王妃殿下付き侍女(予)の一日   作:ほしな まつり

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当然、侍女視点ですがメインはあの二人です。
『国王陛下付き従者の一日』から一、二ヶ月経った頃でしょうか……。


王妃殿下付き侍女(予)の一日・1

王妃殿下付き侍女の一日の始まりは早い……らしいけど、うちのお嬢様はまだ陛下に嫁ぐ前の婚約者というお立場なので王城にお部屋を賜ってはいるがお泊まりをしたことはない。せいぜい陛下と共に晩餐をいただくまでで、それだって陛下が引き留めて、引き留めて、やっとお嬢様が頷いた時だけだ。だからお嬢様が王城で食事のテーブルに着くのは突発事項になってしまうのだが、なぜかいつでもお嬢様の前には好物がちゃんと並んでいる……さすがです、お城の料理人さん達。

いちを言っておくけどお嬢様は陛下とご飯を食べるのが嫌なわけじゃない。

陛下に口説かれて、口説かれて、それでも「急に予定を変更したら調理場の皆さん、困るでしょ?」とか周りに気を遣ってるだけで、いつもキリリっ、としてるお嬢様の方がモジモジ困ってる姿はそれだけで私まであっちこっちがもぞもぞするくらい可愛い。けどお嬢様のそんな頑張りも陛下に耳元まで顔をよせられ「ホントはアスナが食べたいんだけどな」って囁かれると途端「ぴぅっ」と肩を跳ねかせて、ほっぺたを美味しそうに色づかせてしまった直後ぷしゅぅぅっ、と空気が抜けてしまい「ご馳走になります」となるのだ。

陛下……いくら声を小さくしても陛下の従者さんや私みたいにお側にいる侍女達には聞こえてますからね。

お嬢様と食事が出来るのがそんなに嬉しいのか陛下はもの凄くご機嫌な笑顔になって捕まえたと言わんばかりにすぐにお嬢様の腰を抱き寄せ食事の時間までご自分の私室に連れ込もうとするのだ。だけどうちのお嬢様だって負けてはいない。

 

「陛下、執務室に参りましょう。目を通さなければならない書類が残っています」

「えー。だけどあれは急ぎじゃないし」

「急ぎではなくてもいずれ読まなくてはならない書類ですから」

 

にこり、と微笑むお嬢様の後ろでガッツポーズを決めて喜んでいる侍従さん、気持ちはわかりますけど陛下にバレてますよ。

ギッ、と陛下に睨まれた侍従さんはパッと顔を反らして何でもない風を装っているけど、不自然に目を泳がせている時点でアウトです。それに手もグーのままだし。

反対にお嬢様は近くにいた侍女に「食事の時間は遅れても構いません」と言付ける。

伝令を頼まれた侍女は一礼をしてから調理場へと向かい、私はこの場にいるもう一人の侍女に「お願いします」とお嬢さまの随行を託してからこちらを見ているお嬢様に向け力強く頷いた。

私は本来王城の侍女ではなく公爵家でお嬢様に仕えている侍女だからこれくらいの事なら指示を仰がずとも動ける。

急遽お城で食事をいただく事になった旨を公爵家に伝える手はずを整えてから、お嬢様が使っている城内の部屋で晩餐用のドレスの準備をしなくてはいけない。

私は頭の中でクローゼットに並んでいる全てのドレスを思い浮かべながら、お仕着せの裾さばきが乱れないギリギリまで歩く速度を上げた。

…………とまあ、こんな感じでたまに公爵家に戻るのが遅くなってしまった翌日の登城はいつもより少しゆっくりになる。

前に、陛下もちゃんとお嬢様の予定を御存知で駄々をこねているんですね……と陛下付きの従者さんに言ったら陛下はほぼ毎日「アスナ、今晩は食事していくかなぁ?」って呟いてますよ、と教えてくれたから、ご自分の予定をちゃんと把握しているのはお嬢様の方だった。

今日の午前中のお妃教育は城の図書室で歴史の勉強なので婚約期間中限定の私室で身支度を調えたお嬢様は迎えに来た侍女と共に部屋を出て行く。

 

「それじゃあ行ってくるわね」

「はい、いってらっしゃいませ」

 

お嬢様の姿が消えるまで見送れば後はお昼にお戻りになるまで部屋でのんびり……なんてゆるゆるは許されず、お嬢様がこの国の国王とご成婚され王妃となるまであと数ヶ月、それまでに私はこの王城で王妃殿下付き侍女として一人前にならなければならない。

これは王妃教育なんて比じゃないくらいの難関コースで……と言うと勘違いされそうだけど、うちのお嬢様は基本他国の王族に嫁ぐ可能性も視野に入れてお育ちになっているので自国の王妃教育なんて今更で、しかも社交界デビュー前からこの王城に勤めていたから城の内部構造は全て把握されてるし、国王陛下に仕えていたので陛下の寝室まで内見済み。城の夜会や舞踏会で国内の貴族の方々との面識も完璧だ。だから今日学ぶのはこの国の歴史じゃなくて近隣諸国でもなく、成婚式に参列される遠方の私なんて名前も聞いたことすらない国の歴史だと言うのだから、多少登城が遅くてもなんら問題はないのである。

それにこの前、成婚式の打ち合わせをしていた時「お祝いに見えた各国の代表者との挨拶の時は笑顔で頷いていてください」と言われたのに「折角来ていただいたんだから、どの国の言葉も日常会話程度なら出来るので」と告げたせいで、外交担当者が感動で涙と鼻水まみれになって大変だった。

