二人の過去……。
いや、それではあまりに簡潔すぎる。この“光”の意味を説明するのには。
これは、まぎれもなくサスケの“愛情”だ。
光の一粒一粒に満ちる、ナナへの愛情。それが、この戦場に惜しみなく降り注ぐ。
(そうか……これが
と、カカシは否応なしに滲んだ涙を拭った。
サクラは膝をついたまま両手で顔を覆っている。ナルトも、サスケの肩に手を置いたまま、背中を震わせている。
周りを見回した。
我愛羅もシカマルも、チョウジもいのも。ヒナタも、シノやサイでさえ……泣いている。
彼らだけじゃなかった。
この戦場の忍たちが、この “愛情”にうたれて立ち尽くしている。
不思議な光景だった。
サスケとナナのことを知っている者も、知らない者も。ひたすらに、この深すぎる“愛情”に魂を揺さぶられている。
持て余して茫然と立ち尽くす者。感極まって涙する者。憐れむ者。悲しむ者。様々だ。
雨のように、いろいろな想い出が彼らの中に浸み込んでいく。
サスケがどれほどナナを愛していたか……。
カカシにも受け止めきれなかった。
熱くも、冷ややかにも感じるこの光が、どうしようもなく切なかった。
『サスケ君は優しいよね』
『そんなこと、言われたことはないな』
『言われたくもないんでしょう?』
『…………』
『誰も気づかなくったって、サスケ君は優しい人だよ』
ひとつの傘の下。
『オレがつっこむ』
『私が行くよ。私じゃ、飛んで来る武器に手裏剣を当てられないもん』
『姉が、死んだんだっ……! 自殺っ、したんだって……!! 私、あのヒトが何を考えてたかなんて……全然知らなかった……!!』
『血が繋がってたって、何を考えて、何を感じて生きてるか、わからないこともある……』
『サスケは私を知らないクセに……!!』
『本当にウザイな、お前。いつもいつも、何だかしらねーが……ヒトリで抱え込んだつもりでいて……。見ててムカつくんだよ……っ!!』
『それはサスケの方じゃないっ……!!! サスケの方が、ヒトリで抱えて、スタスタ行っちゃって……! 見てて腹が立つ時があるよっ……!! サスケが独りでいるのなら……!! 私のこともほっといてよっ……!!』
誰も知らない、心を乱すナナの姿。
『私ね、水が嫌いなの。水の中は、息ができないから……。だから、水の中は、私の「居場所」じゃない』
『……じゃあ、お前の居場所はどこなんだよ』
『海の底って、音も光もなんにも無くて……でも……凄く透明だから。そこまで行き着いたら……きっと私は、安心する気がする……。そこが私の“居場所”なのかな……』
『なんだよ、それ……』
星が流れて、海に落ちる。
『……オレは……満月は嫌いだ……』
『私も、嫌い』
『……ナナ……オレは……あの月が、怖かったんだ……』
『サスケ……もう、大丈夫だよ……』
里の外れ……かつて、うちはの集落があった場所。
『ありがとう、起こしてくれて。……昔の、夢を……みてた……』
波の国、タズナの家。
『サスケ、もう、いいよ』
死の森。
『自分の存在の意味が、誰かの死にあるなんて、悲しすぎるよね……』
中忍試験、最終試験の日。
『……辛いんなら、オレじゃなくても……カカシにでも言えよ』
『……手……つないでもいい……?』
木ノ葉のとある森。
『サスケとアナタも戦わせない。私がアナタと戦う』
イタチを前にして……。
『オレは……ずっとお前が好きだった……』
『……ズルイよ……サスケ』
『……ナナ……すまない……』
『……私は……サスケが……キライだよ……!!』
別れの夜。
『サスケにイタチは殺させない……! イタチにサスケを殺させない……! それが私の願いだから、叶わなくても止めるのっ……!!』
『オレはお前の“大切な”イタチを殺しに行く……止めたいなら、今ここでオレを殺せ。今、オレを止めないのなら……。二度とオレの前に現れるな』
