王妃殿下付き侍女(予)の一日   作:ほしな まつり

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王妃殿下付き侍女(予)の一日・6

密かに闘志を燃やしているとおずおずとした声が降ってくる。

 

「あの……その後、順調ですか?」

「え?」

「侍女長の……ほら、あの方厳しいから」

 

ああ『王妃殿下付き侍女育成・超特急コース』のことね、と思い当たって、はっしーさんの問いにすぐさま「大丈夫です」と答えた。

 

「厳しいだけの方ではありませんから」

 

国の長を一番近くで支える方に仕えるのだからある意味侍女として頂点の職場、簡単に務まるなんてはなから思ってない。

陛下の方は基本、侍女を付けないみたいでその役目はそれこそ目の前の従者さんや他の従者さん達が行っているそうだ。ちなみに妃殿下の公務関連のお手伝いは女官の方がするので日中は最低でも女官が二人に侍女も二人、近衛が一人か二人、と五名以上が妃殿下に付き従う。

政の場などは侍女は隣室で控えている事が多いらしいから少し気が抜けるだろうけど従者さんは陛下が起きてから寝るまで一緒なので確かに体力勝負の所もあるんだろうな。

 

「私の事より、はっ……」

「はっ?」

 

危ない、危ない、つい「はっしーさん」って言いそうになっちゃった……今更だけど名前知らないや。

 

「えっと、従者さんの方が大変に見えますけど?」

「あー…、情けない所ばかり見せてますよね。どちらかと言うと肉体労働より頭脳労働の方が得意だと自負してますから」

 

やっぱり家族にはいないタイプ。うちは頭より筋肉で考えるのが得意な人間ばかりだ。

するとはっしーさんは眉毛の垂れた情けない笑顔を貼り付けたままスイッと距離を詰めてくる。

 

「だって国王陛下の従者って普通そうですよね?」

「そうなんですか?」

 

私に聞かないでほしい。こうやって会話するような従者さん、はっしーさんだけだし。お嬢様にうかがったら教えてくれそうだけど、なんとなく、ものすごーく苦笑される予感がビンビンする。

 

「いや、俺も陛下の従者に就くまではそう思ってたんですけど、最近その認識に自信が持てなくなってきてて……」

 

お互い名前も知らないし、私はまだ正式に城勤めが決まったわけでもないんだけど、そんな相手にへにょーんっ、て姿見せる、はっしーさん……年上だけどちょっと可愛い。

 

「違ってたらごめんなさい。その認識ってそんなに重要ですか?」

「え?」

「例えば、ほら、そこにいらっしゃる我が国の国王陛下ってちゃんと国王という認識に当てはまってます?」

 

私の質問に泣きそうな声で「う゛う゛ー」とはっしーさんが呻いている。そして陛下、ごめんなさい、確信犯で例えに使わせていただきました。

 

「確かに……朝はアスナ様以外の者が起こしに行くと『あと五分、あと五分』と寝汚いし、俺の時は反応すらして下さらないし、その日の当番近衛がアスナ様でないとすぐサボって俺に仕事を押し付けようとなさるし、だいたい陛下が成婚式を半年後なんて無茶ぶりするから城内がてんやわんや状態なのにアスナ様に贈るドレスや宝飾品の類いは全てご自分が決めるとかおっしゃって、その時間を捻出するのに俺がどれだけ苦労してるかぁぁっっ」

「……それで城内マラソンですか」

 

小さく叫んだ後に糸が切れたみたいにかくんっ、と頭を落としたはっしーさんが震えるような微動で肯定に頭を揺らす。それから俯いたまま「けど……」と細い声が続いた。

 

「俺より若くて、それで国王で、なのにこの国馬鹿みたいに平和でしょ。すごく頑張ってるの従者だけじゃなくてこの城で働いてる皆が知ってるし。それと同じ位ずっとアスナ様のこと好きだったのも知ってるし。だから皆で良かったなぁ、って、嬉しいなぁ、って、自分の事みたいに喜んで……」

