王妃殿下付き侍女(予)の一日   作:ほしな まつり

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王妃殿下付き侍女(予)の一日・3

お嬢様は近衛騎士団員室の扉を軽く叩いてからカチャリと細く開けて顔だけを見せ「準備、できてますか?」と問いかけた。

中はそれなりに広いらしいけど王城の侍女として正式採用もされていない私が覗いていい部屋ではないから、ちゃんとお嬢様の後ろで三歩下がって控える。

すぐに「はいっ」と幾分緊張した若々しい少年の声が聞こえると、私まで緊張が伝染してごくん、と唾を飲み込んだ。

私達が来るまで団員室で他の近衛騎士の方々と交流していたのだろう、少年の「有り難うございました。それでは行ってきます」という言葉に気さくに「おうっ」とか「頑張ってね」「いってらっしゃい」と声をかけられている。

そして扉が大きく開き仔犬のように飛び出してきたのは上から下まで黒衣を身に纏い騎士面(マスク)を付けた少年近衛騎士だった。

 

「よっ、よろしくお願いしますっ」

 

ポッキリと腰を折って挨拶した少年にお嬢様は苦笑してから同じように「よろしくお願いします」と返した後、こてんと首を傾げる。

 

「もう何度も会ってるのにどうして私にはそんなに態度が硬いの?」

「何度会っても緊張するからです。僕、アスナ様みたいに何から何まで綺麗な人見た事なくて、僕の身近な女の人と言えば取り敢えず強くて元気が一番みたいな……ひょわっ」

 

お嬢様以外の女性がみんな元気バカみたいに聞こえるんだけど?、と軽く頭を下げた姿勢のまま上目遣いで睨んだら少年騎士は珍妙な声を上げて顔を引き攣らせながら固まった。そんな無言のやり取りをする私達二人の間にお嬢様のちょっと呑気な声が流れて来る。

 

「強さと元気は大事だと思うけどな」

 

そう感想を述べられると、ぺふっ、と両手の指同士を合わせて気持ちを仕切り直し「今日はね、城内を案内するから」と口元を微笑みの形にする。そこへおずおずと少年騎士が口を開いた。

 

「あの……アスナ様の後ろにいるのは……」

「彼女も侍女としてお城で働くことになると思うから一緒に案内しようと思って」

「一緒に……」

「ダメ?」

 

近衛騎士団の中でも副団長に、と推されるほど実力や人望をお持ちのお嬢様が新米騎士の意見など聞く必要はないんですけどねっ、という圧を込めて再び睨み付けてやれば少年騎士は騎士面(マスク)をしていてもハッキリわかるほど顔を青くする。

 

「全然っ、ダメじゃありませんっ」

「よかった。じゃあ行きましょうか」

 

「はいっ」と元気良く返事をした少年騎士は自分の位置を測りかねてオドオドとした目でお嬢様と私の交互に視線を走らせるので、私はふぅっ、と息を抜いて手を差し出し自分の前を譲った。彼は礼を言うでもなく軽く頷くと見えない尻尾を振るかのごとくお嬢様の後ろを嬉しそうについていく。

少年期特有の線の細い身体で近衛騎士の特徴である真っ黒な騎士装だと一層小柄に見えるけど、それでも少数精鋭のエリート騎士団である近衛に入団出来たのだからそうとう鍛えているはずなのに彼が歩く度に腰の剣が不安定に揺れて、チャッ、チャッと不協和音を響かせている。

まだ剣が身体の一部になってないなぁ……近衛の入団を機に新調したのかな?

