ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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迅雷は繰り返す

 

 カカシの目の前で、二十数年前と同じ光景が蘇った。

 いや、あの時はとは違う。あのとき主観で見ていた光景を、今は客観的に見ている。

 あまりに完全な“一致”に、驚愕というより茫然とした。

 信じがたかった。悲しむというより、疑問が湧いた。

 

……一体……何故……?

 

 その後は、言葉(カタチ)にならなかった。

 

 オビトに後押しされ、ミナトの援護を受ける形でナナの元へ向かった。

 だが、カカシがナナの元へ辿り着くことはできなかった。ナナが落ちた方角へ放った忍犬たちが、探索を止めたのだ。

 「もう、あそこにナナは居ないようだ」と、パックンが言った。

 彼にもただ「ナナの気配が無い」というだけで、それがどういう訳なのかはわかり得ないようだった。

 砂塵が舞う風の中、ただでさえ気配の薄いナナを感知することは難しかった。

 ナナはいったい、どこへ……?

 焦る心を落ち着かせ、シカマルたちのところへ走った。

 が、彼らから事情を聞く前に、異変が起こった。突然大地が鳴動し、大気が激震したのだ。

 それはカカシでさえも足をとられるほどの激しさだった。

 初めは、何が起きたのかわからなかった。

 ナルトやサスケのマダラに対する攻撃がこの地を揺るがしたのだろうと思ったのだが、一発や二発の攻撃で止むような揺れではなかった。

 地面から突き上げるような振動。続けて地表を突き破って現れた木の根を目にしたとき、やっと気がついた。

 成長を止めていたはずの大樹が動き始めたのだ。

 十尾が消えたことで歓喜に沸いた戦場が、再び阿鼻叫喚に包まれた。ナナ捜索のため頼りにしていた忍犬たちも、あっという間に全員が消えていなくなった。

 無数の根や枝が、地中や空中から大蛇のように襲い掛かって来た。

 それらがチャクラを吸い上げていることは、すぐに気がついた。

 まるでこの戦場を樹の柵で取り囲むように、いや、忍たちを檻に閉じ込めて逃がさぬとでもいうように、樹は狂気の中にも意思を持っているかのように動き回った。

 そんな時、懸命に樹の根を避けながらヒナタが言った。

 

「ナナちゃん……?!」

 

 彼女らしからぬ悲鳴のような叫喚だった。

 その視線の先を見た。白眼を持たないカカシには、そこにナナがいるのかわからなかった。

 だが、

 

「ナルト君!!」

 

 ヒナタには見えていた。

 樹の幹……といっても、すでに山ほどの大きさに成長していたが……そこにナナとナルトが居るという。そして、サスケも。

 

「ナナちゃんが、こ、この樹に捕らわれているようです……!」

 

 ヒナタは疲弊しながらも、懸命に状況を伝えた。

 それはとても詳しい説明とは言えなかったが、想像だけでぞっとできた。

 そして、オビトが明かしたことと現状が重なって憤りを覚えた。

 急いで上空を仰いだ。

 四方八方から飛び交うように動き回る枝や根の向こうに、樹の幹……“本体”がある。

 その頂に座す蕾。

 

『無限月読は、神樹の花が開いたときに完成する……。その花が開くためには“和泉一族”の血が必要だ……』

 

 何故かはわからない。が、うちはマダラの計画が遂行されている。

 あの蕾のために、ナナの“血”が流れているということなのだ……。

 

「カカシ先生!!」

 

 息を切らしながら近づいて来たシカマルたちに、カカシはオビトから聞いたことの全てを伝えた。

 できるだけ、整然と。

 当然、彼らは愕然とした。

 ナナの血の力、そしてマダラの計画の真意に……。

 が、彼らが現実を受け止めきれない理由が他にもあった。

 

「なんで、ナナが“あっち”にいるんだ!?」

 

 そしてその理由は、カカシにとっても耳を疑うものだった。

 

「どういうことだ?!」

「ナナはキバが連れて行っただろ……!」

「戦場から離れた場所へ逃がしたはずだ……!」

「なんでまったく逆の方向にいるのよ?!」

 

 普段は冷静なシノまでもが声を荒げる。

 だが、ヒナタの眼がとらえた光景に疑いようはない。間違いなく、あの大樹のところにナナがいるのだ。そして今、あの稀有の血が流れている。

 

「ヒナタ、詳しく話せ。ナナは今、どんな状況だ?!」

 

 ヒナタはナナが「樹に捕らわれている」と言った。

 その詳細が知りたかった。いや、生きているのか……知りたかった。

 

「左の腕が、樹の幹に吸収されているような形で……身動きが取れないようです……」

 

 ヒナタは何度も視界を邪魔されながら、やっとナナの状態を告げた。

 次いで。

 

「ナルト君とサスケ君が近づこうとしていますが、樹に邪魔をされて……」

 

 反射的に叫んだ。

 

「オレも行く! 援護を頼む!」

 

