晴天の早朝。
なんとなく早く目を覚ましてしまったシカマルは、あくびまじりに里の墓地へと入って行った。
手ぶらではあるが、里への帰還後は毎日、時間を見つけてここへ来ていた。
ずいぶんと……顔を出す墓石が増えてしまった。あの戦争での犠牲者も、その前の戦いも……。父も、師も、仲間も……冷たい石になってしまった。
「シカマル君?」
そのひとつ、日向ネジの墓石の前には、すでにヒナタが居た。
どうやら彼女も頻繁にここへ通っているらしい。
「おう」
適当な挨拶を交わす。
今さら感傷に浸るわけではないので、「日向ネジ」の名をただ見つめた。
くっきりと彫り込まれた、真新しい文字。その手前には、まだ朝露をつけた可憐な白い花が揺れていた。
「シカマル君、このお花……」
ヒナタはそれを指して、ちらちらとこちらを見た。
「花がどうした?」
「こんなに朝早く、誰が来てくれたんだろうって……」
彼女が供えたのではないようだった。
ヒナタが知らないということは、身内ではないのだろうか……?
他にネジと親しかった者といえば、チームメイトのテンテンとリーが思い当る。キバやチョウジも、あのサスケ奪還任務依頼は友として接していた。
が、早朝に摘みたての花を供えるような者は誰も思い浮かばなかった。
シカマルはもう一度よく、その花を見た。
「いのちゃんのお店には売っていない花だよね?」
ヒナタが先回りをして言う。
何かもの言いたげだったのはそのためか……。
確かに、営業を再開したいのの家の花屋には並んでいなかったような気もした。
「私……ネジ兄さんのお墓参りに来てくれるような人、あまりわからなくて……」
ヒナタは目を伏せた。
あー……とシカマルは呟く。
「色んなヤツとつるむような感じじゃなかったからな」
人当たりが良くなったのは最近で、それでも、好んで交友関係を広げるような性格ではなかった。
「オレらの知らない上忍とかじゃねーのか?」
彼は同期の中で唯一の上忍だった。だから、彼にしかない繋がりがあったのだろうと予測する。
だが決して、それが“特別”な繋がりだとは思えなかった。
こんな朝っぱらから……花屋に売っていないような花を供えるような特別な人が存在するとは、ネジには悪いが想像がつかなかったのだ。
ネジが“特別な想い”を抱いていた人物は知っているのだが……。
「きっと、そうだね」
ヒナタはうなずいた。
が、シカマルはもう一度、花を見た。今度はかがんで、ちゃんと間近で……。
「シカマル君?」
「いや……」
その花弁の朝露に指で触れた時、ふと笑いが込みあげた。
「これはオレらが良く知ってるヤツが供えた花だ」
そして、断言できた。
「え?」
ヒナタは白い目をパチクリとする。
「戻って来て、ネジも喜んでるんじゃねーか?」
予定より一日遅れの戻りだった。
会談の話し合いが難航することは予測していたから心配はしなかったが、それでも、“彼女”が無事に帰ったことに安堵した。
いや……。
多忙な日々の中でも、ネジの墓に供える花を摘んで来た“彼女”の心に……安堵した。
朝食後すぐに火影邸へ呼び出されたので、シカマルはまたもやあくびまじりに通りを歩いていた。
すると、向こうからいのとサクラが走って来る。
どうやら自分を見つけて駆けて来るようだ。
少し嫌な予感がしたが、あえてポケットに手を突っ込んだまま立ち止まる。
「シカマル!」
「ちょうど良かった!!」
ただでさえセットだと騒々しくなる二人が、今朝はさらに声のトーンを上げている。
「なんだよ、朝っぱらから」
わざとのんびり言うと、いのは唾を飛ばす勢いで言った。
「今夜8時、第二演習場に集合よ!!」
それは突拍子もないことに聞こえた。
時間、場所……今さらそんな時間に演習をするわけがないし、任務に向かうにしては里の出入り口から遠すぎる。
その理由を聞く前に、今度はサクラがなかば怒ったように言った。
「ぜったいに来てね!」
きっとここで“理由”を聞いて欲しいのだろう。
自分の話に興味を持って欲しいのが、女という生き物だ。
「そこで何があんだよ」
だから手っ取り早く結論へ辿り着くために、敢えてお約束の展開にした。
と……。
「ナナが、話があるって!」
二人が同時に言った。
急に、胃のあたりがキュウとすぼまった気がした。
「ナナが?」
「さっき五影会談から帰って来たのよ!」
「いや、それは知ってるが……」
「今夜、『みんなに話したいこと』があるから、どこかに集まれるかって!」
「話したいこと……?」
「大戦の時の話よ……」
また、だ。
胃が締め付けられる。
シカマルの脳裏には、まだ海に沈んで消えたナナの姿が鮮明に焼き付いている。腕には、脈拍と体温を失っていく肌の感触が残っている。
あの“偽物”のナナ……。
そして、青い写輪眼で青白い星に浮かび、青い光で尾獣を操った姿も。サスケに胸を貫かれた光景も。天に昇る光も。
全てをはっきりと思い出せる。
なにより、「自分を殺せ」と叫ぶナナの……あの血走った眼を。
その全てを、ナナは語るというのか?
