ひと葉 ~参の巻~   作:亜空@UZUHA

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石蓮花

 

 朝霧の向こうにそびえ立つ、木ノ葉隠れの里の門。

 この門をくぐるのは、三度目のことだった。

 故郷とは違う湿気の多い空気に悪態をついていた姉も、その門を見とめて機嫌を直したようだ。

 

「暁にやられたっていうけど、あの門は無事だったんだね」

 

 そう言って、霞の中に立つ人影に向けて手を上げた。

 

「アイツ……わざわざ出迎えてくれてるじゃん」

 

 心なしか、兄の声も少し弾んだようだった。

 

「遠いところお疲れ様でした!」

 

 靄を吹き飛ばすような、爽やかな風のような声がかけられた。

 

「木ノ葉へようこそ!」

 

 門からこちらへ駆けて来て、ナナは笑った。

 

「今日は、よろしくお願いします!」

 

 出迎え役としての台詞を勢いよく述べる。

 彼ら一行も訪問者として挨拶をすると、ナナは里の中へと案内した。

 

「昨日はどこに泊まったの?」

「笹飾り村だ。静かでなかなか良いところだったよ」

「隣の短冊街には土影一行が泊まってたみたいじゃん」

「そうなんだ! 短冊街なら近いから、次にお見えになるのは土影様たちかな」

「私たちが一番乗りかい?」

「ついさっき水影様が到着されて……。ちょうどご案内して戻ったところだったの」

 

 カンクロウ、テマリと話すナナは、とても元気そうだった。早朝の薄明りでも、ナナの笑顔は映えている。

 

「ナナ、元気そうだな」

 

 ふと、思ったことがそのまま口に出た。

 兄と姉からの視線が気になったが、それらは自分を向いてはいなかった。どうやら二人も、ナナの様子をうかがっているようだ。

 

「うん、元気だよ!」

 

 朝露が跳ねるようなその声音に、心から安堵した。

 本当は、まだ心配事はのこっていた。

 これから行われる五影会談の一部で、うちはサスケへの尋問が予定されている。

 そこでは当然、彼が木ノ葉を抜けて大蛇丸の元へ下り、さらに暁に組みした経緯を話させることとなる。

 それはつまり、その原因……原動力となった、“うちはイタチ”のことについても彼の口から語られることになるのだ。

 そして、サスケの話を裏付けるためは、ナナにも話さなくてはならない。戦場に現れるまでのサスケの行動を知っているのはナナだけだ。

 だから、ナナもイタチのことを皆の前で証言しなくてはならない。

 きっとナナは、平然とした顔ですらすらと……一族の話をしたときのように語るのだろう。

 それを思うとやはり、ナナの感じる痛みを懸念せざるを得なかった。

 

「我愛羅は元気だった? ずっと忙しかったでしょう?」

 

 だがナナは、澄んだ瞳をまっすぐこちらに向けて来る。まるで、これから起こる憂鬱な出来事を知らない子供のようだった。

 

「あぁ、まぁな。相変わらず慌ただしい毎日だ」

 

 実際、目の回るような日々が続いていた。

 砂隠れの里は、雲隠れや木ノ葉に比べれば、暁や戦争の被害が甚大というわけではなかった。戦後の混乱は、すでに表面上は落ち着いている。

 だが、見た目にはそうであっても、多くの者が死んだという影響は多方面に出ている。

 単純に、里の運営における人手不足。そして、仲間の死に直面した者たちの心理的な打撃。

 それら全てをケアしなければならないのが、里長としての務めだった。

 だがそんな日々でも、ナナのことを考えない日はなかった。

 心にようやく栄養を得たような姿を目にしてはいたものの、今日のこの日のことを考えると、やはり不安だったのだ。

 

「ナナ」

 

 だから、先んじて尋ねた。

 

「お前も参考人として呼ばれると思うが、大丈夫か?」

 

 愚かな問いである。忍に、「この任務が受けられるか?」と問うようなものである。

 自分自身を安心させるための自己満足でもあった。

 が、ナナは力強くうなずいた。

 

「私は平気! ちゃんと話すから」

 

 意図を察しないような、鈍感な人間では決してない。

 それでも、ため息はこぼれ出た。

 

「サスケのことを証言するのなら、うちはイタチのことも話さなければならないんだぞ?」

 

 ナナは表情を少しも変えずにいた。

 そして、こう言う。

 

「本当は、イタチのことを話すのはすごく辛いけど……、特にサスケの前で話すのはね。私たち、イタチの話をしたことなんて一度もないから」

 

