翌日の朝、カカシは大名との会議に向かおうとしていた。正式に火影就任するには、大名から任命される必要があるからだ。
集合場所の火影邸の前には、カカシの他、上忍班長として会議に同席する奈良シカク、重役であるコハルとホムラ、そして彼らの部下の姿があった。
暗部装束をまとったコハルとホムラの部下は、しっかりと二人の側に張り付いて、まだ里の中心部だというのに周囲を警戒していた。
昨日の今日だ……無理もない。
カカシは思った。
たったひとりの、歩くこともままならないほど弱っている少女に命を取られかけた。死の間際に追い込まれたような、凄まじい殺気を浴びせられたのだ。
二人も、その場にいたあの部下たちも、そうとう神経を張りつめているだろう。
彼自身、あの感覚を思い出すと腹の底が冷えた。
が、牢に放り込まれたナナを思うと、当然その畏怖よりも案ずる想いが勝った。
ペインから里を護るためにこん睡状態から目覚めてすぐ大術を扱い、力を使い果たしたはず……。
イビキに内密に連絡をとり、治療を受けられるようにお願いをしていたが、心の方はどうにも処置が難しい。すぐに飛んで行って牢をぶち破り衝動をずっと抱えていた。
だが、今は何事にも慎重に動かなければならない。今ここで無理をして動けば、火影に任命されることはなくなる。
自分には荷が重いが、里のためには一刻も早く火影を決めて事態の収拾を図らなければならない。これ以上、木ノ葉が後手に回るようなことは避けたかった。
万が一、コハルとホムラが側近や鷹派の忍を火影に推せば、色々と動きづらくもなる。
誰かにナナの側に付いていてやって欲しかったが、ナナが拘束されたことは誰にも告げていない。ナナを診られるはずのサクラにも、だ。
言えば、どうしてナナがそんなことをしでかしたのか問われる。その疑問に答えることはまだできなかった。
特に、ナルトをまるめこむ自信などなかった。
「カカシ、どうかしたか?」
上忍班長として同行するシカクが言った。
らしくもなく……後ろを振り返ったからであろう。
「いえ、何でもないですよ」
感情を押し殺すことは得意だった。
が、やはり里でも抜きん出た知力を持つシカクの前では、それも無駄だった。
「ナナのことか?」
シカクはコハルとホムラ、そして二人の部下たちに聞こえないように言った。
「……やっぱり、知ってましたか」
軽い口調で答えるも、いつものようにとはいかない。
「イビキたちから連絡を受けている。心配するな、“手はず”は整えてある」
シカクは前方をゆく者たちに気取られぬよう、そっぽを向きながらそう言った。
彼も里内に独自のネットワークを持っている。状況の分析力もずば抜けていた。
それに、ナナのことはシカクも気にかけているのをカカシは知っていた。
直接の部下でもないのに、何故……。
「オレはナナが中忍に任命された時の保証人でもあったからな」
シカクは、わざわざそんな古びた理由を出した。
「そうですね、あの時はオレが寝込んでたから……」
カカシも笑った。
まるで傍から見れば、他愛のない談笑。が、その内容は重要な意味を持つ。
「お前が火影になり、赦免状を書いたらすぐに釈放されるように手を回しておいた」
通常、警務部隊や上層部の権限で拘束された者は、たとえ火影の赦免状があっても簡単には保釈とならない。
警務部隊や情報部による十分な取り調べで「安全性」が確認された後、上層部の合意があれば、ようやく火影の名の元に罪が末梢される。
だが、ひとつだけ「例外」があった。
「お前は火影になったらすぐに暗部の継承を宣言しろ」
そう……火影直属の暗部の人間であれば、他の誰の合意も得ずに火影の独断で釈放が可能となる。
ナナはイタチとサスケの戦いを止める任に就くとき、ツナデによって暗部に任命されていた。略式ではあったが、記録は残っているはずだ。
