「アスナ様、陛下のご成婚の前に近衛を退団されるんですよね?」
「そうよ」
「なんでですかっ。僕、一緒にアスナ様と働きたいです。もっとたくさん教えて欲しいのにっ。どうして辞めてしまわれるんですか?、続けていただくのは無理なんでしょうかっ」
……は?、何を言ってるのかな?、頭ん中お花畑なの?
今ので彼が国王陛下のご婚約相手に向かって発言していると気付いてないのは判明したけど、それにしたって短い期間でも騎士団内の上位の先輩に言っていい内容ではない。
この短期間でどれだけお嬢様に懐いたんだ……と私の頬が痙攣する。
少年騎士ごしに私の反応をちら見したお嬢様は軽く首を振って見えている口元だけで私をなだめると視線を戻して「退団はもう決定事項なの」とだけ告げられた。
「そうなんですか……」
しょぼくれた声。私は彼の後ろにいるのでぶんっぶんっ振り回していた尻尾がしゅんっ、と項垂れる幻覚が見えた気がする。
その様子を困ったように、でも柔らかな笑みで温かく見守ってくれていたお嬢様が一瞬にして、スッ、と背筋を伸ばされ感情を凍結させた。歩みを止めて声もなく私達に片手で指示を出し三人で壁際に並び頭を垂れる。すると一拍置いてから複数の靴音が奥から響いてきた。
お嬢様がこの姿勢をお取りになる相手だ、当然私なんかが勝手に顔を上げるわけにはいかない。
通り過ぎるまで石像のように固まっていると、お嬢様の正面で靴音が止まった。
「指導係ご苦労様、アスナ。どうだ?、新人の近衛は」
聞き覚えのあるお声……このお声は初対面で私に「すまない」とおっしゃった……
「はい、陛下。とても優秀な騎士です」
「こんな城の奥でそんなにかしこまらなくていいって。ほら、三人とも顔あげろよ」
そうおっしゃって下さるのなら、と思っておずおず背筋を伸ばしてみたけど……お嬢様の至近距離に陛下のお顔がある。そうですよね、陛下が見たいのなんてお嬢様のお顔だけですよね。それだって今は騎士面(マスク)が付いているのでほとんど見えませんけどねっ。
完全に陛下の視界からはみ出ているので私は勝手に顔を動かして陛下の後ろにいる人達を覗った。
同行者は二人。お嬢様がおっしゃっていた通り、城内では必要最小限の人数で身軽に動いているらしい。
内一人はお嬢様や少年騎士と同じ、騎士面(マスク)で上半分の顔を隠した真っ黒な騎士装の男性。確かにこの格好じゃ誰だか分からないけど腰にある特徴的な長剣で私は気付いた。その騎士様が親しげにお嬢様に向かって片手をあげる。
「よおっ、アスナ……さま?」
お嬢様が思わずといった風に「ぷっ」と吹き出して表情を溶かした。
「この装いだからいつもの呼び捨てで構わないわ、クライン」
なるほど。新人以外の近衛の皆さんはお嬢様が陛下のご婚約者だと御存知だからお二人が揃っている場面だとどう接するべきかちょっと混乱したみたい。基本、同じ騎士団所属の騎士同士は呼び捨てらしいので今は近衛騎士としての任務中という事でこれまでの呼び方をお望みになったんだろう。
ただこれも信頼できる人間のみの場に限られるし……そうでなければわざわざ素顔を隠している意味がないもんね。
「お、そっか?、んーじゃあ、アスナとそっちの新人坊やもお疲れさんっ」
「坊やは止めて下さいよ、クラインさん」
「立派な坊やじゃねえか。その年齢で近衛騎士団に配属って、今いる団員の中じゃそこのアスナとお前くらいだぞ」
「え?、そうなんですか?」
むくれてた声が急転して嬉しさの中にも照れが見え隠れしている。
けれど「入団時の実力は完全にアスナの方が上だけどな」と言われて頭をポンポンされれば、少年騎士の誇らしげに張っていた胸がぺこんっ、と猫背になった。
「そう落ち込むなって。お前ならまだまだ身体も大きくなるし、これからどんどん強くなるさ。その期待も込めて入団出来たんだと思うぜ」
「そうっ、そうですよねっ。僕、まだまだ成長期ですからっ、これからどんどん鍛えてアスナ様がビックリするくらいムキムキになりますっ」
ちょっと待って、ムキムキになるのと強くなるのは必ずしも繋がってないからっ、と意見しそうになったけど、ここが陛下の御前だった事を思いだして、ぐっ、と握りこぶしで我慢する。ところが私の内なる声が届いたのか、陛下ご自身が「ムキムキってそんなに重要か?」と疑問を投げかけられた。
「まあ戦闘スタイルによるだろうなぁ」
