王妃殿下付き侍女(予)の一日   作:ほしな まつり

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王妃殿下付き侍女(予)の一日・5

「恐れながら申し上げますっ。陛下はっ、陛下には既にごッ、ゴフッ、ゴホッ、ゴフッ…ご、ご婚約者様という存在がいらっしゃるはずですっ。そっ、そっ、それなのにっ、そんな風にっ、アスナ様にっっ」

 

途中でかなりむせ込んでしまった哀れな少年騎士だったけど顔を真っ赤にしながらそれでも一国の王であり自分が所属したばかりの騎士団の主君でもある陛下に勇気を振り絞って意見したんだから、本来なら場に緊張が走るとか先輩騎士から叱責が飛んでくるとか、最悪出すぎた物言いで陛下を怒らせて何らかの罰を下されても文句は言えないと思うけど、この場を満たしたのはなんとも言えない生ぬるい沈黙の空気だった。

 

「くっ、クライン先ぱぁむっ」

 

名前を呼ばれそうになったクラインさんが巻き込まれまいと素早く少年の口を塞いだ。おおっ、さすが近衛騎士さま。その瞬時の判断力、お見事です。

もがもが抵抗を続けているけどムキムキではなくても経験値も能力値も上の先輩に新人が敵うはずはなく、この場で説明をする気がないらしいクラインさんは疲れた目で「いいから大人しくしとけ」と少年騎士をズリズリとお嬢様や陛下から引き離した。

ポカンとされていた陛下は「ああ、知らないのか」と事情をご納得された後、一瞬私の存在を確認されて、ふぅっ、と軽く息を吐かれ「状況判断が甘くないか?」とお嬢様の耳元に問いかける。

 

「それは少々手厳しいかと」

 

陛下としてはこの場の情報量からお嬢様がご婚約者なのだと気付け、とおっしゃりたいのでしょうがさすがに私もお嬢様と同意見。彼を庇うわけではないけど婚約相手の名は公表されていないし今までのお二人のご様子を見ていないんだから、婚約者がいる身なのにもうすぐ傍を離れていってしまう美しい女性騎士に過度なスキンシップという道徳的問題行動に走ってしまった陛下を諫めないとっ……って思っちゃったんでしょうね。

とは言えなんだか私も頭が痛くなってくる。

 

「いきなりオレに意見する度胸は買うけどさ」

「はい、ですから良い騎士だと申し上げたでしょう?」

「アスナが指導してるんだ。そこは疑ってない」

「有り難うございます」

 

密着されていてもかしこまった態度のままのお嬢様に陛下が再び声を甘くした。

 

「アスナ」

「今は騎士ですから…………本来ならコレもダメなんだよ」

 

ちょんっ、ちょんっ、と陛下の手を細い指でつつくお嬢様。だけど今度はその指を捕まえようと陛下はご自分の手をクイクイ動かしている。

でも《閃光》様の指は素早く、陛下もまたお嬢様から腕を解かずに捕獲を試みてしらっしゃるので……お互い軽い笑顔で手遊びに興じているお姿は紛れもなく想い合っている婚約者同士だけど……お願いですからこんな所でいちゃつかないで下さい。

見ていられなくて、居たたまれなくて、そそっ、とお二人から離れるといつの間にか壁に張り付いているはっしーさんに気付く。

あ、ズルい、はっしーさん、自分一人だけそんな所へ批難してっ。

後の近衛騎士お二人はやっぱり少し離れた場所で未だにじゃれ合ってて「どうしてですかっ、なんでですかっ」って飛び跳ねている黒い仔犬に、黒い成犬が頭を掻きながら「どうしてだろうなぁ、なんでだろうなぁ」って適当に相手をしている光景はなんだか微笑ましいなぁ。

あっちのお二人とこっちのお二人、どっちを指したわけじゃないけど「あれ、いいんですか?」と問いかけながら私ははっしーさんの隣に非難する。私の胆力ではどちらも介入できないので、もし後で怒られるなら一緒に怒られましょうね。

 

「その辺の切り上げタイミングはアスナ様が絶妙だからお任せで」

「え、まさかの丸投げ」

「違います。ああなっちゃうと俺の存在はあのお二人から認知されなくなるんです」

 

本当に羽虫みたいですね、と心の中でちっちゃな感動とおっきな同情が湧き上がる。だけどはっしーさんは意外にもきりりっ、としたお顔付きで「いいんですっ」と宣言した。

もしかして開き直りですか?、その若さでご自分の存在意義を放棄されたんですか?、ってちょっと心配になったけど、はっしーさんは握りこぶしを震わせて瞳を輝かせた。

 

「ああやってアスナ様にお会いになった後の陛下は執務処理能力、格段に上がるのでっ」

 

陛下の陛下たるモチベーションがうちのお嬢様だったとは……侍女として誇っていいのかな?、いち国民としては微妙だなぁ。

 

「それに昨日もアスナ様のお陰で予定以上に書類仕事がはかどりましたから今日は午前中、少しだけのんびりできました」

 

ああ、晩餐の準備が整うまで陛下は執務室でお仕事でしたもんね。

そのせいかはっしーさんが私を見る目に妙な期待が籠もっている。

 

