ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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冷たい肌

 

「ナナ……! 大丈夫かい?!」

 

 地上よりはるかに冷たい風が吹く上空で、サイはナナを抱き留めた。

 その身体は“あの時”よりも、もっと、ずっと冷たかった。

 

 仲間、想い、心……。

 それが何であるのか具体的な形で見せつけられて、あの時のサイは変わりかけていた。自身の変化をはっきりと感じ取って、少し戸惑ってもいた。

 だが、抵抗する気は起きなかった。

 今までの価値観が大きく揺らいでいても、何故だか心地がよくなっていた。

 “姉”との再戦に発ったナナの援護、および救出……それを火影から命じられたのはそんな頃だった。

 ナナを見つけたのは、同じ任を受けたヤマトやサクラではなく、サイだった。

 そこはナルトとサスケが以前戦ったという、『終末の谷』の滝の側だった。

 “死んで蘇った実の姉”という理解し難い敵と戦ったナナは、ちゃんと生きていた。

 丁度決着がついたタイミングだったようで、湿った岩場に倒れこむナナを間一髪で抱き留めた。

 一瞬で彼の芯をも凍らすほど、ナナの身体は冷え切っていた。

 全身に滝の飛沫を浴びていたからでないことくらい、彼にもわかった。

 流れる血などないかのごとく、まるで死人のようで……。顔はますます青白く、呼吸も限りなく浅い。

 あと数秒もすれば、絶える命……それを抱えているような恐怖を感じた。

 感情など良く知らなかったのに、自然と、確かに、恐怖を覚えた。

 それを今でもはっきりと思い出せる。

 

 今は……あの時よりもずっと強く恐怖を感じている。

 もう言葉にして他者に説明ができるほど理解した、恐怖という感情。

 それが、じわりじわりと肌の上を這いずり回る。

 

「ナナ!!」

 

 あの時より強く呼びかけた。

 

「ナナ!! しっかり!!」

 

 ナナはすぐに、目を開けた。

 

「……サイ……」

 

 弱い笑みは、あの頃のまま。

 

「ナナ……」

 

 言うべき言葉が見つからなかった。

 この窮地を救ってくれた礼なのか、無事であったことへの安堵か、力を使い果たしたことへの心配なのか……。

 口ごもったのは、初めてだった。

 

「大丈夫……だよ……」

 

 臆病な声を慰めるかのように、ナナはあの時と同じことを言った。

 

「す、すぐにサクラのところへ……!」

 

 やっと出た適切な台詞の欠片だった。

 だがそれを、ナナはなよやかに拒絶する。

 

「いいの、サイ……。医療忍術じゃ……回復……しないから……」

 

 ナナは少し笑んでいた。

 氷のような身体で、死人のような顔色で、この冷たい夜風の中。

 

「知ってる……でしょう……?」

 

 再び言葉を失った。

 ナナという存在。それは『根』に居た頃から聞かされていた。

 あそこに所属する者たちは、ダンゾウによって里の重要機密をも知らされている。

 それはダンゾウの()()()()()()木ノ葉隠れの里を守るという考えからだった。

 その点では、ダンゾウのしていたことの意味も理解できた。

 ナナはダンゾウから、九尾から里を守る“最後の砦”のような存在として示されていたのだった。

 それが初めて会った時には、ひどく顔色の悪い小さな少女に見えて拍子抜けした。

 和泉一族の末裔ということであれこれ想像はしていたものの、その中のどれにも当てはまりはしなかった。

 ナナは弱く見えた。

 何かに打ちのめされたような、何かを諦めたような……少なくとも『根』で聞かされていた印象とはかけ離れていた。

 サイにとって“いずみナナ”という存在は、人として最高位の血をひき、忍には理解し難いような禁術を扱う、それはそれは尊く哀れな存在だった。

 だが、それほど一緒に過ごした時間は無いというのに、ナナに対する感情は変わった。

 いや、ナナに対する感情を知った。

 ナナは強い。

 サイが知り得る者たちの中で、最も強い存在となった。

 ナナの本質は、ナルトやサクラのほうが良く理解しているに違いない。

 だが、より客観的にナナを見ていたからこそ、その強さをしっかりと受け止められているように感じられた。

 ナナはどんなに傷ついてボロボロになっても戦った。逃げようとしながらも、逃げきれずに結局は戦った。

 姉との戦いも。イタチとサスケの戦いへも。サスケへの感情にも。イタチという人への感情にも。

 ダンゾウに囚われながらも。ペインの木の葉崩しの時も。

 感情を知れば知るほど、ナナの絶望を理解できるようになって……それはとても強い痛みを知ることとなった。

 感情というものを学ぶにつれ、ナナの心を見つめているような感覚だった。

 だから。

 

「ナナ……じゃあ、サスケのところへ……」

 

 そう口にした。

 サスケが「置いて来た」と言ったナナが、ここへ来た。

 二人に何があってそうなったのかは知らないが、ただ、ナナの心が求めるものを間違うつもりはなかった。

 が……。

 

「……いいの」

 

 ナナはかすかに首を振った。

 

「サスケとは……もう……話をしたから……」

 

 視線は宙を向いていた。

 

「でも……」

「ありがとう……」

 

 自分の直感が正しいと思う根拠を述べる前に、ナナは礼を言った。

 それは本当の拒絶だった。

 

「お願い、サイ……」

 

 そして、望みを口にした。

 

 

「シカマルのところへ……」

 

 

 わずかな違和感を覚えた。

 が、ナナが挙げた名がナナを想う仲間の名前だったことには安堵した。

 

「シカマル……ここに、いるよね……?」

「うん、すぐに連れて行くよ」

 

 速やかに鳥を降下させた。

 冷たい風がナナの氷の肌を切り裂かないよう、急ぎつつもゆっくり旋回しながら。

 きっと、この冷えた身体はシカマルが護るはずだ。

 そう思えた。

 少しだけナナを抱く腕に力がこもった時、ナナは呟いた。

 

「サイ……、今まで、何度も助けに来てくれて、ありがとう……」

 

 途切れ途切れのかすれた声。

 

「姉と戦った時も、ダンゾウに捕まってたときも……サイが、助けに来てくれたんだよね……」

 

 もう一度、ナナの眼を覗いた。

 さっきまで青く、そして今は漆黒の双眸。

 それが、か弱く煌めいた。

 

「ボクには……」

 

 言葉を選びながら、でも思ったことを返した。

 

「そういう役目があるのかもしれないね」

 

 自分で言ってみて、不思議と嬉しかった。自然と笑えていた。

 ナナも、かすかに笑ってくれた。

 その頬に、ほんの少しだけ赤みが戻ったように見えた。

 

 

 

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