ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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想いを繋ぐ人

 

「お母さん……今の……今の話って……」

 

 薄闇の河原に、母娘がたたずんでいた。

 

「あの()()()が言ってた事って、本当……?」

 

 恐る恐る聞く娘のナナ。

 

「ええ……。きっと全てが、本当でしょうね」

 

 ため息のように答える母、成葉。

 

「じゃあ……私のしたことって……」

「無駄じゃないわ……!」

 

 成葉はナナの肩をつかんだ。

 

「あなたはあの時、みんなのことを護ったでしょう?」

 

 そして視線を合わせてそう言う。

 

「でも!」

 

 ナナは成葉から目を逸らした。

 

「でも……結局、カグヤは復活しちゃった……」

「ナナ……」

「サスケに、あんなに辛い想いをさせたのに……結局、カグヤと戦わせることになっちゃった……」

 

 ナナの瞳から再び涙がこぼれ落ちた。

 

「みんなも……無限月読の術にかかっちゃったし。世界は……」

「ナナ。まだよ」

 

 その涙を、成葉は優しく拭う。

 そして強い声でこう言った。

 

「後悔も絶望もまだ早いわ。まだ、結果は出ていないでしょう?」

「結果……?」

 

 成葉は笑った。

 

「まだ戦いは終わっていない。二人はまだ、戦うことを止めていない」

 

 その視線が川面を向く。そこに映される、懐かしい場所へ。

 

「ほら……見て……」

 

 促されて、ナナもそれを見た。

 カグヤに捕らわれていた二人が、決意に満ちた眼で、まとわりつく“黒い影”を引きちぎっていた。

 

 

(サスケ……、ナルト……)

 

 

 自分が今まで居た世界。

 そこで繰り広げられる戦いを、ナナは食い入るように見つめた。

 自分がしたことが無駄だったとか、サスケに背負わせたものの重さとか、償いとか……それを今、考えるのは止めにした。

 この戦いが終わってから、じっくり考えればいい。

 そう思う。

 もう自分には、ただ見守って祈ることしかできないけれど……結末を見届けるのだと決意した。

 たとえその戦いが、どんなに凄惨なものであっても。どんな結末を迎えようとも。

 今、世界は無限月読の術に飲み込まれ、カグヤと対峙するのはわずかな忍だけだった。

 ナルト、サスケ、カカシ、サクラ、そして……うちはオビト。彼らだけが、あの世界を救うために戦っていた。

 あの場に一緒にいられなかった悲しさが、ほんの少しだけ胸を刺すが、それをそっと押し込めた。

 自分はすでに傍観者でしかない。

 持て余す感情は、全て“祈り”に変えなければならないと思った。

 

「あの人も、うちは一族の……?」

 

 だから、隣で手を握ってくれている母の問いに、冷静に答える。

 

「そうなの。あの人は、カカシ先生の親友だったんだって。あの人も四代目様の部下だったの」

「そう……彼もミナトの……」

「お母さん、カカシ先生のことは知ってるんだよね?」

「ええ。カカシ君はたまにミナトのお使いで和泉神社に来てくれていたから……」

 

 母は懐かしそうな顔をした。

 

「すっかり大きくなっちゃって、立派な忍になったわね」

 

 過去へ飛んだ日のことを思い出し、ナナは少し笑った。

 生意気そうなカカシの態度が蘇ったのだ。

 

「ミナトはカカシ君のことをよく話していたわ。まだ幼い頃、任務で仲間を亡くして……それから殻に閉じこもるようになっちゃったって。でも、神社に来た時にからかったら反応が面白かったから、悪い子じゃないって私は思っていたけど」

 

 たった一日の儚い思い出に、母が肉付けをしてくれる。

 

「その『亡くなった』と思っていた仲間が、あのオビトっていう人だったの」

「そうなの……。カカシ君も、今までたくさん乗り越えなければならないことがあったのね」

 

 戦況を見守りながら、母は過去に思いを馳せているようだった。

 ナナも、昔のカカシの様子など聞きたいことはあったが、見つめる先はそれほど余裕のある戦いではなかった。

 皆、すでに疲弊していた。

 身体を酷使しすぎたオビトはもう、立ち上がることもままならない。

 そして、自由に空間を移動したり、させたりできるカグヤの能力によって、サスケはナルトたちとは別の空間へと飛ばされてしまった。

 

「サスケ……!」

 

 “画面”からサスケが消える。

 

「お母さん、サスケが飛ばされた場所もここから見られる?!」

 

 「ここから」なら、どこへでも視点を移動させることができるような気がしていた。

 

「待って……。幻術の世界じゃなければ見られると思うんだけど……。現世から離れた空間を認識するのはここからでも難しいわ。ちょっと時間がかかるかも……」

 

 母は神経を集中させるように、胸の前で印を結んで目を閉じた。

 川面に浮かぶナルトたちの姿が、わずかにブレる。

 

(サスケ……! どこ……?)

