「ナナ……!」
先ほどよりもはっきりと聞き取れる。まだ戸惑いを含む……が、現実を理解し始めた声だ。
その証拠に、それらの声はどれも震えていた。
「ナナ!!」
「ナナ!!」
知っている者たちだ。
懸命に頭を動かし、感情を押さえつけた者たちが、その足を進める。
だが、二人の側にまで寄る者はない。
そこだけ、まるで絵のように切り離された空間のようで……ただ見守ることしかできない。
「サ、サスケ君、診せて! 私が……!」
サクラが来ていた。おそらく必死に動揺を押し殺しながら、自分の役割を果たそうとしている。
が……。
「サクラちゃん……」
意外にも、彼女を止めたのはナルトだった。
「え……?」
「もう……」
ナルトはうつむいたまま、低い声で言った。
「ナナは……もう……」
決して最後まであきらめることを知らないはずの男が、そう言った。
ここでようやく、カカシは息を吐いた。
同時に、何もかもが吐き出されてしまったようだった。
「サクラ……」
ただひとつ、彼らの上司として果たさねばならない義務だけを手に、
「もう、ナナを……休ませてやろう……」
やっと、そう言った。
見る間に、サクラの目には涙が溢れる。それを、まともに見てはいられなかった。
他の者たちも、その“宣告”を聞いて次々にその場に膝をつく。
チャクラを吸い取られ、力を使い果たし……そしてナナというかけがえのない仲間を失った。
もう、限界だった。
「くそっ……!!」
「なんでナナが、こんなっ……!!」
「ナナ!!」
拳を根に打ち付ける者。頭を抱え込む者。茫然と立ち尽くす者。嗚咽に交じる憤悶。
だがそこに、サスケを責める言葉も感情もなかった。
彼らもわかっていた。
この結果が導かれた理由を……。
ナナの“願い”を直接聞かされたシカマルたちも。動揺もせずに落胆するだけのナルトも。オビトから予測を聞かされていたカカシ自身も。
何故、こうなったのか、本当はわかっていた。
ナナは……自らサスケの雷切の前に飛び込んだ。
かつてのリンのように……。
だから、あの時と同じ光景があんなにも鮮やかに蘇ったのだ。
だが、ひとつだけ違うのは、サスケ自身もそれを悟っていたということ。
突然、目の前にリンが現れたことに狼狽した自分とは違う。
サスケは
『ナナは、とっくに自分で自分の存在を始末しようとしたはずだ……』
オビトの言葉を思い出す。それにまるっきり納得した自分も。
これは、ナナの意志だった。ナナの、最期の願いだった。
救い出せなかったから。守れなかったから。
ナナはこれを望むしかなかった。
そして、それをサスケが叶えた。サスケだけが、ナナの願いを叶えた。サスケの手が、ナナを
「サスケ……」
ナルトが足を進めた。
だが、どうしてももう一歩、踏み込むことができないでいるようだった。
相変わらず、静としたサスケの背。その身体に隠れた、動かないナナ。
そこへ、誰が介入できようか。
「くそ……」
マスクの下でくぐもった、声にならない悪態。
やっと、感情というものを思い出した。
全く動かない両足の代わりに、拳を握りしめる。
力が入る感覚はまだ無かった。
それが悔しくて、憎らしくて、カカシは己の右手を睨みつけた。
この手で、リンの命を奪った。
リンの血の温かさをまだ鮮明に思い出す。瞳から光が消えゆく瞬間も。
同じ術で、自分が教えた千鳥という術で、サスケが同じことをしなければならなかった。
この、呪いのような再演。
ただ動揺していればよかった自分に比べ、サスケは……。
理解しているだけに、その痛みもすでに感じてしまっているのだろうか。
それを思うと、情けなく震える右手がさらに滲んだ。
こみ上げるものを零すまいと、カカシは上を向いた。
この地に覆いかぶさる枝の向こうに、異常に碧い夜空が見えた。明るく、青白い月が、この修羅の場を虚しく照らしている。
梢の蕾は見えない。
が、きっと花開いてはいないだろう……。
ナナとサスケが、“命がけ”で守ったのだから。
キラキラと、遥か彼方で星が瞬いていた。憎らしいくらい、純真と。
ああ……まるでナナだ。
自然で飾り気のない仕草。清楚な笑み。絶望に突き落とされようとも欠けない心。闇に覆われても消えない光。
ナナが、瞬いている。
そう思った。
その瞬きが……降った。
優しく、密やかに、美しく。キラキラと残酷なまでに煌めく粒が、空から降ってきた。
いや……。
