ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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愛しいひと

 

 何かが失われていくのを、サスケは感じた。

 愛しき者は、目の前に居る。

 が、たった一人のそのひとが、この目に映らなくなってしまう。

 奪われる。いや、消されゆく。

 それは時が流れることと同じように、抗えないことのように思えた。

 

 ナナが愛おしかった。

 

 絶対に折れない心……その哀れさも強さも。少し浮世離れして天然なところも。苛立つほどに好きだった。

 笑顔が可憐だった。

 たとえその裏側に必死で闇を押し込めていようとも、それはやはり可憐に見えた。

 苛立ち、怒った顔も、特別だった。

 自分だけに見せる顔だったから嬉しかった。

 涙は……今も、とびきり綺麗に光っている。身を削るような哀哭でも。絶望を超えた透きとおる雫も。全てを受け止めていたかった。

 短くて癖のない黒い髪も、漆黒の双眸も、青白い頬も、目を奪われた。

 気配を抑えて過ごす控えめな振る舞いも、悲しい理由を察しつつも惹かれていた。

 何より自分にとって一番の、いや、唯一の理解者だった。言葉で伝えなくても、いつの間にかわかっていてくれる特別な存在だった。

 春風のような涼やかさと、柔らかさが、心地よかった。

 何気ない仕草にも、目はナナだけを追っていた。

 本当は、最初からナナを護りたかった。ずっと側にいたかった。触れたかった。抱きしめたかった。

 出逢ったあの日から、ナナを想わない日は一日もなかった……。

 

 今さら……。そんな自分を思い知る。自分の想いを確認する。愛が、これだけ深かったのだと気づく。

 ナナがどれほど愛おしかったか、胸の痛みが証している。

 

 目の前で、息も絶え絶えに“己の死”を懇願するナナは、やはり美しかった。

 髪は乱れ、顔はぞっとするほど青白く、身体の半分が血まみれで、左腕は醜い木肌にめり込んでいる。

 それでもやはり、美しかった。ずるくても、残酷でも、清白だった。

 

 そのナナが……奪われる。

 何か手出しができない力に、消されようとしている。

 

 サスケにははっきりとわかった。

 きっと、ナルトも……。

 

 ナナの幻妖な瑠璃色の眼から、弱くても美しかった光がしぼんでいく。

 徐々に白濁していく瞳は、ナナのものではなかった。額には醜い何かが現れようとしている。

 ナナはそれを恐れている。

 はっきりと恐怖を口にした。いや、助けを求めた。

 愛しいひとに救いを求められること。決して折れない心が弱る様を、さらけ出されること。全てを抱え込むほどの強いひとに、最後の頼みにされること。その“たったひとり”になれること。

 嬉しかった。

 ずっと、そうしてほしいと願っていたことでもあった。

 この手で突き放し、傷つけ、それでも捨てきれなかった存在。同じこの手で、本当は護りたかった。

 

 だから、ナナ……。

 

 心は決まった。いや、初めから答えは決まっていた。

 ナナを護る。

 誰よりナナを愛した自分だから……そう自負しているから。

 

 サスケは両のこぶしを握った。

 力はまだある。ナナの眼を見つめ、それを確認する。

 たとえ込めた力が片っ端から奪われようとも、枯れないだけの想いがあった。

 

「ナナ……」

 

 応えはなかった。

 萎む光。濁る瞳。止んだ風。

 が、ナナは笑んだ。

 それでもう、十分だった。

 サスケは左の腕に千鳥を発動させた。

 千の鳥が泣き喚く。

 それを余すことなく喰らい尽くそうと、樹が激しく動いた。

 サスケは跳んだ。

 ナナの……()()の根へ。カカシが開け、ナルトが広げた穴へ。樹が無情にも自ら修復し続けるその場所へ。

 チョウジがそこに体当たりをした。シノの虫たちもチャクラを吸い尽くされるまで穴にへばり付いた。墨の虎も噛みついた。

 樹は砕け、穴は格段に広がった。焦げた臭いと白煙、そして木っ端が舞う。

 サスケはそこへ突っ込んだ。

 雷を纏った左腕をまっすぐに突き出した。

 煙を散らすと、行く手には焦げ付いた穴……いや、木肌にできた“傷”が見えた。そして乾いた樹皮が、見る間にその傷を塞いでいく……。

 

 その光景が、“白い影”に遮られた。

 煙ではない。風……だった。

 

 千鳥は風を切り裂いた。

 青白い稲妻が爆ぜる。

 ドン……と、風の向こうの樹が爆音をあげた。

 

 この腕に痛みはない。痛むのは胸の奥だ。息もできないほどの、痛みだ。

 あたたかかった。柔らかい風だった。まだ涼やかな、春の匂いがした。

 

 視界が歪んだ。膝が震えた。

 だが、前を見た。目を見開いて、目の前を。

 

 

 ナナが、笑っていた。

 

 

(ナナ……)

 

 

 この安らかな笑みは、自分だけのものだった。

 憐れな生を受け、壮絶な道を歩き、それでも可憐に生き抜いたナナは、最期に笑ってくれた。

 

 ナナを、愛し抜いた。

 

 深く想い合って、魂で繋がっていた。

 そんな、互いに唯一の存在だったからこそ……。

 だからこの手で護り通さなければならなかった。自分こそが、救わねばならなかった。

 懺悔、悔恨……それらを全部忘れて、ただひたすら愛のために、この身を捧げた。

 

 左の腕を、引き抜いた。

 崩れ落ちる体を、強く抱きしめる。

 身体はすでに冷たくなっていた。

 あの術のせいだとわかっていたが、最期まで“つれない”ところがナナらしいと感じた。

 だが、この手で開けた胸の穴と、もぎ取られた左腕の傷口から溢れ出る……命。

 それは確かに温かかった。清らかで気高い命が、サスケの身体を温めるようだった。

 ナナの純白の着物が紅く染まりゆく。それさえも美しく見えている。

 顔を見た。

 口元の花笑み。それは泥と血とで汚れているのに、この世のどんな花よりも綺麗だった。

 

 ナナを愛し尽した……。

 

 この笑みは、ナナが遺したその証だった。

 だから涙は出なかった。

 それでも、心は静かに音をたてる。

 

 ナナ……お前の願いを、オレは叶えてやれたのか?

 お前にずっと巻き付いていた枷を、本当に取り去れたのか?

 お前は本当に幸せだったのか?

 オレは、お前を救えたのか……?

 

 あれほどわかり合えていたはずなのに、疑問の泡がぷくりぷくりと湧き上がる。

 が、応えはもうないのだ。

 その唇も、まぶたも、想いも……永遠に鎖されてしまった。

 

 

『アナタを愛せて……幸せだった……』

 

 

 あの言葉を抱いて、この世界で息をし続けるしかないのだ。

 ナナのいない、この世界で……。

 あの言葉がナナの真実だったなら、それほど幸せなことはないのだから。

 

 ナナ……。お前は、オレを愛してくれていたのか?

 

 応えは、ない。

 長いまつげは、もう風に揺れることもなかった。

 

 ナナ……。オレは、お前を愛し抜いた……。

 

 この想いに代わるものは何もない。永遠に消えることはない。ほんの少しも薄れることはない。

 ずっと変わらず、この胸にあるから……。

 

 だから、ナナ……。

 

 お前はオレの永遠になった。

 

 ナナ……。

 

 たとえこの命が尽きても、想いは変わらない。

 

 ナナ……。

 

 これからは、ずっと……。

 

 

 

 

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