ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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飛花の残影

 

 次回の五影会談が木ノ葉隠れの里で開催されることとなり、サクラたちもますます多忙を極めた。

 回されるのは雑務ばかりだったが、戦争で人手が不足している現在、いくらこなしても仕事は無くならなかった。

 自分たちがこんな調子だから、ナナはどれだけ里の内外を駆けずり回っているのか想像もつかなかった。

 しかも、おそらくナナに任されているのは重要な任務……例えば五影会談開催中の警備に関する準備とか……であろう。

 だからやっぱり、あの皆で集まった夜以降、ナナとまともに話す機会は無かった。

 

 あの夜にナナが話をしてくれたことで、心の“つかえ”がほとんど消えてしまったとは感じている。

 疑問が解消されたことで、わだかまりや憤りが消えた。理由が解明されたことで、不安も和らいだ。

 なにより、『ナナが話してくれた』という事実に安堵した。

 だが、ただ一点、まだ“つかえ”が残っている。

 それは……やはり、ナナとサスケのことだった。

 あの夜はナナの過去を知ることができた喜びで、そのことは後回しになっていた。受け止めなければいけない情報と答えがたくさんありすぎて、頭も心も飽和状態だった。

 しばらくして冷静になると、やはり“つかえ”は残っているのだ。

 相変わらず、ボーっと外を眺めたままのサスケと、病室にいないナナ。

 ナナは生き返った時、確かに「サスケと生きろ」と母に言われた……そう呟いていた。

 寝起きのように焦点が合っていなかったから、無意識に呟いたのかもしれない。

 が、それは母の願いのはずだった。

 蘇った今、ナナを覆っていた影は消え去ったように見える。

 あの夜、本人ははっきりと口にしなかったが、ナナ自身、再びこの世で生きることを喜んでいると確信がもてた。だからこそ、木ノ葉の忍として精力的に任務に就いているのだと思った。

 それでも……、今のナナは母の願い通り、「サスケと生きて」いるようには見えなかった。

 それだけが、あの夜を超えても残る胸の“つかえ”だ。

 

 だが……ナナが全てを話してくれたことで、自分も前向きになれていた。

 誰にも口にしなかったその“つかえ”を、親友であるいのに話したのだ。

 いのもまた、ナナとサスケの距離に違和感を覚えていた。

 彼女も昔から周囲の人間関係には敏感だったし、同じくサスケを好きだったから、最初から気づいていたのだろう。

 わかり合えた者同士、答えが出るはずもないのに二人で長々と話し合った。

 サスケのことではいがみ合ってばかりいたのに、初めて冷静に、そして素直に話し合うことができた。

 その結論は、あっさりとしたものだった。

 

 見守るしかない……。

 

 結局はそれしかなかった。

 サスケの精神状態も安定していて、ナナは任務に積極的だ。

 今はそれ以上、とやかく言う必要は無いように思えた。

 何よりも……。

 あの残酷な一瞬を……すぐに打ち消すことなどできないのだ。

 当の本人どうしであればなおさら。深く想い合っていればなおさらだった。

 だからしばらくは……せめてサスケの処遇が決まって落ち着くまでは、このままでいいのかもしれないと思った。

 少なくとも自分たちの目には、「サスケがナナを拒んでいる」とか、「ナナがサスケを避けている」とか、そういう“影”が見えないのだから。

 だが……その“影”が見え隠れし始めたのなら、今度は迷わずに二人と向き合うつもりだった。

 いのも、きっとシカマルたちも。

 もう、見過ごさない。気づかないふりもしない。理解できないと言い訳もしない。

 二人の仲間として、これからは……ちゃんと逃げずに向き合うこと。

 それを、いのと誓い合った。

 

 

 ふと、火影岩を見上げた。

 綱手の顔の隣がブルーシートで覆われていて、そこからはやかましい音が鳴り響いている。頂上からつり下がって作業する職人の姿も見えた。

 今、あの場所には六代目火影となるはたけカカシの顔岩が彫られているのだ。

 その業者の手配をナナがしたというのだから驚きだった。

 綱手は初め、業者のリストを渡して交渉を頼んだ程度だったそうだが、ナナは自分で波の国のタズナのツテを頼り、あっという間に工期を決めてしまった。

 もちろん、見積もりやら人件費やらはノータッチらしいが、作業員の宿舎の手配などもナナがこなしてしまったらしい。

 それでは、自分たちと語り合う暇などないはずである……。

 

