ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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殺意

 

 自身の火影就任について、ご意見番のコハルとホムラに報告に行く途中、カカシはずっとサスケの言葉を考えていた。

 正直、これまでの経験の中でも特に厳しい状況だった。

 まさか、教え子を殺す決意をさせられるとは……。

 が、あそこでサクラに重荷を背負わせるわけにはいかなかった。

 七班をバラバラにしてしまったのは自分の不甲斐なさ……サクラにそう言った通り、心底そう思う。

 彼の中で後悔が渦巻いた。

 サスケの言葉は、それを引きずり出すようだった。

 

『お前は本当はわかっているはずだ』

 

 そう言った時にサスケが返したのは、

 

『全員……笑ってやがる……』

 

 激しい憎悪。

 

『イタチの命と引き換えに笑ってやがる!!』

 

 あれほど激しい憎悪とは初めてまみえた。

 長く忍の世界にいて、その暗黒の部分は見尽くしてきたかと思っていたが、そうではなかった。

 

『今のオレにとって、お前らの笑い声は軽蔑と嘲笑に聞こえる!!』

 

 本物の闇を見せつけられた。

 

『その笑いを悲鳴と呻きに変えてやる!!』

 

 その闇が連鎖となって、今のサスケという存在をつくりだしてしまった。

 

『オレの憎しみとナナの悲しみを知れ!!』

 

 いくらナルトでも、止められる軽さじゃない。深い深い……憎しみ。

 ……いや。

 カカシは思わず足を止めた。

 

『ナナの悲しみを思い知れ』

 

 サスケはそう言った。

 あんなふうに憎悪をまき散らしながら、全てが敵だという目をしながら……。『ナナの』……と……。

 

「サスケ……お前は……」

 

 サスケはまだ……、ナナを想っている?

 

 それに気づき、カカシは目を伏せた。

 よけいに辛い真実……。

 ナナに深い傷が刻まれたことも、彼の憎悪を大きくしていた。ナナへの想いがあるからこそ、それがさらに憎しみの浸蝕を加速させているのだ。

 おそらくナナ自身も、それに気づいているのだろう。

 それが悲しかった。

 ナナは……ナルトやサクラにサスケのことを聞いて、どんな顔をするだろう……。

 カカシは思った。

 どんな顔……といっても、もうナナが心から笑った顔など思い出せない。

 ナナの笑顔も守れなかった。

 また後悔を大きくし、無理やり足を進めた。

 こんな自分に、火影が務まるとは思っていなかった。

 気が進まないのは本当だった。

 が、ここまで来て、木ノ葉に対して無責任なことはできない。

 犠牲になった者たちのためにも、犠牲になった想いのためにも……今、できることをしなければならなかった。

 

 

 

 

 コハルとホムラはカカシの報告を受けてダンゾウの死を素直に悼んだ。

 そして、

 

「こうなっては仕方がない。私らもお前を火影に推すことにしよう。同盟の砂からもお前にと推薦があった」

 

 ため息交じりで、二人はカカシの火影就任を認めた。

 カカシはその言葉を引っ張り出すや否や、すぐに立ち去るつもりだった。自分からサスケのことを皆に話すと言ったナルトの様子や、ナナの容体が気になっていた。

 が、そこで彼は思わぬ足止めをくらうことになる。

 

「ちょうど良い、カカシ。お前も立ち会え」

「何にです?」

 

 コハルは皺くちゃの顔で淡々と言った。

 

「九尾の件でいずみナナを呼んでいる。そろそろ来る頃だ」

「え……?」

 

 ナナに、九尾のことで里に定期報告をする義務があることは知っていた。

 先のペインとの戦いでナルトの中の九尾が表面化したことも聞いていた。

 だから、ナナがその時のことを報告に来なくてはならないこともわかっている。

 だが、

 

「ナナはまだ……」

「意識が戻っているのなら、早いほうが良い」

「暁との戦いで九尾に何があったかをあの娘に聞かねばならん」

「ですが……」

「マダラに九尾が狙われているという今、この件は早急に話合うべきだ」

 

 コハルとホムラは、カカシの言葉をバッサリと切った。

 そして、

 

「失礼します」

 

 タイミングよく戸口で声がした。

 

「いずみナナを連れてまいりました」

 

 カカシは思わず身構えた。

 が、

 

「入れ」

 

 コハルが言った瞬間、身構えたことを無駄にするように、身を切りつけるような風が目の前を通り過ぎた。

 戸が開く音も聞こえなかった。足が床を踏みぬく軋みもなかった。

 気がつけば、ナナがコハルとホムラの鼻先に手の平を突き付けて立っていた。

 

「ひっ……」

 