「このお城の人達、皆さん陛下の事、大好きなんですね」

「そ、そう言われるとちょっと素直に、はいっ、とは言いたくないと言うか、ですね……」

「私はまだあまり陛下の事を存じ上げないのでよく分かりませんけど、私の大好きなお嬢様が好きになった人なら間違いないと断言できます。だから……もう城内マラソンするしかないんじゃないですか?」

「やっぱりそうなりますか」

「でも、ほら、お嬢様が王妃殿下になればお城にいらっしゃるわけだし、ご苦労も軽減されるのでは?」

「そうかっ、そうだっ」

 

水を得た魚のようにがばっ、と顔を上げてピッと背筋の伸ばし目を輝かせるはっしーさん、意外と単純なんだな。

 

「俺はもうアスナ様のために城内マラソンをしますっ。アスナ様を心の拠り所にしますっ」

 

勢い余って「アスナ様の従者になりますっ」とか言いかねない。

あっ、陛下が未だお嬢様を後ろから抱きしめたまま胡乱げな目でこっちをご覧になってる。こっちはお気になさらず。むしろこんな廊下で組み手を始めちゃってるやんちゃな黒い近衛のお二人をなんとかしてください。

元気だなぁ、と見ていた私は、そうだ、と思い出す。

 

「もしよければ疲労回復メニューとかマッサージの方法とか筋肉の付く食材とかお教えしましょうか?……手軽に干し肉なんかお薦めですよ。実は雪熊の干し肉があるんですけど熊肉に抵抗がなければお分けしますが」

 

こうなったら城内マラソンに耐えられる身体作り、体力増強を目指すしかないだろう。言わずともそういう方向性の提案だと理解したはっしーさんの頬がちょっとヒクついてるけどすぐに腹を括った顔でゆっくりと頷く。

 

「有り難うございます。ただ恥ずかしい事に料理は全く出来ないのでまずは毎日全身筋肉痛の対処としてマッサージ法をご教授いただけると助かります。あと干し肉ですが……干し肉?……雪熊の?」

「はい、雪熊の」

 

頭の中にある引き出しを次から次へと開いているような間が開いて……目的の何かが見つかったんだろう、見る見るうちにはっしーさんの目が大きくなった。

 

「そうかっ、あなたっ『北の黒熊』の娘さんっ」

「……『北の黒熊』???!!!」

 

なんだ?、なんだ?……そんな熊いたっけ?……それよりも熊の娘って……私?、私が??!!…………あー…嫌な予感がする。

私の目つきが物騒な感じになったの、素早く気付いたはっしーさんが失言を悟ってあわあわと「すみませんっ、ついっ、すみませんっ」を繰り返す。

謝罪はするけど撤回はしないんですね。

 

「父…ですか」

 

半ば確信的に呟く。

確かに、たまに北の砦から戻って来た時の姿ときたら髪はバサバサ、ヒゲはモシャモシャで母の第一声は「おかえりなさい、まずはお風呂ね」って言うのがテッパンだ。その後さっぱりした父を椅子に座らせ髪と髭を母が鋏で整えて、その間ずっと談笑してる様子は子供でも邪魔が出来ないくらい二人だけの世界を構築している。

そうしてやっと野獣みが薄れて人間へと変貌するんだけど……確かに変貌前は『黒熊』って言われても……うん、仕方ないか……むしろ帰宅した時、母に構って欲しくて伸ばしてるのでは?、って思うくらいだ。

ふと見るとずっと謝り続けているはっしーさんに気付いた陛下がやっぱりお嬢様をぎゅっ、てしたまま「お前、何言ったんだ?」みたいに半眼になってる。お気になさらず、それより黒のお二人が模擬戦を始めそうなんですけど。

 

「『雪熊の干し肉』って、こっちでは流通してないはずなんですよ」

 

どうやら気の済むまで謝り倒したはっしーさんが言いづらそうに説明を始めた。

 

「と言うか北の砦名物で売り出したいと申請が来てる段階で。だから希少価値を上げる為に今はあえて外部には出してないらしく」

 

