ナルトとサスケ。
六道仙人から力を託されて、二人は再び立ち上がった。
六道の力を自在に操るマダラに対し、ナルトは六道仙術を開花させ、サスケは左眼にマダラと同じ輪廻眼を開眼した。
そして、幻想世界を創り上げようとするマダラと共に戦った。
共に……この現実の世界を、救うために。
彼らがそれぞれ六道仙人に答えた『理想の世界』は大きく異なっていた。
たとえマダラを倒せても、決して重ならない未来だった。
共に戦いつつも、互いにそれを知る由もない。
だが、抱く痛みは同じだった。
仲間を失い、兄を失い……そして、ナナを失った。
一緒に生きるはずだったナナを。側に居たかったはずのナナを。
失った痛みは同じだった。
―――――――――――――――
ナルトとサスケが、耐えがたい痛みを抱えたままマダラと戦っている……。
少し離れた場所から空気を伝う戦闘の気配に、カカシはそう感じていた。
そちらを向くが、二人の姿も、マダラの姿も、そして最後の戦いを果たしたはずのガイの姿も見えはしなかった。
左眼はすでに光を失いつつあった。
が、反対に“あの光景”はまだ鮮やかなまま……瞼に焼き付いている。
それはまるで呪縛となり、全身にまとわりついていた。身体だけでなく、心にも重い鎖を巻き付けたようだった。
チャクラを使い切った疲労感だけではない、“重さ”……。
こんなものを引きずってあの二人は戦っているのかと思うと、余計に胸が痛んだ。
(ナナ……お前はそこから、二人を見守っているのか……?)
無理やり重い首をもたげ、空を見上げた。
赤い月に邪魔されて、密やかに瞬く星。
その儚い光は、まだ左の目でもとらえることができた。
(ナナ……お前はもう、苦しみから解放されたのか……?)
だが、その“祈り”を遮るように、突如としてマダラがカカシの目の前に現れた。
「マダラ……?!」
そう認識することしかできなかった。
わずかに身体を動かす間も与えられぬうち、オビトから受け継いだ左眼を彼にむしり取られてしまった。
今さら、その痛みは感じなかった。
肉体的苦痛など、胸の痛みに比べればやり過ごしやすいのだ。
だから……。
彼の元にサスケが現れ、サクラが異空間から戻って、さらにナルトが駆けつけて……かつての七班が顔を揃えても、やはり眼ではなく心が痛んだ。
ナナが居ない七班の形が、カカシの眼には空虚に見えた。
ナナの居ない第七班……。
その前に、両の輪廻眼を揃えたマダラが現れた。
ナナの居ない第七班と、マダラとの戦いが始まった。
といっても、マダラに向かって行くのはナルトとサスケの二人だけ。
地爆天星、尾獣玉、須佐能乎……。サクラとカカシの理解の範疇ではない戦いが繰り広げられた。
無力感……。それは胸の奥で湧き上がってはいたが、そんなものどうでもよかった。他に感じるものがあまりに大きすぎて、どうでもよかったのだ。
が、自嘲する間は無かった。
ナルトとサスケ、二人とマダラの戦いはそう長く続くことはなく……突然、月の光がいっそう明るくなったのだ。
無限の夢を叶えるための、月に映せし眼が開く……
とうとう、マダラは無限月読を発動させた。
この世界を、全ての人々を、夢の中に引きずり込んだ。
戦場の忍やサムライたちも、戦いの終わりを知らず、夢に落ちる。
現実に命を繋いだのは、サスケの須佐能乎に守られた彼らだけであった。
しばしの沈黙の後……、その須佐能乎の中でサクラが言った。
「サスケ君、外は今どうなってるの……?」
対して、サスケの答えはあまりに冷たい。
「聞いてどうする? お前がそれを知ってったところで、何もできないだろう」
その他者を全く寄せ付けない態度に、カカシは当然のごとく間に入ろうと発言しかけた。
が。
「カカシ、アンタも黙っていろ。アンタもサクラと同じ、今できることは何もない」
サスケはやはり、すげない言葉を吐く。
以前にもこんなサスケを見た。サクラに対して、本気の殺意を抱いて襲い掛かったことがあった……。
『イタチの命と引き換えに笑ってやがる!!』
サスケは激しい憎悪をむき出しにしていた。
『オレの憎しみとナナの悲しみを知れ!!!』
彼に刃のような言葉を突き刺されたまま、動くこともできず……。自分たちは結局、彼を連れ戻せなかった……。
あの時よりも、サスケの憎しみは増した。悲しみも計り知れない。
ただ違うのは……、その感情を少しも表さないことだ。
その
たったひとりで……。
いや、彼の着物を染める赤黒い染みだけが、彼に寄り添っているようだった。
もう、サクラも彼に視線を向けることすら躊躇っている。
やがてサスケは、外の月の光が正常に戻ったと判断し、須佐能乎を解いた。
視界の先には、オビト……いや、オビトにすっかりとりついた黒ゼツが居た。
「サスケ! みんなの幻術を解くにはどうすりゃいい?」
「輪廻眼の幻術は輪廻眼で解くことができる……おそらくな」
ナルトとサスケの会話に、黒ゼツはこう言い放った。
「ソウハサセナイ……オ前タチハ今カラ処理サレル」
そして、無限月読を仕掛けた張本人であるマダラも叫んだ。
「世界の“救世主”であるこのオレにな……!」
マダラは「救世主」を名乗った。
彼の額には、
「オレは地獄を天国へと変えた。理解しろ。もう全てが終わったのだ……!」
ここは天国なのか?
