「ナナ、本当に大丈夫なのか? どこか痛いところはないのか?」
歩き出すとすぐに、我愛羅はナナにそう尋ねた。
彼の気持ちはカカシにも良くわかった。
本人がやけにのんびりとした様子であることが、逆に不安をあおるのだ。なぜならば、ナナが痛みを笑みで隠すことを知っているからである。
「大丈夫!」
ナナはあくまで朗らかに言った。
「たぶん私、ここに居る人たちの誰よりも元気だと思う」
生き返った……いや、生まれ変わったことを面白がってでもいるのか、ナナはクスクスと笑いだす。
「まだちょっと、しっくりこない感じなんだけど……」
そして、我愛羅とカカシを交互に見上げて問う。
「私のこの身体って、どうなってたの?」
カカシは思わず、我愛羅と顔を見合わせていた。
ナナの質問の意味が、即座に理解できなかったのである。
というより、それを聞きたいのはこちらの方だった。
「安心しろ」
代わりに、前を行く火影が振り返りながら答えた。
「お前は“無”から現れた」
それを聞いても、まだ理解はしきれなかった。
が、次にナナがホッとした声で言ったことで、ナナの質問が何だったのかわかった。
「良かった! 誰かに“もらった”んじゃないんですね」
『穢土転生』……ナナが憎んだその術を、今さらながら思い出す。
ナナはあの術と同様に、自分の魂が他の誰かを贄にして蘇ったのではないかと懸念していたのだ。
「成葉さんが帰る時、光になって……その光から、お前が現れたんだ」
だからカカシは、その時のことをナナに伝える。
とはいっても、見たままのことしか言えなかったが。
「やっぱり……お母さん、“こっち”に来てたんだ」
「知っていたのか?」
「うん……正直『なんとなく』……なんだけど」
ナナは首を横に傾けて、曖昧に言った。
だが、その“記憶”は温かいものだったらしい。彼女は何かを思い出し、そして嬉しそうにほほ笑んだ。
だからそれ以上、カカシは詳しく聞こうとしなかった。
今はまだ。
ただナナが蘇ったことの喜びを、ただ感じていたかった。
急ごしらえのテントの中で、戦後処理を話し合うための五影会談が開かれた。そこにはもちろん、ミフネの席もあった。
初めに事実確認が行われた。
広域の戦場で分散して戦っていたため、五影といえども状況を把握しきれてはいなかった。
敗戦者はすでに亡き者となったため、責任の追及などはできないが、どこでどんな戦いが行われていたのか知る必要があった。
もちろん、犠牲を把握することは最重要だった。
特に、無限月読がかけられてからのことは、カカシしか語る者がなかったので、なるべく要点をまとめて漏れのないように話した。
その中で、ナナにも質問の矛先は向けられた。
ナナがしたこととナナの力は、ここにいる全ての者にとって未知だったから、いくらカカシでも代わりに答えてやることは不可能だった。
ナナは投げかけられる質問に対し、ひとつひとつ丁寧に答えていた。
もともと言葉足らずの彼女であったが、それでもできるだけわかりやすく伝えようとしているのがわかった。
ナナの語るカグヤの話は、いくら彼女が淡々と、そして軽やかな声音で話したとしても、その場を静まり返らせた。
「だからサスケに殺してもらったんです」
とっくの昔に終わった、ちょっとしたできごと……とでもいうように、ナナは滑らかに語る。
カカシの胸が、性懲りもなくズキンと痛んだ。その場の者たちもいっせいに口をつぐんだ。
一時は夢の中にいたとはいえ、皆、まだ“あの光景”を鮮明に思い出せるのだ。
あの時に降り注いだ“サスケの想い”を強烈に感じ取ったからこそ、あの光景はいっそう残酷な記憶だった。
だがナナは、沈黙をなんとも思っていないのか、続けざまにその後のことを淡々と語った。
あの世の“手前”とやらで母親に会ったこと。母に、自分がカグヤの転生者であると告げられたこと。
死者でありながらこの世に舞い戻るという“禁”を犯したことについて、幼げに肩をすくめる様は、まるで彼女の母親と同じだった。
「たくさんの人が亡くなったのに、私だけ生き返っちゃって……」
ナナはわずかに顔を曇らせた。
が、こちらが恐縮するような感じではなかった。決して悪びれるわけでなく、悪い言い方をすれば“他人事”のようだった。
もちろん、その件に恨みごとを述べる者はなかった。
誰もが、ナナの死を理不尽なものと理解していることを、カカシは知っていた。
そして、「何の術で生き返ったのか」などと、その仕組みについても聞く者はなかった。
我愛羅はともかく、影たちは皆『和泉の力』というものに一線を置いていた。そして、ナナ自身を色々な意味で『特別な存在』であると認めているようだった。
「それで……お前が、その、“説得”……をしようとしていたカグヤはどうなった?」
説明の最後、言いにくそうに尋ねたのは我愛羅だった。
「私は……」
ナナは涼しい顔で語った。
自分がカグヤの生まれ変わりならば、カグヤを変えるのは自分しかいないと思ったこと。実際、カグヤの魂と真正面から向き合ったこと……。
そして。
「でも、母が来てくれたんです。その役目は『自分が代わる』って」
ナナは深刻な気配を出すことも無く言った。
「私に、『生きろ』って……」
まるで、母との楽しい想い出のように。
「それで、私に命をくれました」
皆、黙りこくっていた。
ナナの語る話は単純ではあったが、その力を“神秘”とでしか知らない人間にとっては、壮大な物語にしか聞こえないのだ。
