カグヤ、そして黒ゼツを封印し、解放された尾獣たちと共に元の場所へと帰り着いた。
そこで待っていた六道仙人や過去の影たち……そして、穢土転生で蘇っていた歴代の火影。
彼らと勝利を分かち合った。
だが、それで全ての戦いが終わったわけではなかった。
全ての尾獣チャクラを宿したナルト、そして輪廻眼を持つサスケ。二人が互いに印を結べば、無限月読の術は解けると、六道仙人が言った。
皆が目を覚ませば、全てが終わるはずだった。
が、サスケは主張した。
無限月読の中、五影を処刑するのだ……と。
「革命だ」
そう、サスケは言った。
今の忍世界を“破壊”して、“創り直す”のだと。
そして、誰が阻止する間もなく尾獣たち全てを輪廻眼の力で拘束した。
彼は……その尾獣たちの力を全て持つ者、つまりナルトをも“殺す”つもりだった。
サスケはナルトとの戦いの場に、“あの場所”を選んだ。
そこへ立ち去ろうとするサスケを、むろん、カカシとサクラは止めようとした。
が、サクラの涙も、カカシの言葉も届かない。
「私はっ……ナナの代わりにとか、ナナみたいにとか……そんなこと絶対に無理なのはわかってる。……けど、側に居ることはできるから……、だからっ……!」
サスケはそう泣き叫ぶサクラを幻術で眠らせ、
「お前に殺されかけたこともあるサクラが……今でもお前のことを想い、涙を流している。それは、お前を心から愛して苦しんでいるからだ! ナナを愛したお前が何故わからない?!」
諭すカカシにはこう返した。
「その縛りこそが……オレの失敗だった……」
肩越しにそうつぶやいて、サスケは振り向くこともなく立ち去った。
「サスケ……」
ナルトは拳を握りしめた。
サスケにまたも拒絶されたサクラも、そして否定されたカカシも……喪失感に沈んでいる。
ナルトもまた、それを強く感じていた。
だが……。
サスケのそれは比べ物にならないことはわかっていた。
ナナを失ったサスケの喪失……あの目に見えるような心の穴。
サスケの芯にぽっかりと空いたその穴には、確かにサスケの想いがあった。愛情があった。
ナナへの、きっと理由すらないような愛が……。
いつからだろう。
サスケの凍てついた背を追いながら、ナルトは思った。
その“愛”の存在を知ったのはいつからだったか……。
いや、今さらながら、知らずとわかっていたような気がする。
気がつけば、サスケがナナを想っていることをわかっていた。そしてそれが、とても自然なことのように思えていた。
他人を寄せ付けないサスケの隣に、ナナだけが普通に立っていた。他者に興味がなさそうなサスケの視線が、いつの間にかナナに向いていた。空気のように周りに溶け込んでいたナナの本質を、サスケだけは見抜いていた。
それは本当に……サスケに恋するサクラたちが嫉妬する気にもならないほど、あまりに自然で、必然の絆だったのだ。
いや……。
ナルトは“あの時”と同じように、駆けながら思い出した。二人の想いをはっきりと意識した日のことを。
奇しくも、“あの時”もまた、ゴールは同じ場所だった。
今と同じように、その場所……“終末の谷”へ向かいながら、あの日はそれを強く意識していたのだ。
それは……サスケが木ノ葉を抜けたことを知った朝。
その事実をシカマルから聞かされた時、まさに晴天の霹靂だった。
今思えば、サクラとナナは以前から予感していたのかもしれない。激しく動揺したのは、七班の中ではナルトだけだった。
だが、その激しい動揺は、ただサスケの行為に対してのみ起こったことではなかった。
サクラが泣いていた。サスケを引き留められなかったと……泣いていた。
好いていたサクラの涙。
本当の涙、本気の涙……それにはあまり、動揺しなかった。彼女の心はすでに、わかりきっていたから。
それと対照的に、「サスケを引き止めなかった」と告白したナナの……その静かなたたずまいに激しく心を揺さぶられていた。
それは、初めて目にした姿で、初めて耳にした言葉だったから。
