「ここって……」
『よくここまで来たな、和泉の姫』
『まさか、アンタがここへ来るとはね』
『あのナルト意外にここへ来られるヤツが現れるとは……』
360度ぐるりとナナを囲むのは、今しがたその名を知ったばかりの尾獣たちだった。
『和泉の姫! 久しぶりだなぁ』
一尾のシュカクが軽い口調でそう言った。
「シュカク……ほんと、久しぶり……!」
シュカクと“対峙”したのは、中忍試験の時だった。
我愛羅がナルトに敗れて意識を失った時、シュカクは彼を乗っ取ろうとした。
それを鎮めたことが、我愛羅と、そしてシュカクとの最初の邂逅だった。
『なんだシュカク、お前、和泉の姫と知り合いか?』
『ああ、前にちょっとな。この姫はホンモノだ。このオレ様が保証するぜ。なんたってあん時ゃ……』
『オイ、クソダヌキ、お前は引っ込んでろ! 今はくっちゃべってる場合じゃねーだろうが!』
クラマが怒声をあげた。
『いいかお前ら、こいつは“いずみナナ”。ナルトが“制御”できなくなった時に、オレを封じる役目を背負わされて産み出された、哀れな和泉一族の娘だ。ついでにうちはの血も引いている』
彼は、シュカクはおろか、他の尾獣たちの反応をも無視するように話し出す。
そのぶっきらぼうな紹介を、ナナは黙って聞いていた。
『だが、コイツはオレらの敵じゃねぇ。お前らが人柱力の中から受けていた他の人間どもからの感情を、コイツは一度も持たなかった。だから、コイツはナルトの友でもある』
一瞬の静寂の後。
『なるほど……』
『和泉とうちはの混血ですか、どうりでその眼……』
『あのナルトの友か……』
尾獣たちはそれぞれの想いをつぶやく。
「お願い、みんな……!」
ナナも彼らに向かって言った。
「確かに私はクラマを封じるために産まれてきたし、そのためだけに修業をして……生きてきた。アナタたちにとっては、“敵”となる存在かもしれない。でも……」
首を思い切り上向けて、ぐるりと彼らを見回す。
「私はアナタたちを助けたい。今は私自身の意志で戦ってる。だから……」
言葉は自然と流れ出た。
「一緒に、戦って欲しい……」
初めて目にする姿なのに、何故だか懐かしい感覚をおぼえながら……。
『お前がオレたちを助けるだと?』
『その力でか……?』
返って来たのは冷ややかな台詞……。
『十尾からワタシたちを引き抜いた後、アナタが私たちを封印するのでは……?』
「そんなこと、私にはできない。今でさえ、クラマの力を借りないと術を完結させることができないくらいだし……」
だが、ナナの心は落ち着いていた。
「それに、私はただアナタたちを解放したいだけ」
九つの巨体から落とされる視線を、肩にずっしり感じる。
が、不快でもなければ緊張感もなかった。
「もちろん、忍のみんなも助けたい」
ただ、必死だった。
「それから……」
ただ、彼らと真摯に向き合えていた。
「私が産まれて来たことの意味を、ここで変えたい……!」
誠心を、告げた。偽善でなく、欲望を、虚心坦懐に告げた。
『へっ』
思いがけず、笑いが降った。
『オイオイ、要するに、ここでお前が戦ってんのは自分のためか?!』
「そうだよ」
が、悪意は感じないから、グイっと顎を上げて答える。
「私は、私の忍道を掲げてみんなを守る。そのためには、自分の血とか使命とか……最初から決められていた運命と向き合って、それを変えなくちゃダメなの」
この世界に産まれ落ちる前から、決めつけられた“さだめ”を……。
「“戦う”って、そういうことでしょう?」
誰かを守るため……、自分の意志で戦うのなら、己の“さだめ”を
「アナタたちは、人柱力になった人たちがそうやってずっと戦ってきたのを見てたでしょう?」
ナルトのヒカリを思い浮かべた。