 この場に居る忍たち全員で樹を斬り倒すのが、おそらくこの現状とナナを救う最善の方法なのだろう。

 が、連合の忍たちはチャクラを失ってその場に倒れるか、動けるものは樹を避けるのが精いっぱいの様子だ。

 しかも恐怖と混乱に揺れる空気の中、彼らの意思を統一することは不可能である。

 いのの術も、この状況では発動が難しい。

 ここにいる、木の葉の若い忍たちの力を頼るしかなかった。

 目に見えて精神を消耗しきっているシカマルが、それでもしゃにむに頭を働かせて、最も効率の良い方法を考える。

 彼を信頼しているカカシは、もちろんすぐさまそれに従って動いた。

 周りの仲間たちも同じだった。皆、動揺と失望を抱えながらも、シカマルの指示に従う。

 チョウジとシノが、シカマルが示した陣形から、太い枝をぶち抜いて道を作った。

 カカシはそこへ突っ込んだ。

 この仲間たちと、自身の左眼が頼りだった。

 ヒナタが言ったナナの状態を想像するに、今の状態からナナを救出するのは困難だった。

 だからやはり、樹を斬り倒すしかないのだ。この、意思を持ったように暴れ狂い、あるいは十尾よりも脅威であるこの大樹を。

 蕾が開く前に。ナナの命が、そこに吸い尽くされる前に……。

 この眼で樹を斬る。いや、せめてこの動きを抑えるくらいの外傷を与えたかった。

 きっと、ナルトとサスケも同じことを考えているはずだ。

 二人が一番ナナの身近にいて、どれほど目の前のナナを救い出したいと思っているか……カカシにはよくわかる。

 二人が……サスケが……どれだけナナを想っているか知っているから。二人にとって、ナナがどれほど特別な存在であるか、第七班として過ごしていた時から、良く知っているから。

 

 そして、自分も。

 

 空が青黒く色を変え始めた。

 頭上にちらちらと見え隠れする月。その色が、まるで邪悪な赤から神秘の青へ生まれ変わっていくようだった。

 

「サスケェ! とにかくこの木を倒すってばよ!!」

 

 うねうねと視界を駆け回る根の向こうから、ようやくナルトの声が聞こえた。

 

「これじゃあナナんとこに辿り着けねぇ! ナナの腕も木と一体化しちまって、簡単に引き抜けねぇみてーだ……!」

 

 その明るい髪が垣間見える。

 カカシは幹の方を見た。自らが闇雲に伸ばした枝のせいで、木肌が割れている部分がある。

 とっさにやや上方にいるナルトに叫んだ。

 

「ナルト! オレが“本体”に穴を開ける! そこを狙え!!」

 

 近くまで来ると、まるで秘境の絶壁のようにそびえ立つ幹だ。

 それでも、迷うことは許されなかった。

 

「カカシ先生! 樹に触ってなくてもチャクラが吸い取られるから、術は一瞬しか出せねーってばよ!」

「ああ、わかってる。だが、それを繰り返すしかない!」

 

 やや上方からのナルトの声。そこにサスケも居ることはわかっていた。

 ナナがどんな様子なのか気にはなったが、先ほどの場所よりもいっそう激しく襲い来る樹を避けながら、そこへ向かっている暇は惜しかった。

 

「神威……!」

 

 カカシは幹の一点に向けて術を発動した。

 込める力が、片っ端から抜き取られていく。

 が、樹皮は歪み、確かに穴が開いた。

 

「螺旋手裏剣!!」

 

 それが開ききる前に、ナルトが螺旋手裏剣を放つ。

 樹は穴を修復させようとしていたが、ナルトの攻撃は穴をこじ開けるようにして当たった。

 投げた時より、かなり小さく萎んではいた。それでも、カカシの開けた穴を広げる形となった。

 さらに、穴は黒い炎に包まれた。

 サスケの天照だ……。

 その闇の色を目にして、少しだけほっとした。

 が、焦げた臭いがそこらを充満する前に、樹は悲鳴を上げつつも己の細胞を操った。

 

「くそ……!」

 

 ぜえぜえと肺が音をたてていた。眼の奥もズキズキと痛む。

 もう一度、神威を……。

 焦る気持ちと反対に、チャクラは立っているだけで失われていく。

 

「くっそー! もういっちょう!!」

 

 ナルトが再び螺旋手裏剣を放った。

 先ほどよりわずかに大きいそれが、ナルトの根性を表わしていた。

 カカシは大きく息を吸って、神威を発動する。

 肺が千切れようが、心臓がパンクしようが、もうどうだってよかった。

 

「神威!」

「螺旋手裏剣!!」

 

 治癒する間を与えず、傷口を広げる。

 我慢比べのようだった。

 こちらが一方的に、力を吸い取られながらの、戦いだが……。

 

「カカシ先生!」

 

 そこに、サイが加わった。

 描いたそばから墨に戻る“獣”のうち、ようやく1頭の虎が穴に向かう。

 波状攻撃……それが理想だった。

 が、分が悪いのは明らかだ。

 

「ダメか……!」

 