陛下が何だか諦めたみたいなお顔になって従者さんに他国との挨拶時間を長く取るよう変更させてたっけ。

要するにうちのお嬢様は普通の成婚式ならドレスさえ出来上がってしまえばいつでも王妃になれる知識と品格のお持ちで、だからこそ「一刻も早く成婚式を執り行う」なんて冗談みたいな王命が現実化しようとしているのだ。だいたい国王の成婚は国の一大事なわけで、婚約期間が半年なんて絶対あり得ないのにお嬢様がほぼ仕上がっているせいで私は毎日城で侍女長から『王妃殿下付き侍女育成・超特急コース』の指導を受けている。

これでもこの国の宰相を務める公爵家の侍女だから他の貴族のお屋敷に仕えている侍女達と比べれば平均以上だと思っていたけど、その認識が甘かった事は認めざるを得ない……と言うか、私は元々お嬢様の騎士としてのサポートをする為に公爵家に雇ってもらった身だから、単純な侍女力だと平均以下なのかもって思い始めている。

実は私の父は現役の騎士だ。

父に加えて二人の兄も騎士、弟も騎士、の見事な騎士の家。父は私も女性騎士にしたかったらしいけど、母は特にこだわっていなかったらしい。ただ小さい頃から遊びの延長で兄達や弟と一緒に身体を鍛えて刃物の扱いをたたき込まれたのでいつの間にか私は「普通の女の子」とは少々違う感覚を身につけていたらしいんだけど、それに気づいたのは偶然お邪魔した公爵家で初めてお嬢様を見た日だった。

その頃、私は街の花屋で働いていて、公爵家で催されるお茶会に使う花が足りないとかで同業者からの紹介で花を届けに行った庭先に花よりも可愛らしく愛らしいお嬢様がいらしたのだ。

艶やかな栗色の髪をハーフアップにしてラベンダー色のドレスを綺麗に着こなしていたお嬢様に私は目が釘付けになった。花を持ったまま呆然と突っ立っている私に気付いたお嬢様が「お花、ありがとう。急にお願いしてごめんなさい」と近づいてきた時に妙な違和感に気付いた私は後先も考えず公爵令嬢に問いかけてしまったのだ。

 

「もしかして右足首、痛むんですか?、姿勢が真っ直ぐのまま足をかばっているから身体の軸が傾いてますよ」

 

逆を言えば素晴らしい体幹だった。普通なら腰で調整するから身体がうねってしまうのに、背筋は常に伸びたままなのだから。

いきなり花屋からの使いが放った不躾な言葉にお嬢様は大きなはしばみ色の瞳をぱちくりとさせた後「気付いたの、あなただけよ」と感心したように微笑んでくれたのだ。平民の言葉を素直に受け取れる貴族の令嬢がどれほど貴重な存在なのか、私はまだその時わかっていなかった。だからその後の会話も緊張はしたけど妙にへりくだったりせず続けられたんだと思う。

 

「でもこうしないと歩く時、右足がどうしても内向きになってしまうの。痛みは我慢できるけど治りが遅くなるのは困るし……」

「腰をうまく使うんです。お嬢様くらい体の軸がしっかりしていれば少しだけ上半身を前に傾けるだけで足は前に出るはずだから」

「そうすると今度は腰を痛めない?」

「何時間も歩くわけじゃないですよね?、今晩お風呂で身体を温めた後、左を下に横になって誰かに片手で腰を固定してもらい、もう片方の手で右足を支えて円を描くように動かして……えっと、ちゃんと伝わってます?」

 

その時、花をもったままのガサガサの手をお嬢様は躊躇いもせず両手で包み込んで「直接教えてもらえないかしら?」と申し出てくださったのだ。

それからは早かった。

もともと公爵様は父を御存知だったようで私が一般常識だと思っていたけど実はかなり専門的だった知識を褒めてくださり、近衛騎士を目指している娘の手助けをして欲しい、と侍女として公爵家で働くことになったんだけど、実際にお側に仕えるようになって驚いたのは私の方だ。公爵家のご令嬢としても毎日たくさんの勉強をされているのに更に騎士を目指して日々努力を重ねていて……私は騎士になるつもりはなかったから騎士の訓練法は詳しくないけど、痛めた身体の回復や歪みの矯正などについては父や兄達の助けになれば、と母から教わったり自身で考えた方法を兄達で試したりと技術が色々身についている。

そして逆に私は公爵家という我が国でも最上位クラスの貴族のお屋敷でお嬢様の侍女という職を与えられ初めて目にした衣裳部屋の中のあふれかえる色にそれまでで最高の興奮を味わったのだった。

花屋で働いていたのも色とりどりの花を見るのが好きで、色や形やバランスを考えて花束を作ったりするのが好きだったからだけど、ご令嬢のドレスや手袋、靴、それに装飾品を合わせる仕事は更に魅力的だった。

公爵家の一人娘であるお嬢様の衣裳部屋にある物は超が付く一級品ばかりで、しかも無い色はないと言うか同じ色だって幾つもあるから組み合わせは無限大。

こうして私はお嬢様の騎士となるべく道を支援しつつ、同時に侍女としての修行に励んだのである。




お読みいただき、有り難うございました。
ほぼ侍女の独白回で……すみません。
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