「本当はアナタたちも、一緒に戦って来たんでしょう?」
クラマなら知っている。
自身の“さだめ”と向き合い、それを超えたあの強烈な光……。
その光と正面から向き合い、激しくぶつかって、心を通わせるようになったクラマなら。
『オイ、お前ら』
最初に口を開いたのは、クラマではなくソンゴクウだった。
『この娘を試すのはもう止めろ。時間がないんだ』
すぐに、他の尾獣たちもうなずく。
『確かに、さっさと十尾から解放されたい』
『アレはごめんだぜ……』
『それに……』
再びソンゴクウが言った。
『ここへ呼んだ時点で、オレたちはお前に“協力”するつもりだ』
「ソンゴクウ……」
キキっと、彼が鳴いた。
『ただちょっとばかり、お前を見てみたかっただけだ』
『おいソン! 素直に「助けて欲しかった」って言えよ!』
『まったくだ。逆に、この姫を恐れていたのでは?』
彼らの言葉にソンゴクウが反論すると、足元が大きく揺れた。
が、自然と笑いがこみ上げた。
「みんな、仲がいいんだね」
それに対し、口々に怒声が降りかかる。
彼らに対して深い親しみが湧いた。
彼らとは、互いに“敵”ではなかった。彼らを恐れても憎んでもいなかったし、彼らも自分を嫌悪していたわけではなかった。
それがわかって、嬉しかった。
『オイオイ、グズグズするなよお前ら! それとナナもだ!』
クラマが急かした。
戦場で、しかも危急の事態というときに、こんなにも穏やかな気分になれたことがおかしかった。
「ごめん、クラマ。そろそろ戻して。いっきにみんなを引っ張り出すから」
早く彼らを救いたかった。
きっと、我愛羅もシュカクを待っている。
今、ここにはいないナルトも……。
『ちょっと待て!』
その時に、呼び止めたのはソンゴクウだった。
彼は言った。
『お前なら、もっと強くオレたちを縛れるはずだ』
「え……?」
その言葉の真意を、他の者たちが口々に代弁する。
『あなたにはその写輪眼があります』
『それで我々に幻術をかけ、十尾から抜けるよう支配すればよい』
「でも……」
彼らの意思は同じようだった。
『無意識に縛られたほうが、力を発揮できる場合もある』
『そうだ、それがいい! どっかの馬鹿ギツネも写輪眼で支配されたことがあるらしいがな!』
『黙れ、クソダヌキ!!』
皆がまた、いっせいにナナを見た。
「でも……」
『気にするな。お前の命令なら皆、聞く』
『というか、さっさとしないか? 和泉の姫よ』
気は進まなかった。
せっかく心を通わすことができた彼らを、自分の力で操ることなどしたくはなかった。
だが。
『ナナ! さっさとしろ! お前のダメなところはそういうところだ! いつも周りを気にしすぎて、やるべきことの優先順位が見えなくなる……』
クラマが怒鳴りつけた。
だが、それがとても親しげな意味を持っていることがわかったから、またうれしかった。
『今はオレたちの意思がどうのこうのと考えている場合じゃねぇだろう! お前の忍道とやらで、とっととここの奴らを救ってみやがれ!!』
食い殺さんばかりの迫力に、ナナは苦笑した。
「うん、ごめん」
クラマはそれ以上何も言わなかった。
そして……。
『忍たちも踏ん張ってはいたが、そろそろ限界だ。ナルトとサスケもだいぶ疲弊している。すぐに決着をつけろ!』
『いいか! すぐにだぞ!』
『私たちはアナタの眼をまっすぐにみつめます』
皆が言った。
最後に、
『ナナ、お前がその力で決着をつけろ!』
クラマがそう言った。
その言葉にただ深くうなずくと当時に、景色は夜の空へと戻っていた。
「みんな、ありがとう……」
彼らに会えてよかった……。
そう思いながら、片手で印を結ぶ。
正面のオビトが懸命に抵抗し、眼下の仲間たちの勢いがだんだん弱まっているのが見えた。
