ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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償い

 

 傷も体力もほとんど回復しないまま、彼らは再び戦場()()()()()へ戻った。

 忍の皆が眠る場所。敵は去ったのに、誰一人として目覚めることは無い、静寂の場所。

 丸一日かけて、傷をおしてまでナルトとサスケがそこに戻ったのは、ある目的のためだった。

 それは……この状況を作り出したマダラや、それを目的として復活したカグヤを倒してもなお、止まったままの時計の針を進めるため。

 皆を、眠りから覚ますため。幸福な夢を打ち砕くため。理想の世界を破壊するため。

 現実を取り戻すため……だった。

 

 すっかり変わり果てた神樹の枝、幹、根が、地中から突き出て空を覆っていた。

 “あの時”とは違い、途中で折れた神樹は眠ったように動かない。

 そして、そこにぶら下がる無数の“蓑”。その“蓑”こそが、人間たちの寝床になっていた。

 彼らは、それらが見回せる荒地に立った。

 共に片腕を失ったサスケとナルトが、互いに残る手で印を結んだ。

 サスケの輪廻眼。そして、ナルトの尾獣チャクラ。異にして同種の力は、無限月読の術を破った。

 乾いた音を立てて、“蓑”は枯れ果てる。

 中から生きたままの忍たちが現れて、ついにその目を覚ました。

 人間の呼吸が、風に乗る。樹が、朽ちゆく音を立てる。

 死の世界から生の世界へ。時が、再び動き出した。

 

 そうして、目覚めた者たちがまだはっきりと状況を理解しないうち、サスケは口を開いた。

 

「ナルト。もう一度、力を貸してくれ」

 

 やけに低く控えめなサスケの発言に、ナルトはゆっくりと彼を向く。

 カカシとサクラは不安げに顔を見合わせた。

 

「サスケ、何をする気だ?」

 

 尋ねるナルトの目に“確信”が浮かんでいることを、サスケは知っていた。

 だから彼は、淡白に言った。

 

「輪廻転生の術を……お前は知っていると言っていたな」

「サスケ……まさか……」

 

 ここで初めてサスケの真意を知って、口を挟んだのはカカシだった。

 

「印を教えろ、ナルト」

「サスケ……」

「そしてもう一度、“手”を貸して欲しい」

「サスケ!」

 

 カカシが言った。

 その術を、カカシも良く知っていたからだ。

 

「その術で“何”をしようとしているか、お前の気持ちがわからないわけじゃない! だが、術と引き換えにお前は死ぬんだぞ?!」

 

 輪廻転生の術は、術者の命を引き換えとする禁術だ。

 その術によってまさに生き返ることができたカカシ自身、そのことを聞かされて思うところがあった。

 輪廻眼を持つ『本物のペイン』……いや、綱手の説明では『ナガト』という男が木ノ葉の皆を生き返らせたらしい。

 そして、死んだ。

 そこに、ナルトと……ナナも居合わせたことも知っている。

 

「サスケ君!!」

 

 サクラも叫んだ。

 

「そ、そんな術……」

 

 「使っちゃ駄目よ」と言いかけて、サクラは口をつぐむ。

 “何のために”それを行おうとしているのか、彼女もまた悟ったのだ。

 

「そんなことをしても……」

 

 わずかの沈黙の後、ナルトが口を開いた。

 

 

「ナナは喜ばねーぞ……」

 

 

 すでに、諦めたような声色だった。

 “親友”である彼が、サスケの意志の強さを最も良く理解していた。

 

「ああ、わかっている」

 

 サスケはかすかに吹いた乾いた風に目を細めながら、静かに言った。

 

「だが……、アイツは死ぬべきじゃなかった……」

 

 重苦しい言葉だった。サスケの後悔と慈愛が、周囲の風を変えていた。

 

「アイツは生きるべきだ……。お前たちが居れば……アイツはまた笑える……」

 

 ゆるゆると、ナルトは握りしめていた拳をといた。

 代わりに、サクラが言う。

 

「ダメよ、サスケ君! そ、そりゃあ私だってナナは絶対に死ぬべきじゃなかったと思うし、戻って来て欲しいけど……、でも代わりにサスケ君が居なくなるなんて、そんなの……ナナが悲しむだけよ!」

 

 サスケは、静かに視線を虚空に向けながら答えた。

 

