ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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徒花(あだばな)

 

「ナナ……!」

 

 先ほどよりもはっきりと聞き取れる。まだ戸惑いを含む……が、現実を理解し始めた声だ。

 その証拠に、それらの声はどれも震えていた。

 

「ナナ!!」

「ナナ!!」

 

 知っている者たちだ。

 懸命に頭を動かし、感情を押さえつけた者たちが、その足を進める。

 だが、二人の側にまで寄る者はない。

 そこだけ、まるで絵のように切り離された空間のようで……ただ見守ることしかできない。

 

「サ、サスケ君、診せて! 私が……!」

 

 サクラが来ていた。おそらく必死に動揺を押し殺しながら、自分の役割を果たそうとしている。

 が……。

 

「サクラちゃん……」

 

 意外にも、彼女を止めたのはナルトだった。

 

「え……?」

「もう……」

 

 ナルトはうつむいたまま、低い声で言った。

 

「ナナは……もう……」

 

 決して最後まであきらめることを知らないはずの男が、そう言った。

 ここでようやく、カカシは息を吐いた。

 同時に、何もかもが吐き出されてしまったようだった。

 

「サクラ……」

 

 ただひとつ、彼らの上司として果たさねばならない義務だけを手に、

 

「もう、ナナを……休ませてやろう……」

 

 やっと、そう言った。

 見る間に、サクラの目には涙が溢れる。それを、まともに見てはいられなかった。

 他の者たちも、その“宣告”を聞いて次々にその場に膝をつく。

 チャクラを吸い取られ、力を使い果たし……そしてナナというかけがえのない仲間を失った。

 もう、限界だった。

 

「くそっ……!!」

「なんでナナが、こんなっ……!!」

「ナナ!!」

 

 拳を根に打ち付ける者。頭を抱え込む者。茫然と立ち尽くす者。嗚咽に交じる憤悶。

 だがそこに、サスケを責める言葉も感情もなかった。

 彼らもわかっていた。

 この結果が導かれた理由を……。

 ナナの“願い”を直接聞かされたシカマルたちも。動揺もせずに落胆するだけのナルトも。オビトから予測を聞かされていたカカシ自身も。

 何故、こうなったのか、本当はわかっていた。

 

 ナナは……自らサスケの雷切の前に飛び込んだ。

 かつてのリンのように……。

 

 だから、あの時と同じ光景があんなにも鮮やかに蘇ったのだ。

 だが、ひとつだけ違うのは、サスケ自身もそれを悟っていたということ。

 突然、目の前にリンが現れたことに狼狽した自分とは違う。

 サスケは()()()()()……ナナがこうすることを。

 

『ナナは、とっくに自分で自分の存在を始末しようとしたはずだ……』

 

 オビトの言葉を思い出す。それにまるっきり納得した自分も。

 これは、ナナの意志だった。ナナの、最期の願いだった。

 救い出せなかったから。守れなかったから。

 ナナはこれを望むしかなかった。

 そして、それをサスケが叶えた。サスケだけが、ナナの願いを叶えた。サスケの手が、ナナを()()()……。

 

「サスケ……」

 

 ナルトが足を進めた。

 だが、どうしてももう一歩、踏み込むことができないでいるようだった。

 相変わらず、静としたサスケの背。その身体に隠れた、動かないナナ。

 そこへ、誰が介入できようか。

 

「くそ……」

 

 マスクの下でくぐもった、声にならない悪態。

 やっと、感情というものを思い出した。

 全く動かない両足の代わりに、拳を握りしめる。

 力が入る感覚はまだ無かった。

 それが悔しくて、憎らしくて、カカシは己の右手を睨みつけた。

 この手で、リンの命を奪った。

 リンの血の温かさをまだ鮮明に思い出す。瞳から光が消えゆく瞬間も。

 同じ術で、自分が教えた千鳥という術で、サスケが同じことをしなければならなかった。

 この、呪いのような再演。

 ただ動揺していればよかった自分に比べ、サスケは……。

 理解しているだけに、その痛みもすでに感じてしまっているのだろうか。

 それを思うと、情けなく震える右手がさらに滲んだ。

 こみ上げるものを零すまいと、カカシは上を向いた。

 この地に覆いかぶさる枝の向こうに、異常に碧い夜空が見えた。明るく、青白い月が、この修羅の場を虚しく照らしている。

 梢の蕾は見えない。

 が、きっと花開いてはいないだろう……。

 ナナとサスケが、“命がけ”で守ったのだから。

 キラキラと、遥か彼方で星が瞬いていた。憎らしいくらい、純真と。

 

 ああ……まるでナナだ。

 

