ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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流れ星

 

 ナルトが呼んでいた。

 仲間を信じる心を強く感じた。

 だから、自分たちの力も信じられた。

 

 ナルトから託された螺旋丸を、十尾の人柱力にぶつける。

 それは頭で考えれば難しい芸当だっただろうが、身体は自然に動いた。

 心が合わさった力は甚だ強く、人柱力が作る六道の盾をひと突きに貫いた。

 ナルトとサスケも力を合わせて、盾の向こうの人柱力に槍を穿つ。

 すでにナルトの九尾と、須佐能乎とかいうサスケが操るものは、共闘というより合体を遂げているように見えた。

 敵対しつつも“友”であるという二人の凄まじい槍の先もまた、確かに敵対するものに届いた。

 強大なチャクラが九つ、人柱力の身体から放出された。

 まるで、ナルトとサスケのチャクラに呼応しているように見えた。

 それらが十尾に吸収されていた尾獣のチャクラで、ナルトの方に引き寄せられているということは、尾獣について詳しくは知らないシカマルにも理解できた。

 

 七つのチャクラが、ナルトたちのチャクラ……スサノオから伸びた九尾の“尾”と繋がった。

 他の二つの塊が弾かれたのもわかった。

 その一つを我愛羅が引き寄せ、もう一つはビーがしっかりと掴んだ。

 まるで綱引きだった。

 地が揺らぐほどの、いや、空気さえもが大きく震えるくらい壮大な綱引きだ。

 

 ふと気づけば、大樹の成長が止まっていた。

 十尾の人柱力の方もおそらく必死だ……。

 今まで余裕の表情を浮かべながら、忍たちを……あの歴代火影たちをも子供のように扱って来た十尾の人柱力が今、まさに、その力を繋ぎとめるギリギリの戦いをしている。

 

 だが……。

 それでも一度吸収したチャクラを引き寄せるほうが、引っ張り出す力よりも強かった。

 徐々にナルトとサスケ、そして我愛羅とビーが引きずられていく。

 

「くそ……!!」

 

 先ほどの螺旋丸でまだ息が切れていた。

 が、思い切り悪態をついた。

 となりでいのが、まだ地に手をついて呼吸を整えている。チョウジは喘ぐように戦況を見つめるのが精いっぱいの様相だ。

 

「くそっ……」

 

 ここまできて……。

 と、シカマルは再び悪態づく。そして何か方法はないかと再び頭を働かせる。

 父はもう居ない。ここで自分が考えるしかない。

 その責任を重荷に感じる暇など、とっくになくなっていた。

 

(考えろ……何かできることは……)

 

 天を仰いだ。

 暗い空に浮かぶ赤い月。

 そこに。

 

「なんだ……?」

 

 儚げに、だが美しく光る、星があった。

 

「え……?」

 

 シカマルは自分の目を疑った。

 この暗い空に浮かぶにはあまりに明るく、それでいて青白い光は儚くも見える。

 その“違和感”の正体をもうわかりきっていたから、目を疑ったのだ。

 

「ナナ……?」

 

 呟きは、いのやチョウジには聞こえなかったようだ。

 が、自分自身の声が耳に入ると同時に膝が震えた。

 あの星の正体がナナだと……シカマルは確信していた。

 

(ナナ……!)

 

 目を凝らす。

 例の綱引きの風圧で、しっかりと目を見開けない。砂塵も視界を奪う。

 だが、この空には確かにナナが居た。

 白い袴姿で、胸の前で印を結んでいる。

 表情は見えない。

 が、彼女がまとう空気はこの喧騒とは裏腹に静穏としていた。

 

「あれは!?」

 

 誰かが叫んだ。

 

「誰だ?!」

「新手か?!」

「また穢土転生で蘇った者なのか?!」

 

 いのとチョウジも気がついて、何か言っている。

 が、ちゃんと耳には入らない。

 周囲の脈絡のない動揺が、膝の震えを加速させる。

 

「シカマル、あれって……」

 

 いのが恐る恐るといった様子で言うのが、ようやく耳の奥に届いた。

 

「ねぇ、シカマル、あれってナナよね?」

 

 激しく動揺する彼女もまた、ナナのことを良く知る仲間として、あの姿がここに在ることを信じ得ないでいる。

 

「どうしてナナが……」

 

 さらにチョウジが、彼にしてはずいぶんと早口で呟いた。

 彼らに対する答えは無かった。何も応えられなかった。

 

「あれは、木ノ葉のいずみナナだ!!」

 

 どこかで誰かが、確信を得たかのように叫んだ。

 と同時に、一瞬だけ風が止んだ。

 やっとまともにナナの姿を捉えることができた。

 それはつまり、そこにナナがいることをこの目で認識することでもあった。

 

「ナナ……」

 

