それから数時間、少しの休憩を挟んで会議は続いた。
途中、ナナと各里の付き人は席を外すことになった。
木ノ葉からは火影の他に次の火影に就任するはたけカカシが残ったが、それ以外は里長のみの会合である。
もちろん、我愛羅の付き人であるカンクロウもナナたちと共に部屋を出た。
その里長に限られた中で話し合われた議題は、戦犯の処遇であった。
マダラとオビトはすでに存在しないので、会議にかけられるのは「大蛇丸」、「薬師カブト」、そして……「うちはサスケ」であった。
三人とも木ノ葉の抜け忍で、カブトとサスケは現在、木ノ葉で幽閉されている。
彼らの処分をどうするか……戦後、数週間を経てもまだ、影たちは決めかねていた。
午前から始めた会議が、全ての話し合いを終わる頃には真夜中を過ぎようとしていた。
我愛羅が他の影たちと共に部屋を出ると、控えの間が異様な雰囲気だった。
そこには各里の忍たちが控えていたのだが……常識的にはあり得ないほどの和やかな空気が流れていたのだ。
普通、別間で控える付き人たちは、互いを監視しながら緊張感を保った状態で主の戻りを待つはずだった。
それが、どうやら先の戦争の話を互いに報告し合っていたようなのだ。それも、仲良くひとつのテーブルを囲んだ状態で。
我愛羅はカンクロウを見た。ナナの隣で、少し照れくさそうに笑っている。反対隣りのダルイでさえも、初対面の時の精悍な様を剥ぎ捨てて、気だるそうに肘をつきながらナナを見ていた。
我愛羅は呆れたように息をついた。他の影たちも同じだった。
まぁ、当然といえばそうなのだ。
今までの歴史は変わり、忍たちは里を超えて協力し合った。その縮図が、目の前の光景なのだ。
が、衝突し合った長い歴史を思うと、彼らの順応力の高さには苦笑せざるをえなかった。
「やーっと終わったんすか、雷影様」
「待ちくたびれたじゃん」
「ほんとにさー、先に休ませてくれりゃーよかったのに」
今の今まで楽しそうに話していたくせに、悪態をつくダルイ、カンクロウ、クロツチである。
「み、みなさんお疲れ様です!」
長十郎が真面目腐って言うと、
「お疲れ様でした」
その中心にいたはずのナナがペコリと頭を下げた。
影たちと、自然と目を合わせた。
これで良かった……。
誰もがそう思っていた。
こうやって「会議」の中ではなく、人と人との「会話」の中で語られることこそ、後世に残っていくものである。
彼らは長い待ち時間の間に互いをけん制するのではなく、戦争の話からただの世間話までを語り尽して親睦を深めたようだった。
それでまた、里どうしの絆も深まるというものだ。
「お前たち、一休みしてから里へ帰れ」
雷影の申し出を、皆はありがたく受け入れた。
戦いの疲れよりも話し合いの疲れのほうが忍の身体には堪えるということを、改めて知った。
それは雷影自身も同じようで、しきりに肩を回している。土影も先ほどからずっと腰痛を訴えていた。
「さて……と」
おもむろに、火影がこちらを向く。
「私は疲れたからもう寝る。風影、ナナにはお前から話しておいてくれ」
そして、乱暴にそんな突拍子もないことを言い出した。
「は?」
と聞き返した時には、彼女は首を左右交互に倒しながら控えの間を出て行くところだった。
「じゃ、そういうことでよろしくお願いします、風影サマ」
ナナの上司であるはずのカカシまで、大きく伸びをしながら火影の後を追って行ってしまった。
他の里の者たちも、付き人たちを連れてさっさと退室して行く。
「よっぽど大変だったんだね」
ナナはこの状況を不思議とも思わず、二人の上司を見送りながらただ笑った。
あげく……。
「オレも疲れてねみーじゃん。警護疲れってヤツだ」
警護などしていなかったはずのカンクロウまでもが、
「報告は明日聞かせてもらうじゃん」
あくびまじりに言い残して去ってしまった。
部屋に残されたのは、我愛羅とナナ。
我愛羅は大きくため息をついた。
いった誰が何の気をまわしたのか……。
通常、五影会談中の、特に長だけで話し合われる機密性の高い議題は、定められた範囲だけを信頼できる部下のみに話し伝える。いや、長の胸の内だけに収めて部下には一切語らない話もある。
それは、いくら里長としての経験が浅いといえども常識的なことと心得ていた。
が、火影は他里の長に対して、自分の部下にその内容を語っておけと言うのだ。
それについて他の影がとやかく言うこともなく、自分の付き人であるカンクロウまでもが側を離れる事態である。
普通に考えて異常な状態だ。
だが……。
それはそれとして、ナナと話せることには素直に喜んでいた。
終戦直後の会談の後は、もちろん事務的なこと以外を話す暇などなかった。だから、これは我愛羅に与えられた好機だった。
「ナナ、疲れたか?」
「我愛羅……じゃなくて、風影さまこそ本当にお疲れ様!」
ナナは疲れた様子もなく、そう言った。
それから……「我愛羅も先に休んだら?」とか、「明日ツナデ様に聞くから今じゃなくても」とか、「クマが濃くなっちゃってるよ」とか、笑みを浮かべながら顔を覗き込んでくる。
こちらの気も知らないで……と、小さくため息をついた。
「我愛羅……?」
「ナナ」
窓際のテーブルについた。
綺麗な物腰で向かいに座るナナを見て、やはり、損な役回りを押し付けられたかと自問する。
ナナに話したいことはたくさんあった。その順番すら整理できないほど、たくさんあった。
