ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

71 / 102
転生者

 

「うそ……」

 

 そう、呟いた。

 

「そんな……」

 

 膝から力が抜け、その場にへたり込んだ。

 右の手も、母の手の中から滑り落ちた。

 

「どうして……」

 

 また、今はもうあるはずのない感情が激しくうねった。

 難なく視界に映し出したあの世界。少し前まで居た戦場……そこではまだ、戦いが続いていた。

 それは予想ができていた。

 自分の死でマダラを倒せたわけではない。決着がついたわけではなかったのだ。

 だからまだ、生き延びた忍たちが戦っているはずだった。

 しかし……。

 その戦いに、もうサスケの姿は無かった。

 

「サスケ……!」

 

 土煙の中、サスケは倒れ伏していた。

 傷はよく見えない。

 だが、背中の赤い丸の中心が危険な場所にある。

 それに……ここからでも感じた。彼の魂が、その身体から抜け出ようとしているのが。

 

「なんで……?!」

 

 反射的にナルトを探した。サスケと共闘していたはずの彼を。

 ここからでは、視点を自在に動かせる。

 だから、彼を想うだけで彼の居る場所が見えた。

 

「ナルト……!?」

 

 ナルトは我愛羅のつくる砂の雲の上にいた。

 目をきつく閉じている。あれほど生き生きとしていた彼の顔に、すでに血の気はない。

 サクラが、懸命に蘇生措置を施している。

 

「どうして……」

「ナナ……」

 

 震える肩を、母が抱いてくれた。そのぬくもりも、乱脈を押し留めることはできなかった。

 何があったのか……自分がここへ来て母と話している間に、二人の身に何が起こったのか。

 いや、そもそもここでの時間と向こうでの時間は、等しく流れているのか?

 この光景は真実なのか?

 混乱はすぐ、恐怖に変わる。

 

「ダメだよ……!」

 

 こんなはずじゃなかった。

 放り投げては来たけれど、全部を押し付けて来たけれど、それでも、「こんなはずではなかった」と強く思う。

 決して、戦いの行く末を楽観視はしていたわけではない。

 だが、二人がこんな姿になることは全く想像していなかった。

 とても……信じられなかった。

 

「まだ、ダメだよ!」

 

 届くはずのない叫びをあげる。

 

「こっちに来ちゃ、ダメだよ……!」

 

 理不尽に叫ぶ。

 せっかく自分が護ったのだから。サスケとの未来を捨ててまで、サスケを怖ろしく傷つけてまで、みんなを護ったのだから。

 

「生きて……欲しかったのに……!」

 

 無意識のうちに、音がするほど激しく首を振っていた。

 

「私の分まで……生きて……」

「ナナ……!」

 

 母は強く抱きしめてくれた。

 その細い腕に、力いっぱいすがりつく。

 

「お母さん……! サスケと、ナルトがっ……!」

「ナナ……」

 

 やだ、やだ……と、母の腕の中で子供のように駄々をこねる。

 

「このままだと死んじゃう……! わかるの……! わかるから……」

 

 もう、自分で何を口にしているかわからない。

 涙で滲む向こうの景色は……。サクラが必死でナルトを救おうとしている。香燐がサスケに泣きすがる。

 二人の少女の顔を染める、“絶望”の色……。

 

「私は……」

 

 胸がひどく痛む。

 

「もう……何もできないっ……!」

 

 覆いかぶさるような、無力感。こんなところへ来てまで、こんな気持ちにならなければならない憤り。憐れ、情けない、虚しい……そんな言葉が、泉のように胸に湧く。

 

「ナナ、落ち着いて」

「お母さん!」

 

 母はゆっくりと背中をさすってくれた。

 

「お母さん! 私っ……!」

 

 何のために命を捨てたのか。

 何のためにサスケの想いを殺したのか。

 何のために死んだのか。

 

「ナナ、こっちを向いて」

「私っ……」

 

 こんなはずじゃなかった。

 マダラを倒して欲しかった。

 戦いを終わらせて欲しかった。

 みんなに生きて欲しかった。

 サスケに、幸せになって欲しかった。

 