『あいつには人にものを頼む才能が有るらしい』

 

 そう、綱手が誇らしげに言っていた。

 それを聞いて自分も嬉しかったが、同時に感心と呆れも感じていた。

 

「おー、サクラか」

 

 盛大にため息をついたとき、後ろから聞き慣れた声がした。

 

「シカマル!」

 

 どうやら彼も、綱手から同じ任務を言い渡されたようだった。

 

「五影会談の会場のこと?」

「ああ、まぁな」

 

 案の定、シカマルはいつものとおり面倒くさそうに答えた。

 五影会談を二週間後に控え、会場となる建物の下見と控室などの設備のチェックを、火影から命じられていた。

 雑務といえばそうなるが、安全上の理由からすでに「関係者以外立ち入り禁止」になっている会場に入ることが許されているからには、自分たちも火影から信頼の厚い忍として認められているのだと思えた。

 

「ねぇ、ナナに会った?」

 

 そんなことを考えながら、サクラはつい癖になりつつある問いをシカマルにぶつけた。

 

「ああ、昨日会ったぜ」

 

 案外、すんなりと答えが返って来た。

 そして彼もこちらの心情を察しているようで、続けてこう言った。

 

「元気そうだったから、安心しろ」

 

 カカシの場合は大いに気を使ってその台詞を言ってくれている可能性が高いが、シカマルがそう言うのならサクラも素直に安心できた。

 

「そっか、よかった」

「それがよー」

 

 シカマルはあくびを一つ挟んで、その時のことを語ってくれた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「シカマル! お願い!」

 

 昼過ぎ、里の東部地区の復興状況を調査する任を終え、報告に向かっていた時だった。

 通りを歩いていると、ふいにナナが現れて、いきなり目の前で手を合わせた。

 

「な、なんだ?!」

 

 ナナは眉を八の字に寄せながらも、口元にはいたずらめいた笑みを浮かべて言った。

 

「ケイビケイカクショ作るの手伝って!」

 

 一瞬、角ばった文字の羅列にピンと来なかったが、すぐに意味を理解した。

 

「警備計画書?」

「そう! 五影会談の!」

 

 道端で立ち止まる自分たちに、通行人がちらちらと視線をよこす。

 それは自分たちが邪魔だからというわけではなく、“噂の人物”が登場したからだと、シカマルは気づいていた。

 

「綱手様がね、シカマルに手伝ってもらってもいいって! だからシカマルの今日の任務の報告は夜まで待つって!」

 

 ナナはその視線に気づいていないのか気にしていないのか、彼女なりにまくしたてる。

 シカマルの耳には、「やっぱりそうよ、あれが“ナナ”よ!」などとひそひそ話す声が聞こえていた。

 

「だからお願い!」

 

 ナナはもう一度、パンと手を合わせて頭を下げた。

 

「わ、わかったわかった。火影命令なんだろ? つーか、そんなに必死こいて頼まなくても手伝うって!」

「ほんと?!」

 

 顔を上げたナナは嬉しそうに笑い、いきなり腕をとった。

 

「こっち!」

 

 そしてシカマルが今来た道を、戻り始める。

 周囲の視線はやはり、ナナに集中していた。

 ぽりぽりと頭を掻いて、状況把握に努める。

 任務内容を「警備計画書の作成」とナナは言ったが、どこかへ連れて行くつもりらしい。

 詳細はゆっくり順を追ってうまいこと聞き出すとして、やはりナナはそんなに重要なことまで任されるほど火影から信頼されているのだと、改めて悟る。

 少し急いではいるが、とりあえず楽しそうだから心配することは何もない。そして周囲から興味深げに見られていることも、全く気にする様子はなかった。

 視線の主はほぼ全員が忍でない里の住人で、『和泉菜々葉』のことは知らないはずだった。

 だが、噂と言うものはいくら秘匿性のある忍里でも存在するようで、先の戦争でナナが活躍したことは、彼らも耳にしているようだった。

 

「おいナナ、みんながお前を見てるぞ」

 

 面白がって言ってみた。

 と、思いもよらぬ答えが返る。

 

「慣れてるから平気」

 