 胸の痛みを明け透けに告げられて、やはり我愛羅の胸も痛んだ。

 

「正直、まだ、イタチのことを思い出すと悲しくなっちゃうなかな……」

 

 だが、ナナの瞳にあの影は浮かばなかった。

 哀れにも美しいあの影の代わりに、淡い慕情を浮かべている。

 

「でも、私がちゃんとイタチのことを話せば、五影様たちにはイタチがどれだけ立派な忍だったかって、わかってもらえると思うの」

 

 そこに一瞬、強い意志が煌めいた。

 

「忍の歴史に、『うちはイタチ』の名前が“悪者”として刻まれてても……今の五影様たちの心に、イタチがしたことが残ってくれれば、それでいい」

「ナナ……」

「きっとサスケも、そう思ってる」

 

 そう言ったナナの晴れ晴れとした顔を、清々しい朝の日が照らしていた。

 

 

 

 

 次にナナの姿を見たのは、会談の昼休憩の時だった。

 無骨だが、木の香りの心地よい円卓が置かれた議場に、ナナは満面の笑みで現れた。

 早朝からの会議の疲れと、思いのほかはかどらない議事進行に、少々重たくなっていた空気が一気に和らいだ。

 

「昼飯はナルトが勧めたものにした。口に合うかどうか……」

 

 火影が少々不安げに皆に言う。

 だが、ナナは自信ありげにその品を運んで来た。

 

「ナルトのお勧め、『一楽ラーメン』です!」

 

 そして、岡持ちから注意深くどんぶりを取り出す。

 なんとも言えない、食欲をそそる香りが部屋中に漂った。

 

「ナルトのたっての希望でな。五影の皆が木ノ葉に来るのなら、ぜひともこのラーメンを食べて欲しいと……」

「ほんっとうにおいしいですから! 召し上がってみてください!」

 

 他の木ノ葉の忍とともに、ナナは円卓をまわってどんぶりを配って行く。

 

「風影様は『とんこつ』だって、ナルトが」

 

 ラーメンに色々な味の種類があることは知っていたが、どうやらナルトの自分へのお勧めは「とんこつ味」だったらしい。

 理由はわからないが、とにかくうまそうだった。

 

「水影様は『しょうゆ味』をどうぞ……。土影様は『みそ味』で……」

 

 と、そこへ……。

 

「全部、チャーシュー大盛りにしてもらったってばよ!」

 

 親指を突き立てて、うずまきナルトが登場した。

 

「コラ、ナルト! 休憩中とはいえ、五影会談の最中だぞ!」

 

 と、火影に叱られるが……。

 

「いやぁ、お客に料理を出すときは料理の説明がつきものだろ? オレが一番うまく一楽の味を説明できるってばよ!」

 

 へこたれる様子もなく、議場に足を踏み入れた。

 どんぶりを配り終えたナナが、後ろでくすくすと笑っている。

 

「ナナ……お前が呼んだな?」

「えーと……なんのことでしょう」

 

 火影の睨みを緩やかに交わすナナの様子は、なんだか新鮮だった。

 

「ナルト、具合はいいようだな!」

 

 まぁいいじゃないかと言って、雷影がナルトを呼びつける。

 

「ワシのは『とんこつ』か。ちゃんと説明しろよ」

「オッス!」

 

 ナルトは跳ぶように円卓を回って雷影の側へ行き、ラーメンについての説明を始めてしまった。

 

「しかたないヤツだ……」

 

 火影は大きくため息をついて、こう弁明をした。

 

「サスケのところには暗部をつけて見張ってあるから、皆、安心してくれ」

 

 ナルトは、サスケの見張り役を任されていた。

 それを、火影のこの言葉を聞くまでうっかり忘れてしまっていた。

 

「ワシら五影が勢ぞろいしている目と鼻の先で、そうそう悪さをするヤツはおらんぜよ」

 

 土影が豪快に笑い、レンゲでスープを飲む。

 

「麺が伸びてしまわないうちにいただきましょう」

 

 水影も、さして気にはしていないようだった。

 

「はい、風影様、お水どうぞ」

 

 ニコニコしながら水を注ぎ足すナナに促されるように、我愛羅もラーメンに手を付けた。

 たしかに、わざわざ五影会談で振る舞うほどうまかった。砂の里にはない味だ。

 午前の重苦しい雰囲気が嘘のように、場はそれぞれのスープが共演した良い香りと、なごやかな空気に包まれている。

 何といっても、太陽のように明るい男がこの場を「議場」からただの「食堂」へと変えてしまっていた。

 

