大名との会議の真っただ中、綱手が意識を取り戻したとの一報が入り、カカシの火影就任は直前で取り止めとなった。
会議の終了が告げられるやいなや、カカシは真っ先に綱手の元へ向かった。
そして目覚めたばかりの綱手に対し、『イタチの真実』の部分を省いて、ナナが拘束された経緯を話した。ただ「上役の二人と
綱手もまたシカクと同じだった。無条件にナナを信じていた。
本当の理由はいずれ本人に問いただす……として、すぐに赦免状をしたためた。
ナナがイタチとサスケの戦いを止めるために里を出た時、すでに綱手はナナを暗部に任命していたから、綱手の赦免状ひとつでナナの釈放が可能となった。
カカシが留置所に駆けつけると、イビキが待ち構えていた。彼は綱手の赦免状をろくに確かめもせず、すぐにカカシを「医務室」に通した。
ナナは檻の中のベッドに寝かされていた。傍らには点滴のスタンドが数台あった。
「ちょうど点滴がはずれたところだ。担当医の話では、危険な状態からはとりあえず回復しているが貧血がひどいらしい……まだ二、三日は安静が必要だそうだ」
イビキが扉を開いた。鍵はかかっていなかった。
カカシは簡潔に礼を言って側に寄る。
白いまぶたは静かに閉じられていて、眠っているのかただ目を閉じているだけか、わかりかねた。
「ナナ……」
呼ぶと、ナナはゆっくりと目を開いた。
まるで、“観念”したかのようだった。
「カカシ……先生……」
それでも、その瞳がこちらを向いたことにカカシは安堵する。
「どうして……“火影様”が……こんなところに……?」
ナナは気だるそうに身を起こした。
それを支えながら、カカシは努めて明るく言った。
「綱手様の意識が戻ったから、オレが火影をやる必要はなくなった」
ナナは綱手の回復に対し、短く「良かった」とだけ呟いた。
「さっそく赦免状を書いてもらったから、帰ろうか」
「…………」
ずいぶんと軽く言ったつもりだった。
が、ナナのまとう空気は重く、のそのそとベッドから降りる。
「先生、ごめんなさい……」
あの“殺意”を放った少女とは思えないほど、か細い声。
「ごめんなさい……」
フラつく身体を支えるカカシの腕に、遠慮がちにつかまってまた言う。
「いいから」
カカシは敢えて、そのまま手を引いた。ここで抱きしめても、ナナには何の意味もないことを知っていた。
「病院は嫌だろ? ナナの家もまだできてないから、とりあえずオレの家においで」
病院に戻せば、おそらくまだコハルとホムラの部下による監視が入るだろう。体力の回復だけなら、ヤマトが建てた新築の自宅に連れて行く方が良いと判断した。
「ナナの家も、明日にでもヤマトに造ってもらおう。ま、アイツならすぐにやってくれるさ」
うつむくナナに反応はなかった。
カカシはナナの視界に何も入っていないことに気づきながら、半ば強引に自宅に連れ帰った。
「先生、迷惑かけてごめんなさい」
真新しい部屋に入れ、水を渡すと、ナナはまたそう言った。
「どうしても……止められなくて……」
先ほどよりも少ししっかりした声だった。
「わかってるよ」
カカシはそう応えるしかなかった。
「“イタチのこと”はマダラに聞かされた」
また、ナナは拒絶反応のように肩をビクンと揺らした。
「わかってるんだけど……」
それでも、言葉を……心を伝えようとする。
「あの人たちも……、ダンゾウだって、その時のそれぞれの立場で、自分たちなりに里を護ろうとしたって、わかるんだけど……」
震える声を無理やり平淡に抑えようとして、
「それでも私は……」
渡したマグカップの小さな水面が、代わりに揺れている。
「イタチを想うと……許すことができない」
己の憎しみにすら抗って、溢れ出す殺意にも怯えているようで、
「わかってるよ、ナナ」
カカシはベッドに浅く座るナナの隣に腰を下ろし、ナナの頭に手をやった。
「お前の痛みも、サスケの憎しみも……わかるから」
本当なら「秩序」とか「総意」とか、それを教えるべき立場だった。
だが、そんなことはできなかった。
マダラに聞かされたことについては深く考えさせられた。
あの男の言葉が本当に真実とは限らない。『マダラ』を名乗っていること自体が胡散臭いのだ。本来ならばあんな男の言葉など全て疑ってかかるべきだった。
だが、サスケもナナも信じたからこそ“こう”なっている。
カカシも考えた。
中忍試験後、イタチと対戦した時に思ったはずだった。「その気になれば殺せるはずなのに、なぜそうしないのか」と。
実際に、あの時、イタチの実力は遥か上だと思った。うちはの正統な血、写輪眼の開眼、生まれながらにして持った戦闘センスに経験が加わってもいた。
とうていかなう相手ではなく、あっさりと「月読」にかけられた。
命はイタチの手に握られたはずだった。
が、幻術攻撃だけで、彼は自分を殺しはしなかった。彼らにとって自分は、明らかに邪魔な存在であるはずなのに。
まるでただの時間稼ぎ、いや、その場をやり過ごすための一戦のような戦い方だった。
『オレの憎しみとナナの悲しみを知れ!!!』
『それは、サスケに任せますから』
二人の声が耳の奥に張り付いている。
カカシはその声をなだめるように、ナナの頭を撫でた。
サスケとナナの……未来が見えるようだった。
『来ますよ……サスケが……アナタたちを殺しに』
木ノ葉に憎しみをぶつけるサスケと、それを“待つ”ナナの姿が。
「ナナ……お前は……」
カカシは手を止め、ナナを上向かせた。
ナナは全てを諦めたような黒い瞳で、カカシの右目を見返した。
「
ナナは『待っている』……。だから……だからペインから木ノ葉を護った。全てを剥ぎ取られてもなお、あそこで死ぬわけにはいかなかった。
何故なら……。
『全てを剥ぎ取られたナナの望みを考えるがいい……』
マダラの嘲笑が聞こえた。
何故ならナナは、
「サスケが殺しに来るのを待っているのか?」
ナナは答えなかった。
ただ、ほんの一瞬、コハルとホムラに向けた死の微笑を浮かべ、すぐに面倒くさそうにうつむいた。
カカシの手は、ナナの頭の上で止まったままだった。