 横顔を確認するが、涼しい顔をして前を向いていた。

 そして聞いてもいないのに、まるで面白がるように過去を語る。

 

「“あっち”に住んでた頃、たまに里に下りると、一族のみんなが物陰から私を見てたの。『怖い』とか『憎い』とかいう顔でね」

 

 畏怖と嫌悪の目に晒される、幼いナナを想像してみた。

 同族からの冷たい視線にも、ナナはきっとこうやって顎を上げて歩いていたのだろう。

 

「あれに比べたら、こういうのは全然平気!」

 

 ナナはそう言って肩をすくめた。

 確かに、浴びせられる視線は好機に満ちて無遠慮ではあったが、畏怖と嫌悪はなく、どれも尊敬を込めたまなざしであった。

 逆に……この浮足立ったような視線の間を通り抜けても堂々としていられるナナは、やはり“そういう”立場の人間なのだと、なんとなく納得した。

 

「それでね、私たちの担当は、砂隠れの人たちの宿舎の警備なの」

「へぇ、砂か……」

 

 ナナは周囲にかまわず、楽しげに話を進めた。

 

「里の門から宿舎までの警備と、宿舎から会談の会場までの警備、それと宿舎の出入り口とかお部屋とかを警備する人たちの配置……を、考えて報告するようにって、綱手様が」

「要するに、砂の一行の里内の動線の警護と、宿泊施設内の警備の計画案を練れってことだな」

「……うん! そう!」

 

 ナナは、こちらで要点をまとめて言った台詞を脳内で一周させたように一拍おいてからうなずいた。

 こういう仕草を見られたことに、シカマルはふいに安心感を覚えて笑った。

 

「んで、その宿舎ってどこの宿だ?」

「んーと……もうすぐ」

 

 ナナはきょろきょろしながらいくつか角を曲がり、「あそこ!」と指をさした。

 ナナの指の先には真新しい旅館があった。三階建てのこじんまりとした雰囲気のいい宿だ。

 

「女将さん、こんにちは」

 

 ナナは扉を開け、快活に女将に挨拶をする。

 どうやらすでに、顔見知りのようだ。

 

「警備の件でお邪魔します」

「はいはい、よろしくお願いしますね」

「こちらは一緒に計画書を作る、奈良シカマルです」

「どーも」

 

 ひととおりの挨拶がすむと、女将が自ら内部を案内した。

 廊下、部屋、窓、出入り口、従業員専用通路……ナナは女将と世間話をしながら歩いているが、自分はしっかりと内部構造を頭に叩き込む。

 そう広くはないが、再建して最新の設備を整えている。

 構造も複雑で、なるべく客どうしが顔を合わせなくて済むような造りになっているようだ。それだけ防犯性も高く、風影を泊めるのには合格点を与えても良い場所であった。

 

「それにしても、あの砂の忍のお方が、まさか風影様になるなんてねぇ」

 

 女将はしみじみとつぶやいた。

 

「我愛羅……じゃなくて風影様も、いろいろと努力なさったようですから」

「ご立派になられて……。最近じゃ、この宿も『出世宿』なんて常連さんから言われてねぇ」

「繁盛するといいですね」

「風影様の宿舎にお選びくださった火影様と、推薦していただいたナナさんのおかげですよ」

「我……風影様が前に、木ノ葉では女将さんにお世話になったっておっしゃってたので」

「まぁ、そうですか!」

 

 我愛羅たちが木ノ葉に滞在した機会は二度。

 初めは中忍試験の受験のため、二度目は……サスケ奪還任務の時だ。

 任務失敗という結果が出た時点で砂へと帰還する予定だったのだろうが、彼らは怪我人の搬送と木ノ葉への報告、そして……ナナの回復を見届けるために木ノ葉に滞在していた。

 おそらくこの女将は、その時に彼らに宿を提供したのだろう。

 

「こちらが図面です」

「では、お借りします」

 

 建物内をくまなく回り、最後に女将が設計図をナナに手渡した。

 

「実際に警備の忍が入るのは、風影様がいらっしゃる前日の夜からになりますから」

「はい、わかりました。前日は午前でお客様が全てお帰りになられますので、いつでも……」

「計画書ができたらまた来ますね」

 