 

 ナナも同じように、陰陽道の印を結んで目を閉じた。

 最初、この川に現世を映し出した時のようにあの世界のことを想い浮かべるのではなく、ただただ、サスケの姿を想って……。

 すると、案外あっさりとサスケのチャクラ……いや、魂を感じ取ることができた。

 

「さすがね、ナナ……」

 

 母に言われて目を開けると、川面にはもう一つぼんやりとした光が浮いていて、そこには砂漠にたたずむサスケの姿が映っていた。

 

「サスケ……よかった……」

 

 彼の無事に、心底ほっとする。

 

「ナナの想いが強かったからよ」

「うん……」

 

 母には曖昧に返事をして、二つの空間を交互に見つめた。見逃すところが無いように、注意深く。

 ナルトは必死にサスケを探していた。

 彼にサスケの居場所を教えたいが、それは叶うはずもなかった。その逆も。

 が、しばらくして、オビトとサクラがサスケの居る空間を感知したようだった。

 

「大丈夫、サクラちゃんならきっとサスケを助ける……!」

 

 まるで自分に言い聞かせるように言った。

 固唾をのんで見守る中、限界まで力を出し切ったサクラの元にサスケが辿り着いた。

 それを見て、何故だか胸がちくりと痛んだのは、母に気づかれないようにした。

 

「頑張ったわね、あの子。サクラちゃんて言うの? あの子もナナのお友達?」

 

 母は、サスケの無事にほっとしたように言った。

 ナナも気を取り直してうなずく。

 

「うん。サクラちゃんも第七班だよ。医療忍者で、チャクラを扱うのがすごく上手なの」

 

 説明して、ふと違和感を覚えた。

 おかげで、先ほどの胸の痛みは治まった。

 

「仲良くしていたのね」

「う、うん……」

 

 嬉しそうな母の横顔を、じっと見つめる。

 

 

「お母さん、サクラちゃんのこと知らなかったの……?」

 

 

 その問いに、母は顔を曇らせた。

 心がざわついた。

 今の今まで、母は「全て知っている」と思い込んでいた。ずっと自分を、“ここ”から見守ってくれていたのだと信じていたから……。

 

「カカシ先生と、ナルトとサクラちゃんとサスケと私……第七班のメンバーだよ」

 

 試すように言うと、母はとうとううつむいた。

 

「ごめんね……ナナ」

 

 そして。

 

 

「あなたのこと……あなたの成長を見守ることすら……私には許されなかったの……」

 

 

 そう、告げた。

 

「そうなんだ……」

 

 初めはその真意がわからなくて、ただうなずくだけだった。

 そもそも、“こちらの世界”の仕組みなんて知るはずもない。だから母が謝ることのほどではないと思ったのだ。

 “こちらの世界”に居るからといって、今のように自在に現世を除けるとは限らないのかもしれなかった。

 だが、母が「許されなかった」と言ったことに気がついた。

 それはどういう意味なのか……。

 考えるより早く、母は話してくれた。

 

 

「私はあなたを封印して死んだから……黄泉の国へは渡れなかった」

 

 

 母の視線は川へと戻る。

 いや、その向こう岸へ。

 

「この川を渡れずに、ずっと“こちら側の檻”の中に居たの」

 

 霞がかった対岸と、足元を見比べた。

 

「“こちら側”? じゃあ……向こう岸が……」

「そう……。この川の向こうが黄泉の国なのよ」

 

 踏みしめているこの場所は“黄泉の国”ではない。

 よくはわからないが、まだ半分だけ現世と繋がった場所なのだ。

 ということはつまり、ここにいる自分と母の存在は、“あの世”へ逝けずに彷徨う魂ということになる。

 

「私は“こちら側の檻”の中で、お腹にいるあなたの魂を抱いていた。じっと……あなたの中のカグヤを転生させないために」

 

 罪悪感を抑え込むように、母は淡々と話す。

 

「川の向こうの世界……黄泉の国に逝ってしまったら、カグヤの魂が解放されて、また誰かに転生してしまうから……。だから向こうへは行かず、こちら側に留まって居たのよ。もちろん、“檻”は私自身の封印の術で作られたもの……。誰も封を解けぬよう、自分でさえも出られることはできない強固な“檻”だったわ」

 

 自らを“檻”へと押し込んだ母の決意を、改めて知った。

 

「それなのに……父上たちがお母さんから“私”を奪い取ったってこと……?」

 

 だから、改めて一族のしたことに怖れを抱いた。

 怒りではない、怖れだ。

 母の崇高な決意を、自分たちの保身のために打ち砕いた行為が、怖ろしく思えたのだ。

 

「でも、お母さんの封印の術を破るなんて……」

 

 が、まだ半信半疑だった。

 彼らの力が母に勝るとは思えなかったし、事実、一族の者たちの力については良く知っている。

 それに、母がわざわざ“黄泉の国の手前”に留まっていたのに、どうやって母を見つけたのか……。

 