ナナが居ないのに?
いや、違う。
ナナが居る夢を見られるのか?
そこが、天国とでもいうのか?
カカシは一瞬だけ自問した。そして、サスケの背を見つめた。
サスケにとって、もう天国などどこにも存在しないのだ。夢の中のナナなど、彼には意味がない……。
その時だった。
次の攻撃に対して身構えていたはずの目標……マダラに異変が生じた。
マダラの胸から
初め、カカシはマダラが新たな変化を遂げるつもりなのかと思った。
だが、違った。
その手の主は、マダラに言ったのだ。
「違ウゾ、マダラ……オ前ハ救世主デハナイ……。ソシテ、コレデ終ワリデモナイ」
聞き覚えのある声。
それを思いだしたと同時に、マダラの背後に立つ人の形をした黒ゼツが目に入った。
「何を言ってる、黒ゼツ?! お前を作り出したのはこのオレだぞ……! お前はオレの意志そのもののはずだ!」
マダラは明らかに動揺していた。
あれほどの力を持ち、世界すら支配しようとしている者が、身動き一つとれずにわめいている。
「違ウ」
黒ゼツは、そんな彼に容赦なく告げた。
「オレハ……カグヤの意志ダ」
「カグヤ」と、そう聞こえた。
が、カカシはその名を知らなかった。
だからまだこの時は、マダラとその手下であったはずの黒ゼツの仲間割れなのだと思っていた。
しかし、少し前に立つサスケが言った。
「カグヤだと……?!」
驚きの中、確かに怒りが混じっている。
今まで冷静だった彼の声音に、あの憎しみが蘇っていた。
それに気づくと同時に、ナルトがこう叫んだ。
「どういうことだってばよ?!」
彼の声も、驚きに怒りが滲んでいた。
そして彼は、カカシに驚愕を共有させるような言葉を続けた。
「カグヤは、ナナが殺したはずじゃなかったのか?!」
耳を疑った。
よく知る名と、聞き慣れない名が同列になることの意味が理解できなかった。「ナナが殺した」の意味も。
察する力などとうに失くしている。
だから、ただただ忍でない者のように驚愕するしかなかった。
が、ナルトとサスケも明らかに動揺していた。
彼らは何かを知っている。当然、二人に聞かねばならなかった。たとえ彼らの動揺をさらに煽るようなことになっても。
だが、そんな暇は与えられなかった。
あれほど勝ち誇ったような態度を取っていたはずのマダラが、苦痛の叫びを上げたのだ。
次の瞬間、地中から何かが噴出した。
一か所からではない。何本も何本も……エネルギーの塊のようなものが地面を突き破って噴き出していた。
「チャクラだ!」
サスケが言った。
「こんな濃いチャクラ……どこから?!」
「無限月読で捕まっているやつらのものだろう」
「十尾どころじゃねーぞ!」
三人ともどうにか足場を見つけて着地するのが、閉じかけた目にもかろうじて見えた。
「チャクラを……きゅ、吸収してるってばよ……!」
チャクラの柱は、マダラの身体に次々と吸い込まれていく。
その身体はすぐにチャクラで風船のように膨らみ、もはや人の原型を留めなくなった。
「動く前に止めるぞ、ナルト!」
「わかった! 膨らんでるうちに止める……!」
ナルトとサスケは、次の“何か”が起こる前にマダラを止めようとしていた。
おそらく懸命に先ほどの動揺を押さえ込んで。
が、“それ”に近づくことは叶わなかった。動きを察した何かが“それ”から飛び出し、ナルトとサスケの身体を突き飛ばしたのだ。
カカシもうかつに動くことができなかった。
ただひとり、黒ゼツだけがこの状況の中で冷静だった。
彼は膨張するマダラに取り付きながら、楽しげに語った……。
かつてカグヤは人々に無限月読をかけた。
が、殺しはしなかった。