『サスケっ……!行かないでっ……!! どうしても行くなら……・!! 私を連れていって……!! 止められなくてもっ……“その時”まで……一緒にいさせてっ……!!!』
初めて、ナナが心をさらけ出した時。
『オレの“前”に立ちはだかるなら……お前も一緒に殺してやる……!!』
思い切り、ナナを傷つけた言葉。
『こんなところを見るために、私は二人に出会ったんじゃないっ!! お願い……もう……終わりにして……』
とうとう始まってしまった、イタチとサスケの戦い。
『これで満足なの?! これがアナタの望んでたことなの?!』
『ねぇっ……! 答えてよ、サスケっ……!!』
復讐の終わり。
『オレはこれから、木ノ葉を潰す。ナナ……お前は……』
『私は行かない……。さようなら、サスケ』
波打ち際で……また別れ。
『二人とも……! 一回くらい私の話を聞いてよ!!』
暗い森での再会。
『穢土転生は私が止めるから』
『ナナ、駄目だ。お前一人で行かせるわけには……』
『だって……今、ほんのちょっとだけ私の夢が叶ったんだもん。イタチとサスケと私……いつか木ノ葉の里で、三人で遊べたら……って、子供の頃、思ってた。ここは木ノ葉じゃないし、遊んでるわけじゃないけど……。イタチがいて……サスケがいて……私もここにいる……』
瑠璃色の、ナナの眼を見た。
『サスケ……!』
『ナナ……何も言わなくていい。今は……気が済むまで泣いてくれ。今度はオレが……受け止める……』
烈しく、哀れに、泣き続けるナナ。
『ごめんね、サスケ。私は結局、一度もアナタと一緒に行けなかった』
『ナナ……お前は誰にも利用させない。必ずオレが護る。戻ったら、イタチの話をしよう……』
『最期にイタチがくれた記憶の“続き”を……二人で話そう』
火影岩のてっぺんで。
そして……。
『アナタを愛せて……幸せだった……』
最期。
そのひとつひとつが、ここに居る者たちの胸をうった。
決して幸せな想い出だけじゃなかった。どちらかといえば、悲しい想い出のほうが多かった。愛せば愛すほどに、苦しまなければならなかった。
それでも、二人は互いを愛し抜いた。
この結末が必然であったと、一番よく知っているのはサスケだ。
そして、もういないナナ……。
傍観者である自分たちは、まだ少しも理解できずにいる。
この、残されたサスケの愛はどこへ行くのだろう。ナナが遺した愛は、どう受け止めればいいのだろう。
そう思うと、ひどい胸の痛みを感じる。
涙が、止まらない……。一歩も動けない。
ああ……これが本当の“空虚”なのか……
何度も味わったはずの感情だった。
が、カカシは強く実感する。
今、感じているものこそ、本物の空虚だ。「胸にぽっかりと穴があいたような」なんて使い古しの言葉じゃ足りなかった。
穴が開いたのは「世界」だ。いや、「未来」が無くなったのだ。
この世界から、ナナがいなくなった。ナナとサスケの想いが永遠に鎖された。二人の未来が、消えてしまった。
理解なんて、納得なんて、できるわけがない……。
だが、無遠慮に大地が揺れた。遠くの方で爆音が起こる。
マダラはまだ生きている。戦争は終わっていないのだ。この世界を終わらせようという脅威は、ここに在り続けている。
これほどの失意にまみれても、まだ、戦わなければならなかった。
ナナが護ろうとした世界だから……。ナナが護ってくれた命だから……。
そしてサスケも……己の想いも未来も、犠牲にしたのだから。
「サスケ……」
ナルトが、やっと声をかけた。
低く、かすれている。
サスケは動かなかった。もう、ほとんど形を無くしたナナの“光”を抱いたまま。
「サスケ……」
苦しげに、ナルトが強く肩をつかむ。
「ああ……」
サスケは静かにうなずいた。
そして、ナナの最期の光が天に登るのを見届けるようにして顔を宙に向けた。
この地上からとうとう光が消え去ったとき、サスケはゆっくりと立ち上がった。