ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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囚われ

 

 

「どう……して……?」

 

 たっぷりと時間が経ってから、そうつぶやいた。

 まだ、呼吸は止まらない。鼓動も鳴りやまない。

 

「どうして……?」

 

 喉元に突き立てた刃の切っ先を見下ろした。

 終わりを示すはずの赤い血が、それを染めることはなかった。

 

「なんで?!」

 

 もう一度声を上げて、柄を両手で握りなおす。

 さっき別れを告げた“現実”に、もう一度同じ想いを残す余裕などなかった。

 だから今度は目を閉じずに、切っ先の行方を見据えたまま、それを喉に突き立てる。

 

  キン……

 

 清澄な音が響いた。

 刃は……その身のずっと手前で止まっていた。

 切っ先が突き立ったのは薄い皮膚ではなく、“青白い星”……だった。

 五芒星。

 それはすぐに空気に解けて消えたが、見紛うはずはなかった。

 和泉の一族が扱う陰陽術。

 今ここで、この凶器を拒んだのは、間違いなくそれだった。

 なぜか……。

 もう、つぶやく余地もなかった。

 何も考えず、手は再び短刀を自身に仕向ける。今度は心臓に……。

 だが。

 

  キン……

 

 同じく、身体の手前で星が現れた。

 もう一度、次は短刀を右手に持って、左の手首に押し当てた。

 

  キキィ……

 

 ぐいっと引いた刃は、やはり皮膚に触れることはなく、ただ星の盾を滑り行くだけだった。

 

「どうして……?」

 

 何故、こうなっているのか。

 何が、そうしているのか。

 誰が、こうしたのか。

 

 何一つわからないまま、夢中で刃を身体の急所に突き立てた。

 何度も、何度も。

 が、幾度となく繰り返してはみても、刃が肌に触れることさえなかった。

 

「そんな……」

 

 絶望が背中から覆いかぶさるのを感じた。

 今まで浸っていたそれではない。そんな無機質で空虚な闇ではない。

 もっと大きくて冷たい……いてもたってもいられないような焦りと恐怖を呼び覚ます闇だ。

 

 死ねない……。

 

 この、今さら突き付けられた事実が、とてつもなく恐ろしかった。

 

「お母……さん……?」

 

 “母”が、この短刀に術をかけたのか……? いつかこうなることを予言していて……?

 いや、一族の誰かがこの短刀で惨めに命を消すことがないように、術をかけていたのか……?

 まさか静葉が……?

 

 柄を握りしめた。力を込めているはずなのに、手は情けなく震えている。

 刃に彫られたうちはの家紋が、厳かに煌めいた。

 

「ちがう……」

 

 困惑の中、導かれるように答えがわかった。

 この術はこの命を“守る”ためのものと思ったが、その考え自体が間違いだ。

 そもそも、この術は短刀にかけられてはいないのだ。

 この身に起きたことは、愛を注いでくれていたはずの“父”と“母”の力が由縁ではない。

 守られているわけではない。はっきりとわかる。

 何故なら今、その愛情を微塵も感じないのだから。少しも『守られた』という感覚を得ることがないのだから。

 この術は、“この身体”にかけられた術だ。

 そう、この命が終わらないために……。

 簡単な答えだった。

 

 死んでは困るから。

 

 九尾の器が壊れたときの保険となる者が、居なくなっては困るから。

 わざわざ転生の術を使ってまで産み出した存在が、自身でその役目を終わらせることがないように。たとえ運命に絶望しても、途中で放棄することができないように。

 これは、この命を生み出した者たちが、それを有効に利用するために、予め施していた術なのだ……。

 

「いつから……」

 

 残っていた力が全て抜けた。濡れて黒ずんだ河原にへたり込む。

 一族が放つ術を、返せないはずがない。

 それは間違いがなかった。

 当主である父ですら、自分を妬み、恐れていた……。だからこそ今の関係に至っている。

 だからきっと、この力が確立される前……赤ん坊の頃にでも、術にかけられたのだろう。『決して使命を放棄するな』という、この術を……。

 

「うっ……」

 

 悔しくはなかった。悲しいわけでもなかった。

 今さら、一族の者たちに思うことなど何もない。恨みも憎しみも、憐みも、感じることは何もない。

 だが、涙が出た。

 これは……怖れだ……。目の前に広がる“恐ろしい未来”を断ち切ることができなくなったという、怖れだ……。

 

「どう……したら……」

 

 ざわざわと、焦りが全身を包んだ。

 いつ、目の前にうちはマダラが現れるとも限らない。

 戦況がどうなっているかわからないが、すでにマダラが倒されていると楽観できるほど、もう心は強くない。単純に“仲間”たちを信じることができないくらい、心はもう歪んでしまっている。

 それに、自分の中に眠る“何か”がいつ目覚めるかもわからない。誰か……たとえばマダラに無理やり引き出されるかもしれない。

 

 怖い……。

 

 誰でもいいから、この先に必ず来る“恐ろしい未来”を今すぐに閉ざして欲しかった。

 

「誰か……!」

 

 応えるはずもないのに、そうつぶやいた。

 

「お願いっ……誰か……!」

 

 水の音が、声も願いもかき消していく。

 

「誰か……私をっ……!」

 

「泣いているのか?」

 

 一瞬、川の流れが止まったような感じがした。

 

「え……?」

「ずいぶん彷徨ったが、ちゃんとお前の元に辿りつけた」

 

 応えるはずもないのに……誰もここには居なかったはずなのに、すぐ後ろで声がした。

 

「誰……?」

 

 ゆっくりと振り返る。

 

「最期に願ってみれば、叶うものだな」

 

 そこに立っていたのは……。

 

「ネジ……くん……?」

 

 戦場にいるはずのネジだった。

 

 

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