「ナナ……! 大丈夫かい?!」
地上よりはるかに冷たい風が吹く上空で、サイはナナを抱き留めた。
その身体は“あの時”よりも、もっと、ずっと冷たかった。
仲間、想い、心……。
それが何であるのか具体的な形で見せつけられて、あの時のサイは変わりかけていた。自身の変化をはっきりと感じ取って、少し戸惑ってもいた。
だが、抵抗する気は起きなかった。
今までの価値観が大きく揺らいでいても、何故だか心地がよくなっていた。
“姉”との再戦に発ったナナの援護、および救出……それを火影から命じられたのはそんな頃だった。
ナナを見つけたのは、同じ任を受けたヤマトやサクラではなく、サイだった。
そこはナルトとサスケが以前戦ったという、『終末の谷』の滝の側だった。
“死んで蘇った実の姉”という理解し難い敵と戦ったナナは、ちゃんと生きていた。
丁度決着がついたタイミングだったようで、湿った岩場に倒れこむナナを間一髪で抱き留めた。
一瞬で彼の芯をも凍らすほど、ナナの身体は冷え切っていた。
全身に滝の飛沫を浴びていたからでないことくらい、彼にもわかった。
流れる血などないかのごとく、まるで死人のようで……。顔はますます青白く、呼吸も限りなく浅い。
あと数秒もすれば、絶える命……それを抱えているような恐怖を感じた。
感情など良く知らなかったのに、自然と、確かに、恐怖を覚えた。
それを今でもはっきりと思い出せる。
今は……あの時よりもずっと強く恐怖を感じている。
もう言葉にして他者に説明ができるほど理解した、恐怖という感情。
それが、じわりじわりと肌の上を這いずり回る。
「ナナ!!」
あの時より強く呼びかけた。
「ナナ!! しっかり!!」
ナナはすぐに、目を開けた。
「……サイ……」
弱い笑みは、あの頃のまま。
「ナナ……」
言うべき言葉が見つからなかった。
この窮地を救ってくれた礼なのか、無事であったことへの安堵か、力を使い果たしたことへの心配なのか……。
口ごもったのは、初めてだった。
「大丈夫……だよ……」
臆病な声を慰めるかのように、ナナはあの時と同じことを言った。
「す、すぐにサクラのところへ……!」
やっと出た適切な台詞の欠片だった。
だがそれを、ナナはなよやかに拒絶する。
「いいの、サイ……。医療忍術じゃ……回復……しないから……」
ナナは少し笑んでいた。
氷のような身体で、死人のような顔色で、この冷たい夜風の中。
「知ってる……でしょう……?」
再び言葉を失った。
ナナという存在。それは『根』に居た頃から聞かされていた。
あそこに所属する者たちは、ダンゾウによって里の重要機密をも知らされている。
それはダンゾウの
その点では、ダンゾウのしていたことの意味も理解できた。
ナナはダンゾウから、九尾から里を守る“最後の砦”のような存在として示されていたのだった。
それが初めて会った時には、ひどく顔色の悪い小さな少女に見えて拍子抜けした。
和泉一族の末裔ということであれこれ想像はしていたものの、その中のどれにも当てはまりはしなかった。
ナナは弱く見えた。
何かに打ちのめされたような、何かを諦めたような……少なくとも『根』で聞かされていた印象とはかけ離れていた。
サイにとって“いずみナナ”という存在は、人として最高位の血をひき、忍には理解し難いような禁術を扱う、それはそれは尊く哀れな存在だった。
だが、それほど一緒に過ごした時間は無いというのに、ナナに対する感情は変わった。
いや、ナナに対する感情を知った。
ナナは強い。
サイが知り得る者たちの中で、最も強い存在となった。
ナナの本質は、ナルトやサクラのほうが良く理解しているに違いない。
だが、より客観的にナナを見ていたからこそ、その強さをしっかりと受け止められているように感じられた。
ナナはどんなに傷ついてボロボロになっても戦った。逃げようとしながらも、逃げきれずに結局は戦った。
姉との戦いも。イタチとサスケの戦いへも。サスケへの感情にも。イタチという人への感情にも。
ダンゾウに囚われながらも。ペインの木の葉崩しの時も。
感情を知れば知るほど、ナナの絶望を理解できるようになって……それはとても強い痛みを知ることとなった。
感情というものを学ぶにつれ、ナナの心を見つめているような感覚だった。
だから。
「ナナ……じゃあ、サスケのところへ……」
そう口にした。
サスケが「置いて来た」と言ったナナが、ここへ来た。
二人に何があってそうなったのかは知らないが、ただ、ナナの心が求めるものを間違うつもりはなかった。
が……。
「……いいの」
ナナはかすかに首を振った。
「サスケとは……もう……話をしたから……」
視線は宙を向いていた。
「でも……」
「ありがとう……」
自分の直感が正しいと思う根拠を述べる前に、ナナは礼を言った。
それは本当の拒絶だった。
「お願い、サイ……」
そして、望みを口にした。
「シカマルのところへ……」
わずかな違和感を覚えた。
が、ナナが挙げた名がナナを想う仲間の名前だったことには安堵した。
「シカマル……ここに、いるよね……?」
「うん、すぐに連れて行くよ」
速やかに鳥を降下させた。
冷たい風がナナの氷の肌を切り裂かないよう、急ぎつつもゆっくり旋回しながら。
きっと、この冷えた身体はシカマルが護るはずだ。
そう思えた。
少しだけナナを抱く腕に力がこもった時、ナナは呟いた。
「サイ……、今まで、何度も助けに来てくれて、ありがとう……」
途切れ途切れのかすれた声。
「姉と戦った時も、ダンゾウに捕まってたときも……サイが、助けに来てくれたんだよね……」
もう一度、ナナの眼を覗いた。
さっきまで青く、そして今は漆黒の双眸。
それが、か弱く煌めいた。
「ボクには……」
言葉を選びながら、でも思ったことを返した。
「そういう役目があるのかもしれないね」
自分で言ってみて、不思議と嬉しかった。自然と笑えていた。
ナナも、かすかに笑ってくれた。
その頬に、ほんの少しだけ赤みが戻ったように見えた。