「王妃殿下付き侍女の朝は早いのですよ。一般貴族のご令嬢方とは違うのです」
今日はお嬢様が王妃となった後の王城での一日の生活についてで、説明を始めた侍女長のお言葉に私は余裕で頷いた。
だってうちのお嬢様だって朝は早い。騎士団のお当番が早番の時はまだ夜が明けきらないうちに公爵家を出られるからだ。お城には近衛騎士用に寝泊まりできる休憩室があるそうだけど「早番の日は前日からそこに泊まれば……」と言い出したお嬢様が全部を言い終える前にお屋敷の使用人達が「ダメっ」を突きつけた。
「どんなに早くても構いませんっ」と声を揃える家令に料理長に御者に侍女達。
「お城でお休みになると言うことは騎士面(マスク)を外した素顔の上に無防備な寝顔を晒すという行為なんですよっ、決して旦那様がお許しになるはずございません」と言い切る家令さんにお嬢様は危機感の無い顔で「そうかしら?」と小首をかしげたから、これはもうその場にいた使用人全員で「そうですっ」と力説させていただいた。
みんながそこまで言うなら、と渋々ではあるがご納得いただけたと思ってたのに、後日「陛下にもお話したら、やっぱり絶対ダメだって」と聞かされた時は侍女達は首振り人形みたいに高速で頭を上下させてたっけ。
「泊まるならオレの寝室を提供する」とまで言われたそうで、それでやっと諦めがついたようだった。
その代わり早朝に登城するお嬢様のお支度担当の侍女達は午後がお休みになる決まりになったので眠くて辛いって事はなかったし、お嬢様の朝食メニューもご自身で「パンとスープ、それにサラダと果物の四品にしてね」と限定。しかも一番経験の浅い料理人に作って欲しいって希望を出したから下っ端の料理人達は逆にもの凄く張り切ってたなぁ。
だからお嬢様の侍女たるもの、朝早いのには慣れてます。
「具体的には四時ぐらいですか?…三時でも大丈夫ですっ」
胸を張って言ってみたら侍女長が一瞬固まって「それは朝ではなく夜でしょう」と言った。
なーんだ、だったら平気平気。
「六時までに身支度と朝食をすませて下さい。七時までに妃殿下の起床準備を。公務の内容によっては朝食後に着替えが必要なので前日に確認をします。もちろん当日になっての急な変更にも対応できるように。先日見せていただいた貴方の衣装の扱いについてですが、レース、刺繍、ビーズ、リボン、それにボタンと金具は合格です。ただしクリスタルや貴石が付いている物に関してはまだ任せられません」
ですが、と一旦区切った侍女長の声が柔らかくなる。
「靴とドレス、手袋の選び方は上手ですね」
お嬢様が国王陛下の婚約者となられた日からお城で私を指導してくれている侍女長はほとんどいつも厳しい表情をなさってるけど、たまに口元が緩む時があって、なんだか小さい頃に母から褒められた時みたいに嬉しくなってしまう。
「有り難うございますっ」
「ただ、今後は髪型と髪飾り、帽子についても勉強するように」
「はいっ」
さすが侍女長、笑みはすぐに引っ込んで私の弱点を確実に突いてくる。
今までお嬢様は近衛騎士としてお城に上がっていたから髪型もシンプルなまとめ髪ばかりだし当然装飾も付けられない。それに朝、公爵家で結い上げた髪型とはまるで違う髪型で帰宅される日もあって「陛下に解かれてしまったの」と打ち明けられた時は侍女達の米神に血管が浮き出てた。
陛下が出席される夜会には必ずお嬢様が付き従うのだが、夜会バージョンの騎士装なので衣装を選ぶ必要はないし、そもそも近衛騎士としての任務が忙しすぎて他の舞踏会やお茶会に参加された事があまりないんだよね、うちのお嬢様。
でもダンスはとてもお上手だ。女性パートのみならず男性パートまで踊れてしまう格好良さ。
今後は王妃として夜会に出られるのだから我が国の貴婦人の頂点としての装いが要求されるので扱う小物にちりばめられている宝石一つでも曇りがあってはいけない。王家伝来の指輪など古い石が使われてる物はまた磨き方が違うみたいで「剣を磨くのなら得意なのに」ってポソッと言ったら古参の侍女さんに驚かれた。
「お茶などの簡単な給仕は……及第点といったところでしょう。全体的に俊敏なのは結構ですが落ち着きがないようにも見えますから一つ一つを丁寧に。折角アスナ様のお側にいるのですから所作を参考にすると良いでしょう。あの方は良いお手本になります……と言いたいところですが見習って欲しいのは騎士の時のお姿なので、ご令嬢の時では優雅さが強すぎて侍女としては不向きですね」
そうか、侍女長が知っているお嬢様は城内で目にする近衛騎士だから、今、騎士面(マスク)を取って陛下の婚約者として見るお姿とはまた違うんだ。逆に私はご令嬢としてのお嬢様を見ている方が圧倒的に多いから、確かにあの優雅でたおやかな動きは見とれるくらい気品に満ちあふれてるけど、あれを侍女がやってしまうのは違うだろうなぁ……って言うかあれをやれと言われても何年かかるか……あ、でも公爵家で剣の修練をなさっている時のお嬢様はご自身が細い剣のように鋭くてそれでいてしなやかだから、なるほど、あれを見習えばいいのか。