 せめて、動ける者が全員ここに集結してくれれば……。

 ズキンと痛んだ眼を抑えながら、カカシは後方を見た。

 樹の動きはいつの間にか鈍くなっているようだったが、ここら一帯は完全に根や枝に囲まれていた。

 サイも、近くの枝の上で膝をついた。今の一撃が、最後の技だったようだ。

 が、彼の向こうにシカマルたちの姿が見えた。

 彼らがここへ向かっている。

 動きを見る限り、彼らもまた樹を避けながら歩みを進めるだけで精一杯だった。

 だが、やるしかない。道は一つしかないのだから。

 たとえ、数十回……いや、数百回繰り返さねば倒せないとしても。

 

「カカシ先生ー!! もういっちょ頼むってばよ!!」

 

 上の方から、あきらめることを知らない仲間の声がした。

 

「穴が修復する前に、オレらが攻撃する!!」

 

 「オレら」が、ナルトと誰を指すのかわかるから、また少しほっとした。

 カカシは大きくうなずいて、なけなしのチャクラを左眼に集めた。

 穴が広がった。

 たった直径5メートルほど。向こう側など見えるはずもない。

 それでも、ナルトが螺旋丸をそこに撃ち込んだ。

 衝撃はあった。地……いや、足場である樹の根が揺れるほどの衝撃だ。

 さらに、チョウジもそこへ体ごと突っ込んだ。シノの無数の虫が、木肌を食い破った。サイももう一度、牙をむく獣を描いてそこへ攻撃させた。

 そして……聞き覚えのある高い音が鳴った。千の鳥が鳴いたような音だ。

 それは他ならぬ自分がサスケに教えた雷切、いや、千鳥だった。

 青白い光が空気に吸い取られ、鳥の鳴き声が弱まりながらも、サスケは皆で広げた穴へ向かった。

 やはりサスケでも、ナナに近づくことはできなかったようだ。それでも、ナナを救い出そうと仲間と共に戦っている。

 かつてのように……。

 近くで息を整えるナルトも、どことなく嬉しそうな顔をしている。カカシの眼には、風をも切り裂くサスケの光が、絶望の中のかすかな希望に見えた。

 

 だが……そう思った次の瞬間に目にしたのは、希望などではなかった。

 千鳥は形状を保ったまま放たれた。

 サスケは利き腕の左手でそれをぶつけたのだ。樹の穴に……。

いや……。彼の腕は樹に触れることはなかった。

 

 

 彼の腕は、ナナの胸を貫いていた。

 

 

 ……一体……何故……?

 最初にそう思った。

 何故、サスケの前にナナがいるのか。何故、“あの時”と同じ光景を、視点を変えて見ているのか。

 いや、これは現実なのか……?

 雷を喰らった樹の爆音と、樹が焦げた臭いが、ここが(うつつ)だと主張していた。

 だがそれでも、足を動かすことはおろか、声を出すことさえもできなかった。息をすることさえもままならない……。

 

 何故……? 何故だ……?

 

 疑問が、全身を雁字搦めにしている。

 決して解けない鎖だ。

 

 何故だ。何故、自分とリンがあそこにいる?

 

 脳が麻痺する。

 

 何故、雷切はまたも、愛しい者を奪う?

 

 感情は湧かない。

 

 何故、サスケがナナを……。

 

 初めに動いたのは、ナルトでも、シカマルでもなかった。もちろん、自分の足でもない。

 樹……だ。樹が動いた。

 いや、逆だった。その動きをピタリと止めたのだ。

 サスケの放った千鳥がナナの身体を突き抜けて、あの穴に滑り込んだ。

 ナナの血が、そこに飛び散った。

 その穴は、結界に縛られたかのように一切の修復活動を行わなかった。穴から麻痺が広がったかのように、樹は動きを止めた。

 そして、根や枝の先端や、そこに生えた細かい棘が、徐々に朽ちていく。

 かろうじて視界の端にそれが見えた。

 が、注意深く観察する余裕などなかった。

 まだ、視線はサスケとナナに捕らわれたまま、少しも動かすことはできない。

 

「ナナ……」

 

 誰かが呟いた。

 周囲の喧騒がざわめきに変わって、誰かの呟きが聞こえたのだ。

 

「サスケ……」

「ナナ……」

 

 乾いた声のどれも、吐き出すのに意思が働いていなかった。

 

「ナナ……?」

 

 ただ目に映るモノ……それを受けた脳がショートして、勝手に口からこぼれ出る声。

 それすらも出せないカカシは、ただひたすら目を見開いていた。

 

 サスケが、ナナの身体から腕を引き抜いた。

 かすかに聞こえる、水の音……。

 サスケの腕を染める、赤い液体。

 そのまま、サスケはナナを抱きしめた。

 膝をついて、そっとナナを横たえて、抱きすくめた。

 その背は、震えてはいなかった。ごく自然に、動かなくなったナナを抱いていた。

 じわじわとナナの純白の着物が赤く染まっていく。

 残酷な現実を突きつけるように、血の匂いが漂った。

 

 

 

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