ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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繋げる

 

(イタチ……ネジくん……私を、見ていて……!)

 

 そう想いを込めて、九尾の紅い目を見上げた。

 それがキラリと光ったとき、一瞬にして視界が変わる。

 そこには、禍々しい紅い満月があった。

 急な浮遊感に景色がぶれたが、身体は落下することなく止まった。

 足元に青白い五芒星が光っている。これが“この術”の発動と共に現れる、いわば“最初の手順”だった。

 その星の彼方……遥か下方へと視線を移す。

 黒い大地に、赤いチャクラの塊が無数に散らばっていた。

 あそこに、良く知っている仲間たちがいる。一尾のチャクラを懸命に掴む我愛羅の姿も見える。

 そして、一段と明るい光の中にサスケとナルトがいた。サスケの須佐能乎とナルトの九尾……。

 二人は、一緒に居る。

 

(よかった……)

 

 口元に自然と笑みが浮かんだ。たとえそれが一刻のことでも、二人が共に戦う姿を見られて良かったと思った。

 

 

『あれが“うちはオビト”、十尾の人柱力だ!』

 

 九尾に促されて、正面を向く。

 

『ちなみに奴は暁の面を被り、“うちはマダラ”と名乗っていた男でもある……』

 

 そこには男が居た。ナナと同じように、この不気味な宙に浮いている。

 

(あれが……カカシ先生の……)

 

 “次の手順”の印を結びながら、頭の片隅にカカシの部屋で見た1枚の写真を思い出す。

 カカシとオビト、そしてリンという人。彼らの後ろに立つのは四代目火影だった。

 その自分たち第七班と同じ構図の写真に、否が応でも興味を惹かれた。

 が、カカシ以外の者たちがすでにこの世にないこともわかっていたから、詳しくは聞かなかった。

 そして『慰霊碑』に刻まれた彼らの名を見つめるカカシの右目は、普段とは違うイロをしているのを知っていた。

 あの写真の男が、あの面の男……。『うちはマダラ』と名乗り、イタチの真実を語った暁の男だったのか。

 

「九尾、カカシ先生は?」

『オビトの万華鏡写輪眼で作られた異空間に飛ばされたままだ。オビトが弱ればきっと出て来るから心配するんじゃねえ! それより今は術に集中しろ!』

 

 脳裏に浮かぶあの写真と暗い部屋の光景を全部かき消すように、九尾が叫んだ。

 

『今、ナルトが持っている尾獣どものチャクラで、十尾に吸収された分のチャクラを引っ張り抜こうとしている状態だ! お前の術はアレを援護できるはずだな?! ナルトとサスケの力が弱まる前になんとかしろ!!』

 

 畳みかけるように言われても、不思議とナナの中に焦りはなかった。

 眼下の光景を見て、すでに状況は把握した。

 「カカシが戻って来る」というやけに楽観的な九尾の台詞も、あっさりと信じられていた。

 

「もう、術は発動してる」

 

 ゆっくりと九尾にそう返す。

 やっと自分の“忍道”を見つけて、本当にやるべきことがわかって、心は驚くほど鎮まっていた。

 

(サスケ……)

 

 こんな時でも、強く感じるのはサスケの視線だった。

 ここへ来たのとほぼ同時にそれを感じとったから、たぶん真っ先に自分に気づいたのはサスケに違いない。

 

(私やっぱり、みんなと一緒に戦うから。アナタと一緒に、戦うから……)

 

 きっと、サスケはこの空に浮かぶちっぽけな“星”を見つけて戸惑っているだろう。

 木ノ葉の里で「戦うことを止める」と宣言したはずなのに……。

 ここに瞬く、足掻きの星を……。

 

(サスケ、私を見ていて……)

 

 ナナはあの眼を発動させた。この身体に半分だけ流れる、サスケと同じ血をたぎらせて。

 脳を打ち抜かれるような痛みはあった。

 が、少しも怯まずにいられた。

 その眼で、あの写真とはずいぶん変わり果ててしまったうちはオビトを見つめる。

 そして、彼に取り込まれている尾獣たちの“核”を見抜く。

 やり方はもちろん十二分に心得ていた。

 深く息を吸い込むと、そこへ自分の力を放った。

 ナナの両腕から伸びた青白い光が、まっすぐに尾獣たちのチャクラに向かって駆ける。

 