だが、火影が言った「ナナに話さなくてはならないこと」が、その順番の一番最初にあるのだ。
「『風影様』じゃなくて『我愛羅』でいいよね? 誰も居ないし」
無邪気に笑うナナの顔を、曇らせる話……。
「ナナ、サスケの件だが……」
付き人たち、特にナナの居ないところで話し合われたことのひとつ。
その結果を、我愛羅は伝えた。
「結局、今回の会談では無罪放免とする決定には至らなかった」
「そっか」
案外あっさりとナナが相槌をうったので、肩透かしをくらった気分になった。
が、ナナが自分の感情をたやすくコントロールできる忍だということを思い出し、ひとつ咳払いをして続ける。
「薬師カブトもそうだが……、やはり五影全員での尋問を行うのが適切だろうということになった。だから、次の五影会談は『戦犯』への尋問を兼ねて木ノ葉で行うことになる」
「尋問……ね。まぁ、当然だよね」
我愛羅はナナの表情を注意深く見ていた。
その白く薄い肌の色の変化や、筋肉の動きの細部まで、いぶかしがられることも覚悟で凝視していた。
だが、ナナの涼しげな表情はいっさい変わらなかった。
「ナナ、サスケが追及されることになるが……平気か?」
我愛羅はあえてストレートに問うてみた。
ナナが感情を伏せるのなら、こちらがそれを出し惜しみしては先へ進めない気がしたのだ。
「だって」
ナナはその感情を受け取ってくれた。
「ビーさんを襲って、五影会談をめちゃくちゃにして、雷影様にお怪我を負わせて……いくらなんでも簡単に許されていいわけないでしょう?」
はぐらかすことはなく、あくまでこちらの心配を取り払うように明るく言う。
「普通に考えたら、今、投獄されてないのが不思議なくらいだよね?」
漆黒の双眸で、まっすぐに視線を向けて来た。
「いや……」
我愛羅はそこに虚勢がないことを悟った。
だから、先ほど誰もが難しい顔で述べた意見をそっくり話した。
「マダラと、カグヤとの戦いにおける功績を考えると、今のサスケの状態によっては、無罪放免でもいいという雰囲気だった。オレ自身もそう考えている。だが……」
ナナは静かに耳を傾けていた。
「だが、オレたちがそう判断をしても他の多くの者たちがそうだとは限らない。『無限月読』の中に居たせいで、皆、カグヤとの戦いを知らない。サスケがオレたちと共にマダラと戦ったところは見ているはずだが、それでもサスケは『暁』のメンバーとして戦争に加わった……、という印象が強いのが事実だ」
ときおり、小さくうなずきながら。
「正直、風影としては、砂の中に『投獄』が妥当と考えている者がいることを把握している。だから……オレたちも慎重にならざるをえないんだ。サスケのためにもな」
我愛羅は、言葉を選びながら、決して簡単には進まないサスケへの制裁についての話を伝えた。
それでも、ナナの顔は陰らなかった。本当に、「仕方がないこと」として受け入れているようだった。
本当に……?
「ナナ、お前の希望はないのか?」
言い終えて、我愛羅は単刀直入に尋ねた。
「お前の声なら……届くかもしれない」
そしてそう言ったのは、私的な感情だけではなかった。
客観的に見回しても、ナナの意見を聞き入れる者は各里の上層部に少なくないだろう。
今回の『奇跡』を目の当たりした者は多いし、戦後まもなくのナナの働きも多くの者たちが知っている。
まさか……と、ここで我愛羅は内々に疑問をもった。
まさかナナは、そういう立場を構築するためにあれほど精力的に動いていたのだろうか。皆の信頼を得て、影響力を得る、いや、影響力を高めるために……? 全てはサスケのためなのか……?
「それはもちろん……」
ナナはその答えが出ないうちに、あくまで軽い口調で言った。
「拷問とか、写輪眼や輪廻眼を奪われるとか……、傷つけられることになるんだったら、そうならないようにお願いするつもりだよ」
もともと決まっていたかのように、残酷なこともすらすらと。
「でも、これでも一応客観的に考えてるつもりだから。みんなの気持ちを思うと、とことん取り調べを受けてから五影様たちに判断してもらうのがいいと思う」
それはとても大人びた答えだった。
若干ひっかかるのは、ナナ自身「客観的」と言ったことが、わずかに「他人事」とも取れる気がしたことだ。
今までのことがある……。
ナナとサスケの間にあった隔たりを目にしてきただけに、そう思わざるを得ないのだった。
が、その疑問をぶつけようかと迷っている間にナナが続けた。
「今のサスケは大丈夫だよ。ナルトがいるから!」
それはサスケというより、ナルトに対する信頼だった。
それならば我愛羅にも解せる。
だから、つられて笑った。
「ナナ、お前も……大丈夫そうだな」
口をついて出たその言葉に、ナナは大きくうなずいた。
「うん、私は元気だよ!」
まだ少し、不安はあった。
ナナの言葉を鵜呑みにしては危険だという意識もある。だがそれでも、ナナの笑みには安心感を覚えた。
「我愛羅……」
しかし、その安堵のため息を吐き出すことは許されなかった。
「ナナ?」
「ありがとう、我愛羅」
ナナは無邪気な笑みを引っ込めて、あれから初めての“影”を瞳に浮かべた。
「いつも……ずっと……私を心配してくれて、本当にありがとう」
ナナがその目でそう言った時、“あの夜”から胸に住み着いた
月兎耳(つきとじ)……おおらかな愛