「これって“ことわり”を歪める“禁”を犯したことになるんですけどね」
しかしナナは愉快そうに笑った。
それも自嘲ではなかった。うしろめたさもないようだった。
少なくとも、冷静沈着に他者の心理状態を分析することに長けた者たちからは、そう見えた。
「そうか……よかった……」
我愛羅はため息のようにつぶやいた。
主観が入ってはいたが、誰も気にはしなかった。
長い説明と確認の末、やっと『後始末』の話へと移った。
その頃にはもう日が落ちていて、カカシとナナの声は半ば掠れていた。
それでもナナは、疲れた顔を一切見せず、影たちが進める戦後処理の対応について真剣に聞いていた。
そしてある程度の指針が決められると、率先して動くことを申し出た。
「ナナ、お前は少し休んでいたらどうだ?」
我愛羅は当然のことながら、つい先ほどまで
それが影響なかったとしても、その前には文字通り命を削って戦ったのだ。
「私、本っ当に大丈夫なの!」
カカシの隣に座るナナは、本当に元気そうに見えた。
いや……
そうだ……彼が良く知っている、瞳の中の闇……あれがすっかり消えているのだ。
「そうか……」
安堵と悦び、そしてかすかな喪失感を胸に感じたような複雑な表情で、我愛羅はうなずいた。
そして最後に、雷影はサスケの処分について意見を求めた。
ナナはそれでも、表情を変えなかった。何か意見をする様子もなく、皆の話をただ聞いていた。
「とりあえず、木ノ葉の連中と一緒に帰すぜよ。この辺りに幽閉する場所もないからの。それとも、ここから一番近い雲隠れに投獄するかの?」
年長の土影が、最初に口を開いた。
試す……というより、確かめる様にナナを見るが、ナナは彼と視線を合わさなかった。
「水影はどう思う?」
意見を求められた水影は、少し考えてから、彼女もまたナナを見て言った。
「怪我が治るまでは、木ノ葉で監視するのがよろしいかと」
「責任は持つ」
間髪入れず、火影が宣言する。
カカシはほっとしつつ、横目でナナを見た。
「その後の身の振り方については、戦後の処理がひと段落してからとしよう」
ナナはそこに居る者たちに何気なく視線を向けられて、「ありがとうございます」と何気なく言っただけだった。
翌日から、重傷者だけをその地に残して、忍やサムライたちは各里への帰還を始めた。
木ノ葉隠れの忍を率いる火影は、他里の長と今後も継続して話し合いを行うことを取り決めていた。
カブトは木ノ葉の忍に拘束され、里まで連行されることとなったが、大蛇丸はうまく立ち回ってその場から逃げおおせた。
香燐、重吾、水月がそれに続いて立ち去った。
ナナは、帰還準備の間じゅう、里の垣根を越えて元気に走り回っていた。
補給物資の調達から、疲弊しきった者たちへの配給、そして医療忍者の手伝い。それから、数名の忍を連れてアンコの救出に向かったり……。
連合軍の本部“跡地”まで赴いて、ナナにしかできない『送りの儀式』を慎ましやかに行ったり。
戦場跡で急きょ開かれた合同葬儀を、祈祷師として司るようにという雷影からの依頼は丁重に断ったそうだが……それでも、そこに彷徨う魂がないように、何かしら自分たちにはわからない力を使っていたようだった。
そして何より、五影たちから直々に小用を預けられることが多かった。
ナナが実に自然に里の枠を感じさせずに動いていたので、五影たちは他里への連絡事項をナナに言いつけるようになったのだ。
だからナナは、帰還が始まるまで、一度も仲間の元へは戻らなかった。そればかりか、サスケの様子をうかがいに来ることもなかった。
木ノ葉への道中も同じだった。
ナナは常に医療班のサポートにまわり、行く先々での補給を担当した。
本当に、仲間たちの目から見ても、ナナは元気だった。本人が言った通り、誰よりも……。
汚れひとつない、一見して異様ともとれる純白の羽織袴を身にまとい、颯爽と動いていた。
怪我をしている部位も、表面上は見当たらない。
その姿はまるで、枯野に咲く一輪の花のようだった。
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ナルトとサスケの見舞いを終えると、緊急の呼び出しがかかった。
片腕をつった中忍が、院内を走り回って探しに来たのである。
(ガイんとこは午後でいいか)
ナナや怪我をした者たちが懸命に自分の役割を果たそうとしているのに、自分がのんびりとしているわけにもいかなかった。
ガイの見舞いを後回しにして、火影の執務室へ足を向けた。
そこで火影に言うつもりだった。
カカシ自身も、「自分の役割」を果たす決意を固めた……と。
里に戻って直後に火影から打診され、返答を曖昧にしてきたのだが、やっと今、決心がついたのだ。
七班の皆は何というだろうか。
一度は火影の座に就きかけたこともあったが、あの時とは“状況”も“心情”も違った。
そして……自分自身にも、今はオビトの意志を受け継ぐ決意がある。
七班の皆や、他の仲間たち、それに、里の住民たちの未来を背負う覚悟もようやくついた。
(ナナ……お前は、オレを認めてくれるか?)
一番、気にかかるのはナナの応えだ。
この決意を固めてくれた強くて優しいナナが、『火影』を認めてくれるのかはわからなかった。
ただ、ナナにはこう言うつもりだ。
(オレは火影として、イタチのような忍を二度と産み出さないと誓うよ。お前と、サスケに……)