 ナナは宿舎のスタッフとのコミュニケーションと、宿泊先の点検、そして今後の明確な予定の伝達と、全てにおいてそつなくこなし、女将と別れた。

 だがいよいよ警備計画を立てようと、宿の屋上へ来ると……。

 

「シカマル、よろしく!」

 

 図面を広げるなり、ナナはまた目の前で手を合わせた。

 

「このマークとか、全然わかんない……!」

 

 どうやらナナには、設計図の記号などの見方がよくわからないらしい。

 自分もその専門ではないのだが……、こういうことはナナよりは向いている自信があった。

 

「ったく、お前、最初から丸投げかよ……」

 

 全然かまわないのだが、面倒くさそうに言ってみる。

 

「うーん。どこに警備を配置したらいいとかは、なんとなくならわかるんだけど……」

「『計画書』を作るとなるとまとまんねーってか?」

「そう!」

 

 平面の作業が苦手なのは、忍者学校の頃から変わらないらしい。

 ナルトとナナがそろって居残っていたのが懐かしかった。

 

「しょーがねー……」

 

 ぶつくさといつものように振るまって、図面とのにらめっこを始めた。

 すでに構造は頭に入っているから、隙のできない配置を考えて、その中でも最も安全な部屋を風影の部屋と決めれば良かった。

 あとは口うるさいテマリが同行することも考慮して、適当に便利さに配慮してやればいいだけだ。

 

「来週になれば南側に映画館がオープンするだろ。こっちの通りを歩く人が増えるとすると……こことここに二人ずつでどうだ?」

「さすがシカマル!」

 

 「さすが」と言われるほどのことでもないのだが、この調子では思いのほか早く片付きそうだった。

 だからあくまで作業を続けながら、口調を変えずに“世間話”を初めてみる。

 

「お前、ここが前に我愛羅たちが泊まってた宿だって、自分で調べたのか?」

「そうだよ。我愛羅もここが気に入ってたみたいだし、そのほうがいいと思って。建物は変わっちゃったけどね」

 

 風影を親しげに「我愛羅」と呼ぶナナを、改めて観察した。

 ナナが短期間だが砂隠れに滞在していたことは、ナルトやサクラから聞いていた。

 そこでナナがどんな様子だったのか、ちゃんと教えてくれたのは……ネジだった。

 もっとも、彼自身の感情や詳細は語ってはくれなかったが、ナナにとっての我愛羅という存在がどんなものだったのかは自分なりに想像ができたつもりだ。

 何よりも、戦場や戦後の焼け野原で彼がナナに向けるまなざしは特別なものだった。

 だから……というのもあるのだろう。

 せっかく親しい我愛羅が木ノ葉に来るのだから、できるだけくつろげるように取り計らいたいとナナが思うのも納得できる。

 が、現状の忙しい身でそれだけのことをこなしていたのかと思うと、やはり少し呆れざるを得なかった。

 何故なら……、ナナは先ほど我愛羅たちの中忍試験時の宿舎がどこだったか「自分で調べた」と言った。

 それが、今の木ノ葉では多分に手間がかかることだとシカマルは知っていた。

 以前であれば、資料室ですぐに調べはついただろう。が、暁の攻撃の後、地下にあった資料室も例外なく倒壊し、内部の資料は瓦礫に交じって散乱していたのをシカマルも見ている。あの中から目的のモノを探し出すのは、かなりの手間がかかるはずだった。

 だから、“呆れ”と少しの“嫉妬”を認めつつ、ため息まじりに言った。

 

「お前なぁ、そんなことくらいオレらに頼めっつーの」

 

 ナナは手にしていたシミュレート用の駒を握りしめたまま、少し驚いた顔をした。

 

「だって、シカマルだって忙しいでしょう? カカシ先生もシカマルのことすっかり頼りにしちゃってるし」

 

 ナナの言う通り、父親の代わり……とまではいかないが、上層部からは一中忍に任せる内容ではない仕事も少々言い使っている。だから単独での任務が多くて忙しい……というのは事実だ。

 が、それを言うならば、やはりナナのほうが多忙であることは明らかだった。

 

「あー……わかった、わかった」

 

 意外に頑固なこの“親友”は、理屈や口実を並べても素直にならないのを知っている。

 だから、シカマルはのんびりとした口調でこう言った。

 

