人間たちが夢に落ちたこの世界が、壊れるほどに激しく揺れ動いた。
サスケの須佐能乎、そしてナルトとクラマ。大地も大気も激震するような戦いが続いた。
ナルトは……クラマと共に戦いながら、その敵であり、親友でもあるサスケのことを想った。
彼の眼に、迷いはなかった。
特別で強力な力を宿したその眼には、強い意思が光っていた。
ナルト自身が、決して認められない意志。サスケの望む未来。
そこに至るまでの彼の不幸と、深すぎた愛情を想った。
(サスケ……わかってるってばよ……)
一瞬でも気を抜けば、死がほほ笑んだ。
そういう状況で、ナルトは案外冷静だった。
サスケのことが良くわかった。認めることはできないけれど、サスケの心がはっきりと見留められた。
サスケは……本当に、忍の世界を変えようとしている。
五影を殺して、たった一人で憎しみを背負って……平和のための唯一の“敵”という存在になることを望んでいる。
そういう意志を得たのは、サスケが弱いからでもなく、残忍なわけでもなく、まして狂ったわけではなかった。
今まで彼の身に降りかかった数々の出来事が……ナナの死をも含めて……その意志を導き出したのだ。
そして、本気で自分を殺そうとしていることも強く感じていた。
“親友”となった自分を殺すことで、本当に、最後の繋がりを断ち切るのだ……と。
それに……。
サスケは「負けてもいい」とも思っている。
この本気の戦いで負けても……自身が悔いなど残さないことを知っている。
(だから……だからお前は……!)
胸の底がうずいた。
だから言ってやったのだ。
サスケがナナを過去にして、その想いを断ち切ることなどできるはずがないのだと。
サスケは、この戦いで自分に敗れて、死んで……ナナのところへ逝きたいと……。それでもいいと……。
そんなサスケだからこそ、ナルトは命を懸けて救いたかった。
捨てると言って捨てきれない。切ると言って自らを切る。
その行動の根底にあるのが、彼の深い“愛情”だと知っているから。
それを知る、親友だから。
負けてもいいと思うサスケを「負かす」ために……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
どのくらいの時間が流れたか。
クラマの力も使い果たした。サスケの瞳力も限界が訪れた。
激しくぶつかり合った最後の力は、過去も未来も揺るがすほどに激しく爆ぜた。
それでも、どちらかが散ることはなかった。
最後は拳と拳のぶつかり合い……もっとも単純な戦いだった。
倒れ込みながら撃つ打撃。互いに膝をついても、振り上げた腕が力を失くしても、伏せることはない。息が切れ、言葉などとっくに無くなっていた。
空が先に、紅く染まった。
まるでどちらかが流す血を誘っているような、紅い夕日が二人を見下ろしていた。
そして……ようやく、本当の最後が訪れた。
サスケの左手に、
それぞれの想いを力に変えて、それはまっすぐにぶつかり合った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
……いつしか、空には月が君臨していた。
赤くもなく、青くもない、ただの黄色い月だった。
サスケはそれを見て、息をついた。
「やっと、目ェ覚めたのかよ……この寝坊助がよ……」
すぐ隣から声が聞こえ、反射的に身体を起こそうとする。
「痛っ……」
全身に痛みが走り、込めたはずの力は蹴散らされた。
「もう動くな……。見ての通り、お前もオレも血ィ出すぎて死ぬぞ」
最後の瞬間を思い出す。
千鳥と螺旋丸……まともにぶつかったはずだ。
めちゃくちゃな攻撃だったが、あの瞬間、それでいいと思った。
ナルトも、まっすぐに向かって来た。
このままでは二人とも……そんなことはわかり切っていたのに、左手を突き出した。
その左腕は、肘から下を失っていた……。
その隣にあったナルトの右腕も、肘から下が無く……二人の間には血だまりができていた。
「そんなになってまで……」
あの瞬間に失せたはずの感情が、また性懲りもなく疼き出す。
「なぜオレの邪魔をする? なぜそこまでしてオレにか関わる?!」
わかっていたはずだ……こうなってしまうことは。失うことはわかっていた。
それなのに何故……?
これは疑問ではなく、苛立ちだ。
この男を知ってからずっと、ずっとずっと、ずっと胸に巣食う苛立ちだ。
が……まっすぐそこを突き刺すように、ナルトは言った。
「お前が……オレの友達だからだ……」
何度も差し出された言葉だ。
お節介にも、彼はソレを何度も何度も差し出して来た。
「お前はいつもそう言うが……、お前にとって……それはいったい何なんだ?! 何の意味がある?!」
もう声だってまともに出はしなかった。
が、本当の最後にソレの正体を聞き出したかった。
壊そうと思っても壊れなかった、断ち切ろうとしても切れることはなかった、丈夫で、強くて、しぶといソレの正体を。彼がソレを差し出す訳を……。
今さら……今だからこそ……もう一度……。
「『何なんだ』って言われても……、正直オレにもよくわかんねーよ……」
白々しい月を見上げながら、ナルトはつぶやいた。
「だた……、色々背負って苦しそうなお前を見てると……、痛てーんだ、
同じ痛み……。
その時、ようやく知った。
ナルトと同じ痛みを背負っていたのだと。その痛みの意味も、二人……同じだったのだと。
だから『友達』だった。だからこそ、唯一の『親友』だった……。
(なんだ……、そうだったのか……)
不細工に腫れあがった瞼から、光る物が流れ出たのを見た。
全身から、力も感情も、何もかもが抜け落ちた。
同じように寝転がり、白い月を眺めて……その周りで控え目に瞬く星たちを見た。
彼と同じ光が、両の目から溢れ出るのを、止められはしなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
二人が次に目を覚ました時、もう月は姿を消していた。
朝の日が、眩しいくらいに照り付けている。
二人の命は消えていなかった。
「まだ……生きてたみてぇだな……」
「……しぶとくな……」
二人が自然に言葉を交わし、互いに小さく笑った時、サクラとカカシが現れた。
サクラは血だまりに横たわる二人を見て、何も言わずに治療を開始した。
そのサクラに、サスケは謝罪の言葉を口にした。
二人の腕が失われたのを見て、そしてサスケの言葉を聞いて、サクラは泣いた。
が、彼女がサスケを許さないはずはなく……ナルトとサクラとサスケ、また笑い合うことができた。
ぎこちなくも、確かに……。
それを見たカカシは、かつての第七班を思い出していた。
心に闇を抱えながらも、まだ、“繋がっていた”サスケ。夢を掲げ、まっすぐ、自分の忍道を進もうとしていたナルト。サスケに恋心を抱きながら、強くなろうと努力していたサクラ。
彼らを、一歩引いた位置でそっと見守っていたナナだけが、今ここに居なかった。
三人のかつての姿が蘇ったことへの喜びと、そこに永遠にナナが加わることが無い喪失感に、カカシは弱く笑って息をついた。
「ナナ……」
朝焼けが眩しかった。
惜しげもなく注がれる明るい光は、あの儚げでそっと強いナナの光とは似ていなかった。
だが、そこに確かにナナがいるように思えた。
ナナが光となって、ここに……彼らに……この世界を包んでいるような、そんな気がしていた。