ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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産まれぬ命

 

 大筒木カグヤ。

 その名を、ナナは知らなかった。

 だから、母がこれほどまでに言い淀む訳も、あの力の意味も、まだわからなかった。

 

「あまり、驚かないのね……」

 

 母が憂いた笑みを落とした。

 

「うん……」

 

 事実、驚愕はしていなかった。

 サスケとナルトが六道の力を継いでいるのなら、それと縁があると確信していた自分の力も、その存在に近いものだと予測ができていた。

 それに、あの時感じていた“どうしようもない恐ろしさ”とその名前が、まだ結びつかなかった。

 

「その人は、どんな人だったの?」

「六道仙人から聞いただけだから、私も詳しくは知らないの。ただ、和泉一族の流れを組む者……というのは間違いがないようだけれど」

 

 母はため息をつくようにそう告げてから、大筒木カグヤについて知り得ることを話した。

 

「カグヤは、禁忌とされていた“神樹の実”を食べて力を得たの。この世界を収めるほどの、強大な力を……」

「神樹って、あの……?」

「そうよ。あなたの世界に現れたあの大樹。あれは、チャクラの実をつける聖なる木なのだそうよ」

 

 自然とうなずいた。

 すぐに納得できたのは、まさにその神樹に自身の身体が取り込まれかけたからであった。

 一部が一体化したとき、その成長によって大地をも揺るがすほどの大樹に備わる力が、どれだけ恐ろしいものか身をもって知った。

 それだけじゃない。

 自分の中のアレが、神樹の息吹きと確かに呼応していた。

 

「カグヤはその実を食べて得た力で、乱世を収めた。だけど、その後も自分ひとりの力で世界を支配しようとしたのよ」

 

 アレの……あの白い眼を思い浮かべた。

 あの眼に宿る意志は、“それ”だったのか……。「支配」という欲望。力への渇望。深い恨み。そして……。

 

「だから、あの力があんなに怖かったんだ……」

 

 素直にそうつぶやいた。

 母は、そっと頭を撫でてくれた。

 

「崇められていたはずのカグヤは、力をおごり、人々に恐れられる存在になった……。それを止めたのが、カグヤの二人の息子だったそうよ」

「二人……? 六道仙人だけじゃなくて?」

「ええ。カグヤは二人の息子を産んでいたのよ」

「その息子たちが、母親のカグヤを止めたの?」

「六道仙人は“封印”したと言っていたわ」

 

 脳裏に、またあの白い眼が蘇った。

 あの眼光が意味した“恨み”は、それか……。

 

「その、封印されたはずのカグヤが……私の中に転生しようとしていたの?」

 

 深く息を吐きながら、ナナは言った。母に尋ねるというより、自身に言い聞かせるように。

 母は黙ってうなずいた。ナナ自身よりも辛そうだった。

 

「もう一度、世界を支配しようとしていたんだよね?」

 

 うつむいた母が、こちらを向く。

 

「私は、それを……どうしても止められなかったの。カグヤの力はとても大きくて、恐ろしくて、私には止められなかった。だから私は……あんなふうに終わらせるしかなかったの……」

 

 今、こうして真実を……あの力の意味を知らされて、自分では「仕方がなかった」と改めて思えた。

 きれいごとで終わらせたかったのではない。

 本当にああするしかなかったのだと、とっくに事情を知っていた母にわかって欲しかった。

 が、母があの選択に満足してくれていることはすでに知っている。

 最初に出会った時、『よく頑張った』と褒めてくれたから。『立派に生き抜いた』と、認めてくれたから。

 だから今、もう一度、あの時の笑みが欲しかった。そうして、安堵したかった。

 だが……。

 当然与えられるべきその笑みは、母の顔に浮かばなかった。

 母はむしろいっそう表情を暗くしながらうつむき、立ち上がった。そして、ナナに背を向けた。

 森の方へ、二歩、三歩と歩み、立ち止まって肩を震わす。

 

「お、お母さん……?」

 

 困惑した。

 自分の中で大筒木カグヤが転生しようとしていた……という真実を聞いた時よりも。

 

「お母さん、どうしたの……?」

 

 母の背にただ問う。

 立ち上がったまま、足が動かなかった。

 

「ナナ……」

 

 震える声で、母は言った。

 

「ごめんね……」

 

 母の謝罪は二度目だった。

 

「あなたを産んであげられなくて、ごめんね……!」

 

 そう……先ほども、そう言っていた。

 でもそれは、母の身体が弱かったから。双子の出産に耐え得る身体ではなかったから。

 そう思っていたから、特に気にかけてはいなかった。

 が、今は違う。

 何故か、悲しい風が吹き付ける感覚がする。

 

「お母さん……」

 

 一歩だけ、母に寄った。

 母は袂で涙を拭い、決心したようにこちらを向いた。

 そして、言った。

 

 

「知っていたの……私」

「え……?」

「あなたを“授かってから”、カグヤがあなたに転生しようとしているとわかったの」

 

 

 時間の流れが歪んだようで、頭が混乱した。

 つまり母は、自分の体内にいる子にカグヤの力を感じ取ったのか?

 では、今ここに居る自分ではなく、その前の……転生前の自分にカグヤを見たというのか?

 

「私は、それに気がついてから六道仙人と会った……。その時に聞いたのが、今話したことよ……」

 

 母の声には、諦めと絶望が滲んでいた。

 

「感じるままの恐ろしい力に加えて、六道仙人から大筒木カグヤのことを聞かされて、私は……あなたと同じように思ったの」

「同じように……?」

 

 鸚鵡返しに聞いてはいたが、それがどういうことかはわかっていた。

 つまりカグヤを……。

 

「カグヤを絶対に復活させてはいけない……って」

 

 そう。

 あの力が絶対に世界に現れないように、『終わり』を願った。新たな身体を差し出すことを拒み、死を選択した。

 母も同じだった……?

 

「だからね……ナナ……」

 

 ぽろぽろと、母の目から雫がこぼれ落ちる。

 

 

「私は……あなたがお腹の中にいるままに……封印したのよ……!」

 

 

 母は嗚咽を漏らした。

 苦しい呼吸のなかで、小さく「ごめんね」を繰り返している。

 

『ちゃんと……あなたを産んであげられなくて……ごめんね……』

 

 再びあの言葉が蘇った。

 「ごめんね」と、母は言う。

 きっと母は、我が子から生を奪ったことを悔いているのだろう。自らの手で我が子を「殺した」と自分を責めているのだろう。運命に抗えなかったことを、無念に思っているのだろう。

 でも、そうすることしができなかったのは、同じ選択をした自分自身がよく知っている。

 その結果、少なくとも世界がカグヤの力に支配されることを免れたのも事実だ。

 

「お母さん、泣かないで」

 

 今度は、ナナから母を抱きしめた。

 “母”と思ってはいるが、それでも母はまだ若く、肌の感触はどこか幼さを残している。

 

「わかってるから。私も……」

「ナナ……!」

「お母さんも、苦しかったんだよね?」

 

 母はひとりで苦しんだはずだった。生前も、死してからも……。ずっと、ひとりで。

 その苦しみを思うと、胸が痛む。

 そして、母を苦しめたのが自分であることを、強く実感する。

 

「結局あなたを……当主様があなたの魂を転生させてしまったから……だから、今のあなたにも、カグヤが……!」

 

 しかしまた、母が自分の痛みを半分背負ってくれていたのだと、そうも思えた。

 

「私は、あなたの命を……幸福にしてあげられなかった……!」

 

 母は両手で顔を覆った。

 激しい悔恨。怨嗟。

 ナナにもどうしようもなかった。

 が、その中に、確かに母からの愛を感じ取ることができた。

 想像すらできなかった、母の愛情。

 母が自分を“殺した”ことを知って、それを強く感じるのだ。

 

「お母さん、わかってるよ」

 

 もう一度、母に言った。

 母の想いは、わかっている。その選択の意味も、ちゃんとわかっていると。

 

「運命は、変えられなかった……」

「ナナ……」

 

 悲しい母の目。

 が、ナナは笑った。

 

「それでも、それを変えようとして、精一杯、戦い抜いたんだよね」

 

 十数年前の母も、つい先ほどの自分も、同じように戦った。

 そして同じく「死」を選択した。

 だが、それは負けを意味するとは思わなかった。

 さっき、自分で思えたように……。

 そして。

 

「お母さんもさっき、私に言ってくれたでしょう? 『立派に生き抜いた』って」

「ナナ……」

「同じだよね。お母さんも私も」

 

 母も自分も、立派に生き抜いた。

 

「そして、カグヤの転生を阻止したから……だから、私たちの“勝ち”だよね?」

 

 母は色が変わるほど強く唇を噛みしめ、涙を無理やり引っ込めた。

 

「そうね……」

 

 そして、かすれた声でそう言った。

 

「私たち……運命に“勝った”のよね……」

 

 母が口にして、ナナもほっとした。

 そうだ、確かに勝ったのだ……。逃げたのではない。戦い抜いたのだ。

 

(勝ったんだよ……サスケ……)

 

 再び母に抱きしめられながら、彼を想った。

 実感できたことを伝えたかった。きっと彼はまだ、悔恨と怨嗟に塗れているはずだから……。

 

「見て、ナナ」

 

 その想いを察したかのように、母は涙声のまま川面を指した。

 まだそこに映る、戦場の光景。

 

 砂塵の中、サスケがゆっくりと立ち上がったのが見えた。

 

 

 

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