カグヤの“兵”とするために、生かしたまま“保存”しておいたのだ。
それはつまり、人々を“白ゼツ”に変えて……と。
彼らがその意味を完全に理解する前に、黒ゼツがオビトの身体を捨て去り、マダラと一体化した。
膨張していたマダラの身体はやがて縮小し、徐々に人の形を取り戻した。
だがそれは、すでにマダラではなくなっていた。
長い髪、二本の角、そして額には眼を持つ……女の姿になっていた。
彼女から発せられる強暴なチャクラにおののきながら、彼らは知った。
彼女が、大筒木カグヤなのだと。
カグヤは初めにこう言った。
「何故
カカシは反射的に歯を食いしばった。
サスケとナルトも、同じものを押し殺しているだろう。
「
カカシはようやくわかりかけていた。
『ナナは、とっくに自分で自分の存在を始末しようとしたはずだ』
あの時のオビトの言葉がまた蘇る。
彼はおそらく、神樹の開花のためにナナがうちはマダラに利用される……そういう意味で“助言”した。
ナナ自身もそれを悟り、自分で自分を……と。
だが……本当に悟っていたのは“コレ”ではなかったのだろうか。
カグヤが「あの娘」と呼ぶのはナナのことだ。今さらそれ以外は考えられない。
ナナは……このカグヤの復活を阻止するために、自らその命を散らしたのだ。
それを、サスケとナルトもわかっていて……。
(だったら、何故だ……)
同じ疑問を、二人も持っているはずだった。
何故、カグヤがここに居る?
何故、マダラの身体で復活を……。
カグヤはナナが……ナナの命が……。
「ゴメンヨ母サン」
その答えは、カグヤの袖に隠れた黒ゼツが持っていた。
「アノ娘ガ母サンニキヅイテ、ミズカラ死ヲエランダンダヨ。ソコニ居ル“ウチハサスケ”ニ自ラヲ殺サセルコトデ……」
カグヤは黒ゼツが指したサスケの顔をじっと見た。
その視線にも、無遠慮な黒ゼツの言動に対しても、“不愉快”だとは感じなかった。
ただ驚愕し、絶望した。
「な、なんでお前がここに居るんだってばよ?!」
ナルトが気を振るい立たせて叫んだ。
横目で、かすかに肩を震わすサスケを見ながら……。
「あの娘でなければワラワは完全ではない……。完全となるために、ワラワは何百年も待ったのだ」
「デモ母サン。ソノ身体ハインドラトアシュラノチャクラモ宿シテイルヨ。悪クハナイダロ?」
カグヤと黒ゼツは、ナルトの問いなど無かったことのように話を運ぶ。
「少々不満は残るが……この期に及んで口にしても仕方あるまい」
カグヤは長い髪を揺らし、大きなため息をついた。
そして、サスケとナルトにより鋭い視線を向けてつぶやいた。
「そこの“ウチハサスケ”とやら、インドラの……。それに、そっちの餓鬼はアシュラか……」
彼女の目に力がこもった。
それは、ネジやヒナタが白眼の能力を使う時とまるで同じだった。
「ならば……術を渡したのはハゴロモというわけか……」
その表情から、感情は一切読み取れない。
カグヤが次に一体何を口走って、そしてその膨大なチャクラをどのように使うのか予測ができなかった。
が、先手を打たれるよりは……と考えたカカシは、ジリっと足元の小石を踏みしめながら口を開いた。
「あなたの目的は何だ?!」
しかしカグヤにはその問いかけも無駄だった。
「この地はワラワの大切な苗床だ。これ以上、傷つけるわけにはいかぬな……」
彼女はそうつぶやくと唐突に言った。
「もう戦いは止めにしよう」
ため息のように吐き出された突然の終戦宣言。
それに驚いた瞬間、当たりの景色が一変した。
「“ここ”ではな」
カグヤの声が聞こえると同時に、身体が宙に浮く。そして、急激に身体を覆う熱……。
辺りは、下にマグマが流れる洞窟と化していた。