「そんなこと言ってワシらの機嫌をとったところで、サスケの差配は変わらんぞ!」

 

 本気なのか冗談なのか、雷影がナルトに言った。

 我愛羅の箸を持つ手が一瞬止まったが、ナルトは照れくさそうにこう返す。

 

「そこをなんとか! 頼むってばよ!」

 

 単純明快な彼の仕草は、緊張どころか笑いを誘った。

 

「こんなに馬鹿正直に真正面から交渉する忍など、他におらんぜよ」

「ったく、少しはおとなしくできんのか、ナルト!」

「だってよー」

 

 ナルトは左手だけで、拝むようなポーズをとって皆を見回した。

 

「サスケのやつ、ちゃんっと反省してっから、なんとか牢屋にぶち込むのだけは勘弁してやってくれってばよ! な、ナナ!」

 

 面白そうにうなずくナナを横目に、今度は水影が口を挟む。

 

「なるほど。それで今朝、わざわざ門のところで私たち全員を出迎えたのですね」

 

 ナナは肩をすくめた。

 

「そうなんです。私たち、ええと……アレです。ゴマをすってるんです!」

 

 これに噴き出したのは、今まで忍たちのやり取りを黙って見守っていたミフネだった。

 ばつが悪そうに、火影が大きくため息をつく。

 

「もういいお前たち。さっさと片づけて出ていけ」

 

 こんなあからさまな策など、かえって逆効果だと言いたいようだ。

 もっとも、通常ならばそれが正論である。

 

「でも、みんなうまそーに食ってくれてよかったってばよ!」

「テウチさんに無理言ってお願いしたかいがあったね、ナルト」

 

 二人が、片づけながら小声でそう話しているのが聞こえた。

 彼らがそう深刻そうにしていなかったことは、我愛羅にとっても救いだった。

 気が重かったのは、自分たちのほうだったのかもしれない。

 二人は楽観的というより、あれはきっと……どんな結果を宣告されても、受け容れる覚悟があるのだろうと思った。

 たとえば「投獄」という結論を突き付けられても……それでも二人は変わらずサスケの側に在り続けるのだ。

 これからはもう、離れることはなく。いや、たとえ離れていても……。

 

「これでサスケの件はバッチリだってばよ!」

「うまくいくといいね」

「雷影のおっちゃんもゴキゲンだったからよ、大丈夫だってばよ!」

「聞こえているぞ、お前たち!!」

 

 火影の怒鳴り声に、二人は戸口で肩をすくめた。

 

「ほ、ほらほら、もういいから早く行って……!」

 

 二人の背中を押し出そうとするのは、火影の側近のシズネだ。

 

「そ、それじゃあこのへんで、しつれーしまーっすってばよー!」

「失礼します!」

 

 同時に言って同じ角度で頭を下げる様は、まるで双子のようだった。

 そしてさらに二人は、同じ視線をこちらによこす。

 その意図はすぐにわかった。

 

(サスケをよろしく)

 

 あからさますぎて、とうとう我愛羅も噴き出さざるを得なかった。

 

「ほんっとに困ったヤツらだ。会談の緊張感が台無しじゃないか! ただでさえ進行が遅れまくってるってのに……!」

 

 火影が、こちらを横目で睨みつけながらぼやく。

 苛立ちと呆れが頂点に達しているようで、いつになく眉間の皺が濃くなっていた。

 

「まぁまぁ、こんなことで懐柔されるワシらでもあるまい」

 

 意外にも、彼女をなだめたのは土影であった。

 

「し、しかし……」

「火影様、今は会議も休憩中ということでしたし、二人の元気そうな姿を見られて安心したので良かったではないですか」

「いやいや、懐柔されてもおかしくないほど美味いラーメンだったぞ!」

 

 雷影までもが、そんな冗談を言って笑っている。

 

「お前たちはアイツらに甘すぎだ! ウチの里の若い忍を甘やかしやがって……!」

「ま、そのほうが我々には都合が良いということで……」

「カカシ、お前まで何を……! だいたい二人ともお前の部下ではないか! お前がちゃんと躾けておかんからああいう……」

「つ、綱手さま、後片付けも終わりましたので、そろそろ会議の再開を……!」

 