そう言えばお嬢様も近衛騎士になった時今の愛剣を手にしたのだが、贈答主が今の陛下だったのには開いた口がふさがらなかった。「匠の逸品」とはこういう剣なんだと一目でわかる業物で、そこにひっそり…と言うよりはこっそり付けられていた王家の紋章を発見した時は本当に目が飛び出ちゃったかと思った。

そう、あの紋章を見つけたのは私だ。

何かの手違いかと思って急いで家令さんに報告したら旦那様にもすぐに伝わって、お二人揃って確認に来られたけど、お二人とも呆れてるのか嬉しいのか悔しいのかよくわからないお顔になってた。ちなみにお嬢様は「ふふっ」て子供の悪戯を見つけたみたいな笑顔になってて……今思うとあの紋章、もしかして私より先にお気づきになってたのかも。

その陛下が今度はついにお嬢様へ指輪を贈られるのですね。

そんなわけでお嬢様が黒衣の騎士装をお召しになるのがあと数ヶ月しかないせいで、近衛騎士団としても人員補充は速やかに行わなくてはならない最重要課題となり、結果採用された一人が目の前の少年騎士なのだ。

王族が一人増えると同時に優秀な近衛騎士が一人退団するので確か数人は採用されたはずだけど、フルタイムで近衛騎士としての任に当たれないお嬢様が新人教育を受け持たれ、加えてお嬢様と良い感じに釣り合う年齢の新人青年騎士は担当させたくないとお嬢様限定で狭量な陛下のご意向の結果この組み合わせになった事を当のお嬢様はご存じない。

実はこの情報、近衛騎士団長室から陛下の従者さんがよろけて出てきた所に私が偶然居合わせ、城床にゴッツンするのを防いだ縁で聞いた話だ。

そう、これでも普通じゃない騎士の家で育ってるから無自覚に瞬発力が身についちゃって、それに裕福な貴族令嬢の侍女っていっぺんに何着ものドレスをピックアップしたり、お屋敷に届いた贈り物や花束をいくつも抱えて移動しなくちゃいけないから腕力ないと務まらないしね。

だから団長室前で傾いた従者さんをお屋敷の大花瓶が落下するのを防ぐかのごとく受け止めたわけだけど、私の腕の中でウニャムニャ言いながら「たすたりましたぁ」と口もまともに動かせずにいた情けない顔の従者さんはなんと「はっしーさん」だった。

はっしーさんは陛下とお嬢様の婚約式の時、城内の今のお嬢さまの私室に控えていた私のところへ飛び込んで来た従者さんだ。あの時のはっしーさんはお嬢様の髪を整えて欲しいから大判のショールを持って急いで付いて来て欲しい、と必死の形相で、理由を聞いても「とにかく大急ぎでっ」「時間なくてっ」「原因はオレの口からは言えないですっ」を繰り返すばかり。

最後に「陛下とアスナ様のご婚約を成立させるためなんですっ」と迫られれば「かしこまりました」しか返す言葉はなかった。

お城が初めての私ははっしーさんに案内して貰わなければお二人の元へ馳せ参じる事も出来ないというのに「付いて来てくださいっ」と言うはっしーさんの足はあまりに遅く、つい「抱きかかえていいですか?」と真顔で聞いたら「それだけはご勘弁をっ」と泣きながら断られたっけ。

折衷案としてショールを持っていない方の私の手にひっぱられながら「そこ右です」「その手前を左に曲がって」「階段のぼって」と指示を出してもらいなんとか目的の部屋まで辿り着いたわけだけど、そこでようやくはっしーさんがあんなに慌てて私を呼びに来た理由が解明され……うん、相手が国王陛下じゃなかったらグーパンチを繰り出してたね。

はっしーさんがお二人をご覧になって「へーいーかぁーっ」って両手で自分の頬を押しつぶしながら叫んでたから、多分私を呼びに行く前より更に状況が悪化してたんだろう。

だってもう、ショールで隠すのにも限界があるの、王族って知らないのかな?、って平気で思った。

今日の日の為に髪だってすごく丁寧に編み込んだのに完全に解けちゃってたし。これ結った侍女達、もの凄く頑張ってたんだよ。そして私はほつれた髪の直し方くらいしか教わってなかったから、同じ髪型の再現は当然無理。何より化粧道具は言われなかったから部屋から何一つ持参してなかった。

陛下、お嬢様の顔に触れまくりましたね……どうやって、なんて野暮なことを聞くつもりはありませんが……もとい、国王陛下に一介の侍女が問いかけられるわけもありませんが……直しようがないものをいつまでも考えている時間はなかったので、一番にどうにかしなければならない髪型を私なりの精一杯で結い上げた。あの時間との勝負は今思い出しても胃がピリッとする。