「こっちはオレがやっとくから、お前はサスケの見舞いにでも行っとけ」

 

 ごくごく自然に空気に溶けたこの台詞に、ナナは素直に目を見開いた。

 

「え? なんで?」

 

 その顔を見てますます呆れた。

 出てきそうになったため息をそのまま吐き出し、包み隠さず現状を告げる。

 

「お前がサスケを避けてるんじゃないかって、みんな心配してる。サクラなんか、まるでサスケが里を抜ける直前の時みたいだってな」

「ああ……あの時……」

「まぁ、今回もお前とサスケはあんなことがあったんだし……、他にもイタチのこととかいろいろあんだろ。だから無理もねぇが……。だが、様子を見るくらいなら会ってもいいんじゃねーか?」

 

 ナナは大きく瞬きをした。

 表情に陰りはない。

 そのことに、今さらながら安堵した。

 

「私、またみんなに心配かけてたんだ」

 

 じわりと心がほどけて、苦笑した。

 

「お前、気づいてなかったのか?」

「やっぱりダメだな、私。そういうの、だいぶ人並みに気づくようになった気でいたんだけど」

 

 ナナは困ったように、そして照れたように笑った。

 

「べつにサスケを避けてるっていうのじゃなくて、ただサスケは今はもう『大丈夫』だから、心配してないだけなの」

 

 また、肩をすくめる仕草をする。

 

「サスケの隣にはナルトがいるから、もう、大丈夫。ひとりでどっかに行っちゃうことはないから」

 

 細い肩とはうらはらに、しっかりとした強い想いをナナは語る。

 

「それにね、今はちゃんとサスケに考えて欲しいから!」

 

 ナナはその視線を、空に……いや、“想い”に向けていた。

 

「今までのこと、一族のこと、イタチのこと、みんなのこと、里のこと……これからのこと……ちゃんと考えて欲しいの。でも、私が側にいると、どうしても『あの時』のことを考えちゃうでしょう?」

 

 それが何を指すのかはすぐにわかった。

 胸に鈍痛を感じたが、黙ってナナの言葉を聞いた。

 

「『あの時』のことばっかり考えないでいて欲しいから、だからあんまり会いに行かないの」

「そっか」

 

 ナナが告白した理由に、納得がいった。

 それは、誰よりもサスケを理解するからこその願いであり、サスケを信じている証しでもあった。

 加えて、ナルトへの信頼も……。

 

「心配かけちゃってたみたいで、ごめんね!」

 

 ナナは身を乗り出した。

 手元の駒が、カチャリと鳴る。

 

「でも、サスケがイタチにやられて入院してたあの時とは違うから! あの時は本当に、サスケと向き合うのが怖くて避けてたけど……今は違うから! 毎朝ちゃんと様子見に行ってるし」

「ああ、わかった。ま、今のお前なら大丈夫だと思ってたけどよ、ちゃんと話聞かせてもらって安心したぜ。サクラたちにも会ったらフォロー入れておく。だからお前も気にすんな」

 

 この言葉に、ナナも安心したようだった。

 あの時の……何かに怯え、誰かを拒絶し、ひとりで河原にうずくまっていた頃のナナは、もう居ない。

 切り刻まれた心を、自分できっちり貼り合わせて、笑っている。

 

「さ、コレ並べちゃおう! あと8人配置できるんだよ」

「ああ、そうだな。最重要ポイントは固めたから、あとは……。っつーかお前、今更だけどこの駒どうした?」

「これ? 陣取りゲームの駒だよ」

「いや、それは見りゃわかるけど、どっからこんなもん持って来た?」

「ああ! あのね、ハナビちゃんに借りたの」

 

 ナナは自分なりに駒を置いてみながら、この間ネジのことを話しに日向家を訪れた際、ヒナタの妹のハナビと仲良くなったのだと言った。

 

「図面を見て配置を考えるのに便利だと思って、すぐにゲームの駒は思いついたんだけど、まだゲームを持ってそうな年下の子がハナビちゃんしか思いつかなくて……。お屋敷は壊れちゃったけど、瓦礫の中から出てきたから、とっておいたんだって。それを貸してもらったの」

 

 馬鹿丁寧な説明と、そんなことにまで時間を割いて里を駆けずり回るところが、本当にナナらしかった。

 

