持たざる者のみが扱える「力」というものがある。
遥か昔、技術が今よりも発展した世界でそれは生まれた。
持つ者と持たざる者で二分されていたはずの世界を、その「力」は大きく変えた。大きすぎるほどに。
持つ者、持たざる者。前者は後者を虐げ、後者は前者を憎んだ。そんな世界は真っ平だと、その二分された世界をどうにか一つに、お互いが手を取り合えるようにしたいと思っての「力」であったが、その未来はやってこなかった。
両者は互いへの憎悪を深め、そして戦い、滅ぼしあった。そしてその数を大きく減らし、文明と文化、平和と秩序を破綻させてからやっと人々は気付いたのだ。
その二分された世界の無意味さに。
二分することで保たれていた均衡もあった。二分することで分かり合えない事柄もあった。だが、互いの命や大切なものを奪い尽くしてまで、持つ者と持たざる者を区別する意味などなかったのだ。
人々は自らの過ちを悔いた。持つ者はより良い世界のために。持たざる者はその世界を支えるために歩み始めた。
そして、世界を混沌へと陥れた「力」は二つに分けられ、深く、深く、地中へ封印された。
もし、どちらかが目覚めた時。もう一つの「力」が目覚めた方を止めることができる。人々はそれを信じて「力」を埋葬した。
だが、もしも。
その二つの力が再び一つとなり、世界を混沌に陥れようとするなら。
再び世界は破滅へと歩み始めることになるだろう。
魔法少女リリカルなのは外伝
黒鉄のアーマメント
時空管理局。そこには幾つものも部門があるが、その多くを二つに分けることは簡単だ。一つはリンカーコアを持ち、魔法を行使できる者達が所属する部門。そしてもう一つはリンカーコアを持たない者達が所属する部門だ。
僕が所属する管理局の法人管理部は後者。リンカーコアを持たない者たちが所属している。だが差別はない。魔力持ちに虐げられることも、侮蔑されることもない。
誰もが知っているからだ。魔法だけじゃ解決しないことも、魔法以外のことで解決できないことも。世界は持つ者と持たざる者で簡単に二分できるほどシンプルにはできていないのだ。
「ケイス。仕事だぞ」
定時まであと5分というところで仕事を持ってくる上司を相手にするのも、単純なことじゃない。
「カール、勘弁してくれよ。今日は早めに帰って冷蔵庫で冷やしているビールと頼んだピザを楽しもうと思っていたのに」
「その予定を俺に伝えておいてくれたら他の面子の予定を空けていたんだがな。だが、仕事をさっさと終わらせて予定を空けていたんだ。スケジュールはうまく管理しないとな」
ばさり、と置かれた書類の束を見てうんざりする。ため息も出た。それを見て上司でいるカール・レヴィソンは退屈そうに肩をすくめる。
法人管理部とは、ミッドチルダ時空管理局が管轄する次元世界内で行われる流通商業の管理を行う部署だ。次元を跨いで物品を流通させるには管理局の認可がいるし、その運輸業者関係は皆法人扱いとなるのだから。
故に、まずそうな物を輸出しようとしたり、発送先の次元世界の文明を根底からひっくり返そうとする技術品だったり、違法に取引される原生生物の売買などの通報や調査も、この部門が行う。
カールから渡された書類を縦に流し読みをすると、今回の案件も似たようなものだった。
「身元不明の物品の回収?いつミッドチルダに?」
「今朝だ」
「にしては連絡が遅かったな。輸入管理課の奴らは居眠りでもしていたのか?」
「そうでもない。どうやら扱いに困っていたそうだ。なんでも……古代文明の代物だとか」
そこまで言って彼は申し訳なさそうに僕を見るが答えは決まっていた。
「カール」
「わかっているよ、お前が古代ベルカやそれ以前の文明研究をしていたことくらい。だが、誰もそれに触れられないんだ。そして違法な輸入品」
「受けないぞ。こんなめんどくさい案件。前に似たような代物を担当した時何があったと思う?年代測定だけで一週間も調査室に閉じ込められたんだ。一週間だぞ?特別手当てもなかった」
「わかってくれ、ケイス。大事な仕事だ」
「いいや、ダメだ。今日は俺は帰る。そんな意味不明な代物を調査する仕事なんて受けない!絶対だ!」