騎士のくせにそういう商売っ気が強い人、たまたま私の下の兄がそうなんだけど……関係ないと思いたい。

 

「そもそも名物で売り出す程原材料が入手できてる時点でちょっとおかしいんです。北の砦の向こうの広大な北の森に生息している雪熊ですから今までもたまたま砦近くに現れたので捕獲した、という報告は聞いた事あるんですけど、まさかあの森に入って積極的に雪熊に挑むわけ……ないですよね?……まさかね?……ものすごい巨体で獰猛で動きも速いそうですし……ね?」

「ねっ」

 

思わず返してしまった。

 

「ただ、あくまで噂なんですが砦を訪れた商人が雪熊を担いでいる黒い熊を見たって。それで慌てて砦の者に聞いたら騎士だと教えてもらい、その商人の話から勝手に『北の黒熊』なんて名前が付いたらしく……どうもあなたの父君らしいんです」

 

砦の人達、なんて馬鹿正直な……どうにかしてその商人さんを誤魔化せなかったのかっ。

 

「噂って怖いですね。人間が雪熊なんて担げるはずないのに」

「ホントウニコワイデスネ」

「だから雪熊の干し肉は今こちらでもちょっと物議を醸していまして。あなたがお持ちのそれは父君から?」

「そうです。この前手紙と一緒に少し送ってくれて。ちょっと食べてみましたけど美味しい干し肉でしたよ。もしかして原材料を偽ってる可能性が疑われているんですか?」

 

無理もない。北の森でも雪熊なんてなかなか出会わないらしいし、出会ったとしても倒せると判断出来る人数がいなければ刺激せずに逃げるのが鉄則だから干し肉になったとしても砦で食べればなくなる量のはず。

 

「そうではなくて、砦近くに雪熊が多数出没するならあまりにも危険だな、と……判断しそうになったのですが、それなら砦の増員要請がまずくるだろうし、いきなり肉の販売申請と言うのがどうにも意味が分からず、加えてですね、添え書きのように陛下の成婚式には仕留めた雪熊を何頭か祝いの品として持参する旨が……」

「……すみません、筋肉で物事を考える騎士達が大変ご迷惑を……」

「え…、まさか本当に雪熊をそのまま持って来るんですか?」

 

項垂れるように頭を一回動かす。

雪熊何頭分の肉、と記されていないならあの父や兄達の事だ得意気に、じゃじゃーんっ、とか言いながら手付き足付き頭付きの雪熊をもってくるつもりでいるに違いない。

 

「内蔵処理とかはしてくると思います」

 

北の砦からは結構距離あるから。

問題はそこじゃありません、と言いたげのはっしーさんはオモチャみたいに無言で首を何度も横に振る。

これはもう正直に告白するしかないだろう、と私は覚悟を決めて懺悔をするみたいに両手を固く握りしめ、北の砦の父の所に兄二人が加わったことで誰が一番雪熊を倒せるか合戦になっている事を打ち明けた。

だから砦周辺に凶暴な雪熊の出現が頻発しているわけではないこと、そういう理由で雪熊の余剰肉があること、生態系に影響が出るようなことがないよう手紙に書こうと思っていること……この点についてはっしーさんからは殊更真面目な声で「少し強めに書いておいて下さい」と懇願され……以上の事をふまえて雪熊の干し肉について考えてほしい、とお願いした。

 

「安心したような信じられないような不思議な気分です。参考にお持ちの干し肉、少し分けて頂いても?」

「もちろん。もともと筋肉増量の為にお渡ししようと思っていたので。あと……成婚式の雪熊はどうしましょう?」

「……私の一存では決められませんけど、折角のお気持ちですから……一頭だけ、という形になるかと……」

 

そうですよね、流石に受け取り拒否は出来ないし、このお城で雪熊を何頭も捌けないだろうし、はい、無難な所だと思います。

そんな感じで話がまとまると小動物が何かに驚いたような「ぴゃぅっ」というお嬢様のお声が耳に届いた。




お読みいただき、有り難うございました。
従者と侍女の干し肉談義の回?!
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