傷も体力もほとんど回復しないまま、彼らは再び戦場
忍の皆が眠る場所。敵は去ったのに、誰一人として目覚めることは無い、静寂の場所。
丸一日かけて、傷をおしてまでナルトとサスケがそこに戻ったのは、ある目的のためだった。
それは……この状況を作り出したマダラや、それを目的として復活したカグヤを倒してもなお、止まったままの時計の針を進めるため。
皆を、眠りから覚ますため。幸福な夢を打ち砕くため。理想の世界を破壊するため。
現実を取り戻すため……だった。
すっかり変わり果てた神樹の枝、幹、根が、地中から突き出て空を覆っていた。
“あの時”とは違い、途中で折れた神樹は眠ったように動かない。
そして、そこにぶら下がる無数の“蓑”。その“蓑”こそが、人間たちの寝床になっていた。
彼らは、それらが見回せる荒地に立った。
共に片腕を失ったサスケとナルトが、互いに残る手で印を結んだ。
サスケの輪廻眼。そして、ナルトの尾獣チャクラ。異にして同種の力は、無限月読の術を破った。
乾いた音を立てて、“蓑”は枯れ果てる。
中から生きたままの忍たちが現れて、ついにその目を覚ました。
人間の呼吸が、風に乗る。樹が、朽ちゆく音を立てる。
死の世界から生の世界へ。時が、再び動き出した。
そうして、目覚めた者たちがまだはっきりと状況を理解しないうち、サスケは口を開いた。
「ナルト。もう一度、力を貸してくれ」
やけに低く控えめなサスケの発言に、ナルトはゆっくりと彼を向く。
カカシとサクラは不安げに顔を見合わせた。
「サスケ、何をする気だ?」
尋ねるナルトの目に“確信”が浮かんでいることを、サスケは知っていた。
だから彼は、淡白に言った。
「輪廻転生の術を……お前は知っていると言っていたな」
「サスケ……まさか……」
ここで初めてサスケの真意を知って、口を挟んだのはカカシだった。
「印を教えろ、ナルト」
「サスケ……」
「そしてもう一度、“手”を貸して欲しい」
「サスケ!」
カカシが言った。
その術を、カカシも良く知っていたからだ。
「その術で“何”をしようとしているか、お前の気持ちがわからないわけじゃない! だが、術と引き換えにお前は死ぬんだぞ?!」
輪廻転生の術は、術者の命を引き換えとする禁術だ。
その術によってまさに生き返ることができたカカシ自身、そのことを聞かされて思うところがあった。
輪廻眼を持つ『本物のペイン』……いや、綱手の説明では『ナガト』という男が木ノ葉の皆を生き返らせたらしい。
そして、死んだ。
そこに、ナルトと……ナナも居合わせたことも知っている。
「サスケ君!!」
サクラも叫んだ。
「そ、そんな術……」
「使っちゃ駄目よ」と言いかけて、サクラは口をつぐむ。
“何のために”それを行おうとしているのか、彼女もまた悟ったのだ。
「そんなことをしても……」
わずかの沈黙の後、ナルトが口を開いた。
「ナナは喜ばねーぞ……」
すでに、諦めたような声色だった。
“親友”である彼が、サスケの意志の強さを最も良く理解していた。
「ああ、わかっている」
サスケはかすかに吹いた乾いた風に目を細めながら、静かに言った。
「だが……、アイツは死ぬべきじゃなかった……」
重苦しい言葉だった。サスケの後悔と慈愛が、周囲の風を変えていた。
「アイツは生きるべきだ……。お前たちが居れば……アイツはまた笑える……」
ゆるゆると、ナルトは握りしめていた拳をといた。
代わりに、サクラが言う。
「ダメよ、サスケ君! そ、そりゃあ私だってナナは絶対に死ぬべきじゃなかったと思うし、戻って来て欲しいけど……、でも代わりにサスケ君が居なくなるなんて、そんなの……ナナが悲しむだけよ!」
サスケは、静かに視線を虚空に向けながら答えた。
「悲しむだろうが……それでもアイツは強い……」
「サスケ君……!」
「きっと“オレの分まで”……生きてくれるはずだ」
「そ、そんな……」