初めて、ナナの痛みに気づいた。
初めて、ナナの想いを知った。
ナルトの心がそれをとらえた時、二人の絆の形が見えたのだ。
そして時を経て自身も成長するにつれ、皮肉にも互いの想いの深さを理解していった。
「サスケ……」
彼の背中が見えた。
終末の谷……うちはマダラの像の上で、その背は止まる。
ナルトは、千手柱間の像で彼に向き合った。
あの時と同じ場所で、同じように戦う。
が、ナルトの背は、あの時よりたくさんのものを背負っていた。
ただ親友を引き留めたかっただけのあの頃とは違う。
今は、世界の未来も、サスケの孤独も、サクラの想いも、そして……ナナの死も。重く、熱く、冷たいものが背に圧し掛かる。
だからここで、サスケに強い意志を告げられても、ナルトの心はブレなかった。
サスケは語った。彼の目指す「火影」が何なのかを。
それを理解することはできなかった。
いや、彼がその考えに至った理由はわかった。
だが、それは明らかにナルトの目指すものとはかけ離れていたのだ。
それでも説得はできなかった。
何故なら、サスケはこう言った。
「オレにはもう、父も母も兄も、一族も誰一人としていない。……そして……」
その冷たい拳を握りしめて、名を告げなかった誰かを想いながら……。
「オレは一人だ。だからもう、全ての憎しみをオレ一人で背負うことができる」
本当に、たった一人になったのだと。
そして、たった一人で忍の世の全ての“憎しみ”を背負うことで、この世の平和を維持するのだと。
サスケは見るからに影を負っていた。
孤独という影。真っ黒い、吸い込まれそうなほどうら寂しい影。
そんなものを背負う者に、言葉が届くはずがない。
が……それでも。
「一人だけじゃできねーこともある! カグヤの時もそうだっただろ!」
つい先ほどの結末は、確かに協力し合ったからこそ成し得たのだと伝えたかった。
それはナルトにとってのゆるぎない意志だった。
だが、サスケはまたも鋭い刃のような台詞を振り下ろす。
「オレは全ての過去を切り捨てる」
過去……。過去の繋がり。先ほどまでの共闘。絆。親友。兄弟。そして……。
「イタチのことを全部なかったことになんてできねーだろうが!」
躊躇していたはずの言葉は自然と出た。
「イタチと兄弟っていう絆で繋がって、二人で色々あったから、今のお前になってんだ!」
「イタチは……もうオレにとっての過去の存在だ。過去の過ち、迷いはここで断ち切る……」
イタチを“過去”と言いきったサスケにも、まだ言うべきことがあった。
「それでも……! お前はナナのことはぜってー過去になんてできねーはずだ!!」
一瞬、風が二人の間を切り裂くように流れた。
サスケはかすかに目を伏せた。彼の着物には、赤黒いナナの痕がある……。
「お前はずっと、これからもナナを……!」
「ナナは死んだ」
それを拭い去るように、サスケは言い放った。
「オレが殺した。ナナの生を終わらせた……」
一瞬、息が止まった。
サスケのその残酷な“宣告”は、まっさかさまに滝つぼに落下して行くようだった。
「サスケ……」
「アイツもオレにとってはすでに過去だ」
「う、嘘だ!」
まだ、鮮明に瞼に残るあの場面。
サスケが静かに、息絶えたナナを抱きしめる姿。
あれすらも……あの光に溶けた想いさえも、サスケは切り捨てるというのか。
「ちがうっ……!」
違う、ちがう、チガウ……!
腹の底から湧き上がる想い。
違う。
サスケからナナが消えることなどあり得ない。
それは確信だった。
まっすぐにサスケを見つめる。
彼の胸にぽっかりと空いた穴。そこからナナが消えたとしても、ナナへの愛はサスケの細胞のひとつひとつに染みついている。
「切らせねぇ……」
低く、決意を吐き出した。
それを切ろうとするサスケを止める。そんな無意味なことをして、また自信を傷つけようとしているサスケを止めるのだ。
それは、自分しかいない。
イタチにサスケを任された、自分しか……。