『いけ!』

 

 九尾がまるで、祈るような台詞を内側から叫ぶ。

 と、光は九つに別れてそれぞれのチャクラにたどり着き、星の形を作った。

 ドクン……と、鼓動が跳ねた。

 

「繋がった……!」

 

 低くつぶやいた。

 この術を、ナルトに向けて放つために生きていた。この力で、九尾を引きずり出す修業ばかりを重ねてきた。

 それが今、その九尾やナルトと共に戦っている。

 だから絶対にこの術を成功させる。

 世界を守るためじゃなく。みんなを守るためだけじゃなく。この“生”に誇りを持てるように。

 

 十尾の力は強かった。

 九体もの尾獣をいっぺんに引き抜くなど、もちろん修業の想定外だ。和泉の里の人間も、誰一人として想像していなかったことだろう。

 それでも、絶対に成功させねばならなかった。

 だから、和泉の里で覚えた手順“以外”のことを実行する。自らの意志で。

 

「九尾、私にもアナタのチャクラを貸して」

『しかし……』

 

 九尾が初めて戸惑いというものを見せた。

 陰陽道の流れを組む“六道”を良く知っている九尾にはわかっていた。

 忍術の“チャクラ”と陰陽術の“力”は、似て非なる物である。

 チャクラが大きいからといって、陰陽の力が強いわけでもなく、またその反対もあり得ない。膨大なチャクラで忍術を発動できることと、強力な陰陽術を扱えることは全く別の話である。

 だから、九尾は己のチャクラを与えても、この陰陽の禁術には無効であることを知っていたのだ。

 が、ナナにはちゃんと考えがあった。

 それは、木ノ葉の里で忍になってから自分の意志で身につけてきた“戦うすべ”だった。

 

「大丈夫。アナタにもらったチャクラを、陰陽の力に“変換”して使うから……!」

 

 言い終えるや否や、身体の内側から熱い塊が産まれた。

 それは激しく燃える炎のように全身を包み込む。

 が、共に存在することなどあり得なかったはずの九尾と、一緒に戦っているのを実感して、少しくすぐったかった。

 

「ありがとう、九尾」

『やれるか!?』

「もう、今さら迷うのは止めたから。必ず成功させる……!」

 

 九尾から受け取るチャクラを、片っ端から陰陽術の力に変換していく。

 それは予想以上に莫大な量で、つまりはその変換作業だけでも多大な労力を強いられた。

 が、術は間違いなく力を増している。

 その証拠に、オビトの身体が揺らいだ。

 そしてさらに……下から風が吹き上げた。

 この夜の空に吹く風は肌を冷やす冷たい風であるはずなのに、それはとても暖かく、ナナに吹き付ける。

 

(みんな……?)

 

 視線を落とす。

 地上の無数の赤い星たちがキラキラと瞬いて、やがて九つの塊になっていった。

 そして尾獣たちのチャクラを掴むと、一斉に引っ張り始めたのだ。

 それはまるで、木の根のように大地にしっかりと張り付いて、さらに長く伸びようとしているようにも見えた。

 

「みんな……!」

 

 自然と声が出ていた。

 

「遅れてごめん……」

 

 九尾のチャクラを通して、皆に伝わると思った。

 

「でも、ちゃんと戦うから……! 私の全部の力を“この術”に懸けるから……! だからお願い、もう少しだけがんばって!」

 

 “この術”の意味を、親しい仲間たちならわかってくれるはずだった。

 

「なるべく、尾獣たちにつけた“星”を意識して引っ張ってほしい」

 

 “星”の意味を悟る者が現れても構わなかった。

 

「絶対に、十尾から尾獣たちを解放するから……!」

 

 まっさらな決意を吐き出す。

 と、それに呼応するかのように、忍たちの力が勢いを増した。

 

(みんな……)

 

 彼らの声はここまで届かなかった。

 それでも、応えてくれているのが風を通して伝わった。

 九尾のチャクラの熱と、逆に凍てつくような陰陽の力を同時に扱っていても、耐えられた。

 笑みさえも浮かんだ。

 

『このままいけるか?!』

 