はっしーさんは陛下をお嬢様から引き離し、はーはーぜーせーしながら「ホントにもうっ、陛下は浮かれすぎですっ、宰相に首を捻じ切られますよっ」と物騒なお説教をし、果てには「アスナ様に謝ってくださいっ」と謝罪を要求し、それを聞いたアスナ様が私に髪を任せた体勢のまま「それでしたら私の侍女に」と謝罪を受ける権利が回され、なんと私は初めて自国の王様と同じ空間に居るという名誉に加え「すまない」とお言葉まで頂いてしまったのだ。

お嬢様の細剣にちゃっかり紋章を刻む国王様だから威厳のあるイメージはなかったけど、ほほうっ、これはもうお嬢様の尻に敷かれるのは確定っぽい。

公爵様をはじめ婚約式に立ち会われる高官の方々が集合されるギリギリまで時間を使ってお嬢様を仕上げたので完全に落ちてしまった唇の色の誤魔化しは畏れ多くも陛下を使わせていただいた。

はっしーさん経由でお嬢様にバレないよう陛下へと伝言を頼み、婚約式の執り行われる隣室に移動する直前「扉の前に並び立った時、お嬢様に軽く耳噛みしてください」とお願いした通り、はぷっ、とやられたお嬢様は後ろに控えていた私も「おおっ」と驚くほど素直に首まで真っ赤になってたから、これならお顔も真っ赤、唇の色は気にならなかったはずだ。

甘噛みしやすいよう、髪を結い直す時に外したイヤリング、そのままにしておいたので我ながらナイスアシストだったと思うけど、一瞬、ぱっ、と私に振り返りニヤっと陛下が笑ったから、マズい裏技を習得なされてしまったかもしれない。

そんな経緯があって私の城内でのお知り合いとなった陛下付き従者の「はっしーさん」……実は結構な頻度で遭遇する。

お嬢様に付き添って登城、下城する時はもちろん、城内を移動中や侍女長の元へ向かう時など、だいたいふらふらほよよーんと虫が飛んでるみたいに危なっかしい足取りなので「羽虫みたい」と抱いた感想のまま縮めて「はっしーさん」と呼んでいる……心の中で。

いちをお二人の婚約式の日に城内を激走したご縁もあるので、お嬢様に「あの従者さん、大丈夫なんですか?」と色々な意味を込めてお聞きしたら、お嬢様も同じようにお感じになっていたらしく、ちょっと困り顔になって「従者の中では一番お若いから体力有り余ってると思われてるみたいなの」と打ち明けてくださった。

なるほど、だからやたら城内をウロついているのか、と納得する。

 

「それに陛下もあの方が一番話しやすいみたいで」

 

要するに頼まれたら断れない性格なんだろう、職場で一番若ければなおさらだし陛下とも歳が近いはず。

うちの家族にはいないタイプだ。

 

「でもあの若さで陛下付き従者なんだから有能なのは間違いないと思うわ」

 

頭脳労働の部分では優秀なようだけど肉体労働的にはまだまだらしい。だから逆に体力面強化の為の使いっ走り仕事が集中してるのかもしれないけど……はっしーさん、見るからに人がよさそうだもんね。しかも頼まれ事が多いせいで各部署での顔見知りも多い。

城床への顔面衝突を救った後、お嬢様が指導する新人騎士についての陛下のご要望を聞かせてもらいながら一緒に城内を歩いたんだけど、すれ違う人達みんなの名前を知ってたし、向こうからも気さくで好意的な言葉をかけられてた。

足元が覚束ない姿ばかり見てるけど優しい人だし面倒見がいいのも知ってる。現にその時もまだお城が不慣れな私の為に遠回りして目的地まで送ってくれたし……ヨロヨロしてたけど。

今度、体力がつく食材を教えてあげようかな?、それとも疲労回復メニューの方がいいかな?、なんて考えてると前を歩いている新人少年騎士の口からビックリ仰天なセリフが飛び出していた。




お読みいただき、有り難うございました。
ほぼ婚約式の回想回でした。
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