そして数時間後、僕は輸入管理課へと足を運んだ。外観の簡単な調査だけでも頼むよ、とカールに泣きつかれて断れなかった自分を殴ってやりたい気分だった。
「ケイス・テレインさん、よく来てくれました。輸入管理課のハワードです」
対応してくれる担当者と挨拶を交わして、すぐに問題の代物が保管されている倉庫へと案内される。この輸入管理課は他次元世界からミッドチルダに輸入されてくる全ての代物がやってくる。その数は膨大で、管理するにしろ、調査するにしろ人手が足りないのだ。
夜更けだというのに自律運搬をするガジェットが通路の端を行き来しているを眺めているとその悲惨さが目に浮かぶようだった。
「うちの課でも過去文明の遺失物について知識のある者もいるのですが……誰もが首をかしげるばかりで」
ここです、と保管倉庫の前に立った彼はカードキーで扉を開く。部屋のロックが解除されたと同時に真っ暗だった室内にも灯が点いた。そして部屋の真ん中には大きな箱が置かれていた。一目見てそれはまるで棺桶のようだと思った。長さはおおよそ2メートル。横幅も1メートル近くある。黒く角張ったそれは、まさに人を埋葬する棺桶に見えて仕方がなかった。
「第一印象は最悪でしょうが……ここの文字、わかりますか?」
角張った箱の天板に書かれているのは古く、劣化で字体が崩れているものの、間違いなく古代文明の文字であった。
「この文字は古代ベルカのものでも、新暦以前のミッドで使われていた共通文字でもありません。全く未知のものです」
「そうでもない」
ポケットから小型の翻訳機を取り出し、すぐに字体を撮影。解析ソフトにかける。たしかにこの文字は古代ベルカのものでも、ミッドの共通文字でもない。もっと別のものだ。
「ロスラング……失われた古代文字のひとつだ。年代は約1000年前……」
ロスラング。これはミッドチルダや古代ベルカ以前に栄えていた文明が使用していた言語や言葉、文字の総称だ。正確にはそれぞれの年代や文明によって区分されているものだが、その数は膨大すぎて研究するにも範囲が広すぎる。故に、古代文字を知るものたちからは総称としてロスラングと呼ばれている。
そして、この箱に刻まれたのは今から約1000年前に栄えた古代文明で使用されていた……ダーク文字だ。
「その、ダークって?」
「暗黒時代だ。古代ベルカよりも遥か以前。君はアルハザードの伝説は?」
「え、絵本程度には」
「その伝説が語られた時代と古代ベルカの中間だと思えばいい。凄惨な絶滅と滅びが繰り返された暗黒時代。だから、その時代に反映した文字群をダーク文字と呼ぶんだ」
「わかりやすい授業でした。法人管理などやめて考古学の教授になればどうです?」
「考古学なんて今どき流行らないさ」
輸入管理課のハワードとそんな軽口を叩き合っていると解析ソフトからの結果が出された。いくつかの文字は崩れて読めなかったが、前後の接続文字から文体を予測された結果は、ひとつの詩を意味していた。
「〝天と地が隔たれていることこそが真実である〟」
「難しいですね。哲学者の言葉とか?」
「哲学者ならもっと皮肉っぽいことをいうさ」
年代測定は終わったので、これは管理局の遺失物管理部門に回されることになる。ざまざまな調査を受けた後、厳重に封印されて遺失物倉庫の奥で眠ることになるだろう。
だが、妙に引っかかることがあった。ハワードが管理局へ連絡するために出ていったのを見送って、改めて解析結果として出た文字を見つめる。
ダーク文字にしては意味合いが素直すぎる。この時代の文言は独特な言い回しや、単語表現があるのだが、その独自の文法が成立していない。むしろその文体はミッドの共通文字に近い並びでもあった。
「……アナグラムだ」
ダーク文字が使われていた時代は混迷期。人と魔法の境目が曖昧となり、世界は常に争いを行なっていた。ダーク文字が独特な文法を持つようになったのは、そんな時代背景があったからだ。
その文字の文法が合ってないなら合わせればいい。
すぐに解析ソフトから出た結果の文字を入れ替えてゆく。削れた文字の候補を再検索し、ならび変えた文字の文法が適切なものになるように調整をかけていった結果、一つの単語が出来上がった。
「二分された世界の垣根を取り外す力……」