いや、どれかひとつでも“そうなった理由”を自分たちに話してくれるのか?
「シカマル!」
不覚にも立ち尽くしていたのだろう、いのが肩を揺さぶった。
「あ、ああ……わかった」
幼馴染の目は、期待と不安に揺れる心を見透かしてくる。
常に側にいた彼女には、この不安が……いや、恐怖が理解できるのだろう。
「とにかく、同期のメンバーに声かけてるから」
「シカマルも誰かに会ったら伝えておいて!」
二人は慌ただしく来た道を戻って行った。
その姿が横道に逸れて見えなくなると、シカマルは大きくため息をついた。
収縮した胃が、無理に拡張するような痛みを感じる。
(話、聞いたところで……)
ナナの語ることを、理解できるかどうか自信が無かった。ナナの身に起きていた事柄を聞かされて、受け止めきれるかわからなかった。
想像はしていた。
ナナの行動と言動から、ナナが何を背負っていたのか……考えてみないはずはなかった。
だが、やっとナナ本人の口から“答え”が告げられると知って、今さら怖気づいていた。
シカマルの中で象られた想像が、あまりに残酷だったからだ。
「八時か……」
呟いて、再び火影の屋敷へと歩き出す。
指定の時間までに、里へ戻ったというナナに会える気はしなかった。
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その時間、その場所に到着するまで、あえて聞かされることの予測は立てないようにしていた。
そんなもの、考えるだけ無駄だった。
普段ならこれから起こることの予測をし、前もって対策をたてるのが自分の性質であった。動揺をできるだけ回避し、効率よく物事を進め、最終的に勝利を得るためだ。
だが、今回ばかりは勝ちのパターンをなぞることができないほど臆病になっていた。
だから、同じように神妙な顔をした仲間たちを見た時は少し安堵した。
知らされることは、皆、同じ。受け止める重さも、きっと同じだろう。
だから……つくづく仲間の存在のありがたみを噛みしめながら、のんびりと空を眺めた。
星は無かった。月は朧に、雲間に見え隠れしている。
誰かが、用意した行燈に灯をともした。
その時。
「みんな、集まってくれてありがとう!」
里に帰って来たという確信があったのにもかかわらず、今日一日、その姿を見せなかったナナが現れた。
「ナナ!」
誰ともなく、その名を呼ぶ。
中には、本当に久方ぶりに彼女の姿を見た者がいたようだった。
「ごめんね、みんな。こんな時間に」
ひととおり、挨拶と互いの体調を確認し合った後、ナナはすまなそうに言った。
「何言ってるのよ! アンタの話しなら、みんな何があっても駆けつけるに決まってるでしょー!」
いのがそう言った。
最後に、「ずっとナナの話を聞きたかった」という台詞を呑み込んだのを、シカマルは知っていた。
「そうよ! それにアンタのほうが忙しいんだから、私たちに気を使うことないわよ」
続けてサクラが言う。
笑って返すナナの顔色は、頼りない灯りでは良くわからなかった。
だが、少なくとも疲れている様子ではなかった。
もちろん、そう見せていないだけかもしれなかったが、表情は明るいように思えた。
「じゃあまず……戦争の時のことから話すね。私が、何をしてたのか」
ナナは皆を改めて見回して、話しを始めた。
決して面白くもなく、結末だけは知っている物語を……。