ナルトとサスケも、先ほどよりも身にまとう光を減らしている。
万華鏡写輪眼……その眼で、尾獣たちを見た。
「シュカク、マタタビ、イソブ、ソンゴクウ、コクオウ、サイケン、チョウメイ、ギュウキ……クラマ」
もう一度、彼らの名を呼ぶ。
皆の眼が、瑠璃色に光る。
“ここ”ではチャクラの塊にしかすぎない彼らでも、こちらを向いてくれているのがわかった。
「ソコから出て、こっちへ来て!」
写輪眼よりも強い……万華鏡写輪眼の瞳力で幻術をかける。
イタチやサスケのようにすればよいと思っていたから、初めて使う眼でも戸惑うことはなかった。
力の解放と共に、眼から後頭部に突き抜けるような激しい痛みが発生する。と同時に、尾獣たちがビクンと反応したのがわかった。
胸に星を抱いた彼らは、今までで一番強い力で十尾から抜け出そうとする。
「みんな、頑張って……!」
名を知って、語らった尾獣たち。そして、忍の仲間たち。……と、ナルト、サスケに向けて言った。
体中の力を空にするように、ナナは力を絞り出した。
クラマのチャクラを変えるよりも早く……。和泉の力と、うちはの力を……。
ゆっくりと、視線をオビトに向けた。
どこを見ているのかわからない。ただ力任せにチャクラを保持しようとしているだけで、意識は半分どこかへやっているように見えた。
(きっと、ナルトが……)
尾獣たちの意識と共に現れなかったのならば、きっとナルトはオビトの意識の中に居る。
それがわかった。
(ナルト……その人を救うつもり……?)
あの光は、どんなに深い闇をも照らし出す。
ずっとそれを信じてきたから、彼が今、何をするのか理解できた。
(いくよ、ナルト……)
彼と心を合わせるように、そう告げた。同時に全ての力を吐き出す。
視界が大きくブレた。
強大なチャクラたちが、大気を揺らしている。熱くもあり、冷たくもある風が戦場を吹き抜けた。
忍たちが這わす“根”が、一斉に広がった。
『こっちだ! シュカク!』
我愛羅の声が聞こえた。
それから……。
『ナナ……!』
サスケの想いも聞こえた気がした。
気がつくと、戦場は水を打ったように静まり返っていた。
しかしそれも一瞬のことで、巻き起こる土煙とともに忍たちの大歓声がそこに湧いた。
まっすぐ正面に浮いていたオビトは、操り人形の糸が切られたように真下に墜ちた。
彼の身に何があったのかは定かでない。カカシの友であったはずの彼が何故、ここでこうして、忍の敵として在るのかわからない。
だが、彼は『マダラ』としてイタチの真実を語った。サスケと自分を、絶望の底のその下まで突き落とした。
そうして、この絶望に染まる世界を終わらせようとした……。
その彼を、ナルトは殴り飛ばしただろうか。無理やり“ソコ”から引っ張り出しただろうか。熱い想いをぶつけて、以前の彼の想いを取り戻させたのだろうか。
それとも優しく手をとって、導いたのだろうか。
いずれにしても……。
うちはオビトは十尾の人柱力ではなくなった。
十尾という存在は消え、そこに囚われていた尾獣たちは解放された。
大地は歓喜に満ちていた。
勝利への喜び、安堵、忍としての誇り、そして……この世界への愛。
赤いチャクラをまとった忍たちは、惜しげもなくそれを散りばめる。
この“
この世界は救われた。この世界はまだ続く。
たとえ絶望に染まり切った世界でも。まだ、続いていくのだ……。
その“先”を意識した瞬間、思考が弾けた。
そのまま何も考えられなくなって、身体を宙に投げ出した。
考える力などない。もう、身体を支える力もない。まともに呼吸を繰り返すことも、困難になっている。
これまでになく身体は冷え切っていた。
だから、吹き付ける夜風の冷たさも、もう感じなくなっていた。