 自然で飾り気のない仕草。清楚な笑み。絶望に突き落とされようとも欠けない心。闇に覆われても消えない光。

 ナナが、瞬いている。

 そう思った。

 その瞬きが……降った。

 優しく、密やかに、美しく。キラキラと残酷なまでに煌めく粒が、空から降ってきた。

 いや……。

 カカシは目をしばたいた。周りの者たちも、吐息を漏らす。

 それは、空から降ったのではなかった。

 改めて周囲の光景を視界に入れると、先ほどまで暴れ回っていた樹の根や枝は、当然のごとく動きを止めていた。そしてさらに、無駄に伸びたそれらが徐々に朽ちて萎み始めたのだ。

 その朽ちた欠片がこの煌めきの正体だった。

 木片……というにはあまりに美しすぎる、青白い光の結晶。それらが、悲しみに沈むこの場所に降り注いだ。

 

「うっ……ナナ……」

「ナナっ……!」

 

 誰ともなく、嗚咽を漏らす。

 このヒカリの正体が、自然とわかっていた。

 カカシは手のひらに落ちては溶けるそれを見つめた。

 そして、ゆっくりと握りしめる。

 先ほどより、己の力を感じた。

 心は空洞のまま、だがほんの少し、身体に力が注がれるのがわかった。

 

 ナナの最期の贈り物だ……

 

 化け物のような樹に搾り取られたチャクラを、ナナが取り戻して与えてくれている。

 そう感じた。

 少しひんやりとして、神々しくも優しい、可憐な光。

 それはナナの心そのものだった。

 自分の命が尽きる瞬間まで、ナナは皆を想っていてくれた。

 いつまでもこの悲しくとも心地よい光を浴びていたかった。ナナをずっと感じていたかった。

 が、遂に別れが訪れようとしていた。

 サスケが抱きすくめるナナの身体から、同じような光の結晶が生まれ始めたのだ。

 

「ナナ……」

 

 ナナの身体が少しずつ光りに包まれ、それが煙のように天へ向かって立ち上っていく。

 もう、叫ぶ者は無かった。

 いつしか周囲を取り巻く忍たちも、ここで起きていることを見守るように、静まり返っていた。

 

「ナナは……ナナは、どうなっちゃうの……?」

「ナナ……」

「ナナ、お前……まさか……」

 

 チョウジやサクラ、シカマルが、フラフラと、二歩、三歩進んだ。

 だがやはり、サスケとナナの側には寄ることができない。

 カカシの足もまだ、萎れた根に張り付いたまま。

 

「ナナ……お前は……最後の最後まで自分を……」

 

 風影が来ていた。

 ナナに特別な想いを抱く者。彼の声にはやりきれない悲しみがにじみ出ていた。

 その彼の言葉の続きを、カカシは悟った。おそらくシカマルもわかってしまっただろう。

 そして、とっくにサスケは……。

 

 ナナは、最期に自分自身に術をかけていた。

 

 もう二度と、その血が利用されないように。その特別な眼が、奪われないように。己の肉や骨でさえも、この現世に残さぬよう……永別の術を。

 

 まるで毒だ……ナナ……

 

 あまりの哀しみに、カカシは毒を吐いた。

 まるで、忍が捕虜となった時に自決するための毒を、ナナが自ら含んだかのようだった。

 忍としてはこの上なく立派な最期だが、仲間としては残酷な別れでしかないのだ。

 その、まだ幼さを残す身体さえ残してはくれないナナを、恨めしくも思う。

 この胸に、ナナが含まなければならなかった毒が染み渡るようだった。

 

「ナナが……消えちゃう……」

 

 か細いサクラの声がした。

 とても見てはいられなかった。それでも、逃れずに見守るのがナナに対する愛情だった。

 皆、同じように思っていた。

 若い部下たちも、泣きながら、唇を噛みしめながら、嗚咽しながら、ちゃんとナナが逝くのを見守っていた。

 ほとんど、サスケの背に隠れて見えないナナの身体。赤く染まったその身体が、もう青白い光の塊になっている。

 それでも、サスケはやはり、しっかりとナナを抱きしめていた。

 サスケの身体も、ナナの光に包まれている。

 

「サスケ……」

 

 ナルトが、足を動かした。

 そして、誰よりも悲哀に満ちているはずなのに、誰よりもこの事態を受け入れている親友の側に立った。

 ナルトの金髪が、立ち上る青白い光に揺れる。

 

「サスケ……」

 

 ナルトはもう一度そう声をかけ、その手をサスケの肩に置いた。

 

 その時だった。

 ナルトの手がサスケの肩に触れた瞬間、光が弾けた。

 同時に、降り注ぐ結晶がよりいっそう煌めきを増す。いっそ眩しいほどに……。

 カカシは目を細めた。全身に浴びる光が強くなり、まるで自身の細胞と溶け合うような感覚を受けた。

 周りの者も息を呑んだ。

 そして……。光と共に、風を感じた。優しく、悲しい風。

 いや……それは風ではなく、“想い”だ。

 胸が詰まった。

 ナナへの想い。深い、情愛。ただひたすら、愚鈍なまでの愛だった……。

 飾る物など何もないサスケのそれが、否応なしに伝わり来る。

 哀しみさえも超えた愛が……そこにあった。

 

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