 二人は気圧されるように、尻餅をついて、指の間からナナの眼を見上げていた。

 ナナの手は、二人に触れてはいなかった。まして、凶器を突き付けていたわけでもない。

 だが、身に纏う殺気が二人の身体を束縛していた。

 真白い入院着が死に装束のように見えた。

 カカシですら、息を止めていた。

 これほどの殺気は感じたことがなかった。数多の戦場でも、暗部の任務でも、あのサスケにさえも。

 ナナから発せられる冷たい気は、その場を完全に制圧していた。

 

 

「わかりますか……?」

 

 

 誰も、息すら満足にできない状態の中、

 

「私が……」

 

 ナナは言った。

 

 

「どれほどアナタがたを殺したいか」

 

 

 静かな声で、滑るように。

 

「わかりますか……?」

 

 カカシはかろうじてナナの横顔に視線を向けた。

 まだ青白く、唇にも色はなかった。

 が、怒りと、憎しみと、悲しみが入り混じったような瞳は、二人を見下ろして危険な光を放っている。

 

「私は……アナタがたを許さない」

 

 言葉は、

 

「ほら……」

 

 冷やかにすべり、

 

「手を触れなくても、アナタがたのことは簡単に殺せる……」

 

 まるで彼らに最期の審判を下すようだった。

 コハルとコムラの二人も、地べたに手をついたまま、ナナを見上げて硬直している。魂を吸い取られる前の哀れな生贄のように。

 

「でも……」

 

 その場全体が、ナナの……ナナにしか使えない和泉の術にでもかけられているようだった。

 

「止めておきます」

 

 ナナは彼らを弄ぶように言った。

 

「それは、サスケに任せますから」

 

 そしてサスケの名を口にした。

 

「なっ……なにを……」

「お、お前っ……」

 

 コハルとホムラは、わずかに身じろいた。

 が、再びナナの殺気に囚われる。

 

「来ますよ……? サスケが」

 

 美しくも恐ろしい顔で、ナナが笑ったから。

 

「アナタたちを殺しに……」

 

 空気さえも怯えて無くなったかのように、彼らの呼吸が止まった。

 カカシは手を伸ばそうと試みたが、指一本動かすことも叶わなかった。

 が、ナナが突然膝をついた。

 それから一拍置いて、ようやく彼女の身体が弱っていることを思い出す。

 

「……ナナ……!」

 

 カカシは駆け寄った。

 だが、よりナナの側にいたコハルとホムラが辛うじて反応し、先にカカシを制した。

 さらに、控えていた暗部装束の部下たちが、遅すぎる登場をする。

 

「わ、我らに手を上げるとはっ……!」

「な、なんということだ……!」

 

 しわがれた声は、まだ震えていた。

 暗部の男たちも、血の気のない少女一人を取り押さえるのに、三人がかりで囲んでいる。

 

「このような狼藉はゆるされん! 牢に入れておけ!」

 

 コハルは威厳を持ち直すようにそう叫んだ。ホムラも、明らかに苛立っていた。

 

「お、お待ちください!!」

 

 カカシは抵抗した。

 

「ナナはまだ、医療班に安静を言い渡されているはずです! 牢に入れるのは……」

「黙れカカシ!」

 

 必死のカカシにコハルはむきになって言う。

 

「私らにこのような態度をとるとなど、本来であればその場で処刑だ!」

「しかし、ナナは里を救ったばかりです。さっきの行為には訳が……」

「どんな理由であれ、これは謀反じゃ!!」

 

 暗部の男に乱暴に引き起こされているナナは、先ほどまでとはまるで別人だった。

 呼吸すら奪うような殺気は全て剥がれ落ち……それどころか生気すら失っているようだった。

 

「せめて監視つきで病室に戻していただけませんか!」

「火影になるお前が秩序を軽んじてどうする!!」

「さっさと連れて行け!」

 

 連れて行こうとする男たちの行く手を遮り、カカシは食い下がった。

 

「身体が回復するまで勾留は待ってください!!」

 

 だが、コハルとホムラの怒りは……いや、羞恥と恐れは強まるばかり。

 

「お前が正式に火影として承認されるまでは我らが命令を下す側だ」

 

 そして錆びついた権威を振りかざした。

 

「ナナ……!!」

 

 そうしている間も、ナナは目を伏せたままだった。

 あれだけの立ち振る舞いをしておいて、今は何の意志も持たない人形のようだった。

 されるがままに、暗部の男たちに引きずられて行く。

 

「ナナ! オレがすぐに出してやるから!」

 

 カカシの声ですら全く届いていなかった。

 コハルとホムラはそう言ったカカシをひと睨みし、低く呟いた。

 

「和泉の化け物め……」

「ついに本性を表したか……」

 

 扉が閉まった時、カカシは無力感と怒りと、そして戸惑いに耐えるよう、きつく拳を握り締めた。

 

 

 

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