 彼女がどこを見ているのかわかった。

 ナナはまっすぐに、あの引き合う尾獣たちのチャクラを見つめていた。

 その眼の色……それが、地上からでもやけにはっきりと見えた。

 青よりも暗く、瑠璃よりも明るく、この空の色によく似ていた。

 当たり前だが、ナナの眼の色は漆黒だということは知っている。

ナナが木ノ葉を出る前夜、その目を間近でしっかりと見つめたのだ。闇より深い黒の瞳に、星が瞬いていたのを、しっかりと……。

 だから、ナナの眼が青く煌めくはずはなかった。

 

「あの眼って……」

「あ、青いよ……?」

 

 いのとチョウジも気がついた。

 もちろん二人とも、ナナの眼があの色をしているところを見たことはなかった。

 そこへ、さらに混乱を煽る誰かの叫び声……。

 

「あの眼は……しゃ、写輪眼だ……!」

 

 反射的に声のした方を向く。

 その言葉を発したのは、日向一族の者だった。

 

「ひ、ヒナタ……!」

 

 いのが少し離れたところにいたヒナタに叫んだ。

 

「う、うん……」

 

 先ほどの螺旋丸で消耗していたヒナタも、すぐに白眼を発動させる。

 

「ほ、ほんとだ……」

 

 そして、細い声で呟いた。

 

 

「ナナちゃんの眼に……サスケ君の写輪眼と同じような模様が……」

 

 

 写輪眼……。

 その眼のことはシカマルも知っていた。

 木ノ葉隠れの里の名門、うちは一族の者が開眼する特異な眼。

 もちろん、サスケがその眼を持つことも知っている。

 だから、和泉一族であるナナがその眼を得ることはないはずだった。

 だが、ヒナタの言葉を疑う理由などどこにもないのだ。

 

 何故、ナナが『写輪眼』を……。何故……?

 

 そればかりが、頭の中を急速に回転する。

 

 ナナ、お前は()()()になってまで戦ってくれた。

 海辺の戦場に駆けつけてくれた。

 自分は絶望を抱えたまま、アスマのことを気遣ってくれた。

 アスマと戦わされたオレらのことも。

 金角と銀角の封印は、和泉の術を用いてまで成し遂げた。

 そして、偽のマダラに死を与えられてもまた……こうしてここに来てくれた。

 そんな見慣れない白い袴の姿をしたまま……“そんな眼”で……。

 まだ戦うのか?

 世界のために?

 みんなのために?

 

「ナナ……!」

 

 呼びかけて、ナナに届く距離ではなかった。

 吹き荒れる砂塵、そして忍びたちの喧騒も妨げとなっている。

 だが、シカマルはもう一度叫んだ。

 

「ナナ!!」

 

 どうしてお前は、そんなになってまで戦うのか……と。

 

 ナナはまるで彼の問いに答えるかのように、術を放った。

 “何”の術なのかはわからない。

 が、確実に何かがナナの手から尾獣たちに向けて放たれたのを感じた。

 それは強い光ではなかった。ナナの足もとに浮かぶ星と同じく、そこはかとなく儚げな光だった。

 だが、それこそがナナの力だと思えた。

 ナナの意志、ナナの想い、ナナの強さ……そう思えた。

 

「ナナ……」

 

 深く深く傷ついて、救いようがなくなって、絶望の奈落に引きずり込まれて……死を願ってもなお、戦うナナ。

 決して消えない光だ。

 涙がこみ上げた。

 憐み……じゃない。

 何か崇高なものを眼前にしたような、一種の感動だった。

 

「いの!」

 

 心の最深部が突き動かされたと同時に、身体が動いた。

 

「な、なに? シカマル」

「力を貸してくれ!!」

 

 すぐに、いのの術で戦場の忍たちに“声”を繋いでもらった。

 言うべき言葉も、自然と流れ出た。

 

「みんな、聞いてくれ!!」

 

 尾獣チャクラの“綱引き”への参戦を、シカマルは皆に呼びかけた。

 

「九尾のチャクラを纏ってるオレたちなら、尾獣チャクラを吸着できるはずだ!」

 

 皆、すぐに走り出した。

 とても他里の忍たちが入り混じっている場とは思えないほど、その行動がすぐに統制された。

 

「ナナ、オレたちも戦う……!」

 

 シカマルはそう宣言して、チョウジらとともに最前列で綱引きを始める。

 思った通り、尾獣チャクラに取り付くのは容易だった。

 

「ナルト! 手を貸せっつったのはお前だ! 手出しさせてもらうぜ!」

 

 キバがそう言った。

 四代目火影も、自らの九尾チャクラを伸ばして忍たちに掴ませる。

 

「よっしゃー!!」

 

 ナルトが叫んだ。

 

「みんなぁ! 『せーのォ』でいくってばよ!!」

 

 その号令と共に、皆の力が尾獣たちを引っ張り始める。

 手元は重かった。

 十尾の力はまだ強大で、気を抜けば自分まで引きずり込まれるような感覚を覚える。

 が、確かな手ごたえを感じた。

 その時。

 

『みんな……!』

 

 声が降った。

 

『遅れてごめん……』

 

