結局の所その日の仕事は半分ほど上の空であった。
しかしそれでも、その日のバラエティのお仕事はそこそこの取れ高を作り、なんとか仕事をこなした自分を摩美々はほめてやりたくなった。
あの時、プロデューサに何気なく問われ摩美々は動揺し、なにやら適当に受け答えをしたように思うが記憶が曖昧だ。
気分的には見ていたホラー映画の怪物から「次はお前だ」と突然名指しされたかのような、気持ち悪さがお腹の底に沈殿している。
「はぁ…」
夜、自宅のベットで横になり気を紛らわせるために携帯をいじっていたけれど漠然とした不安は消えず、ついついため息を漏らしてしまう。
三峰はチェインで「気にしすぎだよ!やっぱりあさたんの見間違いとかそういう落ちだって!!」と、励ましてくれたがどういうわけだがそうとは思えなかった。根拠があるわけではないが。じっとりした冷たさが昼間から背中に張り付いている。
「ドッペルゲンガー…」
何とはなしに検索。ヒット、都心伝説、もう一人の自分…そして。
――会ったら死ぬ。
調べなきゃよかった。携帯を横に放り投げると、大の字になり天井を仰ぐ。
摩美々はこういう類のオカルトには斜に構えていたはずなのにな、と心中で自嘲気味に笑った。
目が覚めた。
部屋は暗い。時計の音だけがコチコチと闇の静寂に響く。
(…今何時ー?)
摩美々は寝ぼけたまま枕元に置いてある携帯を取ろうとして、気づいた。
体が動かない。目だけは動かせるがそれ以外は石になってしまったかのようにピクリともしない。
(ちょ、ちょっと噓でしょ…!)
何とか金縛りを解こうと体をよじろうとするが無駄に終わった。しかもこんな時に昼間の事を思い出ししてしまい恐怖心がむくむくと湧き上がり、焦りだけが募っていく。
そこで、ふと視線に動く物を捉えた。
(え――)
先程まで気づかなかったが闇に目が慣れたのかそれに気づいた。気づいてしまった。
人だ。
人が枕元から覗き込んでいる。
摩美々が認識したことを感づいたのだろうか。ぐっと、顔が近づく。
闇に溶けていたその顔が明瞭になる。
――自分だ。
反射的に分かった。これは自分の顔だ。
「摩美々」は口元だけ吊り上げた、そのくせ目元は蝋人形のごとく精気がなく少しも動かない。
(――あ)
声が出ない。悲鳴も出ない。呼吸がしにくい。恐怖、疑問。ぐちゃぐちゃになった感情が摩美々を塗りつぶす。
「摩美々」はその笑顔モドキを張り付けたまま摩美々に馬乗りにまたがる。ずしりとした感触。しかし人が乗ったというよりも石に伸し掛かられたかのような冷たさ。
摩美々は発狂しそうになりながらも抵抗は出来ず、視線は固定化されたかのように逸らせない。
「摩美々」はまたがったまま両手でゆっくりと摩美々の体のラインをなぞる。ふともも、腰、胸。そしてまた胸、腰、ふとももと往復する。
ぬめりのないナメクジに這われているかのような不快感。動かない体の分を補おうとするかのように激しく振動する心臓。恐怖で凍り付いた摩美々の心はもう何も思考できない。
そして何往復目かに、撫でまわしていたその両手が摩美々の顔でぴたりと止まる。
耳元に口を近づける。
「私、見つけた」
自分の声、そこで摩美々の意識はぶつりと途切れた。