よしっ、タイミング良く今日の午後は近衛騎士としてのお嬢様に同行する予定だから、じっくり観察させていただこう。
今日のようにお昼で区切って午後から近衛の任務に当たられる日もあるのでお嬢様が使っている部屋には騎士の衣装や細剣も常備してある。当然、装いは上から下まで真っ黒だけど、スカートはフレアのにするか細かいプリーツのにするか、足元はタイツにハイヒールかニーハイにロングブーツか……丈が短めの黒の上着に中のブラウスはレース付きにしたり、シンプルな形でリボンやタイを付けたりと幾つか組み合わせの変化が出来る。
最後に長い栗色の髪を結い上げ顔の上半分を覆う騎士面(マスク)を装着し、帯剣をすれば『閃光』の異名を持つ美しき女性騎士の出来上がりだ。
「まずは近衛騎士団の団員室に向かいます」
騎士として表情を引き締めたお嬢様はお声すら精悍でご令嬢の時とは完全に纏う空気を一変させる。
これはこれで見惚れそうだけど穏やかで親しみやすい陛下の婚約者である公爵令嬢から簡単には近づけない威圧感を放つ近衛騎士への切り替えはさすがで、ああ、うちの父や兄達も騎士装で家から一歩出るとこんな感じになるなぁ、って懐かしくなってしまった。
多分、もう無意識なんですよね。
だから私が敬意を込めていつもの距離より一歩下がるとお嬢様はハッ、と驚かれて「ごめんなさい、怖かった?」と声を緩めた。
「大丈夫です。私は慣れてますから」
「よかった……ご家族に騎士が多いって、どんな感じなの?」
ほっ、と微笑んで、それからちょっと「聞いていいかな?」みたいにゆっくり問われて私は笑顔で頷く。
「家では普通……だと思ってましたけど、庭で遊ぶ時は足に重しを付けたり、腕立て伏せが一番多くできた人がおやつも一番多かったり、今考えるとちょっと普通じゃなかったですね。しかも父も混ざってやるのでだいたい父が一番おやつを食べてました」
「楽しいお父様ね」
「家での父はよく笑う人で…だからこそ騎士として在る時は家族でも距離を取るのがうちのルールなんです。それでお嬢様とも今はこの距離がいいかと……だいたい近衛騎士様に侍女がピッタリくっついてたら変じゃないですか?」
お嬢様はマスクの奥で「んー」と考えると「このエリアで働いている人達なら私の事は御承知だから平気よ。団員室まで一緒に歩きましょう」と誘って下さった。
そう言われてしまったら否とは言えない。私はお言葉に甘えてそそっ、と会話のしやすい位置まで距離を詰めさせていただいた。
お嬢様の部屋もそうだけど騎士団の団員室もお城のかなり内部にある。近衛は基本、王族や他国からの賓客警護が主だから城を訪れた貴族や商人達が行き来している一般エリアに姿を現すことはまずないらしい。私はこれまでに何回か団員室に行った事があるから場所も覚えているので周囲をキョロキョロせずにお嬢様の隣で侍女長の助言を実行すべく観察を始めた。
「どうしたの?、そんなにこっちばかり見て」
「気にしないでください。侍女長からの宿題なんです」
「宿題·····頑張ってね。それでお城には慣れた?、ご実家へのご報告は済んだのかしら?」
「お城の方はまだかかりそうです。こちらに勤め先が替わるのはこの前帰った時に伝えました。公爵様の推薦だって言ったら母は凄く驚いてましたけど」
確かに公爵家の侍女だってそう簡単になれるものじゃないのに次は王城の侍女だもんね。陛下がご婚約された事は公表されたけどお相手はまだ伏せているから詳しい事情は話せなかったのに、報告した時の母は驚いた後ニヤリと笑って「引き続き誠心誠意お仕えするのよ。それにしてもおめでたいわねーっ」って笑ってたから何がおめでたいのかバレてる気がする。父や兄達には手紙を送っておいたから、もうそろそろ着いてる頃だろう。
「お父様はまだ北の国境警備を?」
「はい。砦の生活が性に合ってるみたいで、あっちに兄二人も配属になりましたから三人で仲良くやってるみたいです」
そう、意外に筆まめな父は毎月手紙を送ってきてくれる。一人娘だもんね、愛されてるなぁ、と思っていたら母には月に二通届くと知ってもっと愛されている存在に敗北を喫した。
そして兄達が配属された頃から手紙の内容が報告書じみてきて私を困惑させている。何の報告かと言うとひと月に仕留めた雪熊の数を三人分競うように書かれているのだ。
一体何をやってるんだろう、父さんと兄さん達……砦、暇なのかな?
それにしても北の森の雪熊を何頭倒す気なのか……森の生態系の崩壊の原因がうちの家族とか冗談でもやめて欲しい。
熊を倒すのは必要最低限にするよう今度の手紙に書いておこう、と思っている間に騎士団員室の重厚な扉が見えてきた。
お読みいただき、有り難うございました。
……女子トーク回!(苦笑)