したのかもしれない。
そう思う。
だが一方で、ナナはそのサスケが“復讐したい相手”をも大切に想っていた。
大切なサスケが殺したい、大切なイタチ。
ナナはずっと、その秘密をひとりで抱え込み苦しんでいた。
葛藤と罪悪感、そして無力感……。ナナは涼やかに笑いながらも、その痛みをずっと抱えていた。
サスケを想えば想うほど……心は深く傷ついていたのだろう。
そして遂に、ナナは二人の大切な者たちが殺し合う場面を目の当たりにした。
イタチが死んだ。サスケがイタチを殺した。そのうえ……“イタチの真実”を聞かされた。
こんな自分なんかが想像するだけでも胸が痛むのに、ナナはひとりで……。
(何故……もっとそばにいてやれなかった? 何故、もっと理解してやれなかった?)
それでもナナは立っていられるのだろうか。
大切な者を失って、絶望の淵に突き落とされて、自分の存在さえも……。
ナナは強い。自分よりもずっと。
それでも限界はある。
(今、どこにいる? 今、何と戦っている?)
何も……ナナに何もしてやれなかった。最後に会ったあの瞬間の自分でさえも、呪いたいほど愚かだった。
何かひとつでも、ナナが望む言葉をあげられたら良かった。
いや、ちがう……。
ナルトの側にいて“最期”を望むナナ……。その姿を否定して打ち砕いてでも、ナナの本当の心を晒させてやればよかった。
そして、全部を包み込めるほど自分に力があればよかった。
ナナを守る力が。せめてナナが泣けるように。ナナが安堵するほどの力があれば……。
(自分自身に失望したのは何度目だ……?)
カカシは自問自答した。己の過去と目の前の親友を見据えて。
ナナには何もしてやれなかった。本当に、何ひとつ……。
挙句の果てに、絶望に染まり、死を願う姿を包み込んでやることさえできなかった。
「そうやって“師”のような面をしているのを見ると、苛立ちを通り越して哀れだな……」
だから、そう言うオビトの言葉には賛同できた。
今までのナナに対する自分は、蔑まれるに値する。
だが。
「お前は今回もただ見ているといい。オレはナナを手に入れる。それがこの戦争の目的でもあるからな」
オビトの“攻撃”は初めて的外れな方向に逸れた。
「ナナはお前には渡さない!」
決意だけは、かろうじてまだ手の中にあったのだ。
「今ここでお前を止める!」
もうこれ以上……。生きることさえ放棄したようなまだ稚いナナを……これ以上、傷つけたくはなかった。
たとえ彼女が、手の届かないような絶望の奥底に沈んでいようとも。せめてもうこれ以上……深みに堕ちぬように。
「わかっている、カカシ。お前がそう息巻かなくとも、ナナがこの戦場に来ないことはわかっている」
オビトは少し、距離を作って穏やかに言った。
「ナナは賢い娘だ。ナナ自身、すでにその運命を
「なんだと……?」
こうも淡々と連続して叩きつけられる“ナナのこと”が、全身の血流を鈍くさせているようだった。
「どうしても抗えない“さだめ”があるということだ」
さだめ……。ナナを思い浮かべるほどに、心当たりがありすぎて胸が苦しい。
今、これ以上、どんなさだめがナナを縛り付けているのか。
「言ったはずだ。オレはナナを良く知っている……」
オビトは、ゆっくりと言った。
「ナナは……この世界に産まれたその時から、“二つの術”に囚われている」