「だが、オレにはできない」
「…………」
「オレには、“アイツの分まで生きる”ことなんて……できない……」
灯っては風に消されるろうそくのように、サクラは懸命に想いを伝えた。何度も、それを繰り返した。
だんだんと、目覚めた者たちが彼らの元へと集まり始める。
皆、なんとなく……彼らがこの戦いを終わらせたのだと気づいていた。
「サスケ君……!」
「サスケ、本当に……それが“ナナにとって”一番最良の選択だと……お前は思うのか?」
「ああ……」
「それこそが、ナナにとっては残酷だとは思わないのか……?」
サクラの絶望を受け止めるように、カカシが問う。
サスケはゆっくりとうなずいた。
迷いはなかった。ナナを語るサスケに、間違いがあるとは思えなかった。
だから、サクラはいよいよ口をつぐんだ。
もう、その頃にはすでに、周囲の者たちにもこのやり取りの状況がつかめていた。
特にナナのことを良く知る者たちは、サスケの言葉と想いを知って、一様にうなだれた。
彼らには、何ひとつできることはなかった。サスケに対する言葉も、何も持ち合わせてはいなかったのだ。
ざわめきだしたはずの“元戦場”に、奇妙な沈黙が押し寄せた。彼らを中心として、まるで波紋が広がるかのごとく。
目を覚まし、混乱し、再会を喜んでいた者たちが、彼らの発する空気に呑まれたのだ。
「ナルト……たのむ」
静寂の中、再びサスケは言った。
ナルトは静かに左手をサスケの前に突き出した。
「ナルト!」
最後の抵抗とばかりに、サクラが叫ぶ。
だが、静かに制したのはナルトだった。
「サクラちゃん……こいつってば頑固だからさ。もう何言っても無駄だってばよ」
「ナルト……」
「オレらが何を言おうと、サスケにとっては綺麗ごとでしかねぇんだ……だから……」
ナルトは伏せていた目を、サスケに向けた。
「サスケはオレが今断ったとしても、無理やり幻術かけて、術の印を聞きだすつもりだってばよ……」
その台詞が終わるや否や、サスケはナルトの左手に己の右手を合わせた。
ゆっくりと、左眼にチャクラを溜めていく。
「勝手ですまない……。が、これがオレにとっての償いだ……」
そうつぶやいたきり、もう、彼からの言葉はなかった。
彼への言葉もまた、無かった。
サスケとナナを知る者も、知らない者も……この状況を理解している者も、いないものも……皆、息をひそめて二人を見守った。
泣いている者がいた。
サクラやいの……ナナとの再会を期待しながら、何よりサスケの命を惜しむ者。
複雑な表情を浮かべる者。
それは、我愛羅やシカマル……ナナを想いながらも、彼女の“サスケのいない未来”を案じる者。
苦しげに顔を歪める者もいる。
二人の仲間で、師だったカカシ。
そして未だ戸惑うのは、かつてのナナとサスケと縁を持った者たち。
誰もが、何ひとつの行動も起こせぬままに、この“儀式”を見守っていた。
ひとつ、ふたつ……ナルトの導きで印が結ばれた。
そして異様な静けさの中、不意に風が吹いた。
この荒地に不似合の、春の風のようだった。
サスケとナルトを囲む者たちは皆、ナナがその空気をまとっていたことを知っていた。
どんなに傷を負っても、泣き崩れても……柔く控えめな、春の風だった。
だが、その時だった。
まだ印を結び終えていないにもかかわらず、風は確かに何かを運んで来た。
キラキラと瞬く光の粒だ。
それが、丁度サスケとナルトの間に、空から降るようにして現れた。
「駄目よ……この術は……」
そこから発生られた声を、そこに居た者たちは確かに聞いた。
「あの子がそれを望んでいないから」
そしてサスケとナルトは、結ぶ手に誰かが触れるのを確かに感じた。
印が途絶えた。
その瞬間だった。
彼らの目に、“人”の姿が映った。
「な……成葉さん……?」
その“人”を見て、初めに口を開いたのはカカシだった。
ここに居る者のうち、彼だけがその姿を知っていた。