「ナナ……大丈夫よ」

 

 母は、声になりきらない想いをわかってくれたように、「大丈夫」と、そう言った。

 少し悲しくて、とても優しい声で。

 

「ナナ、私の話を聞いて」

「おかあさん……」

 

 母の手が濡れた頬を包み、上向かせた。

 母の目は、愛に満ちながらも悲しげに揺れていた。

 そして、言った。

 

「二人は大丈夫よ、ナナ」

 

 何のことだかわからなかった。

 それほどに感情が激しく渦巻いていて、母の言葉の意味を理解する余裕を無くしていたのだ。

 

「二人はまだ“ここ”へは来ないわ」

「え……?」

 

 母はフっと笑って、頬の涙を拭った。

 

「サスケ君とナルト君……二人には特別な力がある」

 

 思わず目を見開いた。

 

「あなたも、知っていたんでしょう?」

 

 ぐちゃぐちゃになった頭の中に霧がかかった。

 そしてゆっくりとそれが晴れていくと、思い出す……。

  “現世”で秘かに感じた、二人の中の“同種の力”。互いに“対”となり、それでいて“二つでひとつとなる力”。まるで、陰と陽のような……。

 

「お母さん、それって……」

「気づいていたのよね?」

「う……うん……」

 

 母は、あの曖昧な感覚を説明してくれるのだろうか。

 そして……。

 

「も、もしかして……二人の力って……私の中にあったモノとも……関係……ある……?」

 

 もっとあやふやな予感も。母がここで、説明してくれるのだろうか。

 でも、何故……?

 

「まずは、二人の力のことから話すわ」

 

 母は少し顔を曇らせて、そう言った。

 実体の無い身であるはずなのに、ドクンと、確かに鼓動が鳴った。

 

「ナルト君とサスケ君の中に、“六道の力”があるが見えるの」

 

 初めに、母はそう言った。

 衝撃的な台詞とは程遠いように感じた。

 

「つまり、二人は『六道仙人』の力を受け継いでいるのよ」

 

 その名前もすでに知っている。和泉一族の流れを組み、『忍の祖』と呼ばれる者だ。

 そして、尾獣の生みの親でもあることも聞かされている。

 九尾を宿すナルトの意識に入り込んだことがあるから、その繋がりを明らかにされても驚かなかった。

 

「どうして……?」

 

 だから、浮かべる疑問はその程度だった。

 どうして二人がそれを受け継いだのか……という理由。

 母は、少し躊躇ってから答えた。

 

「二人はね……六道仙人の息子、『アシュラ』と『インドラ』の転生者なのよ」

 

 急いていた心が、一気に落ち着いた。いや、呆けたといったほうが近かった。

 

「六道仙人の息子の……転生者……?」

 

 母が始めた御伽噺は、この状況にそぐわないように思えたからである。

 

「兄インドラは六道仙人の力を受け継ぐ天才。そして弟アシュラは、いわゆる落ちこぼれ、だったそうよ」

 

 だが、イメージは容易に浮かんだ。

 

「落ちこぼれだった弟アシュラは、自身の努力と仲間との繋がりによって、兄のインドラに並ぶ力を手にした……」

 

 インドラはサスケ、アシュラはナルトに……それぞれ転生したのだろう。

 そう結果を導くことも、簡単だった。

 

「だから六道仙人は、自らが開いた『忍宗』の後継者にアシュラを選んだ。それを、インドラは認めることができず……二人の争いが始まったの。それは決して終わることがなく、お互いに何代も転生し続けて……それが、今のサスケ君とナルト君なのよ」

 

(ああ、だから二人は……)

 

 対の力を持つだけでなく、争うこともまた運命だったのか……。

 また、終末の谷の光景が目に浮かんだ。

 それを振り払うように、母に尋ねた。

 

「も、もしかして……サスケとナルトの()()()()()って……」

 

 あまり関係のないようなことだったが、何かを言わねばならない気がした。

 が、母はその問いに大きくうなずいた。

 

「そう。千手柱間様とうちはマダラよ」

 