 シズネの言葉で、ようやく火影は椅子に座り直した。

 我愛羅はもう一度、誰にもわからないように笑ってみた。

 今日のこの日……最も緊張感を高ぶらせているのは木ノ葉の連中なのだ。

 それを、“当事者”とも言えるナルトとナナがあの様子では、火影が怒るのも無理も

はない。

 拍子抜け……というか、こちらの気も知れず……という苛立ちか。

 「長」と呼ばれる立場であるからこそ、火影の気持ちも飲み込めた。

 が、きっとナルト……はどうかわからないが、ナナは当然、そういう状況も全てわかったうえで、あのような振る舞いをして行ったのだろう。肩の力が全く無いのは、強がりではなかった。

 これから予定されている“証言の時”になっても、きっとナナはまっすぐ前を向いて言葉を並べるだろう。

 今までの五影会談のように。

 

 

 

 

 午後9時。

 我愛羅たちはようやく宿に入り、遅い夕食をとっていた。

 とはいっても、達成感は少しも無い。

 というのも、明日の早朝に木ノ葉を出る予定が変更になっていたのだ。

 今回の五影会談は、早朝から会議と尋問を初めて、この時間に決議まで至るはずだった。

 そもそも里長どうしの会合は、たいていが短時間……長くて一日というのが常識である。

 里長がそう長く里を開けていられるはずもなく、ましてや他里に入り込んでいる状態を数日も続けられることなど考えられなかったのだ。

 忍の里の歴史が始まって以来、一泊の宿を他里に提供するようになったのは、忍連合を結成してからなのである。

 今回も、今までの数回の会談と同様に、十数時間の話し合いの末、木ノ葉が用意した宿で少し休憩をとってから、それぞれの里へ帰って行くという予定になっていた。

 それで十分なはずだった。これまでの会談である程度の道筋は立てて来たし、それぞれの里の意図も擦り合わせができていた。

 カブトとサスケの尋問はいわゆる「最終確認」であり、最後の決断を下すための足りないピースを埋めるための「儀式」という認識だった。

 我愛羅だけじゃない。他の長たちもそう考えていたはずだ。

 

 だが、そううまく事は運ばなかった。

 カブトとサスケから語られる「重要事項」があまりに多すぎたのだ。

 何故なら、二人は大蛇丸という重要人物と関連していた。それも、とびきり深い関わりだ……。

 二人から情報を引き出すことも、尋問の目的のひとつに掲げられてはいたのだが、その情報量は想定外に膨大で、予定を大幅に超える時間を擁してしまったのだった。

 ただ、心配していたことが今日中に滞りなく片付いたのは良かった。

 それはもちろん、「ナナの証言」である。

 ナナはやはり、冷静に、淡々と、うちはイタチとサスケのことを語った。

 ナナの声を聞きながら、また胃の底のほうが痛んだ。

 彼女がどんな想いで、触れられたくもない話をさせられているのか……そうさせてしまっている一人として、罪悪感もあった。

 が、ナナはちゃんと、我々に“痛み”を見せてくれていた。

 無理矢理に悲しみを押し殺して、強がりやヤケクソで話をするのではなく、ちゃんと……悲しみを乗り越えようとしている姿を見せてくれた。

 言葉でも……。

 

『この話をするのは、まだ辛いんです』

 

 傷ついた笑みで肩をすくめ、そう言った。

 だから本当に安心したのだ。ナナはもう……“ひとり”ではない。彼女自身がそのことを知っている。

 ひとりで全部を背負い込むことは、もう無いのだ。

 

「それにしても、木ノ葉は飯がうめーじゃん!」

「昼に出されたラーメンも、砂じゃあ口にできない味だったね」

 

 こちらの気を知ってか知らずか……いや、きっと察したうえでのことなのだろう。

 兄と姉は、会談のことはいっさい口に出さず、ときおり給仕する女将や仲居と談笑しながら食事をしている。

 ふと、以前の滞在を思い出した。

 サスケ奪還支援後の滞在ではない。あれは辛すぎる……。中忍試験で初めて木ノ葉を訪れた時のことだ。

 あの時の自分たちは、周囲の全てが敵だった。他者との関わりを好まなかった。宿の者とは最小限の会話しかしなかったし、高圧的な態度で接していたように思う。

 自身も、姉兄とこうして食卓を囲むすら考えられなかった。

 が、今は……笑顔を浮かべながら親しげに女将や仲居と話す二人を見て、大きな変化を感じていた。

 きっと女将たちも、こちらの変貌に驚いているだろう……。そしてきっと、殺気を漂わすだけだった自分が風影になり、彼女らのもてなしにくつろいでいることに、心底驚愕していることだろう。

