陽に開いて……
「え? ナナが……何だってばよ?」
六道仙人……目の前のその人に、ナルトは聞き返した。
「ワシの母、大筒木カグヤの転生者が和泉菜々葉だ……」
二度目……言われても、理解できなかった。
いや、本当はわかっていた。だが、信じたくない気持ちがあまりに強かったのだ。
自分自身が、六道仙人の息子である『アシュラ』、そしてサスケが『インドラ』の転生者だと聞かされた時よりも、ずっと強い衝撃を受けている。
この偉大な仙人が、さんざんその恐ろしさを語ったカグヤという人物が、どうしてもナナとは結び付かないから……。
「お前も気づいておったのだろう? あの娘の中にも、己と同じ類の力が芽生えていることを」
「あ……ああ、なんとなくだったってばよ……」
思わずうつむいた。
ナナの“死に際”はまだ、鮮明に思い浮かぶのだ。
サスケに、自分を殺せと必死の訴えをしたナナ。何かを悟って、諦めて、それでも戦い抜こうとしていたナナ……。
その傷ついた身体に蠢く、“誰か”の力。
ナナはそれに抗って、死を選んだ。
サスケも知っていたのだ。
自分なんかよりずっと、ナナのことが良く見えていたに違いない。だから、サスケはアレからナナを救ったのだ。
悔しいのは、自分自身が何ひとつ抗えなかったことだ。
何故、あれほどにナナの中の力を恐れたのか。ナナとサスケの選択を「仕方がない」と、「正しい」と思ってしまったのか。
「あのままでは、カグヤが完全にあの娘の魂を乗っ取り、転生を果たしてしまっていた……。そうなれば、あの世界に止められる者など誰一人として無かった。たとえマダラでもな」
まるで心を見透かしたように、六道仙人は声色を和らげて言った。
「あの娘はそれをよくわかっていた。だから、ああすることしかできなかったのだ。サスケにとっても、惨いことであったが……」
そして、ため息をつく。
六道仙人までもが、あれを「仕方がなかった」と思っているのだ。
それほどに、カグヤの力は……。
いや、それでも、後悔しないわけではない。納得したわけでもない。怒りはまだ、胸の中いっぱいに揺らいでいる。
ナナは……「運命を共にする」と言ってくれたのに。そうなるはずだったのに。
こうもあっさりと、別れが訪れてしまった。
一生分の後悔をしても、足りなかった。
「なんでっ……!」
何故、ナナが……。
「なんで、ナナに……!」
こんなにも残酷な運命を背負わねばならなかったのか……。
それは全くもって理解できなかった。
自分とサスケの転生のことはわかる。納得も実感もしている。六道仙人の話では、彼らとの生き方も重なっているようだ。
だが、ナナは……ナナはカグヤとは違うではないか。
「母は……」
六道仙人は、初めて言いよどみながらもこう告げた。
「あの娘の血筋と力こそが……己の転生者としてふさわしいと思ったのだろう……」
まただ……と反射的に思った。
また、ナナの特異な血と力が、浅ましい眼に狙われていたのだ。
やり場のない怒りを懸命に抑え、強く拳を握った。
その耳に、六道仙人の憐みに満ちた声が届く。
「ちょうどお前とサスケが産まれる年に、あの娘も産まれる予定であった。だが娘の母、和泉成葉は、我が子がまだ腹にいるうちに、娘がカグヤの転生者として選ばれてしまったことを知ったのだ。それで成葉は、今のお前のようにこうしてワシを
「ナナの……母ちゃんが……?」
「ワシは成葉に全てを語った。お前のその腹の子には、大筒木カグヤという恐ろしい者の力が宿っている……とな」
「それで、ナナの母ちゃんは……?」
拳に汗がじっとりと滲むのを感じながら、ナルトは次の言葉を聞いた。
「娘を産まず、腹に収めたまま……自らの魂をもって封印したのだ……」
もう、声も出なかった。
こんなところで、こんな時にようやく知るナナの真実が、心を重くする。
「一年後、和泉の方々が、成葉が封印した娘の魂を転生させてしまった。それが、お前たちの仲間であった『和泉菜々葉』……いや、『いずみナナ』だ。だが、そのナナの魂にも、母カグヤはしつこくまとわり付いていたのだ……」
遠い時をぐるりと一周して、戻ったような感覚だった。
ナナが意図的に産み出された理由……課せられた“九尾封印”の使命。ナナが選んだ忍としての道。イタチとの出会いと、サスケへの想い。彼らとの別離……。
その中にずっと潜んでいたカグヤという力。
そして、最期の選択。
あまりに悲しすぎたナナの生涯が、今、全て繋がった。
「じゃあ、ナナとナナの母ちゃんで……二回、カグヤってヤツの復活を阻止したんだな……」
絶望という暗闇の中、細い光を探し当てるようにして、やっとそう言うのが精いっぱいだった。
「二人とも、カグヤから世界を護ったんだな……」
噛みしめるように、つぶやく。
「そうだ……。二人は身をもって、世界を救ったのだ」
六道仙人も、改めてそう言った。
そうだ……「世界」を……。あの細い肩には重すぎる世界を、ナナは救ったのだ。
その世界を、護り切れらなければならない。この、空虚な胸の痛みを抱えたままでも、世界が脅かされている今、前に進むしかないのだ。
サスケは……?