「きっと、たくさんの人たちが力を使ったのね」

 

 母はため息交じりに呟いた。

 『和泉成葉』を転生させるため、一族の多くの者が術に携わったことは知っている。もちろん、術に耐え切れずに何人もが死に至ったことも……。

 

「でも、お母さん……。転生の術って、ふつうは“向こう側”の魂を蘇らせる術なんじゃ……」

 

 だがやはり、一族の者たちの能力を信じ切れなかった。

 

「そうね」

 

 母は言いにくそうだった。

 

「でも……当主様はやっぱり、一族の長だったのよ。お力に関係なく……」

「え……?」

 

 言葉を濁すのは、当主に対して憚っているのか。それとも、曲がりなりにも“ナナの父”である者に対する遠慮か。

 ナナにはわからなかった。

 

「お母さん、どういうこと? 父上には何か特別な力があったの?」

 

 母は決心した様に言った。

 

「当主様は、たとえ術を扱うお力を持っていらっしゃらなくても、一族の長として和泉流陰陽術の知識を得られていたはずよ」

 

 不意に、本家の敷地にいくつも立ち並ぶ古びた蔵の光景が思い浮かんだ。

 あの中に、一族に伝わる数多の術が秘められている。

 

「じゃあ……お母さんが使った封印術の仕組みを、父上は知っていた?」

「そうだと思うわ。 “こちら側”を彷徨う魂を見つける術も、当然ご存じだったでしょうね」

 

 不快感を押し殺し、ナナは母を見上げた。

 

「私の封印の術を破ることができるのは、一族の人たちだけだと思っていたの……。うぬぼれじゃなく、そういう特別な術だったから……」

 

 母の言わんとしていることがわかった。

 母は自身に、和泉流陰陽術の封印術をかけたのだ。恐らく、己の魂を媒体とするか、もしくは命と引き換えにしなければならないほどの禁術を。

 それを破れるのは、同じ和泉流陰陽術だけだった。

 破るとは、つまり封印を解くこと。

 それは……成葉とカグヤに憑かれた腹の子、ふたつの魂の解放を意味する。

 しかし母は、一族の者たちがそんなことをするとは全く予想しなかったのだ。

 カグヤの存在など、一族が知るはずはない。知っていたとしても、好機とばかりにそのまま永遠に封じられることを願うはずである。

 そして、当主が自分を疎んでいることも知っているから、自分の魂にも用は無いはずだ。

 だから、どちらの魂にも一族が働きかけることはないと思っていたのだ。

 

「じゃあ……私が転生した後は、お母さんはずっと檻の中でひとりきりだった……?」

「ええ……」

 

 母の長いまつ毛が、悲しげに揺れた。

 お腹の子供を護って死んだはずなのに、それを一族の者たちに抜き取られて……。自分は身動きもとれず、“檻”のなかでただひとり。子の行く末すら見ることも叶わず……。

 死してなお、孤独と戦う苦しみまで味わった母は、哀れだった。

 

「お母さん……」

 

 ナナは、ぎゅっと母を抱きしめた。

 

「ナナ……」

 

 母は少し安心したように言った。

 

「本当に……あなたに逢えて嬉しい……」

 

 その言葉は、ナナにとっても嬉しかった。

 たとえ、母が天国から見守ってくれているという生前の理想が違っていても、自分の名前を知ってもらえたのが今になってでも。

 ちゃんと、二人の間に絆を感じ取れた。

 だから、母が自分の戦いを知らなくても良かった。

 先ほどまでは、母が見守ってくれていたと思って安堵していたのだが……それが無くても心は揺らがなかった。

 これから、母にたくさん伝えればいい……。

 そう思えた。

 が。

 

「でも……お母さん……」

 

 まだ疑問は残る。

 母は、自分の“最期”を見届けてくれていたはずだ。それを見ていたからこそ、温かい言葉をかけてくれたはずだった。

 それに今、母は目の前にいる。母が自らを閉じ込めた“檻”は、どこにもない。

 

「私の最期の戦いは見ていてくれたんだよね? “檻”から……出られたの?」

 

 顔を上げると、母は微笑を浮かべていた。

 そして、頭を撫でながら話してくれた。

 

「この河原を通り過ぎる死者の中に、私の“檻”が見える人がいて……その人が封印を解いてくれたの」

 

 その答えにほっとした。

 が、ナナが言葉を話すのはまだ早かった。

 母は続けて言った。

 

「その人が、ナナのことを話してくれたわ。ナナと……サスケ君と、ナルト君のこと……」

「え……?」

「時間が無かったから、簡単に……だけどね」

 

 一体誰が……?

 その時の光景を想像することすらできず、瞬きを繰り返した。

 すると、母は嬉しそうに笑いながら言った。

 

 

「うちはイタチ君よ」

 

 

 まだ、声は出なかった。

 

 

 

 

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