乾いた音を立てて刃が刺さる。
その固い感触に手が痺れた。
ゆっくりと目を開いた。
刃の切っ先に、静かに、ゆっくりと、光が集まっている。まるで、地面を滑るようにして……。
やがてその青白い光は、刃に吸い込まれるように消えた。
「シカマル……」
かすれた声が耳に入る。
のろのろと顔を上げた。
ナナの目は、半分近くまで地面に突き刺さった刀を見ていた。
「どう……して……?」
その視線が驚愕から失望に変わると同時に、ナナはシカマルの目を見た。
「どうして……」
うっすらと浮かぶ涙。
だが、彼はそれをねめつけた。
「できるわけねーだろ!!」
自分の声が頭蓋に響く。
「お前を殺すなんて……オレにできるわけねーだろ!!」
ナナの目が見開いた。
綺麗な黒檀だった。
驚愕も失望も、そして困惑もないまぜにした視線。
それでも、ナナの瞳は綺麗だった。
だから、彼は目を逸らした。
「わかってるさ……」
まだ刀を握る手が震える。
「お前の予測も、お前が恐れてることも……。お前が言うように、オレにもわかってる……!」
喉が潰れそうだった。胸が張り裂けそうだった。
ナナからにじみ出る絶望に吸い込まれそうな、そんな錯覚すら覚える。
だが、絞り出すように彼は言った。
「けどな……オレにはできねーんだ……!」
ナナが息をついた。それはかすかに震えている。
「たとえこの選択が世界を滅ぼすとしても……」
それでもナナが何も言わずに聞いてくれているのが唯一の救いだった。
だから、もう一度ナナの目を見つめて言った。
「お前と世界をハカリにかけても、お前を選んじまうほどオレは……」
確かな“理由”を……。
「そんくらい、オレはお前に惚れてんだ……!」
ナナの唇が、ほんのわずかに動いた。
「シカマル……」
胸が詰まった。
決して伝えるべき想いではなかった。そんなつもりは全く無かった。
世界を守るための戦いをしてきて、そのために多くの犠牲も払ってきた。
それが、ここへきて世界が滅んでもいいという思考に至ったことは、正直、自分でも意外だった。
たとえ何があろうとも世界を救うために戦うのだ……そのために尽くすのだ……それが、自分の与えられた役割ということを、十分自覚していた。
父もそれを期待していたし、あるいは五影たちもそうであると自負している。
元を辿れば、アスマの想いがそうだったはずだ……。
が、それでもおそらく“正しい”と思われる道を選べなかった。それが現実だった。
気づけば、自分の“影”のように、いつも足元に纏わりついていた想い……。生涯“影”のままで終わるはずの想い。
それが“理由”で、“答え”だった。
だから、吐き出すしかなかった。
涙をこらえた。
無念、無力。
心に文字を描くなら、“無”の字がそこを埋め尽くしているだろう。
ナナを救えなかった。
絶望に墜ちたナナを……それでも必死で自分の足で立っているナナを、どうしてやることもできない自分が呪わしい。
「シカマル……」
とうとう目じりが熱くなった時、柄を握った右手を、ナナの手が包み込んだ。
「ナナ……すまねぇっ……」
やっと、それだけ言った。
顔を上げることなどできなかった。
もう、ナナの目に浮かぶ失望に耐えられそうにない。
「シカマル、ごめん……ごめんね……」
聞こえて来るのは、涙声。
「こんなにアナタを苦しめて、本当に……ごめんなさい……!」
ナナの手は、相変わらず氷のように冷たかった。
が、そこから伝わるのは、初めての何も飾らない想いのような気がした。
忍としての義務も、与えられた使命も、ナナ自身の意志も……全てを取っ払った、本物の想いだった。
「シカマル……」
やっと聞けたそれに応えるように、シカマルは顔を上げた。
ナナは雫を零しながらかすかに言った。
「ありがとう……」
少しだけ、手を強く握られた。
それはほんの一瞬だった。
細い指の先から想いを滲ませて、そして……シカマルの手からそっと刀を奪い取った。
「ナナ……」
ナナは唇を噛みしめながら、落ちていた鞘に刃を収める。
その姿はもう、いつもの“鎧”をまとっていた。
使命や意志という名の、“鎧”を……。
「ナナ……?」
「お、おい……」
ナナはゆっくりと立ち上がって、よろめいた。
慌てて手を差し伸べるいのやキバを制して、静かに笑う。
「ごめん、大丈夫」
そして、困惑を露わにした彼らに言った。
「みんなも、ごめんね……」
突然、この場に相応しくない風が吹き抜けたようだった。
シカマルは、呆けたように押し黙る仲間たちを見回した。
彼らの心境はよくわかる。ナナのあまりに強い決心と、シカマルが吐露したむき出しの想いに、彼らは圧倒されていた。
だから、再び立ち上がったナナを止めることもできない……。
「今まで、ありがとう……」
ナナは彼らにそう言った。
そこでようやく、仲間たちは声を発す。
「ちょ、ちょっとナナ……?」
「ど、どこに行くんだよ……?」
「ナナちゃん……?」
這い上がる不安……。
シカマルも再びそれを感じる。
それを知ってか知らずか、ナナはやけに明るい口調で言った。
「他の里の人なら、きっと……」
そして全員がその意味を理解する前に、ナナは背を向けた。
「ナナ!!」
「待ってよ!」
いのたちが手を伸ばした。
ナナの肩はそれをすり抜けた。
が、その場から消えはしなかった。
「え……?」
息を呑んだのは、ナナである。
いや、いのたちもだった。
ただ一人、シカマルだけが歯を食いしばる。
「シカマル……?」
ナナはゆっくりと振り向いた。
地に、足を張り付かせたままで……。
「行かせねぇ……」
彼は低くつぶやいた。
ナナを引き留めたのは、自身の影縛りの術だった。
「シカマル……! 放して……!」
ナナが抗議をするのも構わなかった。
またその目に失望が浮かぶのも、もう気にしなかった。
「キバ!!」
ナナの視線をかわすように叫んだ。
「赤丸と一緒に、ナナを連れてここから離れろ!!」
キバも驚いたように、目をしばたかせた。
「できるだけ遠くへ……! とにかく距離を稼ぐんだ!!」
「お、おう……!!」
やっと言葉の意味を理解したキバが力強く答えた。赤丸も大きく吠える。
「シカマル!」
ナナはあの目で叫んでいた。
が、もうシカマルの中で選ぶ答えは決まっていた。
「いくぞ、ナナ!」
キバが無理やりにナナを抱えて赤丸の背に飛び乗った。
態度とは裏腹に、ナナには抵抗する力など無いようだった。
「シカマル……!」
まるで連れ去られるようにして、ナナの姿は一気に遠ざかった。
ナナは見えなくなるまで、あの目でこちらを見つめ続けていた。