 そんなことを考え、ようやく緊張感がほぐれたのを実感した矢先……。ふすまの向こうから、来客を告げる仲居の声がした。

 

「みなさん! こんばんは!」

「お邪魔しまーす」

「ったく、返答も待たずにいきなり開けんな! ヘタすりゃ殺されるぞ」

 

 ここは風影の宿泊所。最上級の警備が手配されていることをこの目で確認した。

 それなのになぜ、「来客」が……。

 などと考える暇もなく、ふすまは勢いよく開かれた。

 

「お、お前ら……!」

 

 カンクロウとテマリも、無遠慮に入って来た者たちを見て目を丸くする。

 

「差し入れをお持ちしましたよ!」

 

 そこには、菓子やら飲み物やらを手にした、リー、シカマル、そしてナナが居た。

 

「ごめんね、食事中に」

「ご飯はみんなで食べたほうがおいしいですからね!」

 

 決して狭くはない座敷だったが、一気に室内の温度が上がったような気がした。

 

「い、いや……」

「別にかまわねーけど……」

 

 戸惑いを見せるカンクロウとテマリに答えるかのように、シカマルが言った。

 

「一応非公式ってことで……。接待っつーより、ただ『中忍試験』の同期のよしみで、ちょっと話そうってカンジだったんだが……」

 

 一応、すまなそうな、言い訳のような態度ではあったが、彼もさっさと持参した飲み物を開けている。

 

「せっかく木ノ葉に来てくれたんだから、いいよね」

 

 ナナが言うと、カンクロウとテマリも笑った。

 

「ナルトは連れて来られなかったの。昼間の件で綱手様が怒っちゃって」

 

 この期に及んで、彼女はまたうずまきナルトをサスケの監視役からはずそうとしていたようだった。

 しかしそれは、サスケのためでないことはわかっている。ナルトのためだけでもない。

 我々、砂の一行のため……それを考えてくれているのだ。

 だから、この五影会談と直接的に関わりが無いであろうリーを連れて来てくれた。

 

「五影会談の内容は一切聞かねーし、もちろん『ゴマすり』もなしだ。ただ、馴染みの面子が木ノ葉で揃ったってコトで、まぁ、楽しくやろーぜ」

 

 シカマルが、念を押すかのようにそう言った。

 こちらの懸念を、彼はちゃんと飲んでくれている。暗に、責任のありどころも自分たちにあるとでも言うようだった。

 

「そうですよ! 里や立場は違えど、ボクたちが培ってきた友情は熱く燃えているじゃないですか!!」

「シカマル、『ゴマ』は擦っちゃいけないの?」

「ナナ……お前、その単語、気に言っただろ……」

 

 この様子には、さすがに笑いがこみ上げた。今までのナナを案じていた重い気分が、ふわりと浮いた感覚だった。

 それは、ナナ本人が元気そうにふるまっているだけでは感じることができなかっただろう。

 ナナの友人たちもまた、不安の影を見せない様子なのが、この安堵感を引き出してくれたのだ。

 

「そんなに擦りまくらなくても、サスケの件は我愛羅がなんとかするじゃん」

 

 酒に酔っているのか、それとも場の雰囲気に酔っているのか、カンクロウが調子の良いことを言った。

 だが、テマリは咎めなかった。

 自分も何も言わずに、ナナに差し出されたみたらし団子を頬張った。

 

「それにね、明日、会談が終わってもお見送りができないから、今日のうちにたくさん話しておきたかったの」

 

 このナナの言葉に、カンクロウがすぐさま反応した。

 

「はぁ? お前、まさか明日、任務が入ってんのか?!」

「うーん。任務っていうか……」

 

 顔を見合わせるテマリとカンクロウに、ナナはゆっくりとした口調で説明した。

 

「前に話したでしょう? 木ノ葉の和泉神社の巫女が、里に帰ることになったって。明日出発だから、念のため私が送って行くの」

 

 このことを、自分は火影から聞かされていた。それは付き人たちが席をはずしていた時であったため、二人は知らなかったのだ。

 だから、二人はナナに自分が火影にしたのと同じ質問をした。

 

「ど、どうしても明日じゃなきゃだめなのかい?」

「今さらお前が護衛じゃなくてもいいんじゃんよ?」

 

 困ったようなナナの代わりに、答えたのはシカマルだった。

 