カカシは目をしばたいた。周りの者たちも、吐息を漏らす。
それは、空から降ったのではなかった。
改めて周囲の光景を視界に入れると、先ほどまで暴れ回っていた樹の根や枝は、当然のごとく動きを止めていた。そしてさらに、無駄に伸びたそれらが徐々に朽ちて萎み始めたのだ。
その朽ちた欠片がこの煌めきの正体だった。
木片……というにはあまりに美しすぎる、青白い光の結晶。それらが、悲しみに沈むこの場所に降り注いだ。
「うっ……ナナ……」
「ナナっ……!」
誰ともなく、嗚咽を漏らす。
このヒカリの正体が、自然とわかっていた。
カカシは手のひらに落ちては溶けるそれを見つめた。
そして、ゆっくりと握りしめる。
先ほどより、己の力を感じた。
心は空洞のまま、だがほんの少し、身体に力が注がれるのがわかった。
ナナの最期の贈り物だ……
化け物のような樹に搾り取られたチャクラを、ナナが取り戻して与えてくれている。
そう感じた。
少しひんやりとして、神々しくも優しい、可憐な光。
それはナナの心そのものだった。
自分の命が尽きる瞬間まで、ナナは皆を想っていてくれた。
いつまでもこの悲しくとも心地よい光を浴びていたかった。ナナをずっと感じていたかった。
が、遂に別れが訪れようとしていた。
サスケが抱きすくめるナナの身体から、同じような光の結晶が生まれ始めたのだ。
「ナナ……」
ナナの身体が少しずつ光りに包まれ、それが煙のように天へ向かって立ち上っていく。
もう、叫ぶ者は無かった。
いつしか周囲を取り巻く忍たちも、ここで起きていることを見守るように、静まり返っていた。
「ナナは……ナナは、どうなっちゃうの……?」
「ナナ……」
「ナナ、お前……まさか……」
チョウジやサクラ、シカマルが、フラフラと、二歩、三歩進んだ。
だがやはり、サスケとナナの側には寄ることができない。
カカシの足もまだ、萎れた根に張り付いたまま。
「ナナ……お前は……最後の最後まで自分を……」
風影が来ていた。
ナナに特別な想いを抱く者。彼の声にはやりきれない悲しみがにじみ出ていた。
その彼の言葉の続きを、カカシは悟った。おそらくシカマルもわかってしまっただろう。
そして、とっくにサスケは……。
ナナは、最期に自分自身に術をかけていた。
もう二度と、その血が利用されないように。その特別な眼が、奪われないように。己の肉や骨でさえも、この現世に残さぬよう……永別の術を。
まるで毒だ……ナナ……
あまりの哀しみに、カカシは毒を吐いた。
まるで、忍が捕虜となった時に自決するための毒を、ナナが自ら含んだかのようだった。
忍としてはこの上なく立派な最期だが、仲間としては残酷な別れでしかないのだ。
その、まだ幼さを残す身体さえ残してはくれないナナを、恨めしくも思う。
この胸に、ナナが含まなければならなかった毒が染み渡るようだった。
「ナナが……消えちゃう……」
か細いサクラの声がした。
とても見てはいられなかった。それでも、逃れずに見守るのがナナに対する愛情だった。
皆、同じように思っていた。
若い部下たちも、泣きながら、唇を噛みしめながら、嗚咽しながら、ちゃんとナナが逝くのを見守っていた。
ほとんど、サスケの背に隠れて見えないナナの身体。赤く染まったその身体が、もう青白い光の塊になっている。
それでも、サスケはやはり、しっかりとナナを抱きしめていた。
サスケの身体も、ナナの光に包まれている。
「サスケ……」
ナルトが、足を動かした。
そして、誰よりも悲哀に満ちているはずなのに、誰よりもこの事態を受け入れている親友の側に立った。
ナルトの金髪が、立ち上る青白い光に揺れる。
「サスケ……」
ナルトはもう一度そう声をかけ、その手をサスケの肩に置いた。
その時だった。
ナルトの手がサスケの肩に触れた瞬間、光が弾けた。
同時に、降り注ぐ結晶がよりいっそう煌めきを増す。いっそ眩しいほどに……。
カカシは目を細めた。全身に浴びる光が強くなり、まるで自身の細胞と溶け合うような感覚を受けた。
周りの者も息を呑んだ。
そして……。光と共に、風を感じた。優しく、悲しい風。
いや……それは風ではなく、“想い”だ。
胸が詰まった。
ナナへの想い。深い、情愛。ただひたすら、愚鈍なまでの愛だった……。
飾る物など何もないサスケのそれが、否応なしに伝わり来る。
哀しみさえも超えた愛が……そこにあった。