 その答えは、ナナが思うより重要なことだった。

 母は、マダラが転生者を終える前に、この転生のサイクルを“壊す”行為に及んだのだと明かした。

 

「柱間様の細胞を、マダラは取り込んでしまった。そのことで、六道仙人のチャクラを導き出し、輪廻眼というものを開眼してしまったのだそうよ」

 

 長きにわたる間、何度も何度も転生し、争いを繰り返した兄弟。

 その不毛なループが、柱間とマダラの代で崩れた。

 

「輪廻眼……」

 

 ナナは思わず眉をひそめた。

 輪廻眼の性能の恐ろしさは目の当たりにした。そして、マダラの異常なチャクラと強さも体感している。

 母はその顔色を見てか、一呼吸おいてから言葉を続けた。

 それは、この御伽噺を終わらせて、一気に確信に迫るものだった。

 

「六道仙人は黄泉の国へ逝くこともなく、この争いをずっと見て来たの。何世代も、決して終わらない争いを……。今はきっと、マダラを止めて欲しいと、強く願っているはずよ」

 

 六道仙人、インドラとアシュラの兄弟、柱間とマダラ、そして……サスケとナルト。彼らの存在が、ぼんやりと線で繋がるのを感じた。

 六道仙人が、今この世代で息子たちの生まれ変わった姿を見ているのなら……それはつまりサスケとナルトを見守っているということ。

 であれば。

 

「じゃあ……今のサスケとナルトのことも、六道仙人は見ているんだよね?」

 

 思ったこと、そして期待をそのまま口にした。

 母は微かに笑った。

 

「きっと今頃、二人の精神世界に現れて、この真実を告げているはずよ」

 

 ナルトの腹の中、九尾の檻、そして、尾獣たちが集まった場所。

 あの、不可思議な空間を思い浮かべる。

 

「そこで話をしているってことは、六道仙人は……」

 

 期待が大きすぎて胸でつかえ、続きを言えなかった。

 代わりに母は言う。

 

「二人に力を与えるでしょう」

 

 よかった……。

 言葉にはならなかった。

 色々と聞かされたことよりも、今の母の言葉が何よりも重要だった。

 

「じゃあ……二人は、助かる……?」

 

 チラリと横目で“現世”を見やる。

 まだ、動かないサスケ。香燐が傍らで泣いている。

 ナルトは……姿が消えている。

 探そうにも、彼の魂を感じられなかった。

 

「お母さん!」

 

 再び湧き上がる焦りと恐怖のまま、母の袖を握りしめた。

 

「ええ……。六道仙人は、必ずマダラを倒す力を二人に与えると思うわ」

 

 確かな台詞と共に、母の目が紫苑色に煌めいた。

 ホクトが時折見せた瞳によく似ていた。

 この瞳で、母には何かが見えている。

 今さらながらそう思った。

 

『ナルト君とサスケ君の中に、“六道”の力があるのが見えるの』

 

 「見える」と、最初にそう言っていたではないか。

 母にはきっと、そういう力が備わっているのだ。希代の陰陽師……そう言われていたのだから。

 

「よかった……」

 

 あえて口に出してみた。

 できれば二人の精神世界に飛んで、その様を見届けたかった。

 六道仙人が本当に二人の前に現れたのか。二人に真実を話したのか。ちゃんと、二人に力を与えてくれるのか。

 この目で確かめたかった。

 が、それはもう叶わない。

 “こちら側”へ来てしまったから、生きている者の精神と繋がることは叶わないと思った。

 

「お母さんが言うなら、大丈夫だよね!」

 

 諦めるように潔く、そう言った。

 わずかに残る不安は胸の奥でくすぶっていたが、母のまっすぐな瞳が希望を与えてくれていた。

 だが。

 

(あれ……?)

 

 落ち着きを取り戻すにつれ、違和感を覚えた。

 母が「見えた」と言ったのは、サスケとナルトの中の六道の力だ。

 だが、母はその力が備わった“理由”まで、全て説明してくれた。

 

『兄“インドラ”は、六道仙人の力を受け継ぐ天才。そして、弟“アシュラ”は、いわゆる落ちこぼれ、だったそうよ』

 

 そう……そう言った時からだ。この違和感が芽生えたのは。

 「だったそうよ」とは、誰かに聞いたことを別の者に伝えるときに使う言い回しだ。

 一体誰に……?