「木ノ葉の和泉神社に、和泉一族の人間が居たってことは、広く知られたわけじゃねーけどよ、道中、悪意を持った何者かに狙われないとも限らねぇだろ。情勢もまだ安定してねぇしよ。だから、世間が五影会談に目を向けてるこの機に、うまく『脱出』させようってワケだ」

「まぁ確かに、今最も危険なのは、『移動中』の五影だからね」

「それによ、和泉の里の“場所”が秘匿されてる以上、関係ねー人間が護衛に就くわけにもいかねぇだろ。だからナナなんだよ」

「それはわかるけどよー……」

「それにね、私はよくわかんないんだけど、和泉式陰陽術で『星の巡り』を占うと、明日が一番日取りが良いんだって」

 

 もう一度、カンクロウとテマリは顔を見合わせた。そして、こちらを見た。

 二人の懸念事項は手に取るようにわかっている。

 

 

「けどよ、明日は『サスケの判決が下る日』なんだぞ?」

「そうだよ。アンタがいなくちゃはじまらないんじゃないのかい?」

 

 

 たまりかねたように、二人は直接それをぶつけた。

 が。

 

「ああ、大丈夫! 結果が出たらサイが知らせてくれることになってるから」

 

 肩透かしを食らわせるように、ナナはあっけらかんとそう言った。

 二人は、結果がナナに迅速に伝わらないことを心配しているわけではない。そんな重要な日に、その結果を“待って”いなくて良いのかと聞いているのだ。

 五影のナナに対する印象はすこぶる良かったが、それでサスケの件を楽観視するほど、ナナは愚かではない。

 自分はともかく、五影たちは贔屓目など一切持たず、サスケの尋問の続きを行ったうえで然るべき判断をくだすはずだ。

 サスケの罪を許して木ノ葉の忍に戻すことを認めるのか……それとも、罪を重んじて投獄するのか。

 善か悪か。害か益か。

 複雑な事情を抱えた人間を裁くのは難しい……。

 

「ナナ、オレは公正に判断しても、最初からうちはサスケには恩赦を与えるべきだと思っている。今後、再び木ノ葉の忍として尽すのが、サスケにとっての償いにもなるし、木ノ葉や世間のためにもなる。だが、他の影たちはオレよりももっと多くの人間を見て来た経験者だ。だからこそ、サスケへの差配は今回の会談まで先延ばしになった。だから……」

 

 特段、改めて言う必要もなかった。そんなことを言わずとも、ナナは良く知っている。

 だが、どうしてももう一度ちゃんと伝えたかった。

 いや……、この“不安”をナナに共有して欲しかった。

 

 明日、サスケがどうなるか……。

 

 彼には特別な共感があったから、風影としても、個人としても、彼にはもう一度のチャンスを与えて欲しかった。彼がこれから先、光の道を歩けるような結果を望んでいた。

 自分自身が、闇から救われた身だからでもある。

 それに第一、ナナの悲しむ姿を見たくはなかった。

 ナナの悲しみも、ナルトの失望も、この戦争で疲れ切ったままの精神では、受け止めきれる自信がなかった。

 この“不安”を、ナナと分かち合いたかった。ナナがそれを押し殺しているのなら、友である自分に見せて欲しかった。

 だが、ナナはじっとこちらの目を見つめて言った。

 

 

「明日、サスケがどうなったとしても、私は平気だから」

 

 

 さらりと、露が葉を伝うように。

 

「五影様たちがサスケにどういう判断を下されても、私は平気」

 

 またも、強がりや冗談には聞こえなかった。

 嘘ではない、これが今のナナの真実なのだろう。

 

「ナナ……」

 

 が、困惑はした。

 そういう表情も、表に出ていると自覚している。

 

「心配しないで、我愛羅」

 

 それを、ナナも知っている。

 だからきっと、この困惑を凪ぐように、ナナは思い切り笑みを見せるのだ。

 

「私はもう、ちゃんと自分の生き方を見つけたから」

 

 今までもずっと、“ちゃんと”自分の足で棘の道を踏みしめて来た者が、そう言った。

 傷ついて倒れそうでも、顔を上げ、歯を食いしばって歩いて来たくせに……。

 だがこの笑みは、その痛みや後悔の上に立って浮かんだものなのだ。

 陰のある笑みは好きだったが、今のナナにそれはなく……ただ未来への希望に満ちている。

 それを確かめるべく、彼女の隣に居るシカマルを見た。この想いを保証するかのように、彼はそっとうなずいた。

 

 だがこの時、我愛羅はまだ知らなかった。

 尋問の最後、サスケが口にする“望み”を……。

 

 

 

 

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