暗部は火影がその都度、直々に任命するものだが、ツナデも三代目の暗部メンバーをほとんどそのまま継承した。だから、カカシも同じく継承すれば、ナナはカカシという火影の暗部という形になる。
「気はすすまないが、それが一番早い。書類はすでに取り揃えた。あとは“上”の邪魔が入らないよう、いかに速く動くかだが……それも段取りは揃っている」
「さすがシカクさんですね」
いろいろな意味を込めてカカシは言った。
ナナが拘束された理由など、あの場にいた者しか知らない。
当然シカクも知らないはずだが、彼は無条件にナナの釈放のために動いていた。
普通なら、その「罪」を考慮するはずであるのに……。
「お前は火影として当分は動けないだろうから、シカマルに迎えに行かせる。連絡用の使い羽も仕込んでおいた」
シカクは完全にナナを信用していた。
何故重役に拘束されたのか、全く聞く気はないようだった。
普段の態度のわりに情が厚い男だから、ナナのことをかわいがってもいたと思う。もちろんナナが木ノ葉に来た事情も知っていたし、今回のペインの件以前から、里への貢献度を評価していた。単純に、シカマルの同期ということも、親身になる理由のひとつだろう。
それに……。
「シカマルなら安心です」
カカシは本心から答えた。
部下たちの中で最も頭の切れる男は、父に似て情愛も厚かった。
それに……おそらくシカクもだろうが、彼の想いもわかっていた。
「ああ、ナナのためなら絶対にうまくやるさ」
シカクも父親らしい口調で言った。
ナナの同期メンバーの誰にも告げなかったのは、彼らの動揺と事態の混乱……それにナナ自身の精神面を考慮してのことである。
が、シカマルならきっとうまくやってくれる。
カカシもそう思った。
ナナにとってもそれが良い……と。
少し安心したことで、カカシはシカクにも気取られぬくらいさりげないため息をついた。
ナナは……“想われている”はずだった。
シカマルだけじゃない。あの風影でさえもそうだった。
五影会談のことを伝えに来たとき、風影……我愛羅は“影”を名乗るにふさわしい忍になっていた。ナルトにも、彼しかできない助言をしてくれたと思う。
その彼が、最後に尋ねた言葉は、
『ナナはどうしている……?』
会談のこと、これからのこと、ナルトへの言葉……それらと変わらぬ声色で、我愛羅は尋ねた。
彼がどこまでナナを知っているのかはわからない。だから、「ちゃんと木ノ葉にいる」とだけ答えた。暁と戦って里を護り、今は回復のために休んでいる……と。
だが、我愛羅が聞きたかったのはそんなことじゃない。変わり果てたサスケを実際に目にした我愛羅は、そのことでナナの“心”を案じていた。
カカシ自身、左目の写輪眼に頼らずとも、人より洞察力はある方だと自負している。
我愛羅が暁にさらわれた件で砂へ行ったとき、そこには和泉の里にいるはずのナナがいた。
ナナと我愛羅の様子を目にしてなんとなくわかった。
二人がどういう関係だったのかを。
ナルトたちとの再会を素直に喜ばず壁を作っていたナナが、護れなかった我愛羅に寄り添っていた。
我愛羅の想いは本物だと思う。
木ノ葉へ帰ると決意したナナと、それを見送った我愛羅。
あの別れの先にも、我愛羅の想いはあった。
こんなにも想われているのに……。
それだけに、カカシはうつむかざるを得ない。
どれだけ深く思われていても、ナナは救われない。誰もナナを笑顔にすることはできない。
そればかりか、どんどん深く刻まれていく傷をただ、傍観するしかない。
自分も含めて……。
そう思うと、やりきれなかった。
カカシは前方をゆくコハル、ホムラの一団に視線をやった。
少し鋭くなってしまったそれをシカクは見逃さなかっただろうが、それでも良かった。
マダラの語った「イタチの真実」が本当なら……ナナを救える者は無い……。
そう思った。