「悲しむだろうが……それでもアイツは強い……」

「サスケ君……!」

「きっと“オレの分まで”……生きてくれるはずだ」

「そ、そんな……」

「だが、オレにはできない」

「…………」

「オレには、“アイツの分まで生きる”ことなんて……できない……」

 

 灯っては風に消されるろうそくのように、サクラは懸命に想いを伝えた。何度も、それを繰り返した。

 だんだんと、目覚めた者たちが彼らの元へと集まり始める。

 皆、なんとなく……彼らがこの戦いを終わらせたのだと気づいていた。

 

「サスケ君……!」

「サスケ、本当に……それが“ナナにとって”一番最良の選択だと……お前は思うのか?」

「ああ……」

「それこそが、ナナにとっては残酷だとは思わないのか……?」

 

 サクラの絶望を受け止めるように、カカシが問う。

 サスケはゆっくりとうなずいた。

 迷いはなかった。ナナを語るサスケに、間違いがあるとは思えなかった。

 だから、サクラはいよいよ口をつぐんだ。

 もう、その頃にはすでに、周囲の者たちにもこのやり取りの状況がつかめていた。

 特にナナのことを良く知る者たちは、サスケの言葉と想いを知って、一様にうなだれた。

 彼らには、何ひとつできることはなかった。サスケに対する言葉も、何も持ち合わせてはいなかったのだ。

 ざわめきだしたはずの“元戦場”に、奇妙な沈黙が押し寄せた。彼らを中心として、まるで波紋が広がるかのごとく。

 目を覚まし、混乱し、再会を喜んでいた者たちが、彼らの発する空気に呑まれたのだ。

 

「ナルト……たのむ」

 

 静寂の中、再びサスケは言った。

 ナルトは静かに左手をサスケの前に突き出した。

 

「ナルト!」

 

 最後の抵抗とばかりに、サクラが叫ぶ。

 だが、静かに制したのはナルトだった。

 

「サクラちゃん……こいつってば頑固だからさ。もう何言っても無駄だってばよ」

「ナルト……」

「オレらが何を言おうと、サスケにとっては綺麗ごとでしかねぇんだ……だから……」

 

 ナルトは伏せていた目を、サスケに向けた。

 

「サスケはオレが今断ったとしても、無理やり幻術かけて、術の印を聞きだすつもりだってばよ……」

 

 その台詞が終わるや否や、サスケはナルトの左手に己の右手を合わせた。

 ゆっくりと、左眼にチャクラを溜めていく。

 

「勝手ですまない……。が、これがオレにとっての償いだ……」

 

 そうつぶやいたきり、もう、彼からの言葉はなかった。

 彼への言葉もまた、無かった。

 サスケとナナを知る者も、知らない者も……この状況を理解している者も、いないものも……皆、息をひそめて二人を見守った。

 泣いている者がいた。

 サクラやいの……ナナとの再会を期待しながら、何よりサスケの命を惜しむ者。

 複雑な表情を浮かべる者。

 それは、我愛羅やシカマル……ナナを想いながらも、彼女の“サスケのいない未来”を案じる者。

 苦しげに顔を歪める者もいる。

 二人の仲間で、師だったカカシ。

 そして未だ戸惑うのは、かつてのナナとサスケと縁を持った者たち。

 誰もが、何ひとつの行動も起こせぬままに、この“儀式”を見守っていた。

 

 ひとつ、ふたつ……ナルトの導きで印が結ばれた。

 そして異様な静けさの中、不意に風が吹いた。

 この荒地に不似合の、春の風のようだった。

 サスケとナルトを囲む者たちは皆、ナナがその空気をまとっていたことを知っていた。

 どんなに傷を負っても、泣き崩れても……柔く控えめな、春の風だった。

 

 だが、その時だった。

 まだ印を結び終えていないにもかかわらず、風は確かに何かを運んで来た。

 キラキラと瞬く光の粒だ。

 それが、丁度サスケとナルトの間に、空から降るようにして現れた。

 

 

「駄目よ……この術は……」

 

 

 そこから発生られた声を、そこに居た者たちは確かに聞いた。

 

 

「あの子がそれを望んでいないから」

 

 

 そしてサスケとナルトは、結ぶ手に誰かが触れるのを確かに感じた。

 印が途絶えた。

 その瞬間だった。

 彼らの目に、“人”の姿が映った。

 

 

「な……成葉さん……?」

 

 

 その“人”を見て、初めに口を開いたのはカカシだった。

 ここに居る者のうち、彼だけがその姿を知っていた。

 

 

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