 気の緩みを咎めるようなタイミングで、九尾が声をあげる。

 その高圧的な言いぐさにも、必要以上に大きく響く声にも、もうすっかり愛着が湧いていた。

 

「九尾……もう一度、力を貸して」

『バカヤロウ! これ以上はお前の身体がもたねぇだろう』

「ちがうの」

 

 苛立ちながらも気遣うような台詞を言う九尾が、なんだか好きになっていた。

 

「まだ、アナタ以外の尾獣たちとの繋がりが弱い……」

『どうする!?』

「“言霊の術(ことだまのじゅつ)を重ねる」

 

 次に思い浮かんだ“自前の手順”を口にし、心の中でこうつぶやいた。

 

(ごめんね、九尾)

 

 九尾に対する想いの変化を実感しながら。

 

 

  『一度も、ワシを“敵”として見たことがないからだ』

  『最初から、ナルトを憎んでいなかったからだ』

 

 

 九尾はそう言ってくれた。

 自分を正当化するわけではないが、確かにそのとおりだった。

 べつに、九尾の存在を敵視していたわけじゃない。ナルトの存在を憎んだこともない。

 ただ、自分の“生”にこだわっていただけ。それがとてもうしろめたくて、足掻いていただけ。

 彼らの存在が“悪”ではないのに、それをコロスためだけに産まれてきた自分が嫌だった。危急の時を待つだけの自分を、どうしたって好きになれなかった。

 でも、それが彼らのせいだとは考えたこともなかった。

 ただ、今はそれしか知らなかった頃より弱くなってしまった。

 想いや、意思や、希望……仲間や、里。いろいろ知って、自分のことを別の角度で意識するようになったから、恐怖も芽生えた。

 予測されたこととは、別の未来への期待。存在意義を変えられるかもしれないという希望。大切な仲間との繋がり。

 ……それらを失いたくない恐怖だ。

 だが、今ここにいるのは、九尾が信じてくれたからだ。

 もう一度、ここで戦える。ここで戦うことで、もう一度、自分の産まれた価値を確かめることができる。

 初めは一本しかなかった道だったはずが、こうして別の道を選び取ることができる。

 

(ごめんね、九尾)

 

 もう一度つぶやいた。

 自分がどんどん弱くなっていかなければ、もっとちゃんと向き合えたはずなのに……。

 

(こうして引き寄せてくれて、ありがとう……)

 

 特別な存在である九尾に、特別な思いを抱く。

 

『コトダマの術だと?!』

 

 九尾はもう、こちらの心は覗いてこなかった。

 彼はまっすぐ前を向いている。相棒である、ナルトのように。

 

「名前で“縛る”術だから、繋がりを強められるはず。強制的になっちゃうけど……」

『そんなこと、今はどうでもいい。で、どうすりゃいいんだ!?』

 

 ナナはまっすぐに九尾を見上げた。

 

「尾獣たちの名前を教えて」

 

 縛ろうとはしていても、それを知ることはとても重要だった。

 

「アナタの名前も……」

 

 本当の名前を呼ぶことで、繋がりが強まると思えた。

 

『一尾から順に言う……』

 

 九尾はほんの一瞬だけ躊躇って、すぐにつらつらと尾獣たちの名を告げた。

 一番最後に、自身の名も。

 

『コトダマでもなんでもいいから、さっさと術を成功させろ! “いずみナナ”!』

 

 九尾の低い声が、腹の底まで響いた。

 

「わかった、ありがとう」

 

(九尾が名を呼んでくれた……)

 

 眼を閉じて、印を結びなおした。

 風が全身に吹き付ける。

 大きく息を吸って、彼らの名を呼んだ。

 

「シュカク、マタタビ、イソブ、ソンゴクウ、コクオウ、サイケン、チョウメイ、ギュウキ……クラマ」

 

 最後に九尾の名を呼び終えたと同時に、ギュン……と、身体に纏った陰陽の力が向こうに引き付けられるのを感じた。

 

「みんな、無理やり縛ってごめん。でも、今は少し我慢して……!」

 

 彼らにそう呼びかける。

 次の瞬間、また“内側”の世界に引っ張り込まれていた。

 そこはとても静かで薄暗い……が、九尾の檻とは違う場所だった。

 

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