 何故、母は全てを知っているのか?

 母の眼はそこまで「見える」のか?

 何故、聞き伝えるような言い回しをしたのか?

 

「お母さん……どうして、この話を知ってるの?」

 

 簡潔で、他愛もない回答を期待した。

 が、母は複雑な答えを示した。

 

「私は……直接、六道仙人に聞いたの。もちろん、まだ生きている時に」

「あ、会ったの……? 六道仙人に……?」

 

 それが可能であった母の能力。そして、先見性。

 それを、ただ誇らしく思うことができればよかった。

 だが、ナナの頭はその先を考えてしまう。

 

 何故、その必要があったのか……。

 そうしなければならない理由があったのではないのか……。

 

 そしてその予感は、いつも悪い方へ矢印を向けているのだ。

 

「ナナ……」

 

 母の綺麗な瞳が曇った。

 紫苑から漆黒へ戻ったというのではない。母の表情には明らかに影が差し込んだ。

 

(やっぱり……何かが……)

 

 そう思ったが、口をつぐんだ。

 ただ母の言葉を待つしかなかった。

 

「あなたは、自分の力がサスケ君とナルト君……二人の力と関係があるって、気づいているのよね?」

 

 母に問われた瞬間、また鼓動が跳ねた。

 そして記憶が蘇った。

 

『貴様の兄はよくやってくれた。うちはの者が自ら一族に手を下してくれたことは、里にとってまさに理想だ』

 

 たしか、そんな言葉だった。二代目火影がサスケに対し、イタチのことをそう言った。

 その瞬間、怒り、悲しみ、憎しみ、失望……それらがいっぺんに爆ぜて、ひどく目が痛んだ。

 つむった目の奥に、確かに見えた。

 深い闇に浮かぶ白い眼。そこから発せられるおぞましく強大な力。それが、自分の魂に覆いかぶさるような感覚。

 そして、マダラに利用され、神樹と一体化した時にはっきりとわかった。

 その力は、この世界をも支配し得る。それを望む力でもある。

 それが人なのか、ただの力なのか、尾獣に似たモノなのかはわからなかった。

 だが、サスケとナルト……二人の中にある力と同じ“匂い”がした。

 二人の力と、根源が同じであるような……同じ性質のような……曖昧な感覚ではあった。

 が、きっと、二人もアレに気づいていたのだと思う。

 そして、アレの果てしない大きさ、強さに、絶望したことだろう。

 自分と同じように。

 だから……だから、サスケはアレを葬り去ってくれた。アレに呑まれる前に救ってくれた。

 だから自分はここに居るのだ。

 

 少し、身が震えた。

 

「サスケとナルトの力と関係があるってことは……私の中にあったあの力も、“六道”の力ってこと……?」

 

 恐る恐る尋ねると、母は両肩に手を置いてくれた。

 が、その視線は悲しげなものだった。

 

「お母さんは、あの力のことも知ってるの?」

 

 そして、さらにその視線を川の方へと逸らす。

 

「し、白い眼が見えたの……! とても強くて、世界を破壊するような恐ろしい力だった……。私はそれを利用されそうになって……その力に取り込まれそうになったから、サスケに……」

 

 「サスケの手で殺してもらった」とは、まだ口にはできなかった。

 が、躊躇う母に向け、さらに言った。

 

「ここから見ていてくれたんだよね? そのときに、あの力のことも見えたの?」

 

 母は目を伏せた。

 

「あの力は、六道仙人と関係あるの?!」

 

 唇を噛み、それから息を吐く。

 

「お母さん?!」

 

 母の手をとって強く握りしめた。

 と……母はようやく、口を開いた。

 

「あなたの中にあった力は……」

 

 初めて目にする、母の苦しみ。

 そして告げられたのは……。

 

 

「大筒木カグヤ……六道仙人の母親の魂よ……」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。