 よく知っている声だ。

 

『でも、ちゃんと戦うから……! 私の全部の力を“この術”に懸けるから……! だからお願い、もう少しだけがんばって!』

 

 儚げで、それでいて強い……。

 

『なるべく、尾獣たちにつけた“星”を意識して引っ張ってほしい』

 

 それは遥か遠くから響くのに、はっきりと聴こえた。

 

「ナナ……」

「ナナだ……」

「ナナ……!」

 

 皆にも聞こえていた。

 ゆっくりと、その声の主を見上げる。

 

『絶対に、十尾から尾獣たちを解放するから……!』

 

 星の輝きが増していた。

 

「ナナ……」

 

 それでもやはり、胸は痛かった。

 『遅れてごめん』……なんて言わなくてよかった。

 『私の全部の力を“この術”に懸けるから……!』……なんて言って欲しくなかった。

 本当は、ナナはここへ来るはずじゃなかった。もう戦うはずじゃなかった。そんな必要は無かったはずだ。

  “この術”の意味も……ナナを知っている者たちからしてみれば、悲しく響いた。

 ナナが持って生まれた“使命”。

 いや、その命さえその“目的”のために存在していた。

 ナナはそれを今、全力で成し遂げると言った。

 もう戦わなくていいはずのナナが、呪いのようなその術に全てを懸けると言ったのだ。

 

『なるべく、尾獣たちにつけた“星”を意識して引っ張ってほしい』

 

 示された星はとても美しかった。

 ごく平凡なこの目にも、尾獣たちの胸に浮かぶ星の印を見て取れる。

 陰陽道のそれは『五芒星(ごぼうせい)』というらしい。

 ナナを、ナナの生を象徴する、美しくも儚げな星。憐れに……それでも強く光る星。

 

『絶対に、十尾から尾獣たちを解放するから……!』

 

 ナナがその生とまっすぐに向き合っているのが、声から伝わった。

 ただそれだけが、シカマルにとって救いだった。

 ペインの木ノ葉崩しの時、皆を守って戦ったときのような、あの悲しげな姿ではなかったから。

 あの時よりさらに深い傷を負っているはずなのに、今はちゃんと、己の意思で皆を救おうとしている。

 忍だけじゃない。尾獣たちも含めて。

 

(やっぱり、ナナはナナだった……)

 

 漠然とそう思った。

 その時。

 

「あ……」

 

 ヒナタが息を呑んだのがわかった。

 彼女は白眼でナナを見上げたままでいる。

 

「どうしたの?!」

 

 いのの問いに……。

 

「ナナちゃんの……眼の模様が変わったの……」

 

 そう応えると同時に、風がいっそう強く巻き起こった。

 砂粒手が尾獣たちのほうから吹き付ける。

 そして、手元の尾獣チャクラが明らかにこちらへ引き寄せられたのが実感できた。

 

「あとひといきだ!!」

「いっきに引っ張りましょう!!」

 

 キバとリーが叫び、それに合わせて全身の力を込める。

 忍たちにも伝わったのか、後方でもさらに力が強まるのがわかった。

 地鳴りを上げて、ずるりずるりと下がっていく。

 我愛羅やビー、そしてナルトとサスケも、最後の力を振り絞っているようだった。

 とても長い時間に思えた。

 だが、結局のところは、ほんの数分の出来事だった。

 

 チャクラの引っ張り合いは、ついに十尾から尾獣たちを引き抜く形で勝利する。

 思いっきり尻もちをつき、さらに数十メートルも荒地を滑った。

 チャクラの塊だった尾獣たちは解放され、それぞれの姿になって地に着いた。

 九つもの巨体は、大地を大きく揺るがす。

 が、同時にその規模に匹敵するほどの大きな歓声も上がった。

 前方の十尾の人柱力……うちはオビトが、力を失って真っ逆さまに落下するのが見えた。

 それを見届ける間も惜しむように、シカマルはあの星を探した。

 

「ナナ……!!」

 

 オビトが堕ちてすぐ、その星も闇の空に掻き消えた。

 そしてそこに居たナナの身体も、オビトと同様に宙から落ちる。

 

「ボクが行く!」

 

 すぐに反応できたのはサイだった。

 彼は自ら描いた鳥で、ナナを迎えに飛び立った。

 

「ナナ! よかった!!」

 

 上空で無事にサイに受け止められたナナを見て、仲間たちは口々に安堵の言葉を吐きだした。

 シカマルは何も言えなかった。

 オビトとの戦いに勝ったのは事実だが、当然、戦争が終わったわけではない。

 が、それだけではない気がした。

 

(これでナナの戦いは終わったのか……?)

 

 力尽きたはずのナナを目にしても、何故か胸騒ぎが収まらない。

 ナナの行く末から目を逸らすように、下を向いた。

 足元にはまだ、土埃が蔓延していた。

 シカマルはまた、胸に潜めたナナの額当てを片手で思い切り握りしめた。

 

 

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