クラインさんも陛下相手にかなり砕けた態度だ。その発言にお嬢様がのっかる。
「そうよね。パワー型なら大きな剣も扱えるし一撃の破壊力も違うし、なにより接近戦では有利かも」
そうでしょう、そうでしょう、とウンウン首を振っている少年騎士を先輩騎士の二人と国王陛下が包囲した。
「でもよぅ、近衛であんまデカイ剣は不向きだと思うぜ」
「警護任務が主だから敏捷性も大切だし、影として控えるのにあまり存在感があるのはね……」
「オレは後ろにいる近衛騎士がムキムキってなんか嫌だな」
「正々堂々、敵さんと真っ向勝負なんてまずねぇしな」
「うん、死角から忍び寄ってきたり、隙を突いて瞬時に近づいてくるのがほとんどだから……」
「大剣振り回してオレに当たったらどうするんだよ」
「近衛がうっかり国王を斬撃って笑えねぇぞ」
「でも陛下の剣だってかなり大きいですよね?」
普段は帯刀していないけど陛下ご自身も剣を振るう事は随分前にお嬢様から聞いて知っていた私は好奇心からどんな剣かなぁ、と想像を膨らませる。うちで一番の大剣を扱うのは上の兄だ。父のも大型の部類に入るけどこっちは長さより厚みで、通常の剣の三倍ほどあるから落とされただけでその重みから対象物は切られると言うより割られるかもしくは潰される。だから綺麗に仕留めたい時は不向きな剣だけど、逆に雪熊みたいな大型の猛獣の急所に一撃喰らわせただけで倒せるのは砦でも父くらいなものらしい。
陛下の場合は政務の合間に気分転換で身体を動かしたい時に剣を持ち出されるとか。
お嬢様が「先王のご嫡男でなければ騎士を目指したかったのかもしれないわね」とご推察されるくらいかなり真剣に剣技は極めていらっしゃるようだが、いくら鍛えてもムキムキにならないご体質なのは間近で拝謁すればわかる。
いいんじゃないですか?、別にお嬢様がムキムキ好きというわけでもありませんし……そんな事を思っていると、その陛下がすぐ近くにいらっしゃるお嬢様の背後に立ち、両腕をその腰に回された。
「ほら、アスナなんて逆に細すぎるくらいだ」
近衛の中ではロングコートをお召しになっている方もいるけどお嬢様は基本動きやすさ重視でいつもボレロ丈の上着をご愛用されてるので普通に細い腰周りがさらに強調されるんですよね。
背中から包み込むように密着してついでにお嬢様の耳の上あたりにお顔をぐりぐりと寄せている陛下を見ての反応は三者三様だ。
まずは「はいはい」と余裕と呆れを持って見守るクラインさん。私としては一生懸命編み上げた髪型が崩れてしまうのではっ?!、とハラハラしてしまうが、お嬢様は慣れたご様子でご自分の前に重ねられている陛下の両手をぽんぽんっ、と叩き「陛下」と唇を尖らせている。しかし陛下は子供が駄々をこねるようにお嬢様の髪に額を押し付け、端から見てもわかるほど抱きしめる力を強くなさった。
「ここで会えなかったら今日はそのまま夕方に下城だったろ」
「今日はそのような予定ですから」
拗ねた声色にお嬢様の返答も微苦笑が混ざっている。
さて、この状況、どうするんですか?、と私は陛下の後ろで頬を引き攣らせているはっしーさんに目で訴えた。
陛下はこんな所で立ち話をしているくらいだから急ぎのお仕事はないのかもしれないけど、それでも近衛と従者を連れての移動中だったんだから何かしらご政務がおありになるんだろう。方やお嬢様だって先輩騎士として新人の指導中である。
誰かがこのお二人を引き離さないとずっとこのままでいそうですよ、と再び目で通信してみたが、はっしーさんは雪熊に遭遇してしまった無防備な村人のようにぷるぷると顔を左右に震わせるだけだ。
「ああ、でもアスナはムキムキじゃないけど、触り心地は最高……」
いつのどこのなにを思い出してそう評価されるのか、お嬢様の香りにでも酔ったようにうっとりとした笑顔でとんでもない発言をかまして下さった陛下にさすがのお嬢様が羞恥で声を荒げる。
「わっ、私の触り心地がいいのは侍女達のお陰ですっ」
多分ムキムキは本人の努力の結果だろうけどご自分の素肌に関してはお屋敷の侍女達のたゆまぬ努力の賜物と思ってくださっているのだろう……ありがとうございます、お嬢様。今のお言葉、お屋敷に戻りましたら必ずやお嬢様付きの侍女達全員に伝えますっ。
しかしここでお嬢様のお声さえ上回る大音量の声がこの場を支配した。
お読みいただき、有り難うございました。
やっとメインの二人が揃ったよ回