「えっと…すみません。さすがに二晩連続で公爵家の食事をすっぽかして王城でいただくわけには……」

「…ダメですか……」

「昨夜、公爵家に戻りましたら旦那様から『まだ婚約中の身なのを忘れないように』って釘を刺されました」

 

陛下からのお誘いを侍女の私がどうこう出来るわけがないので直接お嬢様におっしゃっていたけど、昨晩はお忙しい旦那さまにしては珍しくお嬢様とお食事をご一緒しようとお待ちになっていたらしいのだ。タイミングが悪かったと言えばそれまでだけど、公爵家の方でもお嬢様のお世話を出来るのはあと数ヶ月しかないので、食事をキャンセルすると料理長とかしょぼーん、ってなっちゃうんだよね。

 

「そうなると明日は一日中城内マラソンだなぁ」

 

あっ、はっしーさんがしょぼーん、ってなっちゃったっ。

 

「明日はお嬢様、登城されませんしね」

「そうなんですよね」

 

いやいや、お嬢様だって公爵家でお輿入れの準備に忙しくされるんですよっ。まだ近衛騎士でもあるのでお屋敷に居ない日も多いから侍女達の方もお嬢様の判断待ちで滞ってる部分もあるんですから。それに当たり前だけど公爵家からお嬢様に付いてお城の侍女となるのは私だけじゃないし。そっちの人選は奥様や家令さん達でかなり絞られたようだけど最終決定はお嬢様がなさるので希望している侍女達のソワソワ感も相まって、今、公爵家全体がすごくソワソワしてる。

ある意味いち抜けの私は余裕綽々でいいはずなのに、私がいち抜けした理由ってご成婚ぎりぎりまでお嬢様が騎士を続けるからそのサポート侍女として適任だったからだと思ってたけど、実は公爵家の他の侍女達より早めにお城の侍女長の指導を受ける必要があると判断されたからってのも自覚したので余裕なんて今は紙一枚分の厚みもない。

まあここで私の事をご成婚までの侍女としないのがお嬢様らしい……一生尽くそう。

いちをね、私もさすがにお城で妃殿下の侍女は不相応なんじゃないかな、って思って婚約式が終わって数日した頃にお嬢様に思い切って進言したんだよ。そうしたらお嬢様は長い睫毛をぱちぱちと揺らした後、珍しくも眉根を寄せて「うーん」と可愛らしい声で唸ったのだ。

 

「私としてはマッサージとか身体を整えてもらうの一番任せられるんだけどな」

 

有り難いお言葉だけどお城ならその方面に明るい侍女もいるだろうし、なんなら私が伝授すればいい。私の表情が動かない事を見て逆にお嬢様がパッ、と明るい笑顔になる。

 

「今、公爵家でドレスを何点が用意してるでしょう?」

 

はい、してますね。しかも何点ではなく何十点ですけど……お嬢様の嫁入り道具として公爵家の威信と父親の意地を表すかのごとく旦那様が最高級の物を早急に仕立てるよう目に炎を宿してます。しかも普段はクールビューティーな奥様までデザインとかめっちゃお口を出されてます。

それがどうかしたんですか?、の意味で少しだけ頭を傾ける。

 

「あとね、陛下の方もドレスとか、色々注文してくださってるの」

 

なんですとっ……と言う事はお嬢様がお妃様となられたあかつきには妃殿下のクローゼットルームには宰相である我が国筆頭貴族の公爵家と我が国の国王がお嬢様の為に仕立てたドレスやらなんやらがざっくざっく……。

 

「ね。選んだり組み合わせたり、とっても楽しいと思わない?」

 

うっはぁーっ……と僅かに垂れてしまった涎を手の甲でぬぐって私は落ちた。はい、お嬢様に落とされました。

私がそういうの好きなの、いつから御存知だったんだろう。

お嬢様は私に限らずお屋敷の使用人達の事もよく見ていらっしゃるし、人に限らず屋敷内や庭園の様子、果ては馬小屋の馬まで気に掛けてるから、きっとこの城内も色々御存知のはず。

陛下を守る近衛としては小さな異変も見逃さない、そういう点でもお嬢様の観察眼は素晴らしいと思う。

そんな方が今度は国全体を気遣うお立場になるんだと思えば微力ながらお役に立ちたい。

実はお嬢様と同じように私だって知ってるんですよ……お嬢様が好まれるドレスのラインとか、ちょっと落ち込んだ時に選ばれる色とか、気を引き締める時に履かれるいつもより高いヒールの靴とか、心細い時は陛下から送られたアクセ、これ絶対。

新しくドレスや小物を選ぶ時は好みを強く通すと同じような物ばかり増えちゃうのでご自分の要望は殆どおっしゃらないお嬢様だけど……それに大抵は着こなしてしまわれるし……私が得たお嬢様に関する知識が王妃殿下となられた時の重責を少しでも軽くできるなら『王妃殿下付き侍女育成・超特急コース』、やってやりますともっ。ご婚礼の日は衣装係として国王陛下よりも先にお嬢様のウェディングドレス姿をこの目に焼き付けてみせますからっ。




お読みいただき、有り難うございました。
黒い仔犬と黒い成犬が戯れ、黒い美犬を抱っこしてる陛下。
それを見守るお世話係の回。
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