「とりあえずお前、任務楽しそうだな」

 

 何気なく、そう言った。

 心から出た、安堵と喜びと、少しの呆れの言葉だった。

 

「私、決めたから」

 

 ナナは手を止めることなくうなずいた。

 

「一生、木ノ葉の忍として生きるって、決めたから」

 

 思わず凝視したナナの口元は、間違いなく笑んでいた。

 

「私、産まれた理由が “アレ”だから、自分が生きる意味がわからなかったの」

 

 凝結するような心と対照的に、ナナは穏やかに話し出す。

 

「一族が大キライだったから『和泉』の名が嫌だった。それでも、一族の術を使わなくちゃならなかった。だから木ノ葉に来て、なりたかった忍になれたけど……、いつも“忍”になり切れていないような気がしてた」

「ナナ、お前……」

「そんな中途半端な自分がずっと……キライだった」

 

 そんなふうに思っていたのか……と、つぶやくこともできなかった。

 忍者学校の時のナナ、下忍の時のナナ……あの頃のナナが、例の“使命”や“秘密”だけじゃなく、そんな“葛藤”をも抱えていたということを、改めて知らされた。

 

「でも今は、ちゃんと自分が“木ノ葉の忍”だって言いきれるの」

 

 ふいに、ナナが視線を向けた。

 心が裏返るのを懸命に抑え、言葉の続きを待つ。

 

「『和泉』の名は……母から受け継いだから、キライじゃなくなった。それに、和泉の術はどうあがいたって私の一部だから、それに誇りを持つことにした。私は和泉の力も、忍の力も使って、“木ノ葉の忍”として生きるの!」

 

 その声は格別に澄み切っていて、力強かった。

 

「“向こう”で母に会って、初めて私は母から愛されてたってことを知った。母と父とが愛し合って私が産まれたってことを、初めて知ったの。だから……陰陽師の『和泉』の名も、忍の『うちは』の名も、どっちも私のものだから……」

 

 そしてナナは、幼子のようにはにかんだ。

 やっと自分を見つけて、進むべき道を見つけられた幸福が、今のナナの輝きなのだと……そう思った。

 

「じゃあお前、和泉に帰ったりはしねーんだな」

「するわけないじゃない! 私はずっとここに居るよ!」

 

 「ずっと」……その言葉が、二人の間に緩く流れた気がした。

 

「それに、私の“夢”は『火影になったナルトを支えられる忍になること』だから!」

 

 ナナの決意も、想いも、夢も、後悔でさえも、彼女の進むべき道を強く示している。

 そう思った。

 

「お前、これから……」

 

 強欲にも、その未来への確信をさらに強めようと口を開いたときだった。

 

「ナナ、ここだったか」

「あ、コテツさん!」

 

 先輩の中忍であるコテツが現れて言った。

 

「五代目から緊急の呼び出しだ。会談の会場へ急げ」

 

 直々にナナをこの任務に就けたにも関わらず、火影はさらに急を要する任務を彼女に入れ込んできたようだ。

 

「行けよ、やっとくから」

「ごめんね、シカマル。じゃあ、よろしく!」

 

 ナナは手に残っていた駒をこちらに手渡すと、慌ただしく去って行った。

 激しく動いた空気は、涼やかで爽快だった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「そっか……じゃあ、問題ないわけね」

 

 シカマルからナナの様子を聞かされ、サクラは少なからず安堵した。

 ナナがサスケに対する想いを実直に語ったというのには、驚きを禁じ得なかった。

 が、ナナの言葉は納得ができたし、“あの頃”と比較したうえでの理由が存在しているのなら、その“変化”を喜ぶことができた。

 それに、ナナ自身のことを口にしたことも心強い。

 きっと、ナナはちゃんと充実した毎日を送っている。

 心に引っかかるものがすぐに撤廃できるものではなかったが、それでも、懸念は減った。

 シカマルの横顔も、眠たそうでいつもどおりだ。

 彼の表情のようにのんびりと……。ゆっくり時間をかけて進めばいいのだと、改めて思う。

 目の前には“未来”がある。もう、哀しい別れはないのだから。

 

 しかし、やっとそう思えたサクラの心が、再び激しく掻き乱れることとなる。

 それは、数日後……火影会談の前日のことだった。

 

 

 

 

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