その言葉と共に角張った箱に手を触れる。すると、静かだったはずの箱は音を立てて開いた。真ん中から二つに割れて空いた箱。人が余裕で入れるサイズの箱の中から出てきたのは、手のひらに収まるほどの小さな端末だった。
「なんだ、これ……デバイス?」
長いひし形。反るような曲線的なデザインのそれには中央に黄色の宝石のようなものが埋め込まれている。本当に手に収まるようなサイズで重さもない。ひっくり返してみても特に何もなかった。
「こんなものを大層な箱に入れて隠していたんだな」
【〝こんなもの〟とは失礼ないい草だな、ケイス・テレイン君】
驚いて思わず落としてしまった。
【おいおい、これでも精密機器だ。扱いには注意をしてくれ】
突如として声を発した床に転がる端末を眺める。たしかに魔導士が使うデバイスは音声を発して術者を補助するが、それはリンカーコアがあるから可能なのだ。世の中にある端末がこんなふうに喋るわけじゃない。
「こ、これはなんだ?」
【慌てる必要はない、ケイス。君は見事に箱を開いた。合格だ。君をこの箱に招いた意味はあった】
「答えてくれ!なぜアンタは僕の名前を知っている!この箱の中身はなんなんだ!?」
【君は選ばれたのだよ、ケイス・テレイン。……君が手に入れた〝アーマメント〟によってね】
何を言っているのか、全くわからない。だが一つわかることは、この箱を調べる仕事を依頼されたのは罠であり、そして箱から出てきたものは特別にヤバいものだということだ。
「馬鹿な話に付き合うつもりはない。これは管理局に提出する。いいな?」
【ああ、構わない。それができればだが】
何を言ってるだ?そう問いを返す前に管理局へ連絡に行ったハワードが戻ってきた。すぐに異変に気づくはずだ。なにせ角張った箱の蓋が……。
「管理局はすぐに派遣されるやつです。後ろの箱も一緒に回収するとのことです」
何食わぬ顔で言うハワード。振り向くとさっきまで空いていた蓋が閉まっていた。音も立てずにだ。
「ハワード、さっきその箱……」
「なんですか?」
開いていたんだが……と言おうとしたが何も変化のない箱を前に彼は不思議そうな顔をしている。すぐに箱の上に手を滑らせたがさっきのように開く気配はなかった。
「じゃ、じゃあさっき箱から出てきたものを……」
ポケットに入れたはずの〝モノ〟を探るが、さっきまであったモノは消えていた。どこにもない。忽然と姿を消したのだ。
「ケイス?どうしました?」
「ハワード……信じて貰えないだろうけど……」
事情を説明しようとした瞬間、保管室の電気が一気に消えた。誰かが外側からロックしたのか、ハワードが全くと呟きながら扉の方へと足を向けると、くぐもった声と共に誰かが崩れ落ちるような音が響いた。
「箱はそこにあるな?」
帰ってきたのはハワードの声じゃなかった。暗闇に目が慣れて見えてきたのは複数の覆面の男を従える大柄な男の姿だ。男たちが持っているのはミッドチルダでは禁じられている質量武器。男もその矛先をこちらに向けている。
「何者だ、アンタたちは……」
「答える必要はない。殺しはしない。そこで転がっている男と同じように眠ってもらうだけだ」
ジリジリと距離を詰めてくる男たち。全く、とんだ仕事だ!残業してまでやってた結果、こんな暴漢たちに襲われるなんて!
「その箱を渡してもらう。それは……〝我々〟のものだ」
振り上げられた質量武器。電気ショックを与えるステッキを目にして咄嗟に身構えた瞬間だった。
【胸の中心を2回叩け!!】
さっき端末から聞こえていた声が聞こえた。訳もわからず、聞いたまま条件反射で心臓がある胸の中心を2回叩く。叩いた場所は体じゃなかった。硬く、人肌じゃない機械だった。同時に、叩いた箇所から金属が広がり、僕の体を覆い隠してゆく。
高圧の電流が流れるステッキで殴りつけられる前に体を覆い隠した金属は、流れた電流を全て弾き飛ばしたのだ。
「な、なんだよ……これ……!!」
「貴様……アーマメントを手にしたのか!!」
訳がわからないまま男たちに囲まれる。その日から、魔力を持たない僕の運命は一変した。
そして、この物語は、リンカーコアを持たざる者にしか扱えられないロストロギア「アーマメント」をめぐる。
僕の物語だ。