ふと、思った。誰より深い痛みを負ったはずの彼を。
サスケは……まだ戦えるのだろうか。ナナの居ない世界を護るために、戦うのだろうか。
―――――――――――――――
……陰に潜む
ナナの魂を喰らおうとしていた、おぞましいモノ。
それが『大筒木カグヤ』だと聞かされても、サスケの心は痛まなかった。
ナナの秘められていた出生の真実を知っても、今さら憐れむこともなかった。
残酷な運命に対する怒りもない。心は、さざ波すら立たない静けさだった。
一瞬だけ、こう思った。
「このまま、ナナのところへ逝けるだろうか」……と。
ナナが自らの腕を切り捨てた草薙の剣。まだナナの血が滲むそれで、マダラに心臓を貫かれた時だった。
ナナ……。
意識が遠のく中、乾いた心が潤いを求めるように名を呼んだ。
だが、ナナには逢えなかった。
目の前にいたのはナナでなく、六道仙人という伝説の人物だった。
この意識だけの空間で、六道仙人は語った。
自分は六道仙人の息子の転生者だとか、ナルトが弟の方の転生者だとか……そして、ナナとカグヤのこと。
が、ただ、知って、納得しただけだ。
特段、驚きも無い。真実を知った喜びも、それに対する怒りも、悲しみもない。
すべてが“今さら”……だった。
今さら、ナナが居ないのに……。
ナナを殺した腕をマダラに振り上げることができたのは、やはり、ナナへの想いのためだった。
“向こう”でナナが、もうこれ以上、一粒も涙をこぼすことが無いように。これ以上、自分の姿を見たナナが悲しまないように。
ナナの血が濡らした袖が、まだ乾かぬうちに。ナナの血の“冷たさ”が、まだ肌を冷やしているうちに。
……戦った。
だが、敵わなかった。
そして、ここに居る。
ナナのところへすんなりと逝けるはずもなく……目の前に現れた六道仙人は、全てを語り、そして問う。
「この世界をどうしたいのか」と。
この戦いの果てにある未来。ナナの居ない未来。
その答えを、サスケは言った。
「オレは戦う……」
ほんの少しも迷うことはなかった。
ナナの居ない世界に意味はない。ナナの居ない未来など、価値はない。
それでも……。
ナナを悲しませたくはなかったから。そして、イタチの生を無駄にはできなかったから。
だから、二人の生きた証を、未来に繋げるために。
「マダラを倒して……、この憎しみと哀しみの世を終わらせる……」
イタチが昇天した後、ナナに告げた決意は今も変わらず胸にある。
マダラの言うように、苦しみや痛みを人々から切り離し、世界を夢の中に引きずり込むのではない。
偽りの世界になどさせない。
これほどに大切な者を失って、傷ついてもなおそう思うのは……。
ナナが、“落ちなかった”からだ……。
深い絶望に沈みながらも、幻の世界には落ちなかった。
そこが痛みを忘れさせてくれる場所だと知っていても、そこがどんなに居心地の良い世界かを知っていても……ナナは甘い誘いの手を振りほどいた。
苦しんで、苦しみ抜いて……自身の誘惑と戦った。
マダラの言う世界に対して抱いてしまった憧れに、抗っていた。
ボロボロの身体と、ズタズタの心で。
最期の、さいごまで……。
だから、ナナの戦いを無駄にしないために、自分もマダラと戦うのだ。イタチとナナの死を背負って、ひとり、闇を抱えたまま“生きる”のだ。
そして、何もかもを断ち切って、終わらせて……もう二度と、“こんな絶望”が生まれない世界を……。
「それがお前の答えか……」
六道仙人は、何も言わなかった。
ただほんの少し、その表情を陰らせたが、彼は“力”をくれた。
受け取った左手に、月の文様が浮かび上がった。
その